僕のお母さんは山の上の巫女さんだった。
お母さんは外来の人と子供を作ったけど、その人は居なくなりお母さんだけが残された。

お母さんはお役目があるから、子育てが出来なかった。
僕は里に預けられる事になった。正確に言えば、里の近くにあるお寺だけど。

僕にとって、妖怪は身近な存在だった。
だって、赤ん坊の頃から妖怪と同居しているのだから。
無くしモノをした時には、ナズーリンによくお世話になった。
夜に厠へ行くとき、小傘に驚かされてはちびり、一緒に汚れの始末をした。
雲を操る一輪には良く雲に載せて遊ばせて貰った。
村紗からは、見たことも無い海の話や、海の怖い怪談を聞かせて貰った。
寅丸星からは勉強を教えられたり、お寺の仕事を学ばされたりした。

そして何より、白蓮さんは僕にとっての母親だった。
厳しくもあり優しくもある、僕にとっては掛け替えのない存在。

一度だけ話して聞かせてくれたけど、白蓮さんがこの地に降り立った時に出会った外来の人と僕とは似ているらしい。
その話をしてくれた時の白蓮さんは、僕が見てきたどんな顔よりも綺麗で……妖艶だった。



僕は、15歳になった。

最近、白蓮さんが部屋に忍んでくる。

「あの人をあの巫女に奪われ、隠されたのは痛恨でした」
「愛しい人と、嫉妬を抱いた巫女の血、貴方は私にとって一番複雑な存在なんですよ?」

白蓮さんは、僕の首を優しく絞める。
決して呼吸障害を起こしたり、首の筋肉や脊椎に損傷がいかない絶妙な力加減。
最近は毎晩の様に僕の首を絞める。
白蓮さんが言うには、僕は父さんと母さんの特徴をそれぞれ引き継いでいるらしい。

だから、愛するのにも、憎むのにも葛藤が居るとか。

でも、最近は愛の方が大きいらしい。
僕が15歳を過ぎ、男の面が大きくなって来たからだ。

僕にとっても、寺の住人達との付き合いが微妙になっていた。
彼女らは美しい、愛らしい異性だからだ。妖怪だとしても、僕は……。

「○○、私はどうしたら良いのでしょうかね?」

今夜は首を絞められず、優しく唇を唇に重ねられた。
何時も、母として見てきた白蓮さんが、僕に女として接してきている。

……僕は。



129 の続き


僕は17歳になった。

僕は、白蓮さんを母親とは言えなくなってしまった。
白蓮さんが忍んでくる晩は、毎回彼女を組み敷いてしまっている。

確かに、これは白蓮さんが望んだ事なんだろう。
白蓮さんは、正に僕があの人と瓜二つになりつつあると言った。
その言葉に激した僕は、白蓮さんを抱いてしまった。
それすら、あの人の願い通り、思惑通りなのだろう。

しかし、同時に悲しくもなる。
本当に白蓮さんは僕自身を愛しているのだろうか。
愛する人を産みの母親に奪われた白蓮さんが、代償行為として僕を求めているだけじゃないのだろうか。


解らないし、解りたくない。
腕の中、惚けた顔で愛していると呟く白蓮さんを見ていると、聞けなくなってしまう。
僕だって惹かれていたんだ。白蓮さんに。
母親だって思っていなかったら、女性だって思っていたら。

普通に、恋に落ちていたかもしれない―――。






「しかし、よろしいのですか聖よ。あの子はもう……」
「そのつもりで育てました。業を背負う覚悟は出来ています。それに……」

寺の主は、遠い目で庭を見やった。

「○○は元々半分が人であって人でありません。加えて、幼少期から妖怪達と共に生きる。これが何を意味するか」
「そうですね。我々の妖気を日常的に浴び、寝食を共にする。それはもう……」
「あの子はまだ自分が普通の人間のままだと思っていますからね。既に、人の境界線を越えた存在になっているのに」
「……」
「決定的なのは、私と契った事です……しかし、後悔はしてませんよ」
「……」
「星、私は歪んでしまっているのですよ。○○が産まれる前、彼に出会い心奪われたその時から」

ほんのりと頬を染めた寺の主は、静かに歪みを湛えた視線を庭で箒を使い掃除をしている○○に向ける。

「巫女に奪われた彼と二度と逢えなくなったと悟った時、○○を山の神社から奪った時から」

○○がふと振り返り、主と従者に手を振る。
穏やかな仕草で手を振り替えしながら聖白蓮は従者に己の罪を告げた。

「私は、歪み、病んでしまったのですよ。私の我が儘で、永久をあの子と共に歩みたいと願う程に」

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最終更新:2011年03月04日 01:41