むかし むかし………

誰が言ったか知らないけれど、全ての物語は「むかし むかし」で幕を開けるらしい
だから、今から始まるこのお話もむかしむかしで始まるんだ



むかしむかしあるところに、変わり者の男がいた
それは、幻想郷の外から来たんだってさ
どこで生まれてなんでここに来たのかは分からないけれど、その男は妖怪をあまり恐れなかったんだ

「自分に危害を加える者は恐れる。加えない者は恐れない」

それがその男―――○○の持論だった
変わっていたのはそこだけじゃないんだ
その男には嫁がいたんだが、その嫁はなんと何をしても死なない蓬莱人だったんだよ
……ああ、そうだよ。その蓬莱人って言うのはわたしさ
わたしの体のことは慧音から聞いてるだろう?
ん? その男はどこにいるのかって?
もういないよ。30年前に77歳で死んじゃったんだ
だから言ったろ、むかし むかしってさ

まいったよ、元々は慧音の共通の知り合いってだけの仲だったんだけどね
○○の方から遊びに行こうだの、酒飲もうだのって誘うようになってきてさ
それで知り合ってから半年でゴールインしたってわけ
プロポーズの言葉?
ああ、忘れろって言われても忘れられないさ

「あなたの長すぎる人生の退屈を埋めるため、数十年ほど僕を雇ってくれませんか」

○○はカッコつけたつもりだったんだろうけど、聞いてるほうが恥ずかしかったよ あれは

しかし、一緒になってみるとこれがまた楽しいものでね
いつもそばに誰かがいるってことがこれほどいいものなんだって気づかされたよ
今は○○だったからあんなに楽しかったんだ、って思うけどね
……ははは、そんな風に順風満帆にいけばこんな話はしないさ
まだ序章、ここからがお話しの本編に入ってくるのさ
お話をしてくれって言われてるのに、のろけ話を延々とするほどわたしも馬鹿じゃないよ


ところで、みんなは永遠亭の輝夜って知ってるかい?
……薬師の八意先生と助手の兎は知ってるけれど、それは知らない か
まああんなの知ってても知らなくても別にいいけどさ
永遠亭にとっても、いてもいなくてもどっちでもいいだろうし
まあともかく、その同じ蓬莱人の輝夜ってやつとわたしは相性が最悪でね
昔っから殺しあ……もとい、喧嘩が絶えなかったんだよ
でもまあ、わたしも奥さんになったわけだし、そういったこととは卒業しようと決めたんだ
しかし、わたしがぱったりと喧嘩しに来なくなって気になったのかね
ある日いきなり輝夜がうちにやってきたんだよ

輝夜「……ここ、妹紅の家よね?」
○○「ええ、確かに藤原妹紅の家ですけど」
輝夜「で、あなたは?」
○○「夫の○○です」
輝夜「……夫?」
○○「はい。妹紅の友人ですか?」
妹紅「違う違う。こいつは赤の他人だから」
輝夜「つれないことを言わないでよ。どういうことなのか説明しなさいな」
○○「そういえば、結婚式にはいませんでしたね。妹紅、招待状贈らなかったの?」
妹紅「こいつの祝福なんか、ご祝儀はずまれたってほしくないよ」

この時は必要もないと思ってたから、○○には輝夜のこと話してなかったんだよね
それからしばらく、輝夜には○○と結婚した経緯。○○には輝夜との因縁を話したってわけさ
……因縁って何かって? 聞いたって面白くも無い話さ。だからここじゃ話さないよ

それから輝夜は○○にいろいろと話してたね
わたしは晩ご飯のしたくがあったし、輝夜と一緒にいたくないからその場を離れたから聞いてないけど
後で○○に聞いたら、蓬莱人と一緒になっても寿命がどうだの子供ができないだのいろいろ吹き込まれたらしいね
わたしへの嫌がらせに○○と別れさせようとしたんでしょうよ
それも、その日から何度も何度も
ま、あいつが言ってきたことなんてみんな結婚前にさんざん話し合ったことだったから、逆に輝夜を嘲笑してやれたのがいい気味だったよ



しかし面倒になってくるのはここからなんだ
さっきも言ったけれど、○○はわたしと結婚する前に話し合いをしていたんだよ。それも何十時間も
今の私からは想像もつかないかもしれないけれど、昔わたしは人間を極力避けて暮らしてたんだ
この死なない体のせいでね
そんなわたしでも受け入れてくれるのかどうか、審査って言うのも変だけど、確かめたのさ
そこで聞いたとおり、○○は蓬莱人のわたしをありのままに受け入れてくれたんだよ
そんな○○を同じ蓬莱人の輝夜が見つけたんだ
すると、どうなると思う?
いつのまにか好きになっちゃったんだよ、あいつも ○○がさ


○○「妹紅、仕事を見つけたよ」
妹紅「仕事って、お前は物語を書くのが仕事じゃないのか?」
○○「そろそろネタが尽きてきてね。将来のために貯蓄もしたいし」
妹紅「ふうん。まあ○○がやりたいならいいよ。で、どんな仕事なんだい?」
○○「それが不思議な仕事でね、座って話したり遊んだりするだけでいいらしいんだ」
妹紅「? 妙な仕事だね」
○○「チラシによると場所は永遠亭の奥座敷。10日泊り込みで高待遇の日給金貨5枚、ただし○○に限る。だってさ」
妹紅「OK、却下。あと10日って、10の後にすごい小さく0が3つくっついてるんだけど」

初めはこんなものだったんだけど、○○は昔からちょっとぼんやりしててヌケてるところがあるからね
ほっといたら騙されて連れてかれそうで毎日気が気じゃなかったよ
………そう、村に数十冊の貸本があるだろ?
あれは○○が書いたものなのさ
いやいや、完全オリジナルで書いて数十冊も書けるはずがないよ
もう時効だと思うから言うけど、実はあれはほとんど外の世界で○○が読んだ本の模倣品なんだから



そうして日が過ぎて、あれはちょうど1年目の結婚記念日だったね
外から帰って玄関前に来ると、また輝夜と○○の声がしたんだよ
そのときは「ああ、またか」って思っただけだったけど、なんだか輝夜の剣幕がおかしい
そこで、ちょっと聞き耳を立ててみたんだ

輝夜「○○、私の婿になりなさい」
○○「僕、妹紅の夫なんですけど」
輝夜「知ってるわよ。それを分かって言ってるの」
○○「はぁ」
輝夜「私の家に来ればこんな狭いところで貧乏生活することもなくなるし、何も不自由することもなくなる
   それに、あんな芋娘よりも高貴な私のほうがずっとあなたを幸せにできるわ。そうでしょう?」
○○「う~ん」
輝夜「それに、あなたは月のお姫様を惚れさせたのよ。それなのに責任を取らないなんてそんなバカな話が通るわけないでしょ」

意味が分からないって? 安心しな、わたしにだってわからないよ
そんなトンデモ理論をしばらく外で聞かされて、2・3回家に火をつけそうになったね
しかしまあ、○○が何か言ってから火をつけようって思ったわけさ
……ちょっと、人を放火魔みたいに言うのはやめてほしいんだけど

○○「まあ、たしかにあなたのような高貴な生まれの方には妹紅は芋娘でしょうね」
輝夜「そうね、だからあなたは私と」
○○「でも自分、高級懐石とかよりも芋の煮っ転がしや肉じゃがの方が好きなんですよ」
輝夜「懐石よりも煮っ転がし?」
○○「ええ。だいたいおかず食った後にご飯ってのが理解できません。米はおかずと一緒に食べる方が美味いでしょ、常識的に考えて」
輝夜「………」
○○「まあそれはともかく、悪いんですけどもうお引取り願えませんか。今日は妹紅と1年目の結婚記念日なんですよ
   今日は自分が食事当番なんですんで、腕によりをかけて美味しいもん作ってやりたいんですよ」
輝夜「………わかったわ、帰るわよ」
○○「すいませんね。今日はあんまり時間が取れませんで」
輝夜「何を言ってるのよ。あなたも一緒に帰るの」
○○・妹紅「はぁ?」

思わず声を上げて家に飛び込むと、小柄なくせに○○を脇に抱えて輝夜が庭から飛んだとこだったんだよ
それはどう考えても誘拐ってやつだよね

輝夜「あら芋娘、遅いお帰りね」
妹紅「芋娘言うな! あと○○を帰せ!」
輝夜「いやよ。この人は本当に蓬莱人でないのに蓬莱人をありのままに受け入れてくれる人
   そんな人があなたのお婿さんじゃもったいないわ」
妹紅「もったいないとか、そういう問題じゃないでしょ!」
輝夜「それに、私だって○○のことが好きになってしまったんだもの。だから、もらっていくの」
妹紅「ああもう、話が通じない! ○○何とか言ってよ!」
○○「いやぁ、この高度でヘタなこと言って手を離されたら………庭にミートソースがぶちまけられることに」
妹紅「……あ」
○○「しかも家の中ではパスタが茹でられているという、なんつーかある意味グッドタイミング」
輝夜「あら、それもいいわね。あなたが生を終えたらそうやって私と一つになる?」
○○「美味しくないと思います」
輝夜「大丈夫。その時は、どんな味だって私がみんなたいらげてあげるから」
○○「自分としては死んだらこんがり火葬してほしいです」
妹紅「わけわかんないこと言ってないで、降りてきたらどうだい……そろそろ自制がきかなくなりそうなんだけど……」
輝夜「あら怖い。それじゃ、このへんでさよならしましょうか。じゃあねー」
○○「妹紅ーー! スパゲッティ鍋の火がかかりっぱなしだからきちんと止めてねーーー!」

連れて行かれるまでそんなところを気にしてるなんて、ほんとに○○らしかったね
なんて思い出すと笑って話せるけど、この時のわたしは相当余裕がなかったのよね
飛び出した輝夜を追いかけてそのまま永遠亭に突っ込んでいったんだ
しかしあいつもこうなることを予想してたのか、いろいろと罠が仕掛けられてたんだよ
月兎の魔眼で見せられた進んでも進んでも終わらない幻覚廊下攻略に3日
妖怪兎の仕掛けたトラップ攻略に2日
薬師に投与された睡眠薬で3日ぐっすりと、8日もかかって輝夜のところにたどり着いて
ボッコボコにしてから○○を連れて帰ったのさ
……省略しすぎ?
そう言われてもね、この辺のわたしのほうはあんまり話すこともないんだよ
迷って罠警戒して進んで寝て殴って帰っただけだしさ
でも○○サイドなら面白い話になると思うよ
その8日間に何があったかって話。私も帰ってから聞いた話だけどさ



輝夜「○○、ここがあなたの部屋よ」
○○「……広いのはいいんですけど、部屋って言うより座敷牢ですね」
輝夜「放っておくと、あなたはいつ逃げようとするかわからないから。好きなものはきちんと隔離しなきゃいけないの」
○○「わけが分かりません。それは愛情じゃないです」
輝夜「そんなことないわ。これも立派な愛情表現よ」
○○「愛情から出る行動ってのは自分だけじゃなく、相手も尊重した行動のことを言うんです
   それとも僕をペットか何かと思ってるんですか?」
輝夜「………」
○○「僕のことが好きなんですか? それとも退屈しのぎに連れてきたんですか?
   後者だったらさっさと帰してください。前者だったら、相手に自分の主張ばかり押し付けないでください」
輝夜「……分かったわよ。永遠亭の中は自由に歩き回ってもいいわ。ただし、逃げるのと他の女に手を出すのは禁止よ」
○○「了解」


輝夜「永琳特製の薬ができたわ。飲みなさい」
○○「特製って、効能は何です?」
輝夜「秘密」
○○「隠し事はよくないと思います」
輝夜「……あなたが素直になる薬よ」
○○「つまり洗脳ってやつですね」
輝夜「そうとも言うわね。でもあなたが悪いのよ、いつまでもあんな芋娘にうつつをぬかすから」
○○「これからもずっとうつつをぬかすつもりですけど」
輝夜「私の夫になる人が何を血迷ったこと言ってるの」
○○「しかし、僕を洗脳してどうするんです? 蓬莱人でも気にせず愛した僕は、そこで死ぬんですよ」
輝夜「どういうこと?」
○○「人間は感情の生き物です。今の僕の心を操ってしまえば、僕はもうあなたの知る僕じゃなくなりますよ」
輝夜「じゃあ、どうすればいいのよ」
○○「あなた、お姫様なんですよね。それなら、自身の魅力だけで僕を篭絡させてください」
輝夜「私の魅力だけで?」
○○「あなたの言う芋娘にできたことが、まさかお姫様にできないなんてあるわけないですよね」
輝夜「……あ、あったりまえでしょ! 簡単に済ませたいから薬を使おうと思っただけよ!」


と、まあ、そんな経緯があって○○は五体満足だったってわけさ
その他にもいろいろとあったらしいけど、その点は省略するよ
まあともかく、無事だったからいいじゃないかって話になったんだ
その後も何度も何度も何度も何度も輝夜は来ることになるんだけどね
問題はそこじゃない
○○を助け出して、家に帰ったときが一番肝が冷えたよ

妹紅「よく無事でいられたね。ほんとによかったよ」
○○「決め手は適度な話術とその場の思いつき、かな」
妹紅「あはは、そのへんの話は家でじっくり聞かせてもらうよ」
○○「……でさぁ、妹紅」
妹紅「ん?」
○○「家、どこ?」
妹紅「……………」
○○「まさか、この焼け跡じゃないよね?」
妹紅「……………」
○○「スパゲッティ茹でてたから火を消してって……僕、言ったよね……?」
妹紅「あ」
○○「あ? 今 あって言ったよね? どういうこと? ねえどういうこと?」
妹紅「あ、あはははは………」
○○「……妹紅ーーーーッ!!!」
妹紅「ご、ごめんなさーーーいっ!」

あの時は本気で怒られたねぇ……
え? しょうもないオチだ って?
そう言わないでよ、輝夜なんかより本気で怒った○○の方が数倍怖いんだから







とまあ、ずーっとこんな調子だったんだ
今はもう○○はいない
むかしむかしのお話だよ


「妹紅おねえちゃん。また○○のお話してー」


それでも、物語はむかしむかしで幕を開ける
この誘拐事件がわたしと永遠亭のやつらとの○○争奪戦の幕開けだったんだ

「そうだね、じゃあ薬師も○○に惚れちゃったときの話をしてあげようかな」


むかし むかし………

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最終更新:2011年03月04日 01:02