ちょっとした実験のつもり。
山の巫女から教わった事だった。
「あそこの墓守をしてるキョンシーが面白いんですよ」
符に何かしら書き込んで額に貼ってあるそれと貼りかえると、彼女がその通りになってしまう。
「一度弾幕ごっこでコテンパンにした後、足が痺れるって書いたんですよ。
 そしたら……ふふふっ、体が硬くて揉んだり出来ないし、直立不動で足が痺れたみたいで。
 もう反応がおかしくっておかしくって」
早苗は大笑いするのを堪えながら喋っていた。
「最近妖怪の扱いが酷いねえ早苗さんは」
前回の異変の時からそんな感じだが、ある意味環境に適応してるというのだろうか。
とはいえ唐傘お化けのあの子もさしあたって害がある訳でもなかったし、
たまたま命蓮寺の傍を通りかかった時に思い出して覗いてみたのだ。
ああ確かに、以前見た時は無かった建物が出来ている。
「あ、こら。ち~かよ~るな~!」
「おっとっと…」
墓石の陰から急に飛び出てきたので驚いた。
「う、また人間か……」
明らかに嫌そうな顔された。
まあ早苗さん以外に……ああ無理矢理倒して突破するような連中しかいねえな人間て。
「あー待って待って、別にこの先に進む気はないよ、
 たまたま珍しい物を見つけたから近寄っただけ」
「そう?それなら良いんだけど、私も無暗に人間と戦いたくない、
 ……のはなんでだっけ?」
「は?」
疑問形で返されても困る。
「いや、この先に進もうというのなら力づくでも止めるって」
「いやだからそのつもりは無いって」
ああこれ微妙に会話が通じてなくないか。
「じゃあなんで君はその奥から出てきたの?」
いやまあ嘘だけど、
「え?あれ?奥に入っちゃいけないのに何で私奥から出てるの?」
自問自答、というより混乱している内に早苗さんからもらった符に「収拾」と書いて、
すっと頭の符と貼りかえた。
「あ」
暫く固まった後表情をコロッと変えた。
「あちゃーごめんねー、どうにも私物忘れが酷くて」
「いやいや、そういう種族みたいな物じゃないの?とにかく話が通じてよかった」
「それはこっちもだよ」
そう言って彼女は優しく微笑んだ。
「この先に進むのは絶対に許せないけど、貴方が話が分かる人でよかったよ」

符を貼りかえた事を白蓮さんに怒られるかと思ったら案外そうでもなかった。
無暗に喧嘩を吹っ掛けるような仕様が治って良かったとの事。
彼女の信頼も得れて一石二鳥、というのもおかしいが悪くない判断だっただろう。
「あんま危険な妖怪じゃないみたいだしね」
「な、何よぅそれぇ……能力でなんでも食べるし私だって危険なんだからね!」
顔真っ赤にして否定するのはどこかのお化け見たいだなと思った。それでも顔色悪いけど。
「あ、しかも他の女の子の事考えたでしょ今」
「何の事やら」
「私だってその位分かるし!」
腕関節が硬いから曲がらないので、パンチっていうよりハンマーパンチだこれ。
「でもさ、他人に符の文字弄られて、ある程度とはいえ好き勝手されるのって嫌じゃないの?」
「少なくとも○○なら私は良いよ……信頼してるからね」
それはそれは、また珍しく落ち着いた一言だった。

さて、彼女からの了承を得られたから符に何か書きこもうとは思ったが、
いざやろうとすると中々面白い内容が思い浮かばない物である。
「あんまり変な内容書くのも気の毒だしなあ」
「あー、でもね。私もキョンシーになって長いからさ、
 人間の感情とか感覚とか、書かれて実感するくらいに感じられたらうれしいかな……って」
ちょっとした邪念か、
愛情とか恋愛とか、そういった事を書きこんで、
芳香を自分の物にするような…独占欲?
「恋慕」と書いた符を懐に仕舞い、新しい符に「喜び」の二文字を書きこんだ。
不慣れな感情に顔が強張っていたが、僕が微笑むのを見ると彼女も微笑み返した。
ちょっと恥ずかしい気もしたけど、きっとそれは普通の反応なんだ。

白蓮さんと霊夢さんは会う度に困ったような表情をしていた。
理由を尋ねてもお茶を濁すような反応ではっきりとした理由を聞きだせない。
そして早苗さんに会った時、彼女はその理由を僕に説いた。
「ああ、分かりますよその理由。私も同じような事考えてましたし」
「一体何なのか教えてもらえないかな?特別変な事をした覚えは無いんだけど」
それは尚更重症だ、と早苗さんは言った。
「じゃあ聞きますけど、あの妖怪の子とどれだけ仲が進展してます?」
「ああ?札にいろんな事書いて遊んでる仲だよ、
 妖怪生活が長くて人間の感情を思い出すだのと」
「責任取れるんですか?」
早苗さんの極端な言い方に僕は噴出した。
「な、何がだよ。そもそもそんなやましい関係じゃないよ」
「やましいとかそういう内容は関係ないんです。
 人間と妖怪の種族の溝はあなたが思ってるより深いという事です」
ああ、それはつまり、
「このまま関係を持ち続けて深まるのが危険と?」
早苗さんは目を逸らしたまま何も言わなかった。
「半ばけしかけた私にも責任があります、あなたが難しいのであれば……」
だってさ、
「いいよ、自分でやる」
お互いに残るような、そんな未練を作ってしまったのは自分なのだから。

「ああ、また来たんだね○○」
初めて会った時とは全く違う、笑顔。
ああ、こんなにも彼女は純粋だったんだなあと思って、
少しだけ関係を断つ事を躊躇いそうになった。
「どうしたの○○?今日はやけに暗い顔してるね」
「ああ、それがね。
 今日はちょっと、最後のお別れに来たんだ」
彼女は一瞬キョトンとして、再び微笑んだ。
「あはは、何言ってんのさ。別に外の世界に帰るって訳じゃないんでしょ?」
「それでも……もう君と会う事は出来ない」
理由を聞いたりする事無く、彼女は俯いた。
「あなたが、ここに来るのを止めたら、私からあなたに会いに行く事は出来ないもんね。
 ありがとう、○○。わざわざ別れの言葉を言う為に来てくれて」
本当は、早苗さんは僕を止めていた。
絶対に未練が湧くし、何よりも危険だと。
「あなたと会わなくなって感情を忘れれば、元通り。
 私は記憶も自我も不確かな妖怪になるんだろうね」
「申し訳ないと思ってるよ。結果的に君を苦しめる事になるんだ」
芳香はぎこちなく両手を上げて、
「あんまり上手く出来ないから、恥ずかしかったけどさ。
 最後に……○○、抱きしめても良いかな?」
ああ、と、僕は彼女を抱きしめる。
両腕は震えながら僕に巻きついた。
泣いているのか、関節が軋むのか、あるいは両方か。
初めて近くで嗅いだ彼女の香りは、
乾燥した埃の様な臭いを花の香りでごまかしたようで、すこしわざとらしい。
だけどそれが一層、外の世界のような懐かしさを思い出させた。
「このまま私が両手を離せば、○○は行っちゃうんでしょう?」
「……だからって離さないのはずるいよ」
「私が追いかけられないなら、あなたが逃げなければ良いのよ」

爪が肩に軽く食い込んだ。
「痛っ……」
冷たい何かが傷口に走り、瞬く間に全身の力が抜けていく。
「大丈夫、痺れるだけだし、すぐに毒は解けるから」
彼女は僕の胸元に手を伸ばし、何かを探る。
「知ってたよ、最初にこれを貼ろうとした事。
 そのまま貼ってくれてもよかったのに、とても嬉しい事だからね」
あの時服に入れたままの、「恋慕」の符。
「私が符に書かれて従わされた感情が正しい感情なのかわからない、でも、
 この符を私に貼るって事は、あなたとその感情を共有しているって事でしょう?
 だから悲しかった。喜び、私の感情と真逆の感情を植え付けられたからね」
ペロリと符の裏側を舐める。
そんな事は無駄なのに、分かってるのに、さ、
お互い分かってたんだ、どこかで、惹かれあってる事に。
だから友達である事は一つの境界線だった、関係が崩れてしまわない為の。
別れよう、などと再認識する必要は無かったんだ。
それ自体が、一つの告白になってしまうから。
「間違ってるかもね、私。
 今あなたを襲ってここから帰さないようにしようとしてるんだし」
巫女や魔法使いを敵に回したかもね、もともとだけど、
そう彼女は呟いた。
「羨ましかったんだよ、種族の隔てが無くさ、
 ちょっとした事の相談に乗ったり、辛い事も打ち明けられたり。
 ……私が小さな安らぎであれた境遇が悪いとは言わないけどね。
 でも、ある時気づいちゃったんだよね、あの人達は、○○と同じ人間だからあんなに仲良くしてる。
 だから、○○が私と一緒になれば良いんだって」
動けない体に、彼女が噛みつく。
痺れは痛みすら紛らわし、甘い感覚と共に腕の肉の表面が噛み千切られ、
彼女はそれ飲み込んだ。
「あなたが私にくれたように、
 私も感情を、あなたに返すね」
痺れがいつ取れたのかわからない、
体が軋んで上手く動けない。
そして、恋慕の符は僕の額に張り付けられた。
もう逃げられない。
でもああ、よかった。
僕の感情は何も変わらない。
愛している、大好き、
それが与えられた感情じゃなくて、自分の本来の気持ちである、
それを忘れないように、信じていこう。

符を張り付けた美味しそうな白い腕に、
僕はそっと噛みついた。

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最終更新:2011年05月15日 02:16