外来人としてこの地にやって来て数ヶ月。
俺は慧音さんの勧めで竹串の内職をしている。
昼間は農作業とかの手伝い。休日に切り出して来た竹で串を削るといった寸法だ。
慧音さんの知り合いの焼鳥屋さんと、もう一箇所内緒の屋台に卸している。
まぁ、彼女は妖怪だから付き合いが有るとばれたら、体裁上都合が悪い。
だからこっそりと渡している。結構卸値も良いし、偶に八目鰻の蒲焼きご馳走してくれるから良いお得意様だ。


最近になって、私は自分の屋台で人間が作った串を使っている。
前は迷いやすい竹林の入り口で適当に竹を切り出し、自分で削っていた。
別にそれでも良かったけど面倒だし、あんまり手先は器用な方ではない。
記憶力は良くない方だから、開店前に竹串が足りなくて慌てた事もある。
そんなある日、竹林で竹を切り出している人間と出会った。
お腹も空いて無かったし、気分じゃなかったんで食べも鳥目にもしなかった。
人間とは暫くしてからまた会った。その時も食べなかったけど、今度は人間の方から話しかけて来た。
その時のたわいもない世間話で、そいつが竹串を内職で作っているのを聞いた。
値段も内職だけに安価だったので、私はそいつの竹串を買うことにした。
それから、人里から離れた場所で屋台をやる時に、アイツの竹串を買った。
手先が良いのか、綺麗に揃えられてて使い易かった。それに、アイツが来た時にちょっと世間話をするのが楽しみだった。
あいつが来るのは休日らしく、興が乗ると長話になった。ついでに鰻を焼いて食べさせた事もあった。

いつの間にか、アイツが気になって仕方が無くなった。
鳥頭のなのに、歌よりも屋台よりもアイツが気になって仕方が無くなった。
同時に、妖怪としての本能が語りかけてくる、アイツを食べろと。
食べてしまえば、何処にも行かなくなるし、アイツは私の血肉になり私だけのモノになる。

でも、世間話は楽しいし、アイツの笑顔や困った顔も好きだったから必死に我慢してきた。
だけど、もう我慢出来なくなってきたんだ。この間、竹林を切り出しに行った時に見てしまったから。

あの火を噴き出して暴れている蓬莱人、あの女がアイツにちょっかいを出していたんだ。
親しげに話をして、串を渡す時にわざと手を触ったりして、何が焼き鳥食わせてやるから家に寄れだ。
少し困ったような顔をしつつも、女に付いていくアイツにも物凄く腹が立った。

だから私は決めた。アイツを食べようと。
妖怪でなかったら、別の方法も有ったかもしれないけど、もうこうなったら食べるしかないんだ。
こうなるぐらいだったら、最初に出会った時に食べて居れば良かった。
こんな苦しい思いをしなくて済むのに。
でも、決めた。今日の夕方の前にアイツが串を届けに来る。その時にアイツを食べる。
そうすれば、アイツは私だけのものになる。誰にも、誰にも渡したりはしない。
そう決断すると、何だか心が甘酸っぱくなった。何だろうこの気持ち。凄く素敵だ。
アイツにこの気持ちを「すいませーん」……なんだろ、開店前なのにお客が来たみたいだ。


その日、俺は約束通りに串を屋台に届けに行った。
何故かあいつの姿は無く、何だか凄い美人のお姉さんが勝手に串を焼きつつ飲んだくれていた。
何でも冥界の住人さんで、お腹が空いたので現世にやって来たとか。
お姉さん曰く、店主は遠い所に行ったらしい。
全くあの鳥頭め、今まではちゃんと約束は守っていたのに忘れたのか?
屋台の裏側に回って代金分蝦蟇口から抜き、言伝を貼っておく。

「あなたも一串どうかしら、捌き立てで美味しいわよぉ?」

盃を片手にお姉さんに誘われたが、丁重に固辞する。
全くあいつめ、今度会ったら文句言ってやらないとな。

「あら残念……でも、結構いい男ねぇ……ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」

帰り際、何だかお姉さんが串焼きに話しかけていた。
竹林近くでの焼鳥屋や神社の宴会でもそうだけど、酔っ払いは本当に困ったもんだ。

(分岐)
夕暮れ前の森の中。
絶えず咀嚼音が響き渡る。
朱い液体が飛び散る屋台の横、串がバラバラに散らばっている。
コリコリ、ぼきり、ムシャムシャ、クチャクチャ。
口を真っ赤にした夜雀は、涙を流しながら歓喜の声を挙げ獲物を平らげていた。
彼女が聞いた最後の○○の声は、単純に疑問の声だった。「何故?」と。
何故か涙が更に出た。誤魔化すように蛋白質を口にねじ込んで行く。

(何故? だって妖怪は人を食べるもの。それがこの世界の掟だもの)

夜雀の考えは間違ってない。間違っているのは妖怪相手に、場所を弁えずに商売をしてしまった○○の方だ。
人里など特定の場所を除けば弱肉強食の幻想郷では、力有る夜雀の方が正しい。

(ああ、美味しい。○○はとっても美味しいよ)

涙を流しながら、夜雀は猛スピードで○○を平らげていく。
ああ、もう○○が作った串を使う事が出来ないな。
ああ、もう○○に笑いかけられたり笑ったりする事が出来ないな。
ああ、そんな時に生じる胸の苦しみとかを味わう事は出来ないな。
もう、○○は居ない。たった今、全部私が食べちゃったから。

水瓶を引っ掴み、中身を全部浴びる。
辺りの血生臭が飛んだが、夜雀は黙ってその場にヒックリ返る。

「う、うううぅ、うううう……」

今度は売り物の酒瓶を手にし、中身を一気に呷る。
強烈な焼酎が喉と胃を焼くが、夜雀の慟哭は止まらない。

「○○、私、○○を食べちゃったよぉ……好きだったのに、○○食べちゃった。悲しいよぉ、でも何で嬉しいのよぉ」

満面の笑顔で啜り泣きながら、夜雀はそのまま眠る事にした。
営業時間は近いが、もう商売する気にはならない。
もう、このまま寝てしまおう。起きれば、この胸の痛みと歓喜が止むかもしれないから。



……。
…………。
………………。


「……あるれぇ?」

気が付くと、○○はすっぽんぽんの腸液まみれで八目鰻屋台の横で突っ立っていた。
見下ろすと尻から大量の血を流した夜雀が泡を吹いて気絶している。

「確かに、俺はこのアホに食われたと思ったんだけどなぁ?」

取り敢えず素っ裸も何なんで、夜雀が調理時に纏う割烹着を着衣する。
裸エプロンならぬ裸割烹着……全然萌え無かったが。

さて、どうしたものかと屋台の席に座りつつ考えてると、夜雀が喚きながら起き上がってきた。

「ちょ、ああああああああんた、何で生きてるのよぉ!?」
「あー、何でだろうな。お前に首筋かっ切られて死んだのに」
「おまけに、ななななななななんで私のお尻から出て来るのよぉ、死ぬほど痛かったんだからぁ―――!!!」
「そりゃまぁ、お前、食ったトコから出て来ただけじゃねぇか? 加えて俺の方は死んだ痛みなんだから、それ位我慢しろぃ」

規格外まで広がった部分がまだ痛いのか、臀部を押さえつつ夜雀は座り込む。
しかし、と○○は考えた。確かに自分は目の前の鳥妖怪に殺された挙げ句、頭から足までバリバリと食われたのだ。
なのに何でこうして生き返れたのだろうか。暫し黙考する。

「アッー!!」
「どうした夜雀、後ろの快感に目覚めたのか?」
「違うわよ馬鹿っ、思い出したのよ! ○○、あんた確か、あの蓬莱人の家に行ったわよね!?」
「なんでお前そんな事知ってるんだよ……ああ、確かにこないだご馳走になった。それが?」
「…………その時、何をご馳走になったの?」
「えーと、何故か焼き鳥が出なくて、珍しいタルタルステーキをご馳走になったな。珍しい動物の肝を良く叩いて薬味と一緒に食べるんだ。結構美味かった」
「…………」

うつ伏せになってプルプル震えてる夜雀を気遣うが、反応は激昂だった。

「あの糞蓬莱人、よくも○○に盛りやがったなぁ―――!!」
「……どういうことなの?」
「あー、もう説明するのも面倒、もう一度私に食われろー!!」
「ちょ、おま、もう一度食うって……あ、アッー!!」

結局○○はもう一度、夜雀に食われた。
食われた後で蘇り、そしてどうしてこうなったかを知り、卒倒したとか。



この後、度々串を納入する度、夜雀は○○に「腕一本で良いから食べさせて」と強請るようになったという。
また、竹林に住む蓬莱人と夜雀の○○を巡る死闘が加熱していく事になるのだがそれはまた別の話。

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最終更新:2011年03月04日 00:47