全く○○さんは嘘つきだ。
あれだけ私に親愛の情を向けてきたくせに、私の想いを受け入れないなんて……
私が心を読む妖怪だって知っているでしょう、そんな嘘を吐いたって私には通用しませんよ。
……ああ、ただ自分の想いに気が付いていないだけでしたか。
……そうですよね。でなければ○○さんが私と恋人になる気がないなんて思うわけがない。
……仕方がないですね。気が付かせてあげますよ。○○さんが本当に愛しているのは誰なのかをね。
ふふ…ふふふふ……


「どうでしょうか○○さん? そろそろいい返事が聞きたいのですけど」
……寒い。
……すごく寒い
幻想郷に迷い込んだばかりの頃、魔法の森での極限状態のサバイバルの記憶が、鮮烈に想起される。
飢えと寒さ、さらに疲弊した身体。妖怪の襲撃に怯え休まらない精神。
思い出したくもない過去を強制的に再現され、震えが止まらない。
「わたしも出来ればこんなことしたくはないのです。ただ一言、わたしのものになると、そう宣言して欲しいと言っているだけですよ」
弱々しく首を振る○○。もはや声を出す気力もなかった。
「……まだ意地を張るつもりですか? これ以上続けたら本当に壊れてしまいますよ」
諭すようにさとりを見上げたつもりだった○○だが実際はすがるような上目遣いでさとりを見つめているようにしか見えず
彼女の嗜虐心を煽るものにしかならなかった。
「こんなやり方は間違っている、……ですか? 人間の分際で生意気ですね。ならばもう一度見せてあげましょう。トラウマの記憶をね」
「……っ!」
恐怖に目を見開く○○。
度重なる想起に○○の精神は確実に磨り減らされていた。
「……怖いですか? ただ首を縦に振ればいいんです。その場しのぎでも構いませんよ」
あの記憶のから逃れたい。その一心でがくがくと頭を振る○○。
その様子に暗い悦びを覚えながら、さとりは優しく○○を抱き締めた。
「そうですか。形だけでも従ってくれて嬉しいです。ではご褒美をあげましょう」
今までとは違う、幸福な記憶。仲間たちと一緒に何気無い話で笑いあっていた日々の想起。
いきなりのその変化に○○の心は付いていけなず、呆然とさとりを見上げる。
「どうです? 私が呼び覚ますのは、トラウマだけではありません。幸せだった頃の記憶だって呼び覚ませるんですよ」
「……ああ」
ようやくそれを幸福と知覚し、さとりの胸の中で恍惚の表情を浮かべる○○。
「如何です? 私の物になれば、この快楽をずっと味わうことが出来ますよ?」
「でも、俺は……」
人心地ついた○○の戸惑いの声。
「……迷ってますね。では後押しといきましょう」
○○を自らの腕から離し、立ち上がるさとり。
「……まさか」
悦びに歪むさとりの笑みに戦慄する○○。
「その記憶に私がいないのも癪ですからね」
その言葉の直後に再び想起されるトラウマに、○○は頭を抱えてのたうつ。
―嫌だ。もう寒いのは嫌だ。ひもじいのは嫌だ。怖いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
「助けて欲しいですか? ならもっと強く私を求めて下さい」
―助けて、さとり……助けて、お願い。
呼び掛け求める声は最初は弱々しく
「まだです。その程度では助けられませんね」
―助けてくれええ! さとり! さとり さとりいいい!
しかし、助かりたい一心でどんどんと大きくなり
「もっと、もっとです。○○さんは、私のことだけを考えていればいいのですから」
さとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとり
さとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとりさとり
心の中で必死にさとりに呼び掛ける。
「助けてええええ! さとりいいいいいいい!!」
悪夢から逃れたいという想いが限界を越え、○○の口から絶叫となって飛び出す。
不意に止む想起。肩で息をしながら喘ぐ○○。
「さて、確認です。○○、あなたは私の何?」
足もとにひざまづく○○を見おろしながらさとりが問う。
「……俺はさとりの物です」
その○○の答えにさとりは不機嫌に眉をしかめた。
「物? 冗談は止めて。私はあなたを奴隷にしたいのではなく、恋人にしたいの」
さとりの機嫌を損ねたと分かった○○の表情が恐怖に染まり、がたがたと震えだした。
「……まだ足りないみたいね。あなたは私の恋人。それがわかるまでトラウマの中で反省してきなさい」
「ひっ! ……うう、うわあああああああああああああああああ!」
三度想起されるトラウマ。響く○○の絶叫。
「ごめんなさい! 俺はさとりの恋人です!」
「本当に? 恐怖から逃れたくて言っているだけじゃないの?」
「嘘じゃありません! さとりを愛してますからあああああ!」
「だったら何でそんなに他人行儀なの? 恋人ならそんな風に喋らないわ」
「ご、ごめん! 本当なんだ! さとりいいいいいい、俺は君を、愛してる!」
―俺はさとりの恋人
「なら私を抱きしめて。私を求めて。恋人がするように」
―俺はさとりの恋人
「さっきまでの愛の言葉は? 口で示さないと信じられないわ」
―俺はさとりの恋人
○○の心がどんどん変わっていくのがさとりにはよく分かった。
必死にさとりを愛そうとする○○は、その心を言葉の通りに作り変えてゆく。
いつの間にか想起は止んでいた。しかし○○は依然さとりを抱きしめ愛の言葉を叫び続ける。行為の目的はとっくにすり替わっていた。
もちろん心さえも。
されるがままだったさとりが○○を抱き返し、優しく口付ける。それを受け入れるように○○は唇を重ねた。
しばらくその感触を堪能し、微笑みを向けられた○○は、想いを受け入れられた安堵感に眠りに落ちて行った。

どれくらい寝ていたのか、目を覚ますとさとりの膝に頭を乗せていた。
「さて、ようやく分かったみたいね。自分が何者なのか」
○○の頭を優しく撫でながらさとりが問う。
「俺は、さとりの恋人。君を誰よりも愛している、君の恋人」
その答えに満足したようにさとりは○○の記憶を想起する。映し出されるはずの幸福な記憶が浮かんでくることはなかった。
「そう。あなたは私の恋人。その証拠にほら、私が映し出すあなたの幸福な記憶は、私と共に過ごす『今』」
○○は幸せそうに微笑み頷いた。
「なら、他に欲しいものは?」
「……もう、何もいらない。君さえいてくれれば」
「よくできました。ふふ、ではずっと一緒にいましょう」
「ああ、ずっと一緒だ。幸せになろう、さとり」
未だ抜けきらない眠気に誘われるままに、○○は瞳を閉じた。

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最終更新:2010年10月31日 03:51