「……何これ」
 久しぶりに訪れた魔界の様子は一変していた。
 空気は重く、人々の顔も何かに脅えているような。

 愛する神綺の家へと向かう途中に、見知った人物を見かけたが、
「勘弁してください……」
 体育座りで膝を抱え込むユキ。
「もう嫌だ……」
 仰向けで床に寝そべるマイの姿。
「○○さん!帰ってこられたのですね!!」
 そして、目の色を変えて迎えに来た夢子さんの姿。
 どれ一つとして、まともなものはなかった。

「○○ちゃん」
 ぎゅぅ。
「……」
 其処には○○の姿をした人形を抱きしめる神綺と。
 顔面蒼白のアリスが棒立ちしていた。

「○○ちゃん……○○」
 ぎゅっ…………ごきっ!

 ○○の姿をした人形が嫌な音を立てて、おかしな方向へと曲がる。
「○○……○○、○○、○○、○○、○○っ!!」
 そうしているうちに、人形は音を立てて様々な方向に折れる。
(……なん、で?)
 そう○○が思った瞬間、神綺は人形の頭を掴み、壁へと投げつける――

 ベキッ。

 ……人形は見るも無残に、バラバラになった。
「アリスちゃん、次の」
「え、ぁ」
「早くなさい」
「は、はい」
 そう言って○○の人形をアリスが手繰り寄せ、神綺の方へ向かわせる。
 が、神綺はそれを睨みつけると――

 ばしゅっ。

 ……二本のレーザーで、正面から貫いた。
「と思ったけどもういいわ」
 ……まさか。
 背筋に寒い物を感じ、足音を立てないように後ずさる。

「今度は何処へ行くつもり?○○」
 その声がした時にはもう、神綺の目は俺を見ていた。
 ――見ツケタ。
 顔でそう訴えるかのように。
「い、いや……その……ただいま」
 取り繕う様に、そう答えるしかなかった。


「久しぶりよね」
 自分が来た事でアリスは解放され、俺は神綺の部屋に案内――
 いや、監禁された。拘束でもいい。
 とにかく、外に出られそうにはない。
 向かい合うようにテーブルに座り、自分は、
「ひ、久しぶり。元気そうで、安心したよ」
 取り合えず当たり障りの無い言葉で場を濁そうとする。
「ね。何してたかは、私も聞かないし、興味も無い」

「でもね。神様やってたって……好きな人にこぉ~んなにほっておかれたら」
 どんっ!!という音と一緒に、机にヒビを入れ。
「……正気で居られると思う?」
 にっこりと此方を見た。
 目は勿論笑ってない。
「な、何の連絡もしなかったのは悪かったと思ってるよ!?
 でもほら、神綺は魔界神だから忙しいかなーっ、なんて」
 ばきっ!!と今度は机が裂けた。
「なわけないかー。ははは」
「あはははは」
「……ごめんなさい」
 濁せなかった。


「……で、これから何をされるので?
 さっきの人形みたいに、ばーらばらにされるとかなら、
 勘弁して欲しいかなぁー……って」
 そういう自分は神綺の前で立たされていた。
 一方彼女は涼しい顔で椅子に座り、此方を眺めている。
「罰としては悪くないわね」
 まじか。
「でも、待たされた対価としては見合わないなぁ。
 やっぱり、それに見合うだけの事をして頂戴?」
 そう言うと挑発的な顔になる。
 ……嫌な予感しかしない。何を企んでいるのやら。

「そうねぇ、取り合えず」
「取り合えず?」
「私を抱きしめて。
 いきなり、そこまでよ!な事を要求してもいいんだけど、
 それは色々と都合もあるし、盛り上がりにも欠けるしね」
 ……後者は何だろう。
 というか、さっきのアレを見せ付けておきながら、抱きしめろとか、無茶な。
「出来ないの?」
 挑発的な冷たい顔。
「……そ、そんな事はないよ?」
 何処か意地の様な感じで、それを受け入れた。

 ……。
 しかしただ抱きしめるっていうのも、何かと遣り辛い。
「どうしたの?」
 ならせめて睨まないで下さい。
 やや背の低い神綺の肩に手をかけると、包み込むように抱きしめる。
「その……。ただいま、神綺。待たせて、ごめん」
 抱きしめた腕に力を込めると、懐かしい彼女の温もりが伝わってきた。

「……」
 彼女は何も言わない。
「それだけ」
「え、いやそのっ」
 反論しようとするも、背中に鋭い痛みが走る。
「……ぐっ」
「待ってたのに。ずっと待ってたのに!それだけ!?」
 神綺の爪が背中の皮に抉るように突き立てられる。
「私……一日でも早く、あなたに帰ってきて欲しくて。
 ずぅっと我慢してたのに!連絡も遣さない……」

「あなたに何かあったんじゃないかって、心配していた私は何。
 謝って欲しかったと思ってるなら、それは間違いよ。

 ただ一言、”会いたかった”って!
 何でそう言ってくれないの……」
 神綺はそう言うと、背中に向けていた手で、○○の頭を掴み。
 引き寄せる様に――

 でこピン。

「出直してきなさい!」

 ぴんっ!

「あいっだだだ!!」
 予想だにしない攻撃に、もんどりうって倒れる。

「ばか○○」
 涙ぐみながら、彼女はそれを見下ろしていた。


「言わなくても、それは伝わってるって思ってて……」
「言い訳しない。なんなら人間やめる?」
 自分がはい、と頷くと彼女が額に塗れたタオルを乗せた。
 何だかまだ頭がくらくらする。でこピンとはいえ、かなり本気だったらしい。
「○ー○ーちゃーん♪」
 世話をしている事が嬉しいのか、鼻歌まじりになっている。
 何かと理由をつけてはあっちをうりうり、こっちをすりすり。
「って、神綺?」
 その手にはハサミが握られている。
「ちょ、ちょっと待て!?」
「いやよ。待ちません」
 そう言って此方ににじり寄って来る。
 逃げる事も出来ずに、俺は――


 長くなった髪を切られた。
「こんなになるまで放っておいて。こら、動かないの」
「だってなぁ……神綺にやって貰うのが一番気持ち良かったし。
 それにほら、自分の好みでもいいけど、神綺が好きなほうがいいと思って」
 そう言いながらもてきぱきと髪を切ってゆく。
 やっぱり神様だけあって、色々と器用な気がした。
「だったら今度はもっと定期的に顔を見せなさい。
 ……分かった?でないと――」

 ハサミの歯を首に軽く押し当てる。
 たらり、と血が流れ――
「んっ……ちゅっ」
 その傷を、神綺が舐め取るように、キスした。

 傷口は、残っていない。

「今度はでこピンじゃすまないからね……?」
 そうしてハサミを置いて○○の顔を向かせると。
「ちゅるっ……んあっ、んっ……」
 貪るように、口づけあった。

「○○。……○○ちゃん。大好き」
「うん……こっちだって、大好きだ」
「だから暫くは一緒に居て、こうやって愛してね。
 でないと私、魂になったあなたを愛でる事になっちゃうかもしれないから」
「……努力します」
「もう。其処は少し虚勢を張ってくれたほうが、嬉しいなぁ」
 そう言いながら俺達は抱きしめあう。
 結局食事の時間になって、夢子さんが呼びに来るまで
 延々と口づける事を続けていた。


「でもね、○○」

「帰ってきたら、必ず愛してくれるって、分かるから。
 ……待っていて、楽しみなの。
 今度はどうしてあげようかって」

「欲張りになれるのよ、神になった今でも。
 ……あなたの全てが欲しくなる。
 だから、いつかは」

 ずぅっと魔界で、一緒に暮らそうね♪

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最終更新:2010年08月30日 19:59