Call of Lyrical 4_14

さて、ここにいいニュースと悪いニュースがある。
いいニュースとは、作戦司令部が発射された弾道ミサイルの指揮制御を行う司令室の位置を特定したことだ。
侵入した箇所より、南西に五〇〇メートル――少なくともこれで、敵兵が巣食う地下の中を必要以上に探し回る必要はなくなった。あとはひたすら、突き進むのみだ。司令室を制圧してしまえば、
弾道ミサイルの自爆コードの入力が可能となる。
一方で、悪いニュース。発射された弾道ミサイルはロシア製のものだが、その自爆コードに関しての情報を、ロシア政府は出し渋っていた。
この非常時に何を、とでも言いたくなる者は大勢いるだろうが、国家間に真の友情など存在しない。旧ソ連崩壊後、規模は依然として巨大とはいえ総合としてみれば、軍事的に大きく弱体化したか
の国にしてみれば弾道ミサイルは数少ない"武器"なのだ。その武器を無力化する自爆コードを提供するというのは、超国家主義者たちと敵対するとはいえ、現在のロシア政府にとって西側諸国への
屈服と呼ぶほかならない。所詮、現在の同盟関係は「敵の敵は味方」という理論の下に成り立っているに過ぎないのだ。
しかし、兵士たちは前を向いて進むしかない。国家戦略や政治判断など、彼らの知るところではない。
世界の命運の行方は、他ならぬ彼らの手に握られているのだから。


Call of Lyrical 4


第14話 司令室では静粛に 後編/元凶



SIDE SAS
六日目 時刻 0735
ロシア アルタイ山脈付近 弾道ミサイル発射施設内
ギャズ


「プライス大尉、我々は基地の東側より侵入。警備室を制圧します」
「了解だ。俺たちは排気ダクトの中を進んでいる。発砲に注意しろ――アウト」

指揮官との短いやり取りを終えて、G36を特殊部隊向けに小型化したG36Cに弾を込める。銃にとっては命とも魂とも言うべき弾丸が込められ、戦う準備は整った。
突入したSASの副官、ギャズはちらりと隣に立つ戦友に目をやった。M249、MINIMIとも呼ばれる軽機関銃を持った黒人兵士――米海兵隊所属のグリッグ二等軍曹は、準備万全と親指を立てた。
OK、では行こう。残り時間は決して長くない。発射された弾道ミサイルは今この瞬間も、破滅への道をまっすぐ飛んでいってるはずだ。
そう、時間は少ない――銃口を前へと突き出し、ギャズは状況を改めて見直しながら小走りで進む。グリッグがその後方をついて、バックアップポジションに入ってくれた。
ミサイルのアメリカ東海岸着弾を阻止するには、司令室で自爆コードを入力せねばならない。だが、当然敵も黙って見過ごすはずはない。銃弾による歓迎以外にも、さまざまな手段で妨害を行って
来るだろう。扉などはほとんど、ロック出来るものは全てそうしてしまうことが予測された。
幸い、事前情報で扉のロックをコントロールする施設の警備室の場所は判明している。指揮官は戦力が少なくなるのを承知の上で、ギャズとグリッグに警備室の制圧を命じた。敵兵を排除出来たな
ら、警備室を乗っ取って扉のロックを解除する。

「敵さんに頼んでみたらどうだ? お願いします、開けてやってくださいって」
「あぁ、ロシア人がそんなイエスマンばっかりなら楽だったろうな」

違いない、と。戦場の中であっても冗談を絶やさないのは、アメリカ人ゆえだろうか。グリッグの軽口に相槌を打ちながら進んでいく最中で、正面に蠢く影を複数、ギャズは視認する。
躊躇いはなかった。影が姿を見せたのは真正面で、まだプライス大尉たちはそこまで到達していない。引き金に指をかけ、発砲。マズルフラッシュが銃口で瞬き、銃声が地下の通路に木霊した。
適当に五.五六ミリ弾を叩き込んだ後、サッと訓練されたSAS隊員は通路の脇に積み重ねられていたコンテナに身を寄せる。お返しとばかりに、奥からAK-47の銃弾がビームのような赤い閃光となって
すぐ目の前を掠め飛んでいくが、隠れたギャズには当たるはずもない。
カラン、とコンクリートの床に響く、何かが落ちたような金属音。視線を下げた時、ベテラン特殊隊員の彼であっても表情が引きつるほどの恐怖が背筋を走った。手榴弾、隠れているならこいつで
燻り出す、とでも言うのか。
ピンが抜かれた手榴弾を、豪胆にも掴む腕。グリッグだった。返すぜクソッタレ、と黒人兵士は爆発物を元の持ち主の方に投げた。
もはや敵でも味方でもない、ある意味では誰にでも平等な手榴弾は、よりによってそれを投げた超国家主義者たちの元に帰還し、爆発。破片と爆風が敵兵たちを薙ぎ倒す。

「ビビんなよイギリス人、ほら行くぞ」
「ッチ、調子に乗るなよヤンキーめ」

肩を叩かれ、前進を促されたギャズは憎まれ口を叩きながらも言われた通り前に出る。手榴弾の爆発で怯んだテロリストの生き残りは反応が遅れ、慌てて銃を構え直す――撃たせるかよ。
進みながらでも照準を行っていたSAS隊員は、G36Cの引き金を引く。弾き出される薬莢、煌く閃光、銃声、肩への軽く小刻みな反動。あっと短い悲鳴を上げて、敵兵は沈黙する。
妨害を薙ぎ倒しながら進むSASと海兵隊員だったが、警備室の手前に差し掛かったところで再び正面、立ち塞がる敵影らしきものを複数視認。だが、どうにも様子がおかしい。
何だあいつら、コスプレか? 二人の兵士に同じ思考がよぎったのも、無理はなかった。視界に入った敵らしきものは、これまで出くわしてきたどの敵兵とも違う装備。迷彩服と小銃の代わりに、い
かにも悪い魔法使いのようなマントと、それこそ魔法の杖とでも言うべき得物を手に――違う、初めて遭遇するような敵ではない。

「グリッグ、あいつら違法魔導師だ!」
「クロノ少年のお友達か――くそ、気味の悪いもん撃ってくんじゃねぇ!」

本人がここにいれば違うと言いつつ応射の魔力弾を放ったところだろうが、あいにく彼は現在プライスの下にいる。
文字通りの魔法の弾丸を放つ違法魔導師たちの前に、兵士たちは退避を余儀なくされた。そうだ、忘れていた。超国家主義者たちは、異世界より来訪したアウトローたちとも手を組んでいるのだ。
類は友を呼ぶと言うべきか、しかし今の状況からではそんなほのぼのした話題どころではない。
物陰に身を寄せたことで、どうにか魔力弾の攻撃からは逃れられた。次はどうするか、確か奴らは正面に魔法で防御壁を張れるから、普通に銃撃したところでダメージは与えられない。
思考をフル回転させるギャズの前に、突如、ふよふよと宙を漂う妙なものが一つ。妙なもの、まさしくそう呼ぶほかはない。あえて表現するならば、光の球とでも言うべきか。
いったいこれは何だ――光の球が、急に輝きを増す。まずい、と咄嗟に彼はG36Cのセレクターにかけた右手の親指を動かす。フルオート、銃口は目の前の光の球へ。
確信があった訳ではないが、彼の判断は正しかった。この妙なSFチックな光の正体は、違法魔導師たちが放った探索攻撃用スフィアの一種。隠れているなら出て来いと、異邦人たちが繰り出してき
た尖兵だったのである。
攻撃直前のスフィアに、五.五六ミリ弾の雨が降り注ぐ。毎分七五〇発の連射速度を持って、弾丸は異世界の攻撃兵器に徹底的な打撃を浴びせてみせた――カチンッと、G36Cが短く小さな断末魔を
上げた。三〇発入りのマガジンが、弾切れを起こしたのだ。ほとんど時を同じくして、スフィアも力尽きたように姿を消す。
グリッグ、カバー! 向かいのコンテナに身を潜めていた戦友に叫び、ギャズは息絶えた銃からマガジンを外す。リロード中は無防備となるため、援護してもらうのだ。
SASの頼みを受けて、海兵隊員は前に出た。M249を正面に突きつけ、射撃開始。軽機関銃らしい凄まじい連射速度、放たれる弾丸の雨は違法魔導師たちに向けて殺到する。
されど、飛び散るのは火花。響き渡るは防御壁に弾かれる銃弾の金属音。ミッドチルダ式の丸い魔法陣を足元に浮かべ、異世界の来訪者は自身に迫る攻撃の意思を防御魔法を持って弾き返す。

「フラッシュバン、フラッシュバン!」

このままでは埒が明かない。そう踏んだギャズは、腰のバックパックからフラッシュバン、日本語で言うところの閃光手榴弾を持ち出した。射撃を続けるグリッグに向かって力いっぱい叫び、ピン
を抜いて敵の方に投げつける。炸裂時の閃光に眼をやられないよう、即座に頭部を腕で庇う。
いきなり投げつけられた得体の知れないものに、異邦人たちは警戒心を露にするが、それだけだった。知識として、この世界にはこんな武器もあるということは知っていたのだろうが、それを脳裏
から引っ張り出すほどの余裕は、戦闘中の彼らにはなかったのである。
――炸裂。太陽すらも上回る勢いで瞬く強烈な光が、違法魔導師たちの視界を完全に奪う。今だ、と飛び出してきた二人の兵士の姿など、当然見えているはずがない。
思い切り、ギャズはG36Cの銃床を相手の顔面に叩きつけた。ゴキリッと骨が折れたような音が響き、鼻血を噴出して異世界からのアウトローは意識を失う。
もう一人は、ようやく視界を取り戻しつつあったのだろう。フラフラとではあるが、勇敢にも魔法の杖を構えてなおも戦闘態勢の維持を図る――短い銃声。真後ろから至近距離でM249の引き金を引
いたグリッグが、トドメを刺した。

「魔法使いってのは厄介だな」
「まったくな」

ひっくり返って動かなくなった異邦人たちを置き去りにして、彼らはもう間近に迫った警備室へと向かう。



SIDE SAS
六日目 時刻 0741
ロシア アルタイ山脈付近 弾道ミサイル発射施設内
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ軍曹


残り時間が、一〇分を切った。しかし焦りは禁物だ。今出たら、正面と側面の十字砲火を浴びる羽目になる。
映画のように排気ダクトから侵入し、施設内を進むプライス大尉指揮下のSASのソープ、米海兵隊のジャクソン、管理局のクロノは現在、タイムリミットと銃撃の狭間にあった。
進むべき通路は資材やコンテナが無造作に並び、ひとまず隠れる場所に困ることはない。入り組んだ地形はしかし、味方でもありそして敵でもある。迂闊に前へ行こうとすれば、正面、司令室に繋
がる道から湧き出てくる敵兵、側面に回り込んだその仲間たちが、研ぎ澄ました牙を剥く。
と言っても埒が開かないな、これじゃあ――身を潜める資材にAK-47の銃弾が降り注ぎ、甲高い金属音を鳴らす。出てきたら蜂の巣だ、まるで警告しているかのように。
ソープは手のひらで弄んでいた、手榴弾のピンを抜く。敵がいると思しき物陰目掛けて、腕だけ遮蔽物より出して低めに投げた。カツン、と通路の向こうで金属音が鳴り響く。同時に、ロシア語ら
しき悲鳴も上がる。敵は、いきなり飛んできた爆発物に驚いたに違いない。
手榴弾の爆発直後に、銃撃を加えて――M4A1を手に、資材の陰から飛び出す。敵の攻撃はない、やはりこちらが投げた手榴弾にビビッたのだ。
カラン、と足元に何かが降ってきた。何だこれ、視線を下げた彼の表情がウゲッと歪む。自分の投げた手榴弾だった。

「馬鹿野郎っ」

横から衝撃があって、突き飛ばされた。コンクリートの壁に左肩を打ち、身体を走った痛覚によってようやく、何が起こったのか把握出来た。髭面の男、上官のプライス大尉が驚き立ちすくんだ自
分を逃がしてくれたのだ。
投げ返された部下の爆発物を、再びプライスは投げ返す。地面に落ちる前に、起爆。爆風と衝撃が通路の間、対峙する敵と味方のど真ん中の位置で炸裂する。

「ソープ、無事か!?」
「何とか――っ」
「クロノ、ジャクソン! お前たちで側面の敵を排除だ、俺とソープで正面を潰す!」

新米SAS隊員の無事を確認した指揮官は、矢継ぎ早に指示を下す。牽制を兼ねて、正面に射撃すら浴びせた。敵はただちに反応し、前と横からプライス目掛けて赤い曳光弾を十字砲火でもって浴び
せかけるが、その直前、彼は手近にあったコンテナの陰へと退避していた。
この人は超人か、はたまた化け物か。味方であるはずのプライスの動きに戦慄すら覚え、そのプライスから怒鳴られた。何やってる阿呆、撃ち返せ。クロノとジャクソンへの攻撃を逸らすんだ。
慌てて、ソープは先ほどは発砲出来ずに終わったM4A1を、半身と共に遮蔽物から突き出す。AK-47を今まさに構えようとしていた敵兵にダットサイトを照準、引き金を引く。五.五六ミリ弾特有の
軽い反動が肩に走り、薬莢が弾き飛ばされていく。悲鳴と共に照準の向こうのテロリストはひっくり返り、息絶えた。
やったか。敵を仕留めたと言う歓喜の声は、すぐに真横から飛んできた銃声に掻き消された。代わりにわぁっと情けない悲鳴を上げて、彼は床に転がる。入り組んだ地形を活用した超国家主義者た
ちが、正面に気を取られていたソープに銃撃を加えてきたのだ。
弾は当たらなかったが、若い兵士を驚かすには充分過ぎる。数秒であっても反撃出来ない姿勢となった彼に、敵は前からも横からも飛び出てきた。獲物は弱ったうちに倒す魂胆か。

「ソープ、立て、撃て――っ、くそが!」

唯一援護出来るポジションにあったプライスが、前から来るテロリストたちにM4A1の銃口を向け、フルオートで応射。照準も何もないデタラメな射撃は、しかし距離を詰めんとするロシア人どもを
止めるには至らない。その間にも、側面より迫る敵は無茶苦茶に銃を乱射しながら迫ってきた。まるで、トドメを刺そうと咆哮を上げる野獣のようだった。
着弾の砂埃が、ソープの足元にまで及んだ瞬間、いきなり横から見えない何かに殴られたようにして、突撃を敢行していた敵兵士の身体がくの字に曲がる。後方より続く超国家主義者たちは、先頭
が突然倒れたことで停止を余儀なくされた。まずい、引け、何かおかしい。ロシア語でそう叫んだようだが、その判断は誤りだった。動きを止めたテロリストたちに、共に光の尾を引く二種類の弾
丸が叩き込まれていく。片方は赤、紛れもない曳光弾の色。もう片方は青、幻想的な魔法の弾丸。

「クロノ、防御を頼む。このまま押し込むぞ」
「了解、攻撃は任せたよ」

側面からの攻撃が収まったことで、ようやくソープは状況を見出すことに成功した。プライスの指示を受け、側面の敵を排除すべくさらにその側面に回ったクロノとジャクソン、魔法使いと海兵隊
員の援護が今到着したのだ。
黒衣の魔導師による光の壁の防御の下、ジャクソンはM4A1の照準を奇襲により驚き後退に入った敵に向け、銃撃。逃げようとした超国家主義者たちは背中に鉛の弾丸を受けることとなり、申し訳程
度の反撃は、クロノの防御魔法の前に火花を散らすのみに終わる。

「ソープ!」

ひっくり返った身体を起こすと、プライスが銃口を正面に向け、指で指示を送っていた。側面からの攻撃隊が潰されたことで、前から来る敵は尻込みする羽目に陥っていた。
指揮官の言わんとすることを理解。倒れてもなおしっかり握っていたM4A1を敵に向け、引き金を引く。銃声と閃光が通路を埋め尽くし、攻める側が一転、攻められる側へ。

「GO! GO! GO!」

激しい銃撃に晒されたテロリストたちは、やむなく後退を開始。突っ込むならば今しかない。指揮官の吼えるような前進命令を受け、若き兵士は前へ前へと突き進む。
ロシア語による奇妙な放送が、天井にあるスピーカーから響き渡ったのはまさしく彼らが前進を再開し始めた時である。



SIDE U.S.M.C
六日目 時刻 0744
ロシア アルタイ山脈付近 弾道ミサイル発射施設内
ポール・ジャクソン 米海兵隊軍曹


もうちょっと学があればな、と海兵隊員は自分の語学力の無さを悔やんだ。中東に派遣されていたため、アラビア語は多少なりとも理解出来るのだが、ロシア語は辞書も引けないのだ。


――Запуск трубку 6-3 начала стрельбы последовательности. Подождите случае……


「何です、なんて言ってんです奴ら?」
「カウントダウンを始めやがった」

指揮官、髭面の英国紳士はジャクソンにはほとんど宇宙人の言葉と同義なロシア語の放送の内容を、おおまかであるが掴んでいるようだ。
カウントダウンって何が、と後に続くSASの若いの、ソープが、周囲を見渡してあっとその意味に気付く。資材やコンテナが並ぶ通路を抜けた今、目に付くのはまっすぐ前に伸びた通路と、左右に
別れた細い道。その奥に見えるのが、弾道ミサイル。

「ザカエフの奴は残りのミサイルを撃つ気なんだ、急げ!」

何だとあのくそったれ、さっき撃った分だけじゃまだ物足りないってのか。これ以上何を焼き払うって言うんだよ。
言いたいことは山ほどあるが、このまま残っていても仕方ない。ミサイルが目の前にあると言うことは、これらが点火されればそのロケットの火が、灼熱の魔の手となって襲い掛かってくるに違い
ない。分隊は否応なしに、前に進むことを強要された――くそ、こんな時に正面に敵か!

「強行突破だ、クロノ!」
「分かってます!」

プライスの命を受けて、異世界からの魔導師の少年が前に立った。左手を前に掲げて、複雑な模様が描かれた光の防御壁を発生させる。魔法の壁は、正面から降り注いだAK-47の弾丸を弾き返して
火花を散らした。強引に、しかし着実に彼らは前進を再開。
魔法の壁を目の当たりにした敵兵たちは、それでも後退の様子を見せなかった。効かないから効くまでと、あくまでも銃撃を続行する。このままここに残れば、自分たちも弾道ミサイルのロケット
が放つ炎に身を焼かれる運命にあると言うのに。狂信者め、と悪態を吐き捨て、ジャクソンは盾となっているクロノの陰から仲間と共にM4A1を照準、射撃を叩き込む。途端に短い悲鳴が上がり、正
面からの銃撃は一旦途絶えた。


――30 секунд назад. Индукция программы загрузить конца……

――10、9、8、7…


あぁ、これは俺でも分かるぞ――天からの声に、海兵隊員は焦燥を露にした。灼熱の死神が、秒読み段階に入ってこちらに大鎌を振りかざそうとしているのだ。
GO! GO! GO! もはや正面からの攻撃は無い。分隊は指揮官の悲鳴のような、それでいて吼えるような命令を受けて突っ走る。通路の奥にある扉、この向こうに飛び込めばそこから先に炎は入って
これないはず。生存本能に急かされ、彼らはひたすらに走る、走る、走る。
扉を乗り越え、すぐに周辺警戒。誰もいない。同じように扉を抜けてきた仲間たちの数を数えて、一人足りないことに気付く。誰だ、自分、プライス、クロノ、いないのは――

「ソープ!」
「大尉、危険です!」

はっとなった時には、すでに指揮官が動いていた。クロノの制止も聞かず、扉の向こうに何をやっているのか倒れていた部下を引っ張り出す。


――6、5、4、3…


早く、早く、早く!
誰であってもそう口走りそうな状況下で、プライスはソープの身体をこちら側へと引きずり込むことに成功した。その間にも、カウントは続く。

「クロノ、扉を!」


――2、1…

ええい、と乱暴な動作で、クロノは扉を閉めた。出身世界に比べればはるかにアナログ式の圧力式ハンドルも手早く回して、隔壁閉鎖。
直後、天井のスピーカーが何か言った。意味は分からないが、おそらく点火を告げたのだろう。扉の向こう、耐火仕様の窓の奥に紅蓮の炎が踊り狂うのが見えた。
助かった、ひとまずは。ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、ジャクソンは振り返って、引きずり込まれた新米SAS隊員の様子を確認する。うぅ、と短く小さなうめき声を漏らしつつ、どうにか無事
のようだった。ただし、武器であるM4A1は持っていないが。

「ソープ! この馬鹿野郎、心配させやがる……っ」
「すみません、大尉――後ろで何か動いたと思って振り向いたら、撃たれたみたいで」
「生き残りがいたか。安心しろ、そいつは今頃ローストビーフだ」

俺はフィッシュ&チップスの方が好きなんだけどなぁ、などと寝ぼけたことを言える辺り、怪我は無いのだろう。問題なのは、倒れた拍子に銃を無くしてしまったことだが。
見かねたプライスは、腰の拳銃ホルスターから自身のサイドアームを手渡した。M1911A1、コルト・ガバメント。小銃に比べれば幾分頼りないが、無いよりはマシだ。

「しばらくこれで我慢しろ、あとは敵のを奪え」
「どうも、大事に使いますよ」

予備のマガジンも受け取り、ソープは戦闘態勢へ復帰。束の間の休憩は終わり、再び彼らは前進を開始する。




SIDE 時空管理局
六日目 時刻 0746
ロシア アルタイ山脈付近 弾道ミサイル発射施設内
クロノ・ハラオウン執務官


時間制限のある戦いは、決してこれが初めてと言う訳ではない。クロノにとっては、二年前のP・T事件の時も同様にタイムリミットが存在した。
魔力で動く傀儡兵たちと、こっちの超国家主義者たち、果たして相手するのはどちらが楽だっただろうか。答えは浮かばない。
頭の片隅に浮かんだ邪念を振り払う。いくつもの妨害を乗り越え、ようやく分隊はいよいよ、弾道ミサイルの制御を行う司令室の壁一枚の向こうに辿り着いていた。壁一枚、本来であればお行儀よ
く出入り口から入るべきなのだろうが、今回は状況が状況だ。
ちらりと、視線を壁から背後で構える仲間たちに眼をやる。ソープ、ジャクソン、プライス。いずれも突入準備は出来ており、クロノの顔を見て頷くのみだった。
魔法の杖、デュランダルを構える。目標は、目の前に立ちふさがる壁。歩兵の持つ小火器などでは破壊はおろか貫通すら難しいだろうが――

「ブレイズカノン!」

強力な魔力による砲撃なら、話は別だった。デュランダルの先端に集中しつつあった光が、叫ぶようにして口にされた呪文によって破壊の力へと姿を変える。青白い光の渦は、木っ端微塵にコンク
リートの壁を粉砕、道を開く。
GO、と指揮官の声と共に、兵士たちは一斉突入。司令室内にいた敵兵は数えるほどであったが、激しい銃撃を持って抵抗する――うるさい、黙れ、静かにしろ。言葉を魔法に変えて、詠唱と術式
を素早く展開。銃弾に入り混じる形で放たれるのは、スティンガーレイ、文字通りの魔法の弾丸だった。飛び交う青白い打撃は、テロリストたちに殺到し、司令室を静寂の世界へと導いていく。
制圧完了、オールクリア。プライスの一声でふぅ、と誰もが安堵のため息を漏らしかけて、しかしまだやるべきことがあると動きを止めない。そうだ、自爆コードを入力せねば。

「司令部、こちらブラボー6だ。ロシアからの自爆コードは!?」
「ブラボー6、こちら司令部。たった今入手した、これより送るぞ」
「ソープ、そこの端末からコード入力だ!」

了解、と指揮官の命令に答えて若い兵士は、クロノのすぐ隣にやって来た。銃撃戦をやらかした末、生きている端末は数えるほどで、手近にあったのは彼のすぐ傍だったからだ。
頼むよ、と声をかけると、ソープは任せろ、とすぐにキーボードを叩き始めた。
自爆コードはチャーリーのC、オメガのO、リマのL、数字の4、タンゴのT、ユニフォームのU、デルタのD、ユニフォームのU、キロのK、インディアのI、デルタのD、オメガのO、ユニフォームのU、
シェラのS、インディアのI、ヤンキーのY、オメガのO、ユニフォームのU――タンッと、キーを鳴らして最後の一文字を兵士は入力し、正面に投影される大型モニターに眼をやった。表示される弾
道ミサイルの状況、依然として変化なし。
まさか、ここに来て入力ミスか。不安と焦燥、疑念すらもが彼らの心を支配しようとしたその時、大型モニターに変化があった。北米大陸の向かって延びる複数の赤い線、それらが途中で途絶え、
次々と消えていく。

「――ブラボー6、全ての弾道ミサイルの自爆を確認。破片のほとんどは洋上に落ちるぞ、よくやった!」

司令部からの通信が、裏打ちしてくれた。すなわち、自爆コードの入力成功、任務の達成を。
歓喜の声は、上がらない。ただ、今度こそ彼らはほっと安堵のため息を深々と吐いて、胸を撫で下ろした。
終わった。任務成功、世界は滅びずに済んだ。疲労にも似た奇妙な達成感が、誰の胸にも渦巻き、それはクロノとて例外ではなかった。壊れた端末の前に手を突き、深いため息を吐く。

「よう、戦友」

肩を叩かれ、顔を上げる。満面の笑みを浮かべたソープ。彼もどこか疲れた様子ながら、ひとまず安心しているようだった。

「見ろよ、やったぜ。俺たち世界を救ったんだ。帰ったらまたロンドンに行こう、観光案内してやるから」
「あぁ――それは、楽しみ。なんだけど……」

わずかに、少年が口ごもる。どうしたよ? と怪訝な表情をする兵士に向けて、疑問の答えがただちに、大型モニターへと投影された。
同時に、通信回線に飛び込む男の声。警備室を制圧し、各扉のロックを解除していたギャズからだった。

「大尉、監視カメラの映像をそっちに回しています。見てください、奴です、ザカエフですよ。奴は脱出するつもりです!」
「――ほら、僕は執務官だから。元凶をやっつけないと、全部終わったとは言えないんだ」
「軍人の真似事やった挙句に今度は警察官の仕事まですんのか、難儀だな……」

とは言え、付き合わないとは死んでも言わないぜ、と。目の前の戦友は、拳銃を見せてニヤリと笑う。
世界の滅亡は防げたけども、その根本である元凶は未だ健在。彼らの任務は、まだ終わりを見せようとしなかった。







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最終更新:2010年12月11日 22:21