限りなく近く、遠い

限りなく近く、遠い ◆TDCMnlpzcc



 はたから見たら、それはつまらぬ子供の戯れ。
 幻想郷のルールを知っているものが見れば、それは真剣な決闘。
 ずいぶんと前のこと、紅い屋敷の上で、少女たちは向き合い、戦っていた。
 手にした札の名を宣言し、死力を尽くして戦った。
 それはまるで、今のように――――



 ――――いや、あの時とは違う。
 博麗霊夢は前から視線を外さずに、昔のことを思い出していた。
 目の前には、吸血鬼、レミリア・スカーレットが剣を担いで、こちらの動きを見つめている。
 このような戦場で、過去に想いを走らすなど油断もいいところ。
 だが、不思議と霊夢には、レミリアから攻撃を仕掛けないことが分かっていた。

「・・・・・・」

 気だるそうに剣を持つ吸血鬼は、沈黙を楽しむかのように笑い、立ち尽くしている。
 その真珠のように白い体に力はこもっておらず、彼女は霊夢以上の余裕を見せていた。
 これがレミリア・スカーレットの強みであり、弱みでもあるのだろう。霊夢は冷静にそう分析した。
 弱者にはその王者の風格をもって脅し、屈服させる。
 格上相手には、逆上や油断をさそい、足元をすくう。
 それはレミリア自身の生き方でもあり、たとえ霊夢にそれが通じまいと、変えることのない戦い方なのだろう。

 そう、霊夢には通じない。
 今まさにレミリアと戦おうとしている霊夢は、他人の影響を受けにくいことこの上ない、そういった性格をしている。
 彼女のその性格は、親しくない人妖でさえ知っている。
 その霊夢が、妖怪の慢心に油断をすることや、恐怖におびえて手を間違えることなどありえない。
 それは、この目の前にいるレミリアなら、よく知っていることだろう。
 でも、いや、だからこそ霊夢は客観的に、今のレミリアを見て思う。そして、それをそのまま口に出す。

「あなたも不器用ね」

 それが戦いの発端であり、レミリアは抱えていた剣を構えることで、戦いの始まりを告げた。




 霊夢は二振りのナイフを構え、レミリアの懐へ飛び込む。案の定、それはレミリアの突き出した剣に阻まれる。
 リーチの差が、如実に表れた一撃目。霊夢は距離のふりを補うべく、速さをもって、襲い掛かる。
 右足に重心を移して、右手で切り上げた。たしかに速いが、吸血鬼のスピードには追い付かない。
 レミリアの軌道を抑えた剣が、勢いを相殺する。
 接触した刃と刃が、不快な金切り声をあげた。

 まずいわね。霊夢は右手の果物ナイフに目をやり、顔をしかめた。
 もともと戦うために作られていないその刃は、刃こぼれし、使い物にならなくなっていた。
 霊夢の目を追い、その惨状を見たレミリアは、再び剣を構え直した。

 一気に身を縮めたレミリアは、その躯体に似合わぬ大振りで、剣を振るう。
 もちろん、狙いは霊夢の右肩。
 人間離れした反射神経で、霊夢は右手のナイフでその剣筋を捕える。

「まずは一本」
 再び接触した二つの刃は、先ほどと打って変わって、澄み通った金属音を響かせる。
 霊夢の視界から、右手のナイフが消える。
 正確に言えば、ナイフの柄、以外の部分だ。
 霊夢の身を守ったナイフの刃は、柄に近い端を残して、彼方へ飛び去る。
 だが、霊夢にその行方を確かめる時間はなかった。


「よそ見している暇はないぞ!!」
 レミリアが叫び、吸血鬼の怪力で振り下ろされた剣が、霊夢の鼻先をかすめる。
 後ろに飛ぶ判断が少しでも遅れていたら、彼女の体は二等分にされていただろう。
 制限を課せられてもなお規格外の化け物に、流石の霊夢も手を持て余していた。


「さすがのお前も連戦はきついようだな?」
「さあ?でも私は慣れているわよ」

 レミリアの問いを、霊夢は誤魔化した。
 曲がりなりにも本気を出した咲夜との戦い。消費した体力が、人間の霊夢には惜しい。
 袈裟がけに切り付けたレミリアの一撃が、また霊夢をかすめた。
 ちらつく死の気配に、吸血鬼は笑う。

 レミリアが、完全にその場の流れを支配していた。
 霊夢はごついナイフにてこずり、次々と迫りくる刃をかわすのが限界だった。
 横に薙ぐように払った一撃にバランスを崩し、ついに霊夢はバランスを崩した。

 その様子を見たレミリアは、霊夢へと肉薄する。
 両手で剣を構え、その刃先を霊夢の胸に向け、飛びかかった。
 突き出されたその剣を、霊夢は受け流し、左の腋で挟み込む。
 だが、その突きはただのフェイント、本命は接近してからの一撃。

「こっちが本命。ばいばい、人間」
 レミリアは右手だけで霧雨の剣を持ち、自由になった左手を霊夢に向けた。
 触れるか触れない、霊夢の息遣いが感じられる近さに、手が近づく。
 その一瞬、あまりにあっけない終わりに、レミリアは虚無感を覚えた。
 左手に、魔力が集中し、幾本かの槍となり、飛び出す。

「当たると思ったの?わたしを舐めすぎよ」
「まあ、この程度でやられてしまっても困るな」
 噴き出した槍の流れは、止まることなく飛び去り、遠くで四散した。

 霊夢の目の前にはレミリアの背中がある。
 瞬間移動、亜空穴をつかったのだ。
 それに気づき、余裕の態度を崩したレミリアは、苛立ちをあらわにした。
 されど、すぐに落ち着き、踊り子のように優雅に回り、霊夢に向き直る。
 わずか五尺ほどの距離にいる霊夢へ、回転の勢いそのままに飛びかかった。

「・・・・・・っ!!」

 振り出された剣が、止まる。

「主従そろって同じ轍を踏むのね」
 霊夢の足元の陣が、残念そうに震える。
 その一歩手前で、レミリアは凍り付いていた。
 その眼は、消えゆく地面に埋め込まれた結界へと向けられている。
 レミリアの蝋のような顔が、徐々に赤くなってゆく。

「な・・・舐めるな!!」
 飛び上がり、地雷のように仕掛けられた陣をかわして、霊夢へと突っ込む。
 もちろん外れ、あたりに土くれが飛び散る。
 だが、霊夢はかわしたものの、衝撃波に巻き込まれて足を宙に浮かせた。
 レミリアは見逃さず、剣をふるう。
 霊夢の両足が宙に浮き、剣の切っ先をやり過ごす。

 ふわり、と宙に浮いた霊夢は、そのまま、レミリアから距離をとった。
 降り立った霊夢は挑発的に笑いかけ、服の乱れを直した。


「小賢しい。距離をとれば勝てると思うなよ」
 レミリアの手から蝙蝠状の弾がばらまかれる。
 その速度は、普段の弾幕ごっことは比べ物にならないくらい、速かった。
 しかし、いかんせん制限下では密度が低くなる。
 さらに、距離を多めにとっていたおかげで、霊夢は簡単に弾幕を回避できた。

 弾の隙間から、肩をいからせたレミリアが突っ込んでくるのが見え、今度は警醒陣を張ろうとして、霊夢は手を振る。
 案の定、宙に身を浮かしたレミリアは罠にかかり、吹き飛んだ。
 その小さい体が地面に落ち、跳ねた。

 完全に、冷静では無くなっている。
 こういった怒りに任せる相手、本能のままに動く妖怪は霊夢の十八番だ。
 結界を張り、わなを仕掛ける霊夢にとって、やりやすい相手になる。

「弾が邪魔ね」
 散らばり続ける弾がレミリアへの追撃を阻害する。霊夢はあきらめ、距離をとることに専念した。
 視界を遮る弾幕が晴れると、そこには目を爛々と輝かせたレミリアが立っていた。
 そのきれいな体には、いくつかのあざが見える。
 勝負が、一気に霊夢へと傾いたように見え、霊夢は内心、勝利を予見した。

 だが、霊夢がそう思ったのは、その一瞬だけだった。


「・・・・・・少し舐めていた。そこは認めよう」

 ぽつり、とレミリアがつぶやいた。意識を霊夢から離さずに、月を見上げる。
 眼はあっていないはずなのに、霊夢は殺気を感じた。

「流石博麗の巫女、というよりは流石霊夢、といったところか」

 首を傾げ、レミリアは何かを考えるかのように目を閉じた。

「私をあそこまで翻弄するとはすばらしい」

「独白に興味はないわ。終わりにし「だが、さっきの一瞬が最後のチャンスだった。もう、お前の運命は尽きた」

 霊夢の言葉を無視して、レミリアは続ける。
 不機嫌そうに眉をしかめ、霊夢はこの隙にと、咲夜のスキマ袋をあさる。
 その雰囲気の出ない光景に、同じく眉をしかめて、レミリアは言う。

「人の話は最後まで聞く、覚えておきなさい」

 あきれたように言うレミリアは、すっかり落ち着いて見えた。

「あなたはもう少し、本気になって戦った方がいいわよ。いつか、後悔するから」

 先ほどまでと、少し空気が変わっている。
 妖気と殺気が増したのもあるが、それだけではなく。

「今の私は本気よ。なんだか、“いつものレミリア”ね」

 霊夢は、落ち着いたレミリアを見て、そう言った。
 重ね塗りされていた塗装が、一瞬はがれた、そんな瞬間。
 狩りへと極度に集中した心が、かぶっていた虚栄を拭い去った瞬間。
 レミリアの目の前にいたのが、霊夢でなければ、これは救いにつながったのかもしれない。

 袋から武器を出した霊夢は、その一瞬を見逃さなかった。
 もちろん、説得の機会としてではなく、攻撃する隙として、だ。



「妖怪バスター!!」

 声とともに、何枚もの大きな札がレミリアへと殺到する。

「無駄っ!!」

 突如、レミリアの周りに出現した赤いオーラが、札を焼き払う。
 宙に、灰と化した札たちが散る。
 それをかき分け、霊夢は大鎌を構えて、突っ込んだ。
 甲高い音が響き、火花が散る。
 鎌と剣がぶつかり合い、鍔迫り合いを繰り広げる。
 もちろん、人間と吸血鬼。一瞬で霊夢の体は鎌とともに弾かれた。

 霊夢は気にせず、左手で団扇をふるう。
 天狗の団扇は、大きな音とともに風を起こし、レミリアを吹き飛ばした。
 さらに、霊夢は風に乗せて大量のアミュレットを撃ち放つ。
 吹き飛んだレミリアは空中で一回転し、地面に降り立つ。
 一瞬遅れた攻撃が、襲い掛かる。砲弾が直撃したかのような土煙が立ち、あたりを暗くした。

(私の攻撃だけにしては大きすぎる爆発ね)

 そう、まるでレミリアが意図して起こしたみたいに。
 手元で、袋をまさぐりながら、あたりに注意を凝らす。土煙の発生源で、何かが動くのが分かった。

 やられたわ。霊夢は思い、策を巡らす。
 耳鳴りで音がよく聞き取れない。鼻も土のにおいで使えない。視界もはっきりしない。五感が使えない。
 一瞬捕えられたレミリアの気配はもはやない。どこから襲ってくるのかも分からない。
 霊夢の舌が、緊張で濡れた。

(右か?左か?いや、どこから来るか、わからないわね)

 霊夢は一瞬悩み、すぐに悩むことを放棄した。普段通りの直感に任せて動く。それが霊夢の出した結論。
 とにかく視界を確保する。その一心で空を飛び、上を目指す。
 浮いてすぐに、視野は広がる。

「見つけた」
 案の定、鷹のように上からレミリアが現れ、霊夢へと突っ込んできた。その速さは、霊夢のそれを超えている。かわす余裕はない。
 慣性のままに、飛び込んできた相手に、霊夢は二つのスキマ袋を投げつけた。
 その口から物があふれ、弾幕となってレミリアへ襲い掛かる。

 飛び出したもののいくつかはレミリアの爪に弾かれ、または砕けて地面へ落下する。
 それには目もくれず、霊夢はできた隙をついて、さらに上昇する。
 その体をかすめるように、レミリアの放った蝙蝠状の弾幕が飛びぬける。

 高度を上げた霊夢に追いすがり、レミリアは手を伸ばす。その頭に鎌が投げつけられる。
 弾幕勝負とは似ても似つかない汚い戦い。だが、手段は選べない。

「捕まえた。これで終わりだ」

 レミリアの整った顔に筋が走っている。避けきれなかった鎌が付けた傷だ。
 空中では使い勝手の悪い剣を放り投げ、レミリアは素手で追いすがる。放棄された剣は、地上へと落下した。
 左から飛び込み、左手で霊夢の右手を、右手で霊夢の左手を捕まえ、吸血鬼の力で拘束する。

 向き合った形で、二人は肉薄した。
 霊夢は構わず、高度を上げる。冷たい夜風が、レミリアの傷を冷やす。

「半日ぶりの血液だな」

 双方両手がふさがった状況で、レミリアは牙を光らせ、霊夢の首に突き立てる。
 じんとした痛みが、霊夢の体に広がる。
 紅い血が、零れ、滴る。

 霊夢は冷静に、体を回転させた。勢いよく、まわりながら、遠心力でレミリアを引きはがしにかかる。
 相対的に、吸血鬼の腕に力がこもり、霊夢の腕がきしむ。だが、折れるまではいかない。
 くるくると回り、その回転速度を上げてゆく。
 竜巻のように、紅と白とが混じり合い、飛び続ける。二人の三半規管が悲鳴を上げる。


 いつのまにか、霊夢にもどっちが上か、下か、分からなくなっていた。
 頭にあった帽子が吹き飛び、髪が風に合わせて踊る。
 黒い世界が、回転しながら視界を覆っている。消化器官が吐き気を訴え、意識は朦朧とする。
 霊夢の腕をつかむ力が、少しだけ弱まった。だが、まだ足りない。
 二人は一組の十字架のように、抱き合い、回りながら飛び続ける。お互いの息が感じられる中、互いの殺意がぶつかり、心を削る。

「う・・・ぷ・・・」
 今度は首元の痛みが引いた。先ほどまで感じていた吐息が霊夢の首から消えた。
 さらに、手をつかむ力が弱まる。振りほどくと、何とか左手が外れた。
 双方、もはや殺意を向ける余裕もなく、かたや回り、かたや振り落とされないことだけに神経が向けられている。

 今なら、いける。

 霊夢は一回、目を閉じて、再び開く。霊夢とレミリアの目があった。
 ぼやけた視界では、その顔がどんな感情を浮かべているかはわからない。
 飛んでいるのか、落ちているのか、それすらも分からない二人は、それでもなお右手だけは外さず―――

カチッ

 霊夢の左手が、袖の中から引きだされ、ナニカを放した。
 レミリアの視線が、それを追う。対する霊夢は目を閉じる。

キイイイィィィィィィイイイイイン!!

 フラッシュバンの光が、爆発的に広がり、レミリアの網膜を焼いた。





 平原の夜空に、星が一つ増えた。
 さらに、一瞬遅れて、不快な爆発音が広がる。
 しばらく間を置くと、流れ星のように、二つのモノが落ちてきた。
 どちゃり、と嫌な音をさせ、そのどちらも地面と衝突し、地響きを立てる。

 しばらく、しんとした時間が過ぎた。










「う・・・ひどい痛みね。しかも吐きそう」

 ぺっ、と土の混じった唾を吐き、博麗霊夢は何とか立ち上がった。いまだに、耳は鳴り、方向感覚は戻らないのだが・・・
 着地の際、滑空して、さらに結界を張って、ようやく死なないまでに勢いを殺すことができた。
 そうでなければ、いまごろはミンチだ。

 体の節々が痛い。至近距離で光を浴びて、気絶したはずのレミリアはどうなったのか。
 あたりを見渡しても姿はない。どこに飛んだかも検討はつかない。

「まいったわねー、これは」

 いざという時のため、袖に仕込んでいたフラッシュバンを使ったのは悪い発想ではなかったが、あの音には参ってしまった。
 すごい音と光だと説明には書いてはあったものの、細かいところまで見る余裕もなく、使ってしまった。
 気絶したおかげで、痛い思いはする、レミリアを見失うと散々だった。
 しかも、支給品の大半は、飛び立った周辺に散らばっているはずである。
 それをちまちまと回収する手間を考えると、霊夢は少し憂鬱になった。

「さて、いい加減、始末をつけないと」

 泥だらけの巫女は、少し喝を入れると、ふらふらと当てもなく歩き出した。









「・・・・・・痛い」

 ぽつりと、レミリアはつぶやいた。
 大の字に寝転がるレミリアの視界には、ぼんやりとした月が浮かんでいた。
 今の今まで気絶していたのだろう。最後に覚えているのは、あの爆弾の閃光と爆音。
 すっかり霊夢にやられたようだ。

「痛いわね」

 そして、何より体が痛い。動くことすらままならない、鈍い痛みが体を覆う。
 おそらく、ずいぶん高い所から落ちたのだろう。そして、なんとか生き残った。
 吸血鬼の再生力だけでは説明がつかない。その生き残った理由はレミリアの背中が教えてくれた。
 何か、柔らかいものが、つぶれている。プリンよりかたく、木よりも柔らかい、粘土のようなもの。
 あたりに広がるレミリアのものではない血液の匂い。つまり、

「キスメ、か」

 スキマ袋に入れていたはずのキスメの死体が、溢れ、またしてもレミリアの盾となった。そういうことだ。
 寝返りを打って、おそらく、見るに堪えないことになっているのであろう死体に、目を向ける。
 まだ視力が戻っていないのが幸いして、よくは見えなかったが、あたりに散らばる髪の毛は、確かにキスメのものだった。


 少し、気分を害したレミリアは起き上がろうとした。
 肩をうまく使ってあおむけになり、腹筋に力をかけ、頭を上げる。

「・・・・・・ッヴガァ!!」

 乙女としては、聞かせられないような唸り声をあげて、レミリアは再び、地に横たわった。
 その肩が、屈辱に震える。

 怪我の程度は、ひどいものだった。
 まず、確実に四肢の骨は全て折れている。
 胴の骨も何本か折れて、筋肉や臓器に突き刺さり、痛みを引き起こしていた。
 そして、打ち身で体中が、日光に当たったかのように痛む。
 もう今のレミリアにできることは、這うことだけ。それも芋虫のように、情けなくだ。

 終わった。もう、レミリアの戦いに、勝利は見えない。
 絶望が身を焦がし、かすれた視界に入る月ですら、こちらを嘲るように見える。

「ああああぁぁぁぁぁぁあああああ」

 声にならない音が、喉から漏れる。しかし、肺にもダメージがいっているのか、その音はか細く、小さいものだった。
 もう、長くはないのかもしれない。レミリアは思った。
 動けないまま、朝が来て、焼き尽くされるのが運命か。
 しばらく、黙って、絶望を肌で感じた。
 今まで殺した相手。
 これまでにあった相手が、目に浮かぶ。

 これでいいはずがない。

 突然、レミリアの心に、何かが浮かび上がった。
 そう、これでいいはずがない。
 やると決めて、やっていないことが多すぎる。

 いつもの紅魔館の主なら、やると決めたことはやり遂げる。たとえ、地を這ってでも。
 だから、レミリア・スカーレットはここで寝ころんで、終わってはいけない。
 少しひねくれた理論。最後のあがきの言い訳。それが、ふとレミリアの頭に浮かんだ。
 最後まで抗う。そんな、単純なことを忘れかけていたことに情けなくなる。


 動くとしたら、まずはどうするか。
 思い起こすのは、霊夢のぶちまけた荷物だ。
 あの中に、桶が混じっていた気がする。一瞬の出来事だ、記憶もあいまい。
 だが、あれがずっと探し続けてきた、キスメの桶かもしれない。
 ならばやることは一つだ。

「貴様のところへ桶を持ってきてやる。キスメ、待っていろ」

 近くにばらまかれた死体に、声をかける。
 それでも情けなさに身を震わせながら、レミリアは最初に飛び立った場所をめざし、這い始めた。




 目的の桶は、思ったより近くにあった。
 這って進むしかないレミリアにとってそれは、とてもありがたかった。
 思った通り、桶の周りにはありとあらゆる物体が散らばっていた。よく分からない薬もあったが、飲むのは止めておく。
 桶を届ける前に、何かあったら困るからだ。

 口で、桶を持ち、また、向きを変えて、這って進む。
 到底、誰にも見せられない光景だ。

 ここに咲夜がいたら。
 一瞬思った幻想を吹き飛ばす。
 ないことを思っても仕方がない。いたら、ではなくいない、のだ。

 もうすぐ来る霊夢を、倒し、あの天狗たちも倒し、この姿に落ちぶれても勝ち続ける。
 幻想でしかない、妄想でしかない絵空事。
 だが、それは今のレミリアに選べる数少ない道の一つ。
 霊夢の言うとおり、私は不器用なのだ。と思い、レミリアは口をゆがませた。
 進んできた道に、血の線が引かれている。それを見て、レミリアはなんなく元の場所へ戻った。




「ほら、桶だ。入れる余裕がないから、勝手にしろ」
 首の力だけで桶を放り、キスメの体に乗せた。
 これで一つ目の目標は無事達成だ。

「レミリア、無残ね」
 後ろから、澄み通った声が飛んできた。
 霊夢か。少し、緊張しながら、寝返りを打ち、あおむけになる。
 案の定、ほぼ無傷の霊夢が、和服を茶色に染めて、登場した。
 首についた噛み傷が、唯一血をしたたらせている。

「こんな私にこれから負けるお前の方がもっと無残だ!!」
 レミリアは唇をかみしめ、動かない手に力を集める。
 一瞬で魔力が集まり、練成された鎖が霊夢へと突っ込む。

 先ほど霊夢の血を飲んだおかげで、魔力だけに関しては余裕がある。
 視界を埋め尽くす鎖は、霊夢をかすめて、空中にその軌跡を残した。

「こんなんじゃ当たらないわよ」
 霊夢の言葉を無視して、魔力を再び集め、撃ち放つ。
 鎖で行動を制限されている霊夢へ、行く筋もの光が殺到した。

「警醒陣よ」
 霊夢がつぶやくと同時に、結界が紅い光を押さえつける。
 疲れた顔で、霊夢は何枚かの札を投げ、レミリアを拘束した。
「いい加減あきらめなさい」
 その覚めた言い方に、レミリアは腹を立て、再び攻撃を仕掛ける。

 だが、固定砲台と化したレミリアに勝機はなかった。
 わずか数秒で捕えられ、押さえつけられた。
 どす黒い殺意が、レミリアの中で膨れ上がり、行き場を失ってもがく。

「私は、貴様を殺す」

 つぶやくレミリアに、霊夢は容赦なく切りつけた。
 首に赤い線が走り、血しぶきを上げる。
 片方が致命的な傷を負ったことで、必然的に戦いは終わった。




「ねえ、レミリア」
「・・・・・・」

 喉を掻っ切られ、思うように言葉が出せないレミリアへ、霊夢が声をかける。
 吸血鬼の紅い目玉が、霊夢の方へ向く。
 それを見つめて、霊夢は続けた。

「あなたはなぜ戦うの?」
「・・・・・・」

 返事はない。当たり前だ。まともに話せる状態ではないのだから。
 霊夢も返事は期待していない。
 帰ってくる答えも、もともと理解している。

 おそらくレミリアなら、自分でどうしようもない状況に追い込まれてもまだ、意地をかけて抗うだろうと思っていた。
 それは、とても不器用なものだったが。まあ、それは霊夢にも当てはまる。
 どこか、殺し合いでの自身の在り方を、立場をかけて表現しようとしたところで、二人は似かよっていた。

 かたや当主の威厳を保つため、かたや幻想郷のルールを保つため。立場こそ違えども、選んだ過程は同じ。
 人に恨まれても、それが最善だと思い、不器用に突っ込むところも同じ。
 そんな二人は限りなく近く、遠い。

「もう少し平和が続けばよかったわね」
「・・・・・・」

 レミリアの体から、力が抜けていく。
 流れ出る血が、キスメの血と混ざり合い、地面にしみ込んでゆく。

 そういえば、ふとレミリアは思った。
 自分の名が悪趣味な放送で読み上げられたら、あのメイドは、狂った妹はどう反応するのだろう?

「そういえば、フランに会ったわよ」
 心の声を読んだわけではなかろうに、霊夢が言った。
「元気にしていたわ。あなたとは正反対にね」

「(そうか良かった。殺るならさっさとやれ)」
 無駄話に苛立ち、レミリアが、口の動きで指示をする。
 少し、霊夢が不安そうな顔をした。どこか、自信なさげの、普段とは違う霊夢の顔。
 まるで、殺すのが嫌なように―――

「・・・・・・ッ!!」

―――顔をしかめて銃口を向ける霊夢。それがレミリアの脳が認識した、最後の画像だった。


【レミリア・スカーレット 死亡】

【残り11人】





「あっけないわね」

 霊夢は頭を弾けさせ、死んだレミリアを見下ろし、言った。
 殺すのに感じる抵抗は、始まったころと比べて、だんだんと強まっている気がする。
 こんなのでは、魔理沙を殺す時にはどれだけ戸惑うのやら。

 先を思って、霊夢は顔を暗くした。
 地面に落ちていた帽子をかぶり直し、歩み始める。

 まあ、きっと疲れてきたせいね。
 一日中殺しを続けてきて、精神が参ってきているのだと霊夢は決めつけた。
 疲れたなら、どこかで休めばいい。
 今までのように、小休止を挟むのでなく、一度ゆっくりと休むべきだ。

 さて、これからどこへ向かおうかしら。
 立ち去った霊夢の後ろで、混ざり合った血が固まり、桶を赤く染め挙げていた。
 それはまるで、墓標のように。


【D-3 二日目・黎明】

【博麗霊夢】
[状態]疲労大、霊力中程度消費、腕と腿に軽度の切傷 、首に噛み傷
[装備]、魔理沙の帽子、白の和服(土や血でで汚れています)、NRS ナイフ型消音拳銃(0/1)
[道具]支給品一式×5、火薬、マッチ、メルランのトランペット、賽3個
救急箱、解毒剤 痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器、数種類の果物、
五つの難題(レプリカ)、天狗の団扇、ナズーリンペンデュラム 、文のカメラ(故障) 、死神の鎌
支給品一式*5、咲夜が出店で蒐集した物、霧雨の剣
NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬14、ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発)
不明アイテム(1~4)
※装備していない道具の一部は回収しなかったかもしれません。後の書き手にお任せします

[基本行動方針]力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除し、優勝する。
[思考・状況]
1.少し休む
2.自分にまとわりつく雑念を振り払う
3.死んだ人のことは・・・・・・考えない

※咲夜が出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。
※霧雨の剣による天下統一は封印されています。
※周囲に落ちている道具:食事用ナイフ(*4)・フォーク(*5)、血塗れの巫女服、支給品一式、果物ナイフ(破損)、戦闘雨具
※キスメの遺体、レミリアの遺体、キスメの桶は重なり合うようにD-3で倒れています
※D-3で強い光と音が放たれましたが、よく見ていなければさほど届かない程度のものです


177:流星のナミダ(Ⅲ) 時系列順 180:赤より紅い夢、紅より儚い永遠
177:流星のナミダ(Ⅲ) 投下順 179:眩しく光る四つの太陽(前編)
176:"Berserker" of Scarlets 博麗霊夢 180:赤より紅い夢、紅より儚い永遠
176:"Berserker" of Scarlets レミリア・スカーレット 死亡


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最終更新:2012年03月24日 18:27
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