僕の名は森近 霖之助
とはいっても、僕がお話の主人公ってわけじゃないよ
主役は最近雇った外から来たって言う若い人間、○○君
知ってのとおり僕の店は外来から来た物品を扱ってるからね
その辺の事情に通じた者がいたほうがいろいろと都合がいいのさ


「ああっ! また負けた!」
「○○君は無駄な動きが多いね」

彼の操る巨大な人型が爆発した
まったく、外の世界から落ちてきたゲームは面白い
せいぜい盤ゲームしかないこの世界では、彼が思うよりもずっと刺激が強い遊びだ
もっとも、彼からすればすっかり型落ちの遊びなんだろうけど

「違う! 俺の指がすっかりNEXTダッシュに慣れちまってて、前作の調子が取り戻せないんだって!」
「はいはい。それはそうと今日の晩ご飯当番よろしく」
「ちくしょ~~ NEXTPLUS早く幻想入りしねぇかなぁ~~」

彼が慣れていないおかげで、僕は最近ずいぶん楽をさせてもらっている
店番、掃除、選択、ご飯の支度
僕が負けない限り、僕は家政婦を雇ったのと変わらない生活を送れそうだ
しかも給金は三食と住居だけでいいというのだからありがたい話である

「でも、君がこのゲームを動かすぴーえすぴーって機械を2台持っててよかったよ。本当ならまだまだ幻想入りしそうもないしね」
「気にしないでくれって。こっちはすっかり型落ちしたやつだからな。まあ重さ以外性能はそう変わらんさ」
「ほんと、君はお人よしだね。その優しさを彼女にも分けてあげたらどうだい? さっきから君の後ろにいるから」
「………こーりん、俺ちょっと出てくるわ」
「「どこに?」」

僕と彼女の声が、見事にハモった

ああ、彼女は白狼天狗の犬走 椛さん
元々うちのお客としてたまに来てくれていたんだよ
黙って持ってく、強奪されるのが基本のうちとしては、諸手を挙げて迎えたくなるタイプのお客だね
それが、いつの間にか○○君に惚れてしまったらしいんだ

彼女は千里眼を持っているから、○○君はいつだって監視体勢に置かれている
彼女が本気になれば、いつでも彼をさらって行ける

それは分かっていても僕も彼もいたって変わらずに接している
理由? 妙なことをすれば本当に彼女がそれを実行してしまいそうだから、かな?
……正直に言うと、いつ彼女が○○君を強奪するのか、内心僕はワクワクしてるところがあるんだけど
そうそう見られるものじゃなさそうだしね、そんな面白そうな見世物

「森近さん、この人はいくらですか?」
「金二十枚。破格だよ」
「コラこーりん! 友人を売る気か!」

律儀に買おうとしているのが笑いを誘う
恋に狂ってしまっていても、生来の真面目さは変わらないらしい

「○○さん、私のいないうちに浮気なんてしてませんよね?」
「ずっと見られてると分かってて浮気なんぞするもんか。つか誰とも付き合ってないのに浮気ってなんだよ」
「ひどいです! 先月私と熱く睦み合った夜のことを忘れたんですか!」
「永遠亭の薬師さんから確認取ったんだが、あの時俺に飲ませた薬の効能を大きな声で言ってみようか」
「何のことでしょう」

こんなに盛り上がっているところに水をさすほど、僕は無粋な男じゃないつもりだ
なので、二人のやり取りを文庫本片手に傍観することにする
なに、いつものことさ
○○君が彼女を上手く操縦できれば、僕は今日も美味しいご飯にありつける
万一失敗すれば、面白い見世物の代わりにまた以前の生活に戻る それだけのことだね

「○○さん、もういい加減に観念して私と一緒に暮らしましょうよ。受け入れ準備はできてるんですよ」
「まあ待て。俺も妖怪の中で暮らすには覚悟がいるんだ。まだ無理だ」
「………そんなこと言って、もしも逃げようなんて思ったら……分かってますよね?」
「……ああ、分かってるよ。まだ死にたくはねーしさ」

なんとか今日は話が付きそうだ
そこで僕らしくもないけれど、ちょっと思いつきで水をさしてみた
やっぱり僕は無粋な男なのかもしれない

「じゃあ、○○君は椛さんと暮らすのは嫌じゃないんだね?」
「え? あ? まあ、その………そう、かな?」
「本当ですか!?」
「そこで、ウチでは従業員枠が一人余ってるんだけど……どうだい?」

小声で(オイ! どういうつもりだ!?)
   (大丈夫だよ。彼女は仕事があるし、真面目な性格だからそっちを捨てることなんかないさ)

「わかりました。明日からお世話になります、住み込みで」
「「なに?」」
「大天狗様にお願いして、見張りの仕事は文様に変えてもらいます
 文様は今までずっと好き勝手にしてきましたから、きっと配置換えは可能でしょう」
「へ? じゃあ、これから椛はここで働くって、こと?」
「ええ。これからよろしくお願いしますね、○○さんっ!」




それから一日、○○君は口をきいてくれなかった
晩ご飯に出されたカレーは生物が食べられる限界を超えた辛さだったけど、彼が怖くて泣きながら完食した
最終更新:2011年03月04日 01:47