諏訪子が結局は洩矢神社に物部布都を連れてきたのは、なじみの店への迷惑も考えてはいるけれども、そっちの方がどうとでも出来るからだ。
暴れたなら暴れたで、構わない、神格を見せつければいい。むしろ暴れてくれた方が、諏訪子としては、実はそっちの方がよほどやりやすかった。
「おえええ……」
泣きながら吐しゃ物を、トイレにぶちまけられてしまえば。ひたすらにめんどくさいとしか思えなかった。
だからと言って無視をしたり、あるいはたたき出すのは……実はたたき出すのが一番、諏訪子としてはやりにくかった。
何せ洩矢神社に布都を連れてきたのは、諏訪子自身がそうしたのだから。奥の方で神奈子が、ほぞを噛んだような表情を見せながらも布都の背中をさすってやってる諏訪子を見ているだけだった。
そのうち神奈子は軽く、力のない笑みを浮かべたような表情を見せて、部屋の奥の方へ。少なくとも布都がトイレに吐しゃ物をぶちまけている音、これが聞こえない場所にまで移動した。
諏訪子は神奈子からの優しさを噛み締めるしかない、本来なら神奈子には怒り出しても良いぐらいの理由がある。これまでの、遊郭街での遊び歩きも含めて。たとえ遊女が遊郭街の外で遊べる場所としての、洩矢神社を整備したことにより、かなりの金額が洩矢神社にも降り注ぐようになっていたとしてもだ。

「うげ、ええええ……」
しかし、諏訪子は神奈子からの優しさを噛み締めてばかりではいられない。
布都がまた吐しゃ物をぶちまけ始めた。いったいどれだけ呑んだんだとも思うが、トイレでぶちまけている自分自身の吐しゃ物の悪臭が、悪循環をもたらしているのかもしれなかった。
この悪臭は、シラフに近い諏訪子ですら喉奥に込みあがるものを感じざるを得ないからだ。
「……騙されておる」
「うん」
少し酷いと思ったが、諏訪子は短く返事をするだけであった。
布都が少し、喋り始める事が出来るようになった。相変わらず、トイレの中に視点を集中させて、何回もツマミをひねって水を流しているが。
だが短時間で喋れる程度になれたのは、すぐに水で流せてしまえるこのトイレのおかげだろう、多分まだ吐くだろうけれども。
だが何にせよ、水洗トイレには惜しみない称賛を贈りたい気分だ。
ぶちまけられた後の片付け、掃除が随分と楽であるのだから。諏訪子自身も、つい先日にはよりにもよって稗田邸で、トイレでとはいえぶちまけてしまったのだから。余計に、称賛の念は強くなる。

「……騙されておるのだ!あの、男はぁ、あの腐れ尼僧のぉ……腐れ尼僧にはぁ……どうせぇ色欲しかぁ……」
だがまだまだ布都の調子は、本調子とは程遠い。自分で大きな声を出しておいて、その大きな声を出すと言う行為そのもので、また嘔吐感が刺激されてしまい、しどろもどろな喋り方になって、トイレの開口部に口を突っ込んで。
嫌な音と、不快な悪臭を合わせてトイレの中にぶち込んでしまった。
しかし諏訪子としては、布都の背中をさすりながらも。床にぶちまけられるよりはずっとましだと、自分で自分を納得させるほかは無かった。
「よしよし……まぁとにかく…………」
布都に何か優しい言葉をかけようとしたが、足音がわざとらしく鳴っているのが、間違いはないこれは諏訪子に聞かせるための足音だ。
「早苗、早苗、早苗!!待つんだ、そっちは諏訪子がやってくれるから!!」
足音の持ち主に関する推理は……古今東西にいる名探偵の様な、灰色の脳細胞などに頼らずとも、神奈子からの慌てたような声がなくとも、推理はたやすい。

「ううう……」
布都がうめいているが、小康状態には落ち着いてくれている。なので顔を少しばかり、他の方向に向ける余裕は出来てくれた。
いっそない方が良かった気もするが、こうなってしまえば向かざるを得ない、向かなければ早苗はますます怒り散らすだろう。
意を決して諏訪子は早苗の方向に顔を向ける事にした、そうしなければ怒り散らすと言う懸念はもちろんだが、やはり、早苗には無理をさせていると言う負い目は諏訪子にだってある。
本当に負い目だと思っているのならば、もう少し慎ましく動いてくれと、早苗ならば言うだろうから負い目の存在は絶対に言わないけれども。


だが諏訪子が見た、早苗から注がれている表情は、いっそのこと怒りの感情をぶつけられていた方が、分かりやすくてそちらの方が良かったぐらいだった。
端的に言えば、早苗はヘラヘラとした表情を浮かべながら、吐しゃ物をトイレに巻き散らかしている布都を介抱してやっている、諏訪子の事を見ていた。
怒りの感情をぶつけられることを覚悟していた諏訪子も、これには息が詰まった。
「我はぁ……我の方がぁ……」
トイレの中に盛大にぶちまけ続けている布都は、残念ながら今の一周回った感情を持っている早苗の方は、まるで見えていない。
見えたとしても、泥酔状態の今ではどう思うかは随分と怪しいけれども。
だから布都が早苗の顔を見る見ないは、ともかくとして、布都の独り言は止めなければならないだろう、たとえ今の彼女が意中の男にフラれた直後で、精神的に安定していないとしてもだ。
それでも精神的に安定していない布都よりも、感情が一周回った早苗の方が脅威としては上だと判断したからだ。

「新しいお友達ですか?」
早苗は語尾を伸ばすと言った、いやらしさは無かったけれども。その冷静さが実はかえって恐怖を増幅させてしまう。
「意外ですね、物部さんは一線の向こう側だからてっきり、他を敵だと思ってそうでしたが。諏訪子様とお酒飲める程度には」
「わぁれぇををを~~!あの色欲まみれの尼僧と一緒にぃ、するでぇ、ないわあああ。ちゃんと相手の事をうぉおお」
物部布都が一線の向こう側であることを指摘したら、やはりと言えばまぁその通りなのだろうけれども、雲居一輪と同一視されたと思ったらしく、それいたく誇りを傷つけられたような反応を、物部布都は示したが。
早苗からの声がまぁまぁ聞こえているのは、ともかくとしても。やはりその動き方には、問題しか見えなかった。
一気に動いて、雲居一輪と似たような存在だと言ってきたことへの抗議を、布都流行りたかったのだろうけれども。泥酔状態でそんな、急激な動きをすれば。
「うぉえ……」
「まぁこんなのを○○さんが相手するのも可哀そうか」
早苗は明らかに嘲笑するが。また布都の喉奥から、怪しい声が聞こえてきたのならば、はっきり言って案の定だとしか言えないので、早苗からしてもクスリと笑う程度であった。
神奈子はまだ、早苗の服の袖を引っ張ったりして、早苗の精神衛生に悪いこんな場所からは早く立ち去ろうと、そう提案しているけれども。
早苗がここに、意地を張って居座る理由も実は神奈子としてはよくわかっている。
洩矢神社は早苗の家だからだ。家から逃げてどこに行くと言うのだ、とでも言わんばかりに早苗は憮然とした姿をしていた。この場合、表情のニヤケ面はもはや挑発ですらない。武勇とすら言えた、こんな場面ですら笑えるのだと言う。

「まぁでも、良いんですよ。○○さんからは諏訪子様も、お仕事貰ってますからね。特に今回は、あの二人が下手打たないように……○○さんも頭を痛めているようですから」
またしても早苗は物部布都と雲居一輪を同一視するような発言をした。
布都はもちろん、何度だって、抗議の声を上げようとするけれども。喉奥から変な声が聞こえたので、諏訪子は急いで布都の頭をひっつかんで。
やっぱり、布都はトイレに向かって吐しゃ物をぶちまけたので。まさしく今、ぶちまけている、そんな状態だったので布都は何も言えなかった。
「良いんですよ別に、布都さん。トイレは汚れる場所ですから、後で諏訪子様が掃除してくださるのでしたら……○○さんも色々な連中の顔色伺いながら、探偵の仕事しなきゃならないんですから。諏訪子様が協力してくれるなら、まぁ、悪くはないんでしょう。遊郭街なんかで頭角を現せられるんですから、それの協力があれば、○○さんも大助かりでしょう」
しかし早苗は明らかにイライラしている。口数の多さと速さと、隠す気もないトゲは、早苗の苛立ちを推し量るには十分すぎるほどの材料である。
「早苗」
ついに神奈子が、まずいと思ったらしく。早苗の衣服を、先ほどよりも強く引っ張りながら声をかけた。
「甘いものでも食べに行こう」
しかし神奈子だって、早苗には負い目を感じている。半ば強引に幻想郷に着させてしまったと言う負い目が、イマイチ、強さを奪っていた。
「……行きたい店があります。ええ、喫茶店なんですけれどもね。クッキーが美味しいらしくて」
早苗は神奈子相手ならば、諏訪子ほど腹立ちを持っていないからだろう。少し優しくなった。

諏訪子は相変わらずゲロゲロしている物部布都を介抱しながら、早苗を連れて行ってくれた神奈子の事を見やりつつも。
少しだけ、自分の黒幕然とした、フィクサーを好む性格に自己嫌悪が、本当に珍しく本当に少しだけとはいえ感じた。
射命丸に自分の書いた手紙を渡した後でよかったと。もう今頃は、稗田○○も、






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最終更新:2020年10月25日 22:26