萃香の場合
家も店もまばらな人里の外れ。
明るい活気ある人里と対象に明かりの一つも無ければ物音も無い。
その家に鬼と男が居た。
部屋を大きく陣取る布団を男は被っている。
その横に寄り添うように寝た鬼はふと、何か思い出し。
布団の中の男の耳元に顔を近づけた。
『…そういえば今日は節分だね。』
『懐かしいだろ○○。』
『ここに来て間もなかったお前が逃げ回ってたわたしを…。』
『わたしを匿ってくれた…嬉しかったさ。』
そう言って鬼は男を抱き寄せる。
男も鬼を抱き返そうとする。
『毎年そうしてるうちに一緒に暮らし始めて…○○?』
鬼は自分に触れた男の腕が震えていることに気がついた。
男は腕に強く力を入れて放そうとしない。
鬼は空いている手で震える頭を撫でた。
『…大丈夫さ○○。』
『気配を疎にしてるから見つかりっこないよ。』
『今まで世話になったんだ…今度は私の番だよ。』
『ほら、怯えないで…わたしが傍に居るから。』
『約束する、わたしがずっと守ってあげるからね。』
それを聞くと男のの震えはおさまった。
自分の恐怖が何処から来ているかもわからず。
男は目の前の安息に体を寄せた。
勇儀の場合
夜中に寝室に向かった。
考えてみればごく普通のことだが。
俺の手には豆の入った升があった。
「勇儀ー!」
『ん…お前も晩酌に来たのか?』
『丁度いい、一人酒で寂しかっ…。』
「鬼はー外!福はー…どうした勇儀!?」
豆を投げようとすると勇儀がうずくまった。
急いで勇儀の元に駆け寄る。
「勇儀、急にどうしたんだ…?」
背中を揺すっても声を掛けても微動だにしない。
顔を下に向けて手で押さえているので表情はつかめない。
そのまま勇儀は喋りだした。
『…ひどいじゃないか○○。』「え…?」
『冗談だったとしても…ショックだよ。』
『恋人に凶器を突きつけたようなものだぞ?』
今の勇儀は本当に萎れている。
いつもみたいに笑って済まされると思っていたが…。
突いてはいけないことを突いてしまったようだ。
「…その、ごめん。」
「勇儀…あのさ、俺…オワッ!」いつの間に天井を見ていた。
…押し倒されたらしい。
上に居る勇儀は…笑っている。
『まったく…私に豆をかけようとするなんて何百年ぶりだろうな。』
『いや、可笑しくて可笑しくて…。』
「騙しましたね…。」
『いいや、嘘は吐いてないぞ?』
『実際、当たったら肌が焼けるように痛いんだからな。』
『それ相応の仕返しはさせてもらうぞ?』
「それ相応って、勇儀…。」
『言っただろう?』
『恋人に凶器を突きつけられたんだ。』
『痛い目味わってもらわないとな。』
「はは…。」
俺は勇儀にとっての地雷を踏んでしまったらしい。
さっきの言葉が冗談と思いたいが…それは無いだろう。
…鬼は嘘は吐かない。
パルスィの場合
旧都。
忌み嫌われた者が住み着く地底の都。
だが自分の想像していた場所とは違った。
嫌われ者同士仲良く身を寄せ合い暮らしていた。
だけど…。
そんな場所でさえ疎まれる者がいる。
地霊殿の主、そして…自分の恋人。
『ただいま。』
「あっ、…おかえりなさい。」
「早かったですね、どうしたんですか。」
『そんなことはどうでもいいの。』
『○○…今後ろに隠したものは何?』
「い、いえそんな物は…。」
『また嘘吐いた。』
『何で簡単な約束も守れないの?』
『そんなにペナルティが欲しいのかしら?』
「うっ…ごめんなさいパルスィさん…。」
『…まぁいいわ。』
『さ、言いなさい…何を隠したの?』
「…めです。」
『…聞こえない、もう一度。』
「豆ですっ!」
「勇儀さんから豆を貰ったんですっ!」
「無駄になったからって…。」
『クスッ…豆ですって?』
『私を追い出せるとでも思ったの?』
『確かに鬼だけど橋姫には豆は効かないわよ?』
「それは…その。」
『他の女と喋っていたのは気になるけど…いいわ。』
『どうせあなたはこの橋から出られないんですもの。』
『それぐらいは許してあげる。』
『でも…ペナルティは必要よね?』
全てを受け入れる幻想郷で疎まれる者はどうなるのだろう。
自分を曲げてしまうのだろうか。
彼女にはそうなって欲しくない。
たとえ歪んでいても…自分しか受け入れる場所が無いのなら。
自分は彼女を受け入たい。
レミリアの場合
最近、俺は体を壊して館で寝込んでいる。
咲夜さんに言われてベッドで寝てばっかりだ。
館の外にも出ていないし日の光ともご無沙汰だ。
『○○。』
「レミリアお嬢様、如何なさりましたか?」
『お前はまだ病み上がりでしょう。』
『大人しく床に伏せていなさい。』
「…お言葉を返すようですが。」
「私ももう体調も戻りましたし。」
「いつまでも世話になるわけにはいきません。」
「仕事に復帰させていただきたいのですが…。」
『主に口答えする気?』
「す、すみません!」
「私が間違ってました!」
『…解ればいいのよ○○。』
『人間は弱いんだから…。』
「……………。」
『…気が利かないな、茶菓子が尽きたぞ。』
「申し訳ありません!今すぐに!」
厨房に行くと咲夜さんにできたてのクッキーを渡された。
流石はパーフェクトメイド…手際がいい。
お嬢様の元に急…おっ。
そういえば咲夜さんに止められて最近コーヒーを飲んでないな。
咲夜さんは向こうを向いてるし…。
…いただきます。
……………!
「ヴぅ゛ッ、ググっ!」
喉が…焼ける?!
息ができな…。
「申し訳ありません…お嬢様。」
『…珍しいわね、ミスなんて。』
『○○は何故倒れたの?』
「はい、休憩中に呑もうと思っていたコーヒーを。」
『呑んだってわけ…。』
『そりゃ吸血鬼が炒った豆を呑んだらそうなるか。』
「申し訳ありません。」
「仮にもお嬢様の想い人に…。」
『まぁ大目に見るわ。』
『それにいずれは言わなければいけなかったんだし…。』
『…咲夜。』
「はい。」
『何と言えばいいんだろう…。』
『寝てるときに吸血鬼にしたなんて。』
『やはり威厳を持っているべきかしら?』
「…月並みな言葉ですが。」
「素直にいつも通りの態度で伝えるべきかと。」
『そう…ありがと。』
『じゃあ、いってくる。』
フランの場合
『○○…。』
聞き慣れ声に振り向く。
…妹様だ。
「はいはい、どうしましたか?」
『お話したいことがあるの。』
『いいかな…。』
「別にいいですよ?」
そう言って傍にあった可愛らしいベッドに腰掛ける。
彼女もベッドに足を投げ出し座る。
可愛らしいお顔は珍しく暗くうつむいている。
『そのね。』
『…○○は今幸せ?』
『私といて嫌じゃないかな…?』
「どうしたんですか急に。」
「…何かあったんですか?」
『ううん。』
『○○は外の世界で色々なことしてたんでしょ?』
『でもこの家はクリスマスもせつぶんもないし…。』
『私がむりやり〝けんぞく〟にしちゃって…。』
『…本当に○○は幸せ…?』
両手で自分の服をギュっと握っている。
特徴的な羽も垂れ下がって少し震えている。
気がつくと自分は小さな背中をさすっていた。
「…大丈夫ですよ。」
「始めは怖かったですけど。」
「一緒に居て好きって気持ちが嫌ってほど感じたし。」
「幸せ…とまでかはわかりませんけど…。」
「フランちゃんと一緒でよかったと思いますよ?」
『…そうかな。』
まだ不安そうだ。
何か元気にさせるようなことは…。
「…いいこと思いついた。」
「豆を撒かなくても節分はできますよ。」
『ホント!?』
「えぇ、恵方巻っていう巻き寿司を食べるんです。」
「咲夜さんに厨房を貸してもらえば多分できますよ。」
「やってみますか?」
『…うん♪』
彼女に笑顔が戻る。
やはりこの顔が一番似合っている。
彼女の手を握ると優しく握り返してきた。
…思った。たぶん自分は幸せなのだろう。
最終更新:2010年08月27日 14:31