(しくじった・・・)

 木にもたれかかり脱水と飢餓で朦朧とする○○の頭に浮かぶのはそればかりだ。

 ・・・中秋の名月が光を失い、夜が明けようとしている。

 事の発端は五日前、働けど働けど癖の博打が止められずいつも食うに困っていた○○にはちょっとした秘密があった。

 それは人里離れた山での密漁だ。

 ○○は金に困るとこっそり妖怪の山に出向いて慎ましい量の山菜や小動物をとっていた。

 今まで運よく妖怪や天狗に見つからずに済んでいたが、その日は遂に運に心底見放されたのか野良の妖怪とばったり会ってしまった。

 妖怪は御馳走だと言わんばかりに飛びついた。

 しかし間一髪、懐に入れていた親の形見のお守りを投げつけて妖怪が怯んだ隙に大慌てで元来た道を駆け戻ったのだが、さらに運の悪いことに行けど戻れど山から一向に出れないのだ。

 こうして○○と妖怪の‟チキチキ!食うか!!逃げ切るか!?地獄の追いかけっこ!!‟が幕を開けたのだった。

 ・・・時は戻って大きな栗の木の下で、今にも死にそうな○○と、腹が減り過ぎて今にも飛び掛かってきそうな妖怪。

 ジリジリとにじり寄って獲物を狩る瞬間を楽しむ飢えた妖怪を目の前に○○は思う。

 (ああ神様、仏様。どうせ死ぬなら腹いっぱい食ってから死なせてもらえねぇかなぁ・・・)

 どうせ願うなら生きて帰れるよう願えばいいものを、そんな生を諦めた男の目の前にボトリと何かが落ちてきた。

 イガグリである。

 足を止めて木を見上げる妖怪と(そりゃねぇよ神様ぁ・・)とイガグリを渋い顔をして見つめる○○。

 グシャリッ

 不気味な音に驚いて顔を上げる○○、そこには西日を背に受けながら立つ笑顔の少女。さっきまでいた妖怪は影も形もなくなっていた。

 神か?仏か?はたまた死神か?

 否、○○にはそんなことはどうでもよかった。

 少「女」というこの世で最も癒しを与えてくれる存在(彼個人の感想です)を認識した○○の中にさっきまで諦めていた生きる希望が湧いたのだ。

 誰でもいいから助けてほしくなった○○は最後の力を振り絞って声を上げる。

 「あう、あう・・・」

 微笑みをたたえる少女は○○に早足で近づき、そっと○○のシワシワになった口元に耳を寄せる。

 「み、水を、くださせぃ・・・」

 きっと○○のか細い声は少女にちゃんと伝わったのだろう。

 薄緑色の髪と瞳をした少女はさらに目を細めてニッコリと○○に微笑みかけ、袖からスラリとナイフを引き出した。

 (ああ、栗でも剥いてくれるのかな?)

 ”そんな訳が無かろう”

 それは呑気にボケる○○に、僅かになったリソースをほぼ全て生命維持に注ぐ脳からの渾身のツッコミであった。

 少女はというと手に持ったナイフを自らの腕に突き刺した。

 少女の行動に理解が及ばず首をかしげる脳死状態の○○(と疲労困憊の脳)。

 そんな○○をよそに血も痛みもお構いなしとばかりに笑顔のまま刃を引いてさらに傷を広げる。

 少しずつヤバいことが目の前で起きていると理解する○○(と脳みそ)

 そして”ヤバいこと”を決定的にしたのは少女が”飲めと”言わんばかりにズイと○○の口に持ってきてようやくだった。

 「水がないなら私の血を飲めばいいじゃない(笑顔)」ということである。

 例えココが常識に捕らわれてはいけない幻想郷だとしても、このマジキチぶりには流石の○○(と脳みそ)もおっかなびっくりして手放しつつある意識を引っ張り戻さざる負えなかった。

 ○○は差し出された少女の血濡れの腕を右に避け左に避け上に下にと巧みに首を振って弾幕ゲーもかくやという少女の猛攻をいなす。

 しかし、笑顔とは裏腹にかなり業を煮やしたのであろう少女は乾きつつある傷に口をつけて血を含み、そのほっそりとした腕には似合わぬ力でガッチリと○○の頭を固定した。

 これから何が行われるかなど死にかけの○○にだって容易に想像できる。

 恐怖の不本意キッスを死んでも避けんと○○は唇が切れるほど噛み舌で入り口を押さえて必死に入れまいとするが、抵抗空しく唇が触れると同時にヌルリと少女の舌が口の中に入り込む。

「ぶちゅり」

 チュッとかそんな生易しいものでは決してない。

 次いでドロリとした鉄臭くて考えたくないナニかを雛鳥よろしく強制給仕される。

 十秒、二十秒、三十秒.....

 長い長い口移しが終わり、少女の唇が離れると○○の体はまず新鮮な空気を求め次に異物を吐き出さんと胃液が食道から迫ったが、それに気付いた少女がまた腕を吸い始めたので、慌てて飲み込んで身振り手振りで吐かない意思表示をすると、少女は納得してくれたのか、含んだ血を自ら飲み込んだ。

 この間、ずっと少女は笑顔のままである。

「いったい、なんで?」

 息を整え○○は少女に問う。

 その”なんで”にはたくさんの疑問が詰まっていた。何者なのか?なぜ助けてくれたのか?なぜ血を飲ませたのか?あの妖怪はどうなったのか?

 知ってか知らずか、少女はこの疑問全てに一言で答えた。

「それは、太陽のせいだよ」

 西日に照らし出された少女の満面の笑み、しかし○○の目には古明地こいしの笑顔はどんな妖怪や獣の顔よりも酷く不気味に映っていた。


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最終更新:2023年10月24日 07:11