これも病みに入るだろうか……




 ぱちん ぱちん

 さく さく

 さらさら

「ふぅ……今日はこんなもんか」
 いつも担当している区域の花の世話を終え、仕事道具を袋に仕舞い込む。
 立ち上がって周りを見、手入れ忘れがないかを確認――大丈夫そうだ。
「うし。さって、幽香が待ってるだろうし、帰らなきゃな」
 今日も一仕事終えたという満足感と共に一つ頷くと、
 俺は幽香の待つ我が家へと、踵を返し歩き始めた。

「たっだいまー」
「あら、お帰りなさい、あなた」
 リビングの戸を開けると、キッチンの方からエプロン姿の幽香が顔を覗かせた。
「もうちょっとでご飯出来上がるから、少し待っていてね」
「あいよ」
 鼻歌混じりで首を引っ込めた彼女を見届けてから、リビングのソファーに腰を沈める。
 傍に置いてあった新聞を広げると、ぼんやりと記事を眺めることにした。



 ここで誤解の無いように言っておくが、
 俺と幽香は、別に夫婦だとかそんな関係ではない。
 ならばこれはなんだと言われると困るのだが。
 現状は少しばかり厄介なのだ。

 ――俺は軟禁されている。
 とは言っても、普段と変わらぬ生活を送れるし、街まで出歩くことも出来る。
 限り無く普通の状態に近いが、異なる点が二つばかりある。

 まつ一つ目。
 花の世話を定期的に行わないと、俺は死んでしまう。
 気付いた時にはもう遅かったのだが、
 普段俺が面倒を見ている花は、かなり特殊な花粉を振りまく。
 それは、人に対しての依存性がかなり高く、定期的に摂取しなければ
 発狂、死に至るという性質を持っている。
 ……禁断症状が起こらない限りは、ただの綺麗な花と普通の人なんだがな。
 土壌も、花の主である風見幽香という主がいる近辺でしか咲けないらしく、
 出かけたついでに花を抱えて脱走、なんて事は出来ない。

 ……二つ目。
 それは、幽香がいつも傍にいるという事。
 いつの間にか俺の家に押し掛けていた事に、
 (飯を作ってくれてたし)文句を言うつもりはないが、
 仕事場にお昼御飯を持ってくる(俺が自分で弁当を
 持っていく事を許してくれない)のは言うに及ばず。
 出かける時も大概はついてくるし、昨年からはとうとう褥を共にしだした。
 無論、肉体関係も……なのだが、仮にも相手は妖怪で、俺は非力な人間なのである。
 逃げる・逆らうなどといった選択肢は無いに等しい。
 ……男である以上、仕方の無い事だと思っている。

 冒頭に軟禁されている、と言ったように思う。
 それは確かに真実――風見幽香という存在に囚われている――だ。
 そして、それを疎ましく思っているのも、真実だ。
 他の女と会話する度に、そいつの人生を心配する生活は、
 中々精神的にキツいものがある。

 ただ、もう一つだけ、真実がある。
 それは、少しずつではあるが、俺自身が彼女の事を
 憎からず思い始めているということだ。
 肌を重ね合わせた故の情けととられても仕方ないが、
 少しばかり不器用な程度で、器量も外見も俺には勿体無いくらいの女なのだ。
 そんな女が、無償で、無制限の、狂おしい程の愛情を以って、
 俺に尽くしてくれているのだ。
 多少のやり過ぎには目を瞑ろう、なんて気になってしまうのも致し方ない事だと思う。

 俺の中の気持ちは日々強くなっている。
 近い将来、夫婦になっているかもしれない。
 それが、彼女の手の平の上の出来事だったとしても、
 その手の平を掴んで離そうとしないのは、他ならぬ俺なのだから。

「○○ー?御飯出来たわよー」
「おう、今行く」
 広げたまま殆ど見ていなかった新聞を、ソファー脇のテーブルに戻す。
「今日はあなたの好きな鯖の味噌煮よ」
「おっ、まじか。生姜は?」
 指で小さくオーケーサイン。
「ばっちり」
「上出来だ。さて、食うぞー」
「おー」

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最終更新:2011年03月04日 01:21