永遠亭の一室。
1人の男が布団に寝かされ、その横で一匹の因幡が添い寝をしていた。
「ふふふ、今度こそ、今度こそ」
最近になって幻想の郷に紛れ込んだ男の顔は、遙か昔に思いを抱いた男に瓜二つだった。
遙か、遙か昔の事。
鮫達に酷い目に遭わされ、浜辺で悶絶していた因幡を救ってくれた男性。
まだ愚かで非力だった自分に嘘を付いて酷い目に遭わせた人達とは違った。
彼は泣いていた因幡に正しい傷の癒し方を丁寧に教えてくれた。
沢山の荷物を持ち、これから花婿の選定に急がねばならないのに。
途中で力尽きそうになった時、傷だらけの身体を支えてくれさえしてくれた。
ガマの鼻の花粉でたちまち傷が癒えた彼女は……お礼を言い、男に力を与えた。
因幡の力は、接した人間に幸運を与える能力だった。
そして彼女は彼に幸運を与えた。
顔を見ていると胸がドキドキしてくる優しい男の人に。
男は因幡の力により、とても幸せになった。
八十人もの兄達を退け、近国に名だたる美女を我が妻としたのだ。
それを遠くで見ていた彼女は……………………………………とても、不幸になった。
神々が歴史の果てに去った現在。
男が人の身に宿った神なのかどうかは、因幡―――てゐには解らない。
ただ、竹林の端でドジをして怪我をした自分を、助けてくれた彼を……欲しくなったのだ。
どうしても、どうしても欲しくなった。
彼の意志を聞かず、意識を奪って永遠亭に連れ込む程に。
「今度は、幸運を与えてなんかあげないよ」
顔を頬に近づけ、ペロリと舐める。
「貴方だけが幸せになるなんて、許せない」
もう二度と、あんな、あんな思いをするのはご免だ。
「今度は幸運の代わりに……私をあげるから、ね」
男が、好きな男がもたらされた幸運で幸福になるだけでは意味がないのだ。
「だから、一緒に、幸せになろ?」
自分も、幸せにならないと。
人間に幸運をもたらす兎は、愛しい面影を持つ男を抱き締め、ぎゅっと目を瞑った。
最終更新:2017年04月08日 04:57