「なるほど!ある程度、予想通りだったよ!」
○○は立ち上がると同時に、自分の周りに集まって山童相手に悪口半分の情報提供を行ってくれた、河童たちに。
そこまでの声量がどこに必要なのか、そして○○はこんなにも声を張り上げられたのだな。
と言う二重の疑問を上白沢の旦那は抱きながらも、急な大声に対して、耳が痛いと言う感情が強かった。
その急な大声で耳が痛いと言う部分は河童たちにとっても同じ所か、河童たちの場合は○○からの急な動きに対して。
恐怖、と言うにはまだまだ遠い感情だけれども。
それでも河童たちはようやく、いけ好かない山童の事を稗田○○に何とかしてもらえるかもと言う。
そのはやる心がようやく、ともすれば迷惑と言う物をかけかねないと言う事実を、ようやく気付く事が出来たようであった。
「山童か!」
だが○○の中にある心配りとでもいうか、河童の方向には矛先と言える物は向いていないと言う事だけは、河童たちを落ち着けるためにも強調した。


そのままくるりと、○○は踵を返すように阿求が待っている人力車の方向に向かって行った。
その際においてまた風が、今度はやけに冷たい風が吹いて来て○○の背筋を震わせた。
この冷たい風も、そしてその方向が東風谷早苗のいた小屋の方向から吹いて来たのも、偶然とは思えなかった。
何せ阿求の待つ人力車の方に向かうにつれて、寒さも勢いも増しているのだから。

「ああ、寒い。急だね、風も寒さも、どちらも季節外れとまでは行かないが。参っちゃうよ」
阿求の待っている人力車の中へと、逃げ込むようにして舞い戻った○○は飽くまでも急な強い風と寒さに対して。
これらにのみ、参ったなと言う雰囲気をおどけたようにしながら出した。他意と言う物は決して存在しない。
○○の演技はもはや堂に入っていると言って良かった、他意など存在しないと言う風に振る舞うのではなくて、本当に存在していないと思い込ませていた。
だが思い込ませる方向が、自分で自分に対してと言うのが……一抹以上の寂しさ、あるいは恐怖すら他者からは呼び起こすだろう。
特に、一番の友人である上白沢の旦那からは、寂しさも恐怖も人一倍に抱いてくれるだろう。


それと同時に、稗田阿求に対する言い知れぬ不気味さと反感も……上白沢の旦那は一番の友人ゆえに出てくるかもしれない。
――東風谷早苗の場合はもっと?――
だが堂に入っているとは言っても、演じている事をどこかで分かっていれば○○としても、余計な思考が。
あるいは無意識下の自分が嘲笑してくることがある。
今回はそれをごまかすために、寒いな寒いなと、滑稽なほどに繰り返していた。
もちろんの事で、寒いなとは言いつつも笑顔をコロコロと○○はその表情で回していた。
言って見れば○○は、最愛の妻――この点においては全くの事実だ、○○は無意識下の自分にすら嘲笑などはさせなかった――
そう、最愛の妻である阿求に対してじゃれているような物であったのだ。

それに対して阿求は――ここが○○の行う演技の見せどころかもしれなかった。
結局のところ、彼女がどう思うかが○○にとっては全てであった。
もしも阿求が、その方が阿求にとって都合が良いのならば、カラスの羽を白いと言いだした場合、射命丸の黒い羽根にキレ散らかす可能性すらあった。
それぐらいに○○は阿求の事を考えていた、彼女が全てであった。
恐怖は無かった、ただ失敗したら悲しくなるだけだ、阿求の信頼に応える事が出来なかったであり恐怖ではなかった。


「ほら、あなた」
だが幸いにも、今回の演技は阿求のお眼鏡にかなうと言うか、そもそもで疑念の欠片も存在していなかった。
値踏みするような、点数を付けるような雰囲気がこの時の阿求からは全く感じられなかった。
「私のひざ掛けぐらいしか、温かくなってきたからありませんが。無いよりはマシなはずです」
コロコロと笑う○○に対して、阿求の方もあらあらと言う風に他意なく笑いながら、自分の使っていたひざ掛けを、肩から掛けてくれた。
「それで、首尾は?」
そのまま阿求は、自分の体温も使って欲しいのかピッタリとくっつきながら今回の訪問の出来栄えを聞いて来た。
最も、○○が芳しくない自己評価を下しても阿求の方が無理やり引っ張り上げるのだけれども。
――自己評価にもあまり意味がないな――
また無意識下の自分が嘲笑してきた、今度は上白沢の旦那の声を無意識下の自分が使ってきた。

「うん、まぁ。首尾がどれほどかってのは、評価するのはこれからだけれどもね。まだやりたいことがある、と言っても手紙を出すだけだが」
「おや、どなたに?」
○○はこの時になって初めて、少し迷ったような、一気に言い出せないようなよどんだ様子を見せた。
「ああ……何となくわかりました。忘八どものお頭にも?」
「それと……」
○○は急に無意識下の自分ではなくて、意識下の自分が東風谷早苗を意識してしまったのを、認めざるを得なかった。
ただしまぁ、時間の問題なのかもしれないのだけれども。
どっちみち、いずれどうにかせねばならない、ただし○○としては出来るだけ穏やかにしたかったし……
外の知識で稗田○○を、外出身のくせに随分と幻想郷に馴染んだ自分を共通する外の知識で馬鹿にする存在。
これの解決に東風谷早苗の力は、恐らく不可欠だから。

でもこの場は、どうにかせねばならない。
「八坂神奈子にも」
○○はとっさに名前を出した彼女に対して、洩矢神社の諏訪子と共に二柱をつかさどる彼女に、謝罪せねばなと素直に思った。
多分これから、自分は彼女に迷惑をかける。
洩矢諏訪子のようにフィクサーを気取って遊郭街に食い込むようなことはせず、かといって諏訪子からの遊郭街から流れてくる利益を捨てれない。
さりとて東風谷早苗の苛立ちには理解を示している。
多分、東風谷早苗の抑え役は現状どころかこの先も八坂神奈子しかいない。
そして東風谷早苗も、八坂神奈子には迷惑をかけたがらない。
よし、振り回そう。
○○は八坂神奈子を振り回すことに決めてしまった、だから○○は八坂神奈子に謝罪を示さねばならなかった。

「なるほど」
また阿求の返事も色よい物なのが、八坂神奈子を強引に舞台に出してしまう後押しにもなった。
「洩矢諏訪子は、もちろんこれからもつながりを持ち続けるべきですが……あの神様は遊郭街と近すぎますからね」
「それもあるが……洩矢諏訪子と繋がっているのならば八坂神奈子ともそれなり以上の仲を作っておきたい。片方だけでは塩梅が悪い」
「二柱そろってこその守矢神社と言う側面は大いにありますからね」
ひとまずはそこを前面に出すしか無かった、多分これ以上の理由は思いつかない。
忘八どものお頭への手紙に何を書くかはポンポンと思いつくのだけれども。

「八坂神奈子にはひとまず今回は挨拶以上の手紙は良いだろう……後々に置いて守矢神社のもっと言えば山の勢力下でも動きやすくなるための布石だな」
「まぁ、これと言って何と言う話題もありませんからね」
東風谷早苗の手綱を握れという大きな話題が○○にはあったのだけれども、阿求がそれを話題にしないのは本当に助かる。

「忘八どものお頭には……あの男がたびたびに置いて外で宴会を催している連中の事を知らないはずは無いが、今は放っておかせる」
「ふふふ……首級はあくまでも、○○の物ですからね。それ以外の展開は、私の中にはありません」
「あるいは騒動の発端に好き放題やらせてしまうか……どちらにせよ怪しい連中の名前と人相はこっちに寄こさせるが」
「ああ、それもそれで面白そうですわね。○○にすら助けてもらえないと言うのもどん詰まりっぽくて、どうせ遊郭街の連中ですからね」
相変わらず阿求の笑顔は、遊郭が絡むと実に獰猛なそれになる。
好き放題にして壊してしまう勢いで遊んでいる、なまじ阿求は自らの中にある悪意にも気づいているから、それでいて自重しないものだから。
冷静に悪意を持って遊郭街を苛ませている、性質と言う奴がどこまでも悪い遊びを阿求は行っていた。

最愛の妻ではあるのだけれども、遊郭街を振り回している時の表情は見るに堪えない。
すまないと思いつつも○○は、外の風景でも不意に眺めるかのように、人力車の窓から外の様子を見やった。
視界には上白沢の旦那が河童たちの聞き役に徹していた、少なくとも先ほど○○に対して山童への鬱憤をぶちまけていた時よりは大人しかった。
「何か聞き出せたかな」
○○は特に、他意など無くそう呟いた。
別に○○に人力車から再び出ていく気はなかったのだけれども、阿求にとっては万に一つもと思えば行動に出る理由としては十分だ。
ましてやこれは、阿求にとってもはや魂の一部とも言える○○に、そばに居て欲しいという欲求だ、いつだってその欲求には正直だ。

「うん、分かったよ」
阿求が○○の袖を握ったのならば、○○は阿求を抱き寄せるのみである。
(少し阿求の身体が冷たいな……)
だがちょっとしたむつまじさを楽しむよりも、阿求の身体の方を○○は気にしていた。
もしかしたらこれは気のせいかもしれない、だけれども何もしない訳には行かないし、別に損をするわけではない。
「阿求。阿求の方が寒さに弱いんだから、このひざ掛けはやっぱり阿求が使わないと」
○○はそう言いながらひざ掛けを阿求に返すだけではなく、自分が着用している上着も阿求の肩にかけてやった。
阿求は言葉は無かったが、と言うか○○からの献身が嬉しすぎて言葉を出せなかったと言って構わなかった。
そのまま阿求はギュッと、○○に抱き着いてくれた。
下手な言葉よりも阿求の嬉しさを表現するのは、こちらの方が適切ですらあった。

○○は嬉しそうな阿求を見て、ほほ笑んだけれども。
(うん、やっぱり気のせいじゃない)
阿求の身体が少し、冷たかったのは。○○の考え過ぎではなかった。
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最終更新:2023年07月26日 22:13