村長の家に投函された手紙



私が彼女と結ばれてから、もう一年になる
それまでにケガ程度ならばいざ知らず、命の危機に陥ったことも二度や三度ではない
しかし、こう書くと誤解を生じさせてしまいそうなので言っておくが、彼女に悪気はないし、私にも後悔はない
ただ、妻がいるだけで、私が厄を背負っているのだ
これで聡明な村長ならば、私が誰と生きているのか察しがついたことと思う
近年聞き及ぶところによると、村々における作物の実り方は右肩上がりだという
皆が、よってたかって厄を排斥した結果がそれだ
厄の温存が消えたことで、さぞ喜ばしいことであろう

とげとげしい文章になっているが、私は特別それに憤りを覚えているわけではない
望ましくないものを排除し、生きやすい環境を作る
少なくとも、私の住む世界の歴史においては、人間はそうやって進歩してきたのだ
厄を排斥したとて非難される筋合いはないと思われるだろうし、私もそう思う
それに、あなたがたが妻を近隣から追放していなければ、私も彼女を伴侶とすることもなかっただろう
その点に関して、深く礼を述べさせていただく

しかし聞き及ぶ限り、妻を追い出すためにあまりに酷な仕打ちが行われたようだ
時折、その時のことをぽつりと漏らす妻の悲しそうな顔を見るのが辛いのだ
何をして欲しいわけでもない
貢物も金もいらない
一言、妻に詫びてほしい
どうか、あなたに情けがあるならば、どうか聞き届けて欲しい
私の願いはそれだけだ






手紙への返信



あなたが厄神様の伴侶となっておられることや、お怒りのほどは大変よく分かりました
たしかに、わしらの中には厄神様を敵視しておるものがいることは間違いございません
ですが信じてください
わしらは、厄神様を放逐などしていないのです

厄神様は厄をばら撒く存在である
そう思っておる村人は、前記したように排他すべきだという考えを持っております
しかし本来厄神様は、村や生き物たちに憑いた厄を被ってくれる存在なのです
それは子供でも知っていることであり、わしらのほうが厄神様を放逐したとして、得るものなど何もないのです
農作物のできは、皆の努力と豊穣の神様に作り方を教えていただいた、たい肥のおかげでしょう

この禿げ頭を下げろと言われるのならば、いくらでも下げましょう
しかし、詫びることはできませぬ
詫びなければならないことが思い当たらぬのです
手紙をつぶさに読み、村の中にもそのような愚かなことをした者がいないかも調べました
やはり、おりませんでした
厄神様を敵視している連中も、今年も昨年も農作業が大変忙しく、
そのようなことを行っている暇があるとは到底考えられませなんだ

この実見は、隣村から上白沢様にお越しいただき行ったものです
念のため、上白沢様からのお墨付きを同封しておきます






その二ヵ月後、再び村長の元に届いた手紙



真摯な対応をしていただき、本当に嬉しく思っている
並びに、前回の失礼な物言いをお詫びさせいただく
しかし、私には分からなくなってきている
妻の言葉を疑いたくはない
だが、あなた方が嘘をついているとは、どうしても思えないのだ

手紙を受け取り、妻に問いただしてみたところ、突然泣き出した
村人達にされた仕打ちを思い出した
自分を見てくれる人は、もう○○(私の名です)しかいない
だから絶対に、いつもそばにいて欲しい と言うのだ
これは結婚の誓いを立てる前から言われていたことであり、初めは同情だけだったことを隠すつもりはない
そのおかげで、私は人との交流がなくなった
いつも妻のそばに付き添っているため、誰とも会わなくなってしまったのだ
しかし後悔はない
今の私は、妻を本気で愛している


それでも、今まではたまに食料の買いつけに出かけたり、たまに一人酒を飲みに行ったりもしていた
しかし、あなたからの手紙を受け取った後、家から出ることすら叶わなくなってしまった
暴力的な手段に出るわけではない
しかし泣いて引き止めれば、私がそれを振り払うことは出来ないことを、妻は知っているのだ
本音を言ってしまえば、あなた方の言い分のほうが正しいのではという気がする
しかし、それならばどうして妻があのような嘘をついたのか、恥ずかしながら私にはどうしても分からないのだ

並びに、妻の依存ぶりが激しくなり、外に出てこの手紙を出すまでに、ずいぶん時間が経ってしまっているであろうことをお詫びする







手紙への返信



まず、誤解が解けたことを喜ばせていただきます
そして、おそらくあなたはお若い方なのだろうと推測します
わしはこれでも、若く、髪が生えていたころは何人もの女性と付き合ってきました
人生経験に関しては、あなたよりもあるつもりです
その点を踏まえて聞いていただきたく思います

おそらく、厄神様はあなたのことが以前から好きだったのです
しかし、厄神という立場上、あなたに近づく方法が分からなかったのではないでしょうか
そこで、厄神様の家の近隣にあったこの村の住人を悪者にして、あなたへの同情を買ったのでしょう
もしもそうならば少々腹立たしくもありますが、そうまでしてあなたの気を引こうとする健気さ、いじらしさに胸を打たれます
そして、あなたに真相を知られないようにと、聞かれそうになるたびに泣き崩れる
家の外に出そうとしないのは、あなたをどうしても失いたくないため
それほどまでに、厄神様はあなたを愛しているのでしょう

むろん、ここまで書いてきたことはわしの推測に過ぎません
信じるか否かの判断はあなたに任せます
しかし、これからも厄神様を慈しみ生きてほしい、というのがわしの思いにございます

追伸:万一わしの推測が当たっており、それでも厄神様を愛すと申されるならば、ぜひ村に遊びに来ていただければと思います






その五日後、村長の家に投函された手紙



私のような若輩者がいかに考えても、この答えは導き出せなかったでしょう
村長の慧眼にはまったくもって恐れ入りました
近々ご挨拶させていただきたく思いますので、その際にはよろしくお願いいたします

追伸:妻特性の厄除けを入れておきます。効き目は保障つきですので、ぜひお持ちください

追伸2:妻から「ごめんなさい。ありがとう」と伝えてほしい、とのことです

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最終更新:2010年09月03日 09:18