MW2_プロローグ

プロローグ





「スタンバイ……スタンバイ……GO!」


――それは、兵士たちの記憶だった。
激戦の最中、決して歴史に記されることのない、兵士たちの戦いの記憶。



「――あんたらだな? こっちの"世界"の、特殊部隊と言うのは」


「大尉、誰なんです」


「私か? 私は――レジアス・ゲイズだ。所属は、君らに言っても信用してもらえないだろうからな、言わないでおこう」


――チェルノブイリ。悪党たちの巣食うかつての悲劇の、そして今はゴーストタウンと化した街。
兵士たちは銃を手に持ち、ある一人の"危険な男"への狙撃任務を遂行する。


「目標を倒した、ナイスショットだ少尉!」


「プライス、俺と一緒に狙撃で数を減らすぞ。レジアスは近付いてきた敵を」


「ろくでなしよ、安らかに――」


任務は、成功したかに思われた。目標に、対物ライフルの狙撃が直撃。
スコープの向こうで、飛び散った鮮血と吹き飛ぶ腕は決して幻ではなかったはずなのだ。
――だが、戦いは終わっていなかった。
時を経て、兵士たちの戦いは若者たちへと受け継がれる。


「よぅ、お宅も足止め食らった落ち? 目的地によっては、他のルートを案内してやれるぜ」


まさか、彼らは考えもしなかった。


「――それじゃあ、お願いするかな。あ、自己紹介が遅れた。僕はクロノ、クロノ・ハラオウンだ」


「クロノ、だな。俺はジョン・マクダヴィッシュと言う」


ひょんなことから出会った少年が。
偶然から知り合った青年が。


「――クロノ!?」


「ジョン!? なんでここに……」


互いに武器を持つ者であるということに。
銃と魔法。
握る得物に違いはあれど、目的は同じ。


――つい先ほど何かが…


――被害は甚大である模様です…


――どうやら自国内で核兵器と思しき何かを爆発させたようで…


――アルアサド本人も、この爆発に巻き込まれたか現時点では不明ですが…


――自爆攻撃であったのでは、という見方も…


――現在も非常に大きな範囲で燃え続けている模様で…


決して交わるはずのない線が交わったことで、皮肉にも死すべき運命から逃れられた兵士が一人。


「ポール・ジャクソン、と読めばいいのか?」


拾った命だ、と彼は思う。本来なら死んでいたはずの身。生き残ったのは運命の悪戯か、それとも単なる偶然からか。
生き長らえた海兵隊員は若者たちと合流し、一五年前に死ぬべきだった"危険な男"の行方を追う。


「同胞の血が、無数に大地に滴り落ちた。"私の血"も……奴らの手で」


"危険な男"は、激怒した。我が息子を奪われた憎しみは、やがて世界を崩壊させる炎の矢となって、遠く離れた土地へ目掛けて放たれる。
照準は、アメリカ合衆国東海岸。予想される死者数は、四一〇九万六七四九人。世界経済の中心であるかの地が壊滅したとなれば、被害はさらに広がる可能性だってあった。
言葉に偽りは一切ない。世界はあの時、崩壊寸前にまで至っていたのだ。
兵士たちは、立ち上がった。若者も、老兵も。


「各員、聞いた通りだ。もはや一刻の時間もない――行くぞ。GO! GO! GO!」


「ゲームオーバーだ」


激戦の末、響き渡るは一発の銃声。放たれるは、一発の銃弾。
元凶は断たれた。
戦いは終わった。
歴史に彼らの名が記されることはないが、彼らは後悔しないだろう。
それによって得られた安息は、今日に至るまで続いているのだから。



――もっともそれは、仮初なのかもしれないが。
時は流れて数年後。かつての若者たちは、それぞれが日常を送っていた。








SIDE U.S.M.C
二日前 時刻 0725
ミッドチルダ 首都クラナガン
ポール・ジャクソン 米海兵隊曹長 在ミッドチルダ米軍連絡官


クソのような日々とは、よく言うけれども。決して、鼻歌交じりで愛車のハンドルを握るこの海兵隊員の気分は、間違ってもクソとは言えないほどに華やかなものだった。
何しろ、この魔法の世界は本日よく晴れていた。出勤途中の道であるということがもし忘れられたなら、このままピクニックにでも行きたいほどに。
連絡官に就任してからと言うもの、銃弾の雨に晒されることはなくなったが、今度はデスクワークの嵐に襲われるようになった。積み重なっていく書類を山を見て、これをまとめてグレネードで吹
き飛ばすことが出来ればなんと爽快な気分になれることだろうと思ったこともある。それも数十回ほどだ。
だが、今日からそんな日々とはおさらばだ。書類の山を誰かが吹き飛ばしてくれた訳ではないが――と言うか、以前にも増している――少なくとも、彼にはそれを一時でも忘れさせてくれる存在が
このミッドチルダ、魔法の世界と言う割りに建物はどこかニューヨークや日本のトーキョーなどに似た場所にやって来たのである。
交差点を曲がって、ビルが立ち並ぶ風景から住宅街へ。ミッドチルダの交通は不思議と快適であり、混雑するのは緊急事態の時くらいだ。空気もいい。彼がハンドルを握る車だって現地のディーラ
ーに勧められて買ったものだが、排気ガスが出ないと言う優れものである。魔法ってすげーな、とは同僚である黒人兵士の言葉。まったくだと胸のうちで同意しながら、ジャクソンはお目当ての家
を発見する。
彼の視線の先にあったのは、真新しい新築の家屋だった。すでに住人はいるはずなのだが、玄関に並ぶ花や植木鉢くらいしか出迎えてくれない。
海兵隊の制服のポケットから、携帯電話を取り出す。番号は登録済みなので、スイッチ一つですぐ繋がった。二回ほどのコール音が耳に入った後、打って変わって聞こえてくるのは優しいソプラノ
のような女性の声。

「はいもしもし、八神です」
「やぁ、その声はシャマルだな」
「あ……ジャクソンさん!?」

電話の向こうで、通話相手がパッと表情を輝かせる光景が目に浮かぶ。
今何してるんだい、と言う何気ない問いかけにも、相手はウキウキルンルン、テンションがほどよく上がった様子で答えてくれた。

「今ですか? 今ですねー、ちょうどお料理の途中で」
「あぁ……またモツ煮が食べたいな。今度頼むよ。"オベントー"に入れてもいいな」
「"お弁当"ですよ。発音は大事に……ひゃあ!?」

ん? とジャクソンは唐突な悲鳴に怪訝な表情。何やら、電話の向こうで激しい銃撃戦に勝るとも劣らない賑やかな音が響き渡っている。
ガタガタ、ドッテンバッチャン、ガチャンガチャン、ガッチャーン、グワッシャーン。アナータナカタサーン! ワレナガラ、モウアイダグナイ……ツナミボーン。
大丈夫かなこの携帯。思わず、耳から携帯電話を離して機能を確認してみる。なんだか、いろいろ聞こえちゃいけないものまで聞こえた気がした。俺が疲れてるのかな、とこめかみをぐりぐりやっ
てみたが、特におかしなところはない様子。
しばらく奇妙でファンキーな騒音が続き、それがようやく落ち着きを見せたところで、再びソプラノボイスが聞こえるようになった。えらく疲れたようではあったが。

「――し、失礼しました。ちょっと、お皿割っちゃって」
「君の家のお皿はずいぶん賑やかな音立てて割れるんだな」
「えへへ、面白いでしょう?」

いやそうじゃなくて。
思わず突っ込みを入れそうになったアメリカ人であるが、ここはグッと我慢する。いい加減話を進めねば、出勤に遅れてしまう。

「ところで、今どこにいるんです? 約束のお弁当、出来上がってますよ」
「近いところさ。玄関前に車が止ってないか」

直後、家の窓に受話器片手に姿を現したのは金髪にエプロンが似合う一人の女性。あら、と天使もビックリな優しそうな笑顔を浮かべて、彼女もこちらを見つけたようだ。
しばらく待てば、玄関から包みに入ったお弁当片手に女性――シャマルが出てくる。車から降りて、ジャクソンは海兵隊らしいビシッとした敬礼を行うも、すぐにその表情は崩れて笑顔になった。
彼女の手料理を「美味い」と言って食えるのは、今のところこの世界では彼ぐらいなもんである。作った料理はことごとく不味い不味いと酷評される一方だったシャマルが、そんなジャクソンを見
つけて果たして好意を抱かずいられるだろうか。疑問の答えは、今目の前に存在している。

「よくあんなもん食えるよなぁ、ジャクソンは」
「言ってやるなヴィータ。黙っておいてやれ」
「せやせや、シグナムの言う通り。シャマルは今、我が世の春を迎えとるんよ。邪魔しちゃあかん」
「……ところでいつまで我々は隠れているのでしょうか、主」

玄関の奥から八神家の面子が面白そうな顔して見ていることなど、二人は知る由もない。
何故って? 愛に国境線も次元世界の壁もないんだよ、OK?





SIDE 時空管理局
二日前 時刻 0955
ミッドチルダ 首都クラナガン 地上本部訓練センター
クロノ・ハラオウン執務官


銃声はともかく、硝煙の匂いはいくら嗅いでも慣れるようなことはなかった。辺りには、鼻を摘んでも否応なしに突っつくような刺激臭が漂っている。
神経を刺激するのは、匂いだけではなかった。目の前に広がる住宅街ではひっきりなしに銃声が響き渡り、小銃で武装した兵士が一軒一軒家の中に突入して中を調べては発砲し、敵を制圧すれば後
方にいる味方に「クリア」と合図を送っていた。
そんな訓練風景を見つめるのは、黒髪に黒いバリアジャケットと言う異様な風体の青年。名をクロノと言い、時空管理局本局より派遣されてきた訓練監督官だった。
彼は手元に開いていた文字通り魔法によって投影されるディスプレイを覗き、フムン、と小さく唸った。気難しそうな表情を浮かべていたので、傍らにいた米軍将校が声をかける。

「提督、どうかしましたか?」
「いえ……どうも、なかなか上手くいかないものだなと」

ディスプレイに映るのは、ある一軒家の屋内に設置されている監視カメラの映像。家の中には簡素にではあるが家具が置かれ、あたかも人が生活しているような状況を生み出している。その間に立
ち並ぶのは銃を持ったテロリストを模したホログラフであり、あるいは銃撃禁止対象とされている民間人を模したホログラフ。屋内に突入した兵士たちはこのホログラフをテロリスト、民間人と識
別した上で当然、テロリストのみ射撃して倒す訳だが、その兵士たちの動きはどうにも鈍い。

「やむを得ないでしょう。練度はまだまだこれからです、つい最近まで銃を持ったことすらない者たちだったのですから」

そんなものかな、と米軍将校からの釈明を聞き流し、しかしクロノの懸念は尽きない。宙に浮かぶ半透明のディスプレイの中では映像が切り替わり、別の監視カメラが捉えた映像が表示される。兵
士が銃口をホログラフに向けるが、それは民間人だった。慌てて照準をすぐ隣のテロリストに切り替えるも、実戦なら彼はもう生きていまい。撃たれて死ぬ。残るは死体だけだろう。
"戦力の底上げのため、魔力適性のない局員には米軍より銃の扱い方から戦い方まで学んでもらう"――地上本部司令官、レジアス・ゲイズ中将の発表は、管理局を賛否両論で割った。
九七管理外世界の一大国家、アメリカ合衆国と管理局は同盟関係を築き、他の次元世界において紛争調停や災害復興を共同で行っている。もちろん、そこで得られた資源や利益はアメリカを中心と
する九七管理外世界にも行き渡るようになっていた。管理局としても、管理世界の数に対する戦力の不足は長年の課題であり、米軍の投入はそれらの問題を大きく解消するに至っていた。
特に、先述したレジアス中将は九七管理外世界との連携をより深めて今後の管理世界の治安維持に当たるべきだと主張しており、そのために米軍装備の導入も積極的に行っている。クロノが今見て
いるものもその一つであり、米軍指導の下に魔力適性のなかった管理局員に対し銃の射撃方法と戦闘術を教育するのが目的だった。
ところが、これに異を唱える一派が管理局内には存在した。米軍装備などははるか昔より管理局が禁忌と定めていた質量兵器に当たるとして、レジアスの行動を批判する者が本局には多くいたので
ある。彼らの大半はアメリカとの同盟にも懐疑的であり、これまで通り次元世界の治安と安定は管理局のみで行うべきだと主張していた。
クロノは本局所属だが、数年前のある事件で米軍、それにイギリスの特殊部隊と共闘した経験がある。質量兵器と言っても結局は持つ者の意思が全てであり、自分たちが使う魔法だって邪悪な意思
を持つ者が持てば、それはあっという間に殺戮の道具と化す。逆を言えば、質量兵器でも持つ者が善であれば、何も問題はない。むしろ先天的な素質によるところが多い魔法と違い、安定した戦力
供給を行うことが出来る。
ゆえに彼は実戦経験者として訓練監督官となり、この場にあったのだ、同時に、実際に質量兵器と何度も交戦したがゆえに、訓練を受ける兵士たちの動きに苛立ちにも近い感情を抱いていた。

「よぉ、おい。クロノ」

不意に名前を呼ばれ、未だ監視カメラからの映像を表示し続けるディスプレイから目を離す。包み片手に、曹長の階級章をつけた制服姿の米軍兵士がピッと敬礼を送っていた。

「やぁ、ジャクソンじゃないか。君も来てたのか」

思わぬところで、戦友との再会だった。数年前、共に生死を潜り抜けた海兵隊員、ポール・ジャクソン。当時は軍曹だったが昇進して曹長となり、同時に管理局のお膝元であるミッドチルダに米軍
が展開することが決まってからはずっと、現場レベルでのパイプ形成などを行う連絡官に就任していた。仕事場は同じミッドチルダのはずなのだが、顔を会わせるのはずいぶん久しぶりである。
元気だったか、とありふれた挨拶に、海兵隊員は書類に殺されそうだった、と結構真剣な表情で答えた。大変だな、と苦笑いを浮かべるクロノだったが、ふと彼が持っている包みが気になった。

「ジャクソン、それは?」
「これか。"オベントー"だ、出勤前にシャマルに作ってもらった」

あぁなるほど。クロノは納得する。そういえば、八神家の面子は丸ごと地球の海鳴市からこっちに移り住んだと聞いていたのを思い出した。
とは言え、彼はなんと言った。"オベントー"? 正しく発音するならお弁当か。シャマルに作ってもらったとも言っていたが――え、何だって。シャマルの作ったお弁当?

「美味いぞ。昼になったら一緒に食うか」
「い、いや……遠慮しておくよ」

僕だってまだ死にたくはないし。言葉の外にそっと胸のうちで付け加えて、若き執務官は戦友の持つ包みから目を離した。まるで、臭いものには蓋をするかの如く。
当のジャクソンはと言えば特に気にした様子もなくそうか、とだけ答えて、ふと思い出したように改めて口を開く。

「そういえばクロノ、ソープはどうしてるかな。あの若造、大尉になったと聞いたが」
「あぁ――」

彼ならいつも通りだよ、とクロノは答える。そうか、いつも通りかと海兵隊員は頷き、特にそれ以上追及することはなかった。
彼らには、それで十分だった。誰しもがあの事件の後、日常を送っている。日常の種類は、人によって異なるけれども。それでも本人にとってはいつもと変わらない、普段の日々なのだ。
そう、例えば雪山のど真ん中にあったって。





SIDE Task Force 141
一日前 時刻 1523
カザフスタン 天山山脈
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


洒落にならない寒さだった。
凍てつくような空気はただでさえ剥き出しになった頬を突き、吐息は真っ白に染め上がると言うのに、吹きつく風には雪が混じる。時折グローブに覆われた手で顔面に張り付いたそれを払い落とす
が、一〇秒もすればあっという間にまた顔に白く冷たい粉が張り付きだす。この野郎、と悪態を吐き捨てるが、それで状況が変わるはずもないのがまた苛立ちを募らせた。
見上げれば、天高くそびえ立つ天山山脈。雪と氷に覆われた死の世界、生物が存在することを許されない場所。こんな場所に、テロリストたちは基地を作ったと言うのか。補給の問題はどうしてい
るのだろうと、任務に関係のない雑念が沸いて出てしまう。

「ローチ、頑張れ。ほら、もう少しで休憩地点だぞ」

だと言うのに、だ。こちらは昇るだけでいっぱいいっぱいなのに、先を行く男はまったく疲れを見せなかった。それどころか、遅れがちになる部下を励ます余裕さえ見せた。
何者なのだろうと、必死に男の背中を追いかけていくうちに、ローチの胸で――妙なコールサインをもらったものだ。"ローチ(鮭)"とは――疑問が沸く。出会った時からただならぬ雰囲気を持って
いたのは理解できるし、おそらくは何度も死線を潜り抜けてきたベテランなのも分かる。
だが、それだけでは説明できない。この男には、言葉では説明できない、もっと別の"何か"がある。なんと言うか、まるで昔の自分を見ているかのような。だけど、男の背中は決して今の自分のよ
うに疲れを見せることがない。この矛盾が、彼に説明できない理由を生み出していた。
ふと、男の右太ももに装着されていた拳銃用のホルスターに目が留まる。収められていたのは、M1911A1。自動拳銃の傑作であり、原型の初登場はすでに一〇〇年も前に及ぶ。威力に優れた、しかし
旧さは拭いきれない拳銃。USPやグロック、ベレッタM92など拳銃は他にも新しくていいものがあるだろうに、何故か男はあえてM1911A1を選んだ。
疑問の答えは浮かばず、そして沸いて出てくる疑問の数もまた尽きることなく。物思いにふけっていたローチは、そこでようやく男との距離が離れてしまっていることに気付いた。思わず、彼の名
前を口に出し、自身も歩みを速めることにする。

「待ってくださいよ、マクダヴィッシュ大尉」







Call of lyrical Modern Warfare 2







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最終更新:2011年03月03日 17:23