「……なあ」
「ん?何かしら、○○」
 馬乗りになっている天子に悪びれた様子は全く無く、
 寧ろ機嫌が良いと言った様な感じで返事をする。

 何度もその状態から抜け出そうと試みてはみたものの、
 隙といったものもなく、一向に退く気配も無い。
 隙が無いとは言っても、天子が全く自分から目を離していないだけなのだが。

「そんなに俺の顔ばかり見て楽しいのか」
「当たり前じゃない。ふふ、随分と可笑しな事を聞くのねえ」

「……突然後ろから殴りかかって来た後、
 何処かも分からない場所に連れ込まれた上、
 何言っても離して貰えない、今現在。
 この状況を作り出したお前の方がよっぽどおかしいと思うんだが?」
「殴ってなんて居ないわよっ!当て身よ当て身。
 それに此処だって前に一度案内してるじゃない、私の家よ!
 それに離さないんじゃなくて、離したくないの。じゃなきゃ態々こんな真似する筈も無い。
 おかしいだなんて、言いがかりもいい所ね」

 少し荒い鼻息を立ててそう言うと
「ふふん」
 と、腕を押さえつけたまま胸に顔を埋めようとする。
「お前とは一度会ったきりだろう。
 偶々天界での宴会に呼ばれて付き合って、
 そのついでで皆が酒飲む時に来たのがこの家だったんじゃないか」
 それを手で抑えようとしたが、圧倒的な力で除けられ、頬ずりされる。
「とか言いながらー。ちゃぁんと覚えてるんじゃない」
「いや。思い当たる場所が、それしかなかっただけなんだが」
「一度会っただけで……ね。
 やっぱり私達、運命的な力か何かで結ばれていて……」
「何でそんなに都合のいい解釈になるんだよ?」
 押し退けるのに通用する力も無く、俺は溜め息をついて言ってやった。
「気が触れてるんじゃないか?どっかの妹さんと一緒でさあ」
「誰がキチガイだってのよ」
「言い方が悪かったか。なら、ただの悪質なストーカーだ」
 少し酷いだろうか。
「随分な言い草ね、さっきから。まあその方が燃えるんだけど……」
 いや、ダメだこりゃ。
 毒を吐いても、返って来るのは出来の悪い餅だ。
 べっとりとしてるだけで、美味しくもない、あれ。
「それよりこんな体勢なんだからさあ。もっと、興奮してみせるとかないの?」
「興奮はしてるぞ。生命の危機的な意味ではな」
「そうじゃなくって……
 恥ずかしがらなくったって、貴方のだったらどんな姿だっていいツマミになるの。
 互いを肴に、言葉を酒とし酌み交わしながら、上り詰める所まで上り詰めようって。
 貴方となら、有頂天まで達してもいいのよ?」
「登山は苦手でねぇ」
「それは残念」
 天子が何を考えているのか、さっぱり分からない。
 さっきから力づくで自分を抑える以外には、暴力も振るわないし、脅すような事もしない。
 まあそれも、自分の事を好いてくれて、突発的に起こした……
 何て事態が実際にあればの話しだが。
 それに例えそうだとして。
 此処まで文句を言ってやっている自分を、どうして好きになれるものか。
「それに生憎、悪酔いしたらしい。トイレを貸してくれ」
 結局、そんな事を言うしかなく。
「あら……そういえば厠は使えなくなってたのよ。
 それなら、私が一緒に別の厠を案内してもいいけど」
 事態は一向に進展しなかった。


 それから、少しの沈黙が流れた。
「前の宴会での席での事、覚えてる?」
 切り出したのは天子の方から。
「いいや」
「うんまぁ、わかってたけどね」
 なら聞くなよ。そんな事を思いながらも、一応は耳を傾ける。
「あんな場所でだから、貴方は酔いが回って覚えていないかもしれないわね」
「……さて、どうだったかな」
「覚えて無くてもいいんだけどね。
 だから、私がこうして貴方を此処に連れて来た事は。
 無意味ではないのよ、きっと。

 私にとっては」
「おい」
「何とでも言えば良いわ」
 いやそれじゃ意味が判らないだろ、と心でツッコミを入れておいた。
 口にしても良かったが、これ以上変な方向に増長されても困るので、やめたが。

「……一目見た瞬間から、運命を感じたの」

「胸の中がぼうっとして、とても暖かくて。
 熱くて熱くて溜まらない、汗を掻く筈も無いのに、体はべっとりとしてしまったみたいに」

「あなたに、絡め取られてしまったのよ。蜘蛛の巣にかかった蝶みたいに」
「地霊殿なら遥か下だぞ。
 ヤマメは気の良い奴だから大事にしてやれよ」
「待てこら。何を聞いてたのよ貴方は!」
「……蜘蛛が好きなんだろ?」
「なわけないでしょ」
「蝶なんて何処に居るんだ?」
「じゃあ天女とかでもいいわよ、近い解釈のものの比喩とでも思っておきなさいよね」
 ふぅ、と溜め息をつく。
 結局のところ、これって一目惚れされて拉致された、とか。
 稀にあるあれだろうか。
「……じゃあ俺の事、自由にしてくれても良いだろう」
 開き直ったように、そう言う。
「好いてくれてるんじゃ、ないのか?」


「ううん」
 天子は、首を振って見せた。
「何?」

「言ったでしょ。宴会の事、覚えているかって。
 私は、貴方が憎いのよ」

「地に這いつくばる、人間の癖に――」
 天子はそう言いながら、顔を近づけてくる。

「憎い――

 私の心を砕いた、貴方が。

 愛おしくて堪らないの」

 ――っ。
 天子の唇は柔らかいというよりは、弾力のある、果実の様な感触がした。

「な、ん……」
「酒の席で、貴方は言ったわ。
 酔った状態で、私に絡みながら。

 もっと楽しい事がしたい、もっと激しい事がしたいと。
 退屈で不満、苦痛と疲弊ばかりのこの日常を、愚痴りながら。

 ……正直、ただの酔っ払い。
 品の無い下種だと思ったわ。

 でもね、言ったのよ、貴方は。

 私の事、可愛いって。
 凄く綺麗で、娶ってやりたいって。

 ――そして。


 力 ず く で 屈 服 さ せ て や り た い っ て。

 ワタシをモノみたいに扱えたら、さぞかし――」
 自分の口に指を当てると、そこで口を閉じる。
「だから、こうして……貴方を傍に置くという事に決めたのよ。
 力ずくで私をどうにかするっていうのなら、それ相応の力が必要になるでしょう?

 だから地上に居ては駄目。私の傍に置いて、私が貴方をモノみたいに扱うの。
 こうして馬乗りになって、這い蹲らせ、足を舐めさせて、そして。
 ……ボロ雑巾の様になるまでみっちりとしごきあげてあげるわ。

 貴方が強くなるまでは、貴方は私のモノ……
 恥辱と屈辱、それに、私の愛で辱めて、辱めて、磨り減らすのよ。

 そして磨り減った分を、貴方が……

 私をモノにして、それを、それで、埋めて。

 私が壊れてしまう位になる様に、私は貴方を愛し続けてあげるから。

 だから、いつか、いつか……その時が来たら」


 壊れてしまう程、愛してね……?
最終更新:2010年08月27日 12:27