正月祝いはなにもしない、
あらかじめ連絡しておいたので年賀状も来ない。
新春は来ない、来ないんだ。
悲しい出来事が去年あったせいで、今年は春が来ない。
なのに、
玄関のドアをガンガン叩く音がする。
「春ですよー」
布団に包まって無視する。
「○○さん、春ですよー」
ドアを叩く音がだんだん強くなる。
「あはは、居るのは分かってるんですよー?
 何も準備が出来てない○○さんの所に真っ先に来たんですから」
黙れ、黙ってくれ、早くどこかへ行ってくれ。
思い出したくもない、一人で生活するだけでも苦しいのに。
「○○さーん、○○さーん?春ですよー?
 さみしいでしょ?一緒に過ごしましょうよー?」
ひとしきり叫んだ後足音は去っていった。
よかった、逃げてくれたか。

布団をはがして起きようとした瞬間。
「ほら、居るんじゃないですか」
けたたましい音とともに後ろの窓ガラスが割れ、
大きな石が投げ込まれ、リリーが入ってきた。
「ひっ……」
「もう○○さんったら酷いですよー。
 春を祝う訳じゃないですから私は」
ガラス片をはたいてリリーはにっこりとほほ笑んだ。
「何の用だよ!こんな事して無理矢理入ってきて!」
「一緒に春を過ごしましょうってだけですよ。
 ○○さん一人ぼっちで大変でしょう?辛いでしょう?苦しいでしょう?
 そんな○○さん見たくないから来たんですよ」
「は……それなら最初から関わらないでくれよ、どうせ夏が近づいたら居なくなるんだからそんなの意味ないよ」
リリーが顔を覗き込むように近づく。
「良いんですか?本当に?」

微笑んでいた目が柔らかく開かれた。
獲物を追い詰めた獣のように、彼女は視線は質問を待っていた。
「な、なんで……?」
「やだなあ……せっかく春を告げたのに受け取らなかったのは○○さんじゃないですか。
 誰もいない民家の様子を見にきたり、新聞を配ったりする必要あるんですか?」
「意味が分からない……反応しなかった事がなんなんだよ……」
「あれは行事みたいな物です、季節が変わる事を受け入れて、
 人の死を乗り越え草花のように立ち上がる為の行事なんです……なんて」
くすくすとリリーは笑っていた。
「まあ、そんな事はただの風習なんですけどね。
 私を締め出してくれてありがとうございます○○さん、これで口実が出来ました」
口実だと?身動きとれなくしておいて何を言うか。
「外に既に春は訪れた。此の家に春は告げられなかった。
 此の家にもまた春は訪れたが、家の住人は季節に取り残された。
 ……それだけで十分なんです、私の居場所は」
彼女はこの家を居場所と呼んだ。
リリーは春の間幻想郷中を徘徊する妖精だから、それってつまり……
「ブラックが居ます、外の事を心配するなんて優しいんですね○○さん」
返事は見当違いだったが、十分な解答であった。
「もう辛い事も苦しい事も考えないようにしてあげますね。
 ああ……手足は痛いかもしれないけど我慢してくださいね、それだけ。
 私もこれ以上酷いことするのは嫌なんです……○○さんを独占する為に」
「独占……」
所有物か、彼女の。
いや、そうじゃない。
なんて言った?
これ以上酷い事をするのが嫌、か。
それじゃあまるで、もと酷い事をしているみたいじゃないか。
「リリー……いや、まさか……
 家族を殺したのは……お前なのか?」
時期が合わない訳じゃない。
ちょうど彼女が帰って少しで一回忌になるし、
ああ、それに、あの日はとても暑かったけど。
まだ夏じゃあなかった。
「あは……」
悪びれもせず、彼女は笑い返した。
「やだなあ○○さん……家族はもう、私だけですよ?」
明確な解答は帰ってこなかったが、
さっきと同じ開いた目と、ケタケタと笑い続ける様は肯定しているようにしか見えなかった。
「そんな辛い事考えなくたっていいじゃないですか?春なんですから。
 ああそれじゃあ、○○さんの頭も、春にしちゃいましょうか?」
彼女はペロリと自分の手のひらを舐め、それで僕の頭をゆっくりと撫で始めた。
両手で剥がそうとしたが、それよりも早く頭がうつろになって力が入らなかった。
「もう楽しい事や幸せな事、素敵な事しか考えなくて良いんです。
 私と一緒にいる間は、ずうっと春なんですから……」

本当にここから出られないのだろうか。
確かに幻想郷では口実さえあれば結界の一つや二つが発生したって不思議ではない、が。
そんな事よりも、冬の毛布のようなこの心地良さは、
絡みつくように暖かく身に沁みこんで、外に出る事を、考えたくなくなった。

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最終更新:2015年05月06日 20:29