「○○さん…大丈夫、ですか…?」
目が覚めると美鈴さんが心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでいた。
体を動かそうとするがほとんど身動きが取れない。どうやら体中がギプスと包帯でぎちぎちに固められているらしい。
「あっ余り動かないでくださいよ…まさかあんな人里の近くで妖怪に襲われちゃうなんて、この辺りも物騒になりましたねぇ~」
美鈴さんは困ったような笑みを浮かべながら慣れない手つきでリンゴを剥き始めた。
「あっ、あら、あらら~…あはは、ごめんなさい…やっぱ慣れないことってするもんじゃないですねぇ。はいっ、あ~ん」
美鈴さんは半分ほどの大きさになってしまったリンゴを僕の目の前に突き出してきた。
…食べろ、と言う事だろうか。僕がまごついていると美鈴さんは否応無しに僕の口の中に
リンゴを突っ込んできた。
「も~○○さん、たくさん食べないと早くよくなりませんよ?」
いやでも美鈴さん、コレはさすがに恥ずかしいというか…。
僕はリンゴを咀嚼しながら恥ずかしさと申し訳なさでなんだか情けない気分になっていた。
彼女の方を見ると相変わらずにこにこしながら僕の様子を見ている。
「…美鈴さん、その、何でずっと僕の方を…見ているんでしょうか…」
「えへへ、だってこんな時じゃないと○○さんのこと…」

じっくりと、見られないじゃないですか。

大体、お嬢様も咲夜さんも無粋すぎるんですよ。
いつもいつも○○さんの周りにべたべたとまとわりついてて、いくら○○さんが優しいからっていっても限度ってものがありますよね?
おまけに私が○○さんと話そうとすれば、
『何故門番が屋敷の中に居るのかしら?職務怠慢じゃない』とか、
『○○は私の従者なの。貴方のお友達じゃないわ』とか。
ふざけるのもいい加減にしてほしいですよねぇ、○○さん?幻想郷中見渡したってこんなにお似合いの恋人達なんて他に見つけようも無い位なのに。
「○○っ、無事でしたか!?」
咲夜さんが部屋のドアを蹴飛ばして飛び込んできました。全く本当に都合のいい人です。
私が部屋に面会謝絶の札と鍵まで懸けて一晩中看病していたのに、○○さんの目が覚めてからのこのこ現れるなんて。

「だからあれほど言ったのに…これで身に染みましたか○○?これから里に買い出しに行く時には
必ず私を同行させなさい。これはメイド長としての命令です」
あ、うっかりリンゴジュースを作ってしまいました。うさぎ剥きに挑戦しようと思ったのに。
「なっ…何言ってるんですか咲夜さん…」
ほら、○○さんも困ってるじゃないですか。それに咲夜さん、自分の仕事のことは放っておくんですね。
本当に、本当に汚い人。私の恋人にそれ以上近づかないで。
汚い汚い汚い汚い汚い汚い「あのー美鈴さん…?」
気がつくと手に持っていたナイフが飴玉みたいになってました。
○○さんが私の方を不安げな表情で見つめてきます。
あわわ、いけません。例えどんな状況だろうと、○○さんの前では笑顔を見せなくては!
「えーと、咲夜さんはメイド長としてのお仕事がお有りでしょうから…
代わりに門番のわたしが○○さんのお手伝いと護衛を兼ねるというのはどうでしょうか?」
咲夜さんが私の方を凄い勢いで睨みつけて来た。何なんでしょうか、その態度は。
盗人猛々しいにも程がありますねぇ。
「僕の方としてもそちらの方が…咲夜さんも色々忙しいだろうし…」
ほらほら、やっぱり○○さんも分かってるんですよね?以心伝心って言うんですか、
心が通じ合ってる恋人を引き裂くなんて不可能なんですよ、咲夜さん?
「…美鈴、いつもへらへら笑っている位しか能の無い貴方に護衛なんて勤まるのかしら?
買い出しの手伝いすらまともに出来るのか怪しいものね?」
職務放棄を平気でする汚い雌にそんな事言われたくありませんが、ここは笑顔で待機です。
「咲夜さん、冗談でも言いすぎですよ!」
○○さん…嬉しいけどそんな汚い雌に構ってあげないでください。ますます調子に乗っちゃいますから。
「○○…貴方の身を気遣っての事なのですよ?美鈴はあくまで門番、貴方からすれば確かに強そうに見えるだろうけど
せいぜい下級怪を追っ払う位しか出来ないわ。ましてや、
護衛だなんて…きっと自分の身を守るので精いっぱいでしょうね。そうでしょ、美鈴?」
うるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れ黙れ。自分だってただの人間の癖に。人間の癖に。
「えへへ…申し訳、ありません…えへへ…」
駄目駄目駄目だめだめダメダメダメ。殺したい殺したい殺シタイ。笑顔えがおエガオ…

「○○、○○っ!」
ひどく重苦しい部屋の雰囲気を切り裂いて幼い声が飛び込んできた。この声は、まさか…
「…その姿は何なの?答えなさい、○○っ!」
レミリア様だ。しかも普段は見せない様な怒りの表情を浮かべている。
「あの…買い出しに言った時に、妖怪に襲われてしまいまして…」
レミリア様の肩がぶるぶると震えだしている。…まずい。相当にお怒りの様子だ。
もしかして僕が妖怪に襲われたのがきっかけで紅魔館の面子が丸潰れとかそんな事態になっているのだろうか?
だとしたら咲夜さんの不機嫌も説明がつく。
…どんな恐ろしい罰が待ち受けているのか。僕は戦々恐々としてレミリア様を見つめていた。
「…○○、貴方はこれから『或ること』が終るまで紅魔館より外出することを禁じるわ」
…やはり、こうなったか…。僕はがっくりと俯いた。事実上の死刑宣告。
命からがら妖怪から逃げ出したが、結局死ぬのが少し遅れた程度だったのだ。
「あ、あの…お嬢様っ!そんなの余りに酷すぎますっ!」
美鈴さんがお嬢様に抗議をする。彼女の此処まで悲しそうな顔を初めて見た気がした。
「お嬢様…○○はまだ幻想郷に来て日が浅いのです。普通の人間が妖怪から逃げ切れたと言う事ですから、むしろよく頑張ったと…」
咲夜さんも、僕をかばうかの様に口火を切った。二人がここまで親身になってくれるのは嬉しいけれど
『或ること』とはそこまで凄まじい刑罰なのだろうか…。
だけど、レミリア様が次に口にしたことはそんな恐怖なんて吹き飛ぶ位のことだった。
「三人とも、何を勘違いしてるの?○○には吸血鬼になってもらうだけよ。私と同じ、ね」
部屋の空気が凍りついた。
「人間から吸血鬼になれるのはほんの一握りだけど…貴方にはその素質があるの。
特別な、選ばれた存在…素晴らしいでしょう、○○。
もう少し此処に慣れてから知らせようと思ったけど、もうその必要は無いわよね?
心配しないで、もう妖怪どもなんて虫けらみたいなものだから…」
レミリア様は喜びを抑えきれないと言った様子で次々にまくし立てて来る。
「転生の儀式が終ったらね…貴方をスカーレット家の正式な一員にしてあげる。だからもう…」
頬に何か柔らかい物が触れた。…レミリア、様?
「『様』は付けないで頂戴、たった一人の…愛しいお兄様。」

どうしよう。どうしようどうしようどうしようどうしよう!!!
○○さんが吸血鬼にされてしまう。
もうお日様の下でおしゃべりしたりとかお昼寝してる寝顔を見つめたりとか
『ちょっと』怪我をしてもらって看病してあげたりとか出来なくなってしまいます。
…あは、そうですね。何でこんな簡単なこと気付かなかったんでしょう。
やっぱり馬鹿なんですかねぇ私。あははは。
○○さんには人間や吸血鬼なんて似合いませんよね。やっぱり私と同じ種族の妖怪の方が
格好いいし、強いし、なによりもっと私とわかりあえますよね。
転生の儀式には大分時間がかかるみたいだし、○○さんには悪いけど近々もっと大きい怪我をしてもらって…
えへ、そしたらどうやってプロポーズしようかなぁ。えへへへ。


以上で終わりです。めーりんって何の妖怪なんでしょうね…
最終更新:2011年02月11日 21:09