「いつもより美味しくできた気がするわ、今日のは」
少しだけ嬉しそうな顔をして、霊夢は料理を運んでいる。
「本当に?霊夢がそう言うなら、それは期待出来そうだな」
受け取った料理を○○は並べ、席に着くと、急須から茶を淹れた。
『何事も無く穏やかな、ただの食事の時間』
「○○、そこの醤油取ってくれる?」
「あぁ」
○○は言われたままに醤油を掴み、霊夢へと手渡そうと振り返る。
『何事も無く』
何処か遠くを見る様な目で、彼女は箸を握る様に持ちながら。
彼の方へと 振り下ろす――
『穏やかな。ただの――』
ガツッ。
テーブルから、そんな音がした。
ぶつかった箸の先のテーブルは軽く減り込んでおり、
霊夢は『あれ?』と言いたそうな顔で、箸の先を見つめている。
「あ、○○。醤油取ってくれるかしら?」
しかしそんな表情はすぐに消えた。
『いつも』の様に。
何事も無かったといった感じで、醤油を受け取ると、また先程の様に食事を摂る。
「美味しい……いつもより美味しくできた気がするわ、今日のは」
普段と、変わらない雰囲気で。
「あいつの様子がおかしいっ……って、何時もの事じゃないか」
魔理沙は縁側で茶菓子を摘み、口へほうばった。
「いや、だから……真面目な話なんだって」
「そうは言ってもな。前と比べて何かが違う気がするとか、漠然としすぎだろ?」
自分の分の茶菓子を取ろうと、○○が皿に手をやると、空振る。
横に居た魔理沙の手には、明らかに盗ってやったと言わんばかりのそれがあった。
あんぐりと口を開く○○の手の上に、感触。
後ろを振り返ると、茶碗を口に当てたまま『上げるわよ』と目でモノを言う霊夢の姿があった。
彼女から受け取ったそれを、○○は眺める。
別段何の変わりも無い、ただの茶菓子だ。
だが何故だろうか、無意識のうちに何かを疑っているような、そんな気が、していた。
口へとそれを投げ入れて、考えを打ち消そうとする。
……ただ、甘いだけだった。
(やっぱりお前の気にしすぎだって)
小声で隣、囁く魔理沙の声は、何処か遠いものに感じられる。
確かに危害が加わった事は、今の一度も無い。
それでも不安を拭う事は、どうしても出来なかった。
だから。
誰かに、あの霊夢はおかしいと、言って欲しかったのかもしれない。
日も暮れ、魔理沙が神社を離れる。
二人きりの空間があった。
それが自然の筈なのに、何故だろう、生温いような感覚。
○○はそう感じていた。
「お礼をせがむわけじゃないけれど」
「え?」
そう答え振り返った霊夢の手には、茶碗。
不自然な持ち方で、まるで振りかぶるような
――ガシャン。
後ろで何かが割れる音がした。
霊夢の手には、もう、何も無い。
「明日は買い物に出掛けるつもりだから、荷物持ち、よろしくね?」
悪戯っぽく笑ってみせる、霊夢の笑顔。
……ひょっとしておかしいのは、自分なのだろうか。
○○には、そう考える事しか出来なかった。
数日が経った。
あれから、霊夢の様子に不自然さは無く、
むしろ○○を心配するあまり、励まそうとしていた彼女の方が苛立っていた。
「あんた……悩みがあるんでしょ?
……言え。今直ぐ言え!
解決出来ないって悩むより、理由も分からずやきもきさせられる方が、
私にとっては面倒なのよ!」
「痛っ、痛い痛い!霊夢、落ち着いてくれって!」
お祓い棒で○○を叩きながらも、札と針を睨みながら、
さぁどうしてくれようと言わんばかりの勢いが、今の霊夢にはあった。
「落ち着いてないのはあんたよ!
いいから、さっさと話せ。
私はあんたのそんな顔、好きじゃない」
そう言うと、叩く手を止めて。
「好きなのは、もっと楽しそうに笑って話す、いつもの顔」
「霊、夢……」
怒りながらも、何処か優しいその顔は。
(俺の好きな……霊夢の顔、だ)
そっと、頬に手を伸ばすと。
「……ね?」
彼女も応えるようにして、手を取った。
「だから安心して……」
「死ぬといいよ」
目の前にはもう、針があった。
「あぐっ、ぁ!ぁ、ぅ!」
咄嗟の条件反射で、体は逸れ、○○に針は刺さらなかった。
しかしそのせいで、顔の皮膚を裂け、その苦痛に嗚咽が漏れる。
「何で動くんだい。そのまま、じっとしてれば痛みも無く逝けたんだよ?」
霊夢は針についた血を舐め、つまらなそうに○○を見下ろす。
何故?と問いかける様な顔で。
「れい、むっ!や、やっぱりおま、え、俺を!」
殺そうとしてたのか?そう口を開く前に、霊夢は針を落とす。
「○、○○……!?何その傷……」
そして落とした針に気付くと、拾い上げ。
付いた血を見ると、真っ青な顔で頭を抱えた。
「……ぁ。な、何これ。夢?私が○○を?」
後ずさったのは、今度は○○ではなく霊夢だった。
「何で、わ、たしっ、こんな事を!?
ち、違う。
私が……
違う……違うのよ、○○……
私は、あなたがただ何時もと違うから、元気付けようとして……
それでっ」
霊夢はぶつぶつと言いながら、目を伏せる。
「れ、霊夢」
その様子に、○○は彼女から目を離すことは無かったが、後ずさる事もなかった。
「霊夢、お、落ち着け!俺は怪我しただけだ、きっと事故だ、だから」
その場しのぎで、心にもない事を言ってみせる。
○○は、無意識だった。
何処かで疑う心を持ちながらも、結局それは、信じていたから。
「夢……
これは夢……
……ただの、夢っ」
だから、○○は、足を進め。
「霊夢!」
彼女の名前を、呼んだ。
「人違いよ」
彼女は黒い翼に覆われた。
「結局気付いてくれなかったね、あなたは。
……私としては、がっかりだよ」
見慣れない棒――いや杖を振りかざすと、霊夢はそれを○○に突き立てていた。
ぐり、と一度捻る。
嫌な音と共に、貫かれていた○○の体は、噴水の様になっていて――
神様の居ない神社だと、有名だった。
だからこっそりとお参りをするのには、向いて居た様な気がして。
どうしても恋人が欲しかった。
だから毎日の様に通って、それを続けているうちに。
何時の間にか、誰かに見守られている様な気がしていて。
それが” ”だと、気付いた。
それが”ミ ”だと、気付いた。
……。
そうだ、そうしているうちに、何時の間にか此処のミコさんと仲良くなっていて。
一緒に居るのが、当たり前になっていた。
本当に、好きになっていた。
だからこうして――
「死んで初めて、本当に抱きしめる事が出来た気がする」
死んでも一緒に居られるのは。きっと幸せなのだろう。
「そうね……、随分と待たされたからね」
「え?」
「こっちの話よ。本当に……。
ずっとあなたの傍に居たのは私だってのに、横からとってっちゃって。
まぁいいわ。御陰で、一緒になる手順を省くことが出来たんだしね」
黒い翼の彼女は、○○を抱きしめると、がっしりと力を入れ。
「もう絶対に離してあげないわ、○○」
何かが、自分の中へと溶け込んで来る様な気がした。
「……ふふ、どんなに嫌がっても絶対に許してあげないよ。
覚悟しておくんだね」
黒い翼の、緑色の髪をした、彼女は。
ゆっくりと――
それが、” マ”だと、気付かない。
魔理沙は神社に腰掛けると。
「上手くいったかな?」
と、一言だけ呟いていた。
最終更新:2010年08月27日 12:29