〝幽香の場合〟
帰るのが随分遅くなってしまった。
日の出前には帰ろうと思ってたけどもう空は白がかっている。
まぁ、いいわ。
別に急ぎのニュースでも無いんだし。
あの子達は私の笑顔で気付いたのか〝おめでとう〟と祝福してきた。
一人ずつありがとうと言いたいところだけど…。
一番伝えたい人の元へ足を進める。
太陽の畑の中心。二人の家で彼は寝ていた。
『○○♪』
『私ねぇ…またベスト10に入ったのよ?』
『あなたも嬉しいでしょ。』
彼はまだ眠っている。
私が来たのにも気づいてないみたい。
『…もう、いつまで寝てるの。』
『あなたの彼女が7位になったのよ。』
『もう少し喜んだらどう?』
彼は目を開けようとしない。
私の問いかけに答えようともしない。
『…何よ、無視かしら?』
『いい度胸ね、私に喧嘩売る気?』
『前みたいにまた虐められたいのかしら。』
彼はピクリとも動かない。
私の気持ちにも…気づかない。
『そんな態度とるならこっちにも考えがあるわ。』
『他の男にでも乗り換えようかしら。』
『私を好きな奴らは他にもたくさん居るってわかったし。』
『少なくともあなたよりはましだろうしね。』
『バレンタインの贈り物だって山ほど来たのよ?』
彼は…目を覚ましてくれない。
私がどんなに待っても。
『…ここまで言われて言い返せないの?』
『いつになったら私と話してくれるの?』
『水も養分も、毎日欠かさずあなたにあげてきたわ…。』
『いつになったらそれに応えてくれるの?』
私は待ち続けている。
彼を、文字通り〝植物人間〟になった彼を。
彼は望んでこうなったわけではない。
彼をこうしたのは…私だ。
私が耐え切れなかっただけだ。
多分、起きたら彼は私を軽蔑するだろう。
『○○、私もうこれ以上待てないわ。』
『そろそろ起きてよ。』
『………………。』
二人の家にも朝日が差し込む。
彼が起きるはずがない。
どんなに水を注いでも。
どんなに養分を注いでも。
どんなに愛情を注いでも。
無理やり植えた花が咲くはずがない。
そんなこと私が一番わかってたはずなのに…。
『…え?』
私の目の前で蕾が少し緩んだ。
『○○…。』
『ありがとね。』
『…あなたも待っててくれたのね。』
『…わかった、もう少し待っててあげる。』
『あなたが起きるまではベスト10に入っててみせるわ。』
『それで、あなたにお祝いしてもらうから。』
『次のときまでには起きてなさいよ?』
緩んだ蕾はほんの少しだけど。
私にとっては待ち続ける大きな希望だ。
『じゃあ、あの子達に水あげてくるわ。』
『また後でね…○○。』
〝アリスの場合〟
「オカエリ、アリス。」
「オソカッタネ、モウ4ジダヨ」
我が家に帰ると○○が出迎えた。
羽織っていたコートを渡し居間へ向かう。
『ただいま。』
『みんなの手入れは終わったかしら?』
「バッチリダヨ。」
「デモ、ナンダカ、ウデガイタインダ。」
蓬莱が○○の腕を持ち上げている。
近くを上海が飛び回っている。心配なのだろう。
腕を直に触って確かめる。
『ううん…関節に異物が入り込んだみたいね。』
『大丈夫、このくらいならすぐに直るわ。』
「ヨカッタ。」
「…ゴメンネ、アリス。」
『…どうして?』
「ダッテ…ウレシソウニ、カエッテキタシ。」
「キットイイケッカ、ダッタンデショ?」
「ソレナノニ…。」
『いいわよ別に。』
『あなた達が無事に居てくれるのが第一なんだから。』
「アリガトウ…。」
「ソウダ、キョウハチョコレート、ツクッタンダ。」
「タベテクレルト、ウレシイナ…。」
『えっ?』
『あなた…今、何て。』
「ソノ、ショクリョウ、カッテニツカッテゴメン。」
「デモ、タイセツナヒトニッテ、キイテ…。」
『○○…!』
『あなた自分で行動したのね…!』
「ゴ、ゴメンネ、ツギカラモウシナ…。」
○○は急に倒れこんでしまった。
つい嬉しくて魔力を送り忘れてしまったようだ。
でも○○がやっと自立行動をしてくれたのだ。
段々○○らしくなっていくのが嬉しくてしょうがない。
「……………。」
「…アレ?」
「ゴメン、タチクラミカナ…。」
『○○、大丈夫?』
『もう休んでもいいわよ?』
「イヤ、ソウイウワケニハ、イカナイヨ。」
「マダ、アリスハオキテルジャナイカ。」
「アリスガ、ネルマデ、ツキアウヨ。」
『駄目よ、休んでなさい。』
『いくら交換したからといっても馴染んではいないんだから。』
「ソウカナ…ソレジャア、シカタナイネ。」
『起きる頃には馴染んでるわよ。』
『…チョコは後で食べておくわ。』
「タベテクレルンダネ…アリガトウ。」
「ジャア、ヒトアシサキニ、ネムラセテモラウヨ。」
少しずつ○○に送る魔力を減らしていく。
「アリス、オヤス…。」
「……………。」
崩れ落ちた○○を引きずりベッドに寝かせる。
母さんみたいに一から命を作れないから不安だったけど。
○○の魂は人形に大分定着してきた。
最初の拒絶反応で磨り減った魂も。
少しずつ欠けた部分が戻ってきた。
○○を元に戻せるのは当分先だろうけど…。
時間は有り余る程あるのだから。
『おやすみ、○○。』
〝魔理沙の場合〟
深夜遅く、明かりの無い霧雨邸の一室。
もう何年とこうして寝たきりでいる。
体力も衰えて逃げること…いや、立つこともままならないだろう。
もう彼女が居なければ生きることもできない。
時計の音と鎖の金属音以外の音が鳴る。
その音は弱々しく、彼女でないと錯覚するほど。
いつもなら力強く開けられるはずなのだか…。
暗い部屋の中、こちらを見つけようと手を探っている。
…こちらを掴むとそれを頼りに顔を近づけた。
彼女の顔は沈んでいた。
涙を流さずに踏みとどまっているような。
『○○…私、また負けたよ。』
『弾幕ごっこじゃ敵わないけど…人気だったらって思ってたのに。』
『また霊夢に負けだして…今度は早苗にまで負けたんだぞ?』
『まったく、巫女二人にやられるなんて…笑い話だよな。』
彼女は歯を見せて笑おうとしている。
だが口元は揺れており、涙が流れてしまうので目も閉じられない。
酷く痛々しい笑顔だった。
「…魔理沙は愛されてますよ。」
「三位だったんでしょ?」
「みんなから愛されてる証拠ですよ。」
「私も魔理沙のこと愛してます。」
『ホントか?』
「…はい。」『嘘付け!』
『他のやつらみたいに性格もスタイルもよくない!』
『ろくすっぽ家事もできない!』
『お前にチョコの一つもまともに作ってやれない…!』
『…そんな私がどうして誰かに愛されるんだ。』
「……………。」
「…魔理沙、鎖解いてくれませんか。」
『…そんなこと言って逃げる気だろ?』
『○○は他のやつがいいんだろ?』
「今日だけ…いや、五分でいいです。」
『…一分だけだぞ…っわ!』
『ま、○○…?』
魔理沙は驚いている。
それもそうだろう、解いた瞬間抱きつかれたのだから。
だけど抱き寄せるだけの力は無くて。
彼女の背に腕を回そうとしているだけだ。
「その…私は魔理沙を愛してます。」
「魔理沙の思ってる以上に魔理沙はみんなから愛されてますよ。」
「だから、…誰からもなんて言わないでください。」
『○○…ありがと。』
魔理沙も抱き返してきた。
後ろに回した手で髪を優しく撫で上げる。
今この瞬間の幸せを噛み締めて…『…ごめんな。』
「魔理沙…?」
気がつくと魔理沙を抱きしめていた両手は再び鎖で縛られていた。
『…○○が心から私を愛してくれるように…。』
『他のやつらより私を見てくれるように・・・。』
『…もっと努力するから…。』
『私が一番になるまで待っててくれよな…。』
魔理沙はこちらの頭を撫でると、また部屋の外へ行ってしまった。
深夜遅く、明かりの無い霧雨邸の一室。
また時計の音と鎖の金属音以外何も聞こえなくなった。
最終更新:2010年08月27日 14:32