「あぁ?どこ見て歩いてんだ?」
今日もまた、運が悪く柄の悪い男二人に絡まれてしまった。
以前のオレなら逃げていただろう。
しかし今ならもう何も恐れることはない、なぜなら…
(来い、死神ッ!)
自分の周りからもの凄い風圧が立ち込める。
「うわ、ったぁッ!」
「ぎゃあッ!」
そしてオレの背後からそいつは飛び出し、物も触れずに相手を吹き飛ばした。
今日も死神のおかげで難は去った。











数年前オレは見たことのない世界に迷い込み、見覚えのない化け物に襲われた。
かすり傷に顔をしかめ、何日か獣道を駆け回り人を求め続けた。
その獣に追いつかれ餌になろうとする自分を嘆いた。
しかし悪運が強かった。
突然オレにかさばっていた魔物は吹き飛んだ。
焦点の合わない目で、その源へと痺れる体を引きずった、そこには…




オレはまだ生きるんだ、死んでたまるかよ…




気がつくと神社のような建物の縁側で横たわっていた。
その横で巫女のような格好をした少女が俺の顔を覗き込んだ。
「あ、気がついた?」
どうやらその巫女に介抱されていたようだ。
彼女の話によると、オレを助けたらしい女性は自分のもとへ担いでいって用が済んだらさっさとどこかへ帰ってしまったとのこと。
そして数週間、その巫女の少女にお世話になりながらオレは体の治療とリハビリに努めた。



ついに帰る時はやってきた。彼女は空間に裂け目をつくり、振り返らずに進んでいけと指示した。
一言例を伝え、安堵を抱きながらその中へ。けれどオレを助けたはずの恩人は最後まで姿を見せなかった。
せめてそのシャイな御方にはお礼くらいは言いたかった、けど気にかけてもしょうがない。
出口を抜けると自分に感じるどこか懐かしい森だった。確信を求めて進んで。
日の落ちかけたころに見慣れた町並みに辿り着き、自分の生還を実感した。





数週間も音沙汰なしだったので家族はもちろん知人からいろいろと心配された。
オレは一応そのタイムラグの記憶がなかったとごまかしたが。
その後は普通にとある大学に進学し、平穏な生活の続きへと入ろうとした。






ところがある日、大学で上級生3人にカツあげされた。
胸倉掴まれどうしようもなく殴られる覚悟をひねり出そうとしたとき、オレがオレでない感覚を突然感じた。
異物が俺の中に蠢き、吐き出されるような、そして信じられない事が起きた。
突然その3人組は突然何かにぶつかったように倒れ、腹や頭を抱え悶絶した。
何が起こったのか、その答えは3人の傍らに立っていた。



オレを守ってくれたそいつは鎌を携えた赤髪の女性だった。
彼女はオレに振り向きニコッと微笑むと、光のように分散しオレの胸に入り込み消えていった。
事態に混乱し、そいつは一体何者なのか頭を熱していると、また光の粒が俺の胸からふわりと飛び出しまた彼女が現れた。
ますます不理解を募らせてしまったそのとき、ある言葉が頭に響く。



「あたいはあんたさ―――」



オレは理解した。あの奇妙な世界に入り瘴気にあてられたのか、人為らざる何かを得たのだと。
そしてその力は、彼女はオレの味方であると。



それ以来、オレが心で望むたびに彼女は現れ、
イメージ通りに遠くのものを運んできたり遠くの標的を攻撃したりして俺を助けてくれるようになった。
とりあえず彼女をその持っている鎌から「死神」と呼ぶことにした。
いつもピンチから助け出してくれる彼女にオレはすっかり頼りきりになっていった。









けど、気づきもしなかった
死神に依存しているその愚かさに
それこそが" "の手の中だということに―――












最近よく夢を見る。
オレがあの世界にいた頃の夢、そのときのオレは怪我のリハビリに励んでいた。
足を引きずり、痺れる膝を前へ前へ動かし、苦渋の表情を浮かべるオレ。
巫女の少女に包帯をはがし傷口に塗ってもらう薬が染みて痛みが口から零れるオレ。
縁側でお茶を啜りくつろぐオレ。





誰がどう見てもオレの夢だ、けど矛盾がある。
見ている夢がオレの視点じゃない。
誰かがオレを見ている夢ってことだ。
あのとき誰かに見られていたと分かれば気持ち悪い。
しかもその覗き魔の気持ちか感情かがこっちに伝わってくるもんだ。
その感情とやらを思い出しオレは寒気がした。
最初は”恥ずかしい”、”惚れ”といった女の子のもじもじした初恋のようなものだった。
けど、いつしか夢を重ねてくにつれそれは巫女の少女への”焼餅”に変わっていた、案外そいつは可愛い子だったりして。
そして何夜目だったか、居間でオレと少女の二人で明日あさってにでも帰ることに決めた日。
怪我の治りを実感して喜ぶ俺と一息と頬杖をつき微笑む巫女の少女が映し出されたとき、えもいわれぬそれがオレに牙を向いた。
一気に押し寄せてくる悲しみと焦りと黒い絶望の塊。
オレははっと目を覚まし、毛布を払い、息を荒げつつも悪夢に変わった夢を掘り返した。
そいつはオレに帰ってほしくなかったのだろうか。
もう考えてもしょうがない。
跳ね除けた毛布をもう一度身に包み、目を閉じた。
明日、知り合いに聞いてみるとするか。









”もう、待ってられないや―――”









「へえ、夢で誰かに見られている、かぁ…?」
いつものカフェテラス、オレはアイスティーを啜り、蓮子はアイスコーヒーをかき混ぜる。
彼女は首をかしげもう一度オレの回想を鑑みた。
「夢なんていわれても、どうにもねえ…、そんなの気にしすぎじゃあないの?」
「蓮子、そこをどうにか、こういうことに詳しそうだから秘宝倶楽部に頼んでいるじゃないか~」
「秘封倶楽部ね」
今日相談を持ちかけたのは、同じ大学に通っている宇佐美蓮子。ひほ…違う、秘封倶楽部というオカルト的なサークルの一人だ。
「こちらとしてもどうしようもないわ…」
「そっか…、何か知ってるかと思ったけど」
苦しい思案の表情、話してもいきなり解決なんてないか。
「なんか、こう原因がどこか…、あっ、そういえば」
蓮子はストローから唇を離し、はっとした。何かを思いついたようだ。
「そういえば○○、前に死神とかス○ンドとか憑依霊とかがどうのこうのいってたよね?」
言わないべきだったか、死神のことを。それとも、
「ねえ、あれ前にも見せてもらったけど、あんまり乱用しないでよ。気味悪いし」
もしかしたら、か。いや、気にしすぎか。
「分かってるって」
悪用はしていないさと加え、底の見えた紅茶のグラスを手放しカバンを肩にかけた。
「それじゃ、時間だから講義に行って来るよ。また明日続きでいいよね」
オレは椅子を律儀に引っ込めた。
「ええ、それじゃまたね。私もあとから調べておくよ」












帰り道

やばいことになった。蓮子が性質の悪いおっさんに絡まれてるじゃないか。
もうこんな厄介ごとに関わりたくない、けど。
「え、いや…、あの…ですね…その…」
蓮子はおろおろして次の句に迷っていた。
「こりゃやばい…」
くそ、何でこんなことばかり、オレは間に割って入った。
「おい、そのへんにしなよ…」
「ああ?あんだこのガキ!こんな礼儀のねえ彼女放っぽらかしていい身分だなぁッ!」
ちっ、やりたくもねえのに。
「○○……、ッ!」
オレは歯を軋ませた。その横にいる蓮子は震えていた、オレでも男でもなく別の何かを無意識に感じていたみたいに。
「やめてやれって、言ってんだろ…!」
またあの風圧がその場を包む。絡んできた男も蓮子もいつの間にか立っていない。
腰が抜けて、オレを凝視していた。
「蓮子に触れるんじゃねえ!」
「ひ、ひぃ!」
一喝。
化け物じみたのを感じ取ったそいつは威圧感に耐え切れず膝を引きずり、身をふらつかせながらも逃げ去っていった。
今回は口だけで穏便に済ませられた。
いつものように気に食わない奴を追い払い難を切る、はずだった。











”ちっ、あの女のためだったのか”
ッ!?
死神はオレのほうを向いていた。そのどす黒い歪んだ笑みを浮かべていた。
”あたいよりそっちの方がいいのかい?”
なんで!?はやくオレに戻ってくれよ!
かいたことのない汗が一つ、握り締めた手が開かない。
”助ける気はないよ”
どうして!?思い通りに動かない!どうしてだよ!
”取られたくないからよ、あんたを”
じっくりとにじり寄ってくる。その目は獲物を狙う蛇のようにオレを捕らえて放さない。
一歩後ずさった。
”ねえ、”
「や、やめろ…来るな…!」
強張った表情で諭す。けれどもさらに笑顔に軋んだ死神の表情に震えは少しずつ逆立っていく。
”みているだけで良かったつもりだった”
死神の白い手がこちらに伸びてくる。払い除けたい、こんな金縛りさえなければ。
”けど、もういいや”
手が頬に吸い付く、とても冷たい。
”あたいはあんた”
やめろ
”だから”
来ないでくれ
”一緒に来てよ”
逃げないと
”こちら側に―――”
やめ…、あ…っ……

















気づいたら足には地面がなかった。
「○○!ねえ、○○!しっかりして!○○ッ!」
自分がどうなった分かっていても心は不思議と浮遊感と安心感に満ちていた。
その浮遊感とともにオレに縋りつく蓮子の姿が遠くなっていった。
声が遠のいていく。見えたのは、手をこちらに伸ばすあの死神だった。
オレは為されるがままに手をひかれるだけ。


死神は風船のようにオレを悠々と連れて飛び去ってしまう。
何もかも受け入れてくれる澄み切った空の中へと―――

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最終更新:2011年07月09日 21:24