「明日も来なさい、良いわね?」
お嬢様は顔を赤くしながら、○○を抱きしめる。
ハグくらいお互いにどうという事では無いのだろう。
私にもやってくれれば良いのに、なんて事をいつも通りに思っていたのに。


--誰に?


そんな言葉が頭を走る。
馬鹿馬鹿しい、
お嬢様に労ってもらいたいと思うのは従者として当然の欲望だ。
その対象を問う様な思考が浮かぶ事自体が異常だ。

ああそれなら、
お嬢様が運命を弄った?
疑う事自体がタブーだが、
まるで私が……ああ、駄目だ。
何で○○の事が思い浮かぶんだ。
私はお嬢様の事を考えていたはずなのに。
○○に抱きしめて貰いたい、愛して貰いたいと思ってしまった。
従者なのに、主の想い人を欲しがるなんて……失格だ。


かといって内心を誰かに読まれるなんて事は有り得ない。
この気持ちが例えばお嬢様の運命操作による物だったとすれば、
それは何か考えがあっての事だろう。
……しかしお嬢様ならそういう事は私に一言伝える筈だ。
「はぁ……」
だとしたら、自分自身の感情、か……
ところで美鈴に差し入れをする途中だったが、
珍しく美鈴は居眠りしていなかったので、
「どうしたんですか?咲夜さんが溜息なんて珍しい」
「気配を感じて起きてた振りをする貴女に呆れたのよ」
「う……」
……って否定しなさいよ全く。


お嬢様は明日も来る様に言っていたし、
○○も笑顔でそれに答えていた。
お嬢様の笑顔が見れる事が最大の喜びだったのに、
今はそれに妬ましさすら感じてしまう。

そうだ、○○なんてお嬢様に相応しく無いんだ。
それを、お嬢様に分かって貰えれば良い。


毎日毎日、
目の前でじゃれあう様に苦汁を飲みつつ、
天狗に賄賂を送り○○の悪評を書かせた。
賄賂なんて必要無かったかもしれない、
普段からパチュリー様が広告に使ったり、
外聞に疎い紅魔館の面々と、それを喜々として語る天狗は案外仲が良かった。
賄賂と言っても、魔法薬一つで引き受けてくれた。
パチュリー様に聞いた所、
「あぁ、あの薬ね」と、
暗い笑みを浮かべながら渡してくれた。

ところで○○だが、
元々こんな所に毎日通う身だ。
普段は信じやしない癖に、
こういう時に限って里の人間は新聞の内容を信じたようで、
○○は里を追い出され、ここに落ち延びて来た。

その様を見たお嬢様は喜んで迎え入れようとしたが、
私が、口添えした。
「……しかしお嬢様、○○に関してこんな物が」
悪評の書かれた新聞記事。
「何よこれ……○○はこんな事しないでしょ?」
「しかし24時間私達が監視している訳ではございません。
 謂れが立つからには、少なからず理由があるのでしょう」
「で、でも……」
「今は様子を見ましょう。
 お気持ちは分かりますが、ここで○○を受け入れては人間からの評価に響きます」
お嬢様は暫く考えていたが、
やはり妙案は思い浮かばなかった様で私に答えを求めた。
「咲夜、何か方法は無いの?」
「一番早い方法は運命操作でしょう」
「却下、他人に迷惑を掛けたく無いわ」
「では○○を眷属にしてみては?」
「うーん……そっか、うん。
 仕方ないわね、それを○○に選ばせるわ」
○○ならあるいは、とでも思ったのだろうか。
お嬢様の事は私が一番知っているし、
人間の事も私が一番知っている。
相いれる事なんて無いのに。


「紅魔館側からの解答だけど」
お嬢様、パチュリー様、
私と美鈴、小悪魔に今回は妹様までが食堂に集まっていた。
無理も無い、
知り合いを泊めるのとは訳が違う。
○○を吸血鬼として迎え入れるか否かを問うのだ。
主要な面子が揃う。
「私の眷属になるのが条件よ」
「逆に、受け入れるつもりなんだな」
「ええ」
無理難題では無いだろう、という意味で、
誰もが○○に此処に住んで欲しいという意味で。
そういった半ば魅了の魔法に近い威圧が○○を包んでいた。
懇願するようなお嬢様と妹様の表情から○○は条件を飲むかと思ったが、

私の読み通り、○○はそれを断った。
多くは語らなかったが、
短い人生の決断をそう易々と決める事は出来まい。
ただ、自らを否定されたお嬢様は、
涙ながらに○○を追い出したのだった。


全て、上手くいった。
後は私は私でいれば良い。

暗闇に一人で歩く○○を拉致する、
時間を止めて、紅魔館に連れ帰り、
新しく作った扉の無い部屋に閉じ込める。
「え……咲夜さん?」
時間を動かした所で○○は状況を読めず、
「お嬢様の誘いを断るなんて、許せない」
「え……」
私は淡々と台詞を読み上げた。

○○の足に鎖を付けベッドに繋ぐ、
「何を……!」
「大丈夫」
額にキスをして部屋を出る。
扉が無いので逃げる事は出来ないが……
まあ、精神的な束縛だ。



時間を止めたまま行動しなくては、
いくら○○を閉じ込めたとはいえ、朧げながらお嬢様はその気配に気付いてしまうだろう。
捕まる前に事を致すしか無い。


「ブン屋に渡していた魔法薬?」
「はい、少し譲って頂きたいのですが」
パチュリー様は司書に目配せをして、
「駄目、大体理由は分かるし、貴女が使うと危険よ」
時を止めて、口にナイフを挟む。
「む……」
「失礼しますパチュリー様、手段を選ぶ暇が無いのです」
するとパチュリー様は司書に合図を送り、
毒々しい薄桃色の薬が入った瓶を持ってきた。
「待ちなさい、薬の説明だけは聞きなさい」

「その薬は、自傷した妹様の血液から作った魔法薬。
 吸血鬼の隷属の契約と同じ効果があるわ」
しかしそれでは、
○○は妹様の物になるのでは?
「だけど自分に対して惚れてくれないと惚れ薬には使えないから、
 主となる対象の血液を一滴垂らして、それから相手に飲ますのよ」
「わかりました、ありがとうございます」
「あぁ、欠点だけど。
 効果が主から対象への情の深さで変動するのよ、だから間違っても……」
パチュリー様は怯えていた。
そんなに私は恐ろしい表情だったか、
いや、表情から内心を読まれたか。
パチュリー様が魔導書を取るより早く私は図書館から退出し、
時間の流れが変わった扉の中からは音が返る事は無かった。


早速、指先を噛みちぎり血液を瓶に注ぐ。
たちまち薬は透明のさらっとした液体に変わる。
ああ、食事に混ぜやすくなってるのか。

○○の部屋に戻り薬を混ぜた食事を渡す。
「食べなさい」
「え……」
「食べなさい」
しかし○○は何か感づいたようで、
中々それを口にしようとしなかった。
私とスプーンを交互に見る姿に苛立つ。
ああ、もう面倒臭い。
「食べさせて欲しいの?」
「え……いや、違います」
「遠慮しなくて良いわ」
時間を止めて、
私が頬張った食事を舌で押し込む。
「ん……む……!」
飲み込んだら再び時を止めて押し込む。
次第に○○の表情が砕け、
抵抗もなくなり、口に入る物を力無く飲み込むだけになった。
「ずるい」
食事が終わった時、既に○○は正気を失っていた。
それでも魔法に逆らってるつもりなのか、
暗い目で真っすぐ私を見据え、
舌を噛んで意識を保っていた。
「お嬢様をたぶらかしてる癖に」
私に簡単に靡いてしまうじゃないか。
「ずるい」
あんなに愛してるのに、
私はあれだけ尽くして来たのに、
「ずるい」
暖かい太陽の匂いも、
孤独に耐える心も、私には無いのに。
「こんなにかわいいなんて、ずるいわよ……」
私に振り向いてくれないなんて、
私から奪っていくなんて。

「大好き」

ゆっくりと抱きしめ、唇と唇を再び合わせる。
たっぷりと私を認識させたが、
生意気にも息を荒げ抵抗していたので、
薬を注射器で一回分確保し、
残りを○○に飲ませた。
○○は最初、うわ言の様に私の名前を呟いていたが、
薬を全て飲んだ所で眠ってしまった。
少々効き過ぎたか。
しかしこれで○○は私の物だ。
……私無しでは生きる事が出来ないなんて、素敵。
さあお嬢様、貴女も、
「あの頃に、戻りましょう?」

振り向いた先には青ざめた表情で私を見つめるお嬢様が居た。
何、いくら隔離した部屋でも「○○にたどり着く」ように自分の運命を弄れば私の能力を抜ける事が出来る。
注射器を後ろに隠し、
ゆっくりと近づくが、お嬢様は恐怖心を顔に出したまま後ずさる。
「さ、咲夜……」
「無駄です」
運命を弄ろうとしても、
私は何もしないから、
何も未来は変わらないのだから。


白黒の世界、注射針が白い肌に吸い込まれ、
全ての運命は、未来を失った。



そう、未来は何も変わらないのだ。
○○は誰もが望んだ通り、
ここでしか生きられない体になり、
お嬢様はまた私しか見えなくなった。
これで元通り。

他人に依存されるのは気持ちが良い。
「大好きです」
二人を抱きしめる。
かわいいかわいい私の人形。
もはや私以外には価値を見いだせないガラクタ。
もう二人に、未来は見えないのだから。

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最終更新:2010年08月26日 23:56