MW2_09

Call of lyrical Modern Warfare 2


第9話 The Only Easy Day... Was Yesterday / 奪還作戦 第三段階


SIDE 時空管理局 機動六課準備室
五日目 0705
宇宙空間 次元航行艦『アースラ』
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 並べられた銃火器を見て、ジャクソンが真っ先に感じたのは途方もないくらいの違和感だった。何しろ、例えば彼が手に取って持つのはM4A1と言うカービン銃の一種であるが、レイルシステム
と呼ばれる近年増え続ける銃への付属品の取り付け台が、完璧な状態で装着済みであった。銃身の下側にあるフォアグリップはもちろん、ダットサイトも標準装備。しかもただ装備しているので
はなく、ほとんどが九七管理外世界の一流メーカーのブランド品ばかり。これをどれでも、好きなだけ持っていっていいと言うのだから本来は喜ぶべきところだろう。
 しかし、と銃を手放して彼は思う。ここは、地球の武器庫ではない。所属していた米軍の装備品展示博覧会でもない。魔法で動く次元航行艦の艦内だ。そこにこの大量の、魔法の魔の字もない
ような大量の銃火器である。ケーキと紅茶で彩られたお茶会の最中で、極厚のステーキをむしゃむしゃ食べる者を見つけてしまったような気分だ。
 もっとも、そのステーキを食べる者は自分やギャズ、グリッグと言った九七管理外世界の軍人メンバーたちのことなのだが――ギャズは一番のお気に入りだと言うG36Cを見つけて夢中になって
その感触を確かめているし、グリッグも以前使用していたM240軽機関銃を手にして早速機関部の中を確認していた。俺も似たようなものだな、とやや自嘲気味な笑みが浮かぶ。

「しかしまぁ、よぉこんなに集めたなぁ」

 独特のイントネーションを持つ言葉で、感嘆とした声を上げるのは八神はやて。身長も年齢も屈強な兵士たちより下だが、こう見えて彼らのボスは彼女になっていた。銃にはあまり慣れていな
いはずだが、はやてでなくとも誰だって、ずらっと並んだ銃火器の群れを見たら感情の一つも動く。いや、ひょっとしたら見慣れてない分、彼女たちの方が驚いたかもしれない。
 集められた銃火器は、全て"ミスターR"と言う人物からの支援だとジャクソンは聞かされた。あのオッサン、どこにこれだけの銃を保管していたのだろう。とは言えありがたいことには変わりな
い。これから彼らが挑むのは敵地も同然であり、しかも極寒と言う厳しい環境の下での戦いとなる。使える武器は多いに越したことはない。

「けど、さすがに集めすぎな感じもするね……これ、なんて銃です?」

 一方、呆れたような眼で並んだ銃見て、そのうち一つ、比較的手頃そうな拳銃を持った――それにしても手と銃の大きさが不釣り合いだった――少女が、ジャクソンに問う。名前を、高町なのは
と言った。はやてが長を務める機動六課準備室の一人にして中核メンバーで、管理局の中では特に『エースオブエース』と呼ばれるほどの魔導師。そうは言っても、明らかに手に持つ拳銃が似合わ
ない少女であるには変わりなく、魔法が使えなければ彼女もはやてと同じ、本当に普通の女の子だ。

「そいつはデザートイーグルだ。当たれば熊だって一撃で仕留められる――ここにいるお嬢さん方には似合わないが」
「重たいですしね……私はやっぱりレイジングハートの方がいいな」

 大型拳銃を手放して、代わりになのはは「ね」と首元に引っ掛けていた赤い宝石に呼びかける。「YES」とか言って、レイジングハートと呼ばれた赤い宝石は答えた。インテリジェントデバイスと
言う人工知能を持ったいわゆる『魔法の杖』だそうだが、目の前に並ぶ無口な銃火器たちには対抗心でも抱いているのだろうか。どうも口調が強いような気がした。
 ともあれ、戦力はこれで整った。『アースラ』は現在、地球への報復作戦に懐疑的だった者たちの中でも特に高い階級と指揮権を持つクロノ・ハラオウンを報復強硬派から奪取すべく、進路を
まっすぐ第四一管理世界"キャスノー"に向けていた。現地は永久凍土の土地が大半を占める寒さを持った世界であり、しかも監視と警備は厳しいものがある。そこに少数の彼らが忍び込むのだ。

「ところで、あの小僧が囚われているって言う監獄の警備は誰がやってるんだ? 強硬派は慎重派を根こそぎ逮捕したから、戦力不足って聞いたぜ」

 G36Cの半透明のマガジンに早速五.五六ミリ弾を詰め込みながら、ギャズがはやてに問う。小僧、とは無論クロノのことだ。彼の言う通り、ミッドチルダ臨海空港での虐殺事件を端に発した管理
局によるアメリカ合衆国への報復作戦は、報復強硬派が証拠不十分として作戦に賛同しない慎重派を逮捕することで指揮権を握っている。おかげで二分されていた戦力はさらに少なくなり、この
『アースラ』を奪還する際にしても監視と警備の戦力は非常に少ないものだった。その後の追撃だって、影も見せていない。にも関わらず、彼らは監獄に厳しい監視の目を築いていると言う。

「早い話、傭兵よ。ミスターRとその補佐につくミスRって人が教えてくれた」

 はやてはすでに、答えを得ていた。地上本部から六課を支援するミスターR、さらにその補佐についたと言うミスRからの情報だった。強硬派は地上本部の戦力を次元航行艦に載せて降下作戦を
実施するつもりだったらしいが、その地上本部の総司令官レジアス中将が報復に反対し、しかも彼の場合逮捕しようにも権限が及ばなかった。自前の陸戦隊も、決して数は十分ではない。そこで
彼らは傭兵を雇った。傭兵と言っても、いきなりアメリカに攻め込むのに必要な数を集めようとして真っ当な者が揃えられる訳がない。結果として、傭兵たちのほとんどは報酬に目がくらんだ者
やほとんど犯罪と傭兵稼業をスレスレのところで行うゴロツキ共ばかりになった。米軍は彼らを相手に奮戦しているが、それでも奇襲を受けたダメージは拭えず、まだ撃退には至っていない。

「それじゃあ、例の監獄を守るのは傭兵か。そいつらは撃っていいんだな」
「人命は守らなあかん――けどそうも言ってられなさそうやな」

 渋々、と言った様子の声ではやてが言う。彼女らは魔法と言う非殺傷も可能な武器があるが、ギャズやジャクソンたちは違う。「殺すな、しかし無力化はしろ」と言うのは状況が許さなかった。

「しかし分からないのは」

 ジャキ、と金属音を鳴らして、M240に弾を入れる動作をさせるグリッグが口を開く。本当に弾は入れていない。彼は銃を握って何もない虚空を狙う振りをして、引き金を引く。カチン、と小さ
な金属音が鳴って、M240は火を吹かないまま動作を終える。

「どうして管理局は俺たちの国に易々と侵入出来たんだ? 人工衛星はちゃんと監視してたはずだろう」
「そこはまだ分からんけど――ミスターRとミスRが情報収集中やし、それを待つしかないな」
「ああ、そのことなんだが」

 不意に、ジャクソンが口を開き、皆の注目が彼に集まった。これは極秘事項なんだが、と前置きした上で、彼は言う。

「少し前に、うちの監視衛星が姿勢制御にエラーを出してな。ロシア領内に落ちてしまったことがある」
「フムン。で、その落ちた衛星がどうしたんだ」
「グリッグ、お前がロシアの超国家主義者の一員だったとして、その衛星はどうする」
「そりゃ、拾ってバラして中身を拝借して――ああ、なるほどな」

 黒人兵士は納得した様子で頷く。おおむね、彼の言わんとすることが見えたようだった。つまり、ロシア領内に落ちた米軍の人工衛星は情報を引っこ抜かれて、超国家主義者か、あるいはロシ
ア軍内部の不届き者の手で闇市かその他のルートで売り捌かれたのだ。それとも売ると金が動いて目につくから、別の無害そうなものに偽装して譲渡が行われたのかもしれない。譲渡された側は
その分、便宜を図ってやると言うことだ。

「だとしたら、ますます厄介なことになるなぁ」
「しかもややっこしい、ね」

 はやてとなのはの表情が歪む。仮に売り捌かれたのではなく超国家主義者からの譲渡だとしたら、管理局は見事に米軍との同盟関係を自分自身の手で破壊してしまったことになる。祖国ロシアを
追われ、数多の次元世界に逃げ込んだ超国家主義者たちは、自分たちの敵を潰し合わせる気なのだ。
 急がねばなるまい。指示が下りて、『アースラ』は次元の海を進む速度を上げた。一刻も早くクロノを奪還し、指揮権を取り戻さねば。アメリカも、管理局も、取り返しのつかないほどの大打撃
を被ることになる。その時笑うのは、狂犬だ。超国家主義者たちのリーダー、マカロフが。




SIDE Task Force141
五日目 0548
ロシア ヴィホレフカ 第36石油採掘リグ
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 そこには、暖かいコーヒーも安心して眠れるベッドも無かった。否、本来であれば人間はそこでは生きていけない。それほどにまで厳しい環境の下であっても、彼らは戦いに身を投じなければ
ならなかった。つくづく、人間とは業の深い生き物なのだなと実感させられる。まったく、戦争など暖かくて過ごしやすい、快適な気候の下でやるべきだろうに。

「戦う場所など、どこにでもある」

 そう言って、彼らの指揮官、シェパード将軍は出撃を命じた。一応、「君たちを肉挽機に送り込むような作戦だとは承知しているが」と無茶を言っている自覚がある様子だったが、それにして
も酷いものだ。肉挽機と言うよりは、冷凍庫と言うべきだろう。我々はTシャツ一枚でマイナス三〇度の冷凍庫に放り込まれたようなものだ。しかしそうは言っても、まだ海中の方が暖かいと言う
のだから洒落にならない。
 ローチは今、海中に身を置いていた。防水、防寒どちらも完璧でなければたちまち凍死と溺死を一度に両方味わえそうな、北の海だ。カムチャッカ半島近海。その東側に位置する石油採掘リグ
が、今回の目標だった。つまり、敵はロシアということか。アメリカ合衆国が異星人に侵略されている最中にある最中にあると言うのに、シェパード将軍は同じ地球人と戦争をする?

「進む方向が違う気がします、将軍。我々も戦いに加わるべきでは」

 隊の分隊長であるマクダヴィッシュ大尉もこれはおかしい、と考えた。だけども、最初にシェパードが言った言葉を聞かされて、彼は納得した。それと同時に、自身が部下の手前で無神経なこ
とを言ってしまったのだと気付き、顔をしかめた。部下の一人、今はローチと同じく潜水服を着て海中に身を潜めるティーダ・ランスター一等空尉は表情を変えなかったが、決して機嫌よさげと
言う訳でもなかった。彼の出身は異世界ミッドチルダ、現在アメリカを蹂躙している時空管理局のお膝元なのだ。Task Force141は地球の各国軍隊から集められた精鋭のほかに管理局からも優秀な
者を引き抜いて構成されたが、それはアメリカと管理局の同盟が崩れるより前の話だからこそだ。ティーダの立場は、言ってしまえば裏切り者であるに違いない。
 それでも彼がTask Force141の任務に付き従うのは、この戦争が裏で仕組まれたものだと知っているからだ。ウラジミール・マカロフ。ロシアの超国家主義者の新たなリーダーにして、アメリカ
と管理局を潰し合わせる狂犬。
 部隊は南米で彼と取引のあった武器商人を捕らえ、『尋問』することで情報を得た。マカロフは、ある人物を憎んでいると同時に恐れている。『囚人627号』と呼ばれるその人物は、現在ロシア
の収容施設にて投獄されていると言う。
 しかしそれなら、何故ロシア政府に連絡しないのだ。海中の中、目の前を泳いでいく魚の群れを横目に眺めつつ、ローチは最初にその話を聞き、それから任務を通達された際に感じた疑念を脳
裏に蘇らせていた。超国家主義者との内戦にどうにか勝利したロシア政府は疲弊し、しかし囚人一人も差し出せないほど落ちぶれているとは思えなかった。
 そこで見せ付けられたのが、数枚の衛星写真だった。収容施設らしい古めかしい城と、その進路上に立ち塞がるように存在する海上の石油採掘リグ。これらにはいずれも対空ミサイルが設置され
ており、迅速な移動に欠かせない空路にとって大きな脅威となっていた。ロシア軍ではない。超国家主義者たちが、地球に戻ってきたのだ。彼らは内戦終結後も未だロシア内部に残る超国家主義者
たちを支持する一部の軍官僚の手引きで、『囚人627号』までの道を遮る構えを見せていた。マカロフは、おそらくこちらが『囚人627号』の存在と居場所を捉えたのを知り、ただちに阻止の構えに
入ったのだ。
 ならば、排除するのみ――マカロフを表舞台に引きずり出し、合衆国の身の潔白を証明し、誤解を解かねばいつまでも管理局とミッドチルダの人々は憎悪の炎を消さないだろう。かくして部隊は
動き出し、まずは経路上に存在する石油採掘リグの脅威の排除に乗り出した。
 空からの侵入は手っ取り早いが、対空ミサイルに迎撃されるリスクを考えれば避けられるべき手段だ。米海軍第六艦隊の支援を受け、Task Force141は海路からの侵入を立案し、実施した。ロー
チは、その急先鋒に任命されたのだ。あぁ、楽だったのは昨日まで。おかげで俺たちゃ冷たい海中でお魚ゴッコ。まったく泣けてくる。

「USSダラス、チーム2発進。作戦開始」
「ホテル6、目標まで残り六〇メートル」

 魚雷のような形をしたSDV(SEAL輸送潜水艇)に乗って、ローチたちTask Force141は潜水艦より発進。ディープブルーの海中を静かに素早く進行し、途中、潜水艦『ダラス』より発進した友軍と
合流。挨拶もそこそこに、まっすぐ石油採掘リグへ向かう。
 最初のうちに見えるのはひたすらに青い海であり魚であり、聞こえてくるのは鯨の鳴き声の他は友軍の交信程度だった。しかし観光気分には浸れない。一〇分もしないうちに、視界には明らか
に人工物であると思しき柱が海中より突き出ている光景が映る。この上が目標の石油採掘リグだ。前の席でSDVを操作していた隊員は直下に到達するなり、操縦席を離れて上を指差しながら泳いで
海面まで進んでいく。ローチも付き従い、すでに操る者がいなくなったSDVより離れた。ヒレをつけた足で水を蹴って、上昇。途中でスピードを緩めて、ゆっくりと海面から頭を出す。
 ようやく海中から頭だけ抜け出せた。最初に頭上に見えたのは、石油採掘リグの床。少し進めば、吹き抜けになっている部分で背中を晒した敵兵士の姿が見えた。超国家主義者の手下だろう。
一応海中からの侵入を警戒して配置されたのだろうが、あまり真面目に勤務している様子ではない。ロシア語の会話が聞こえる。おそらくは同僚同士で愚痴を吐いているのだ。

「配置に就いた、タイミングは任せる」

 通信機に、マクダヴィッシュ大尉の声。そうか、二人いるなら同時に始末せねば通報されてしまう。納得して、ローチは出来る限り波や水音を立てないようゆっくり、敵兵の足元にまで迫る。
 銃で撃ち殺すのもありだが――ここは敵地だ、弾薬の欠乏は非常にまずい。ナイフを引き抜いて、タイミングを図る。チラッとでも敵が海面を見下ろせば気付かれる距離、しかしローチは大胆
にも水を蹴り、勢いをつけて海面から上半身を出す。と、その時一瞬早く、向こう側にいた敵兵の背後に黒い影が走った。あ、と短い悲鳴と共に、水中に引きずり込まれる敵。何だと自分が狙う
相手も驚き身構えたが、もう遅い。兵士の手が伸び、彼の衣服を掴んで海中へと引きずり込んだ。

「!?!?!?!?」

 誰だって、いきなり水の中に放り込まれたらパニックに陥るだろう。ローチが引きずり込んだ敵兵が、今まさにそんな状況だ。ごめんよ、と形式ばかりの謝罪の言葉を胸のうちで呟き、彼はナイ
フの刃を敵の首に突き立てた。一閃、青の世界に文字通りの血の赤が広がり、じたばたと抵抗していた敵の動きが止まる。そのまま海底に向けて放り投げれば、身じろぎ一つせず落ちていく。まず
は第一関門突破。哀れな死体を見送って、ローチは先に浮上し石油採掘リグに上がった仲間の手を借り、上陸を果たす。
 すでに送り込まれたTask Force141の隊員たちは潜水装備を排除し、各々銃を構えて鋭い視線で周囲を警戒していた。副官のゴーストは脱ぐのが面倒なのか黒尽くめのまま、いつもの骸骨を模し
たバラクラバで顔を覆っていた。指揮官マクダヴィッシュ大尉は、わざわざ重ね着してきたのだろう、迷彩が施された野戦服の上にチェストリグなど装備一式。
 ティーダはどうしたのだろう、と思ってローチは階段を上りつつ視線を泳がせれば、先に上の階でバリアジャケットを着た魔法使いが警戒待機に就いていた。そういえばこいつ、水中ではこち
らと同じ潜水服を着ていたはずなのだが。

「へい、ティーダ。お前さんのその服、万能じゃなかったのか。それとも水には潜れない?」
「いいや、潜れるさ。大事な一張羅を濡らしたくないだけで」

 なるほど、魔力の節約ね。勝手に納得しながら、歩みを進める。
 どうやら敵は完全にこちらの侵入に気付いていないようだ。すでに二名の歩哨が殺害されたにも関わらず、まったく迎撃に出てくる様子がない。ついに一名、手すりにもたれ掛かった超国家主義
者の手先を見つけたかと思いきや、暢気にタバコを吸っていた。やる気がないのか、それとも休憩中なのか。どちらにせよ、ローチたちがやることは同じだった。

「交戦を許可する。消音のみでやれ」

 マクダヴィッシュの指示。言われるまでもなく、ローチはサイレンサー装備のM4A1、M203グレネードランチャー付きにレッドサイトの豪華な小銃を構えて、敵を狙う。プシュ、と気の抜ける小さ
な音がして、頭を撃ち抜かれた敵は悲鳴もないまま手すりの向こう、海に落ちていった。グッナイ、底でお仲間が待ってるよ。
 続いて、部隊はすぐ近くの扉に駆け寄った。情報では、この石油採掘リグで作業に従事する民間人がみんな人質になっているという。第二の関門、人質救出作戦だ。もっとも、闇雲に突入すれば
超国家主義者たちは躊躇いなく人質を殺すだろう。そうなればロシア政府は今後のTask Force141の国内での活動を拒否するかもしれない。
 出番だ、とゴーストに肩を叩かれたのがティーダだった。魔法で、扉の向こうの敵と人質の配置を調べるのだ。目立たぬよう陰に伏せて、ティーダは魔法陣を展開。少しの間眼を閉じたかと思え
ば、扉の方に向き直ってその奥を見据える。どのように見えているかは分からない。けども、大事なのは情報だ。

「右の入り口側に二名、左の入り口に四名、中央に一名。人質は二人いるな、左右に一人ずつ」
「上出来だ。ゴースト、ティーダは右から。俺とローチが左。あとは周辺警戒、突入後に人質保護だ」

 指揮官の指示が飛んで、各員は配置に就く。ローチは壁に張り付き、マクダヴィッシュの合図を待つ。彼がやれ、と眼で訴えたところで、爆薬を持ち出した。扉にセットし、起爆。轟音と爆風
が一度に巻き起こり、それに怯むことなく、兵士たちと魔導師一名は一気に突入。
 飛び込んだ先でローチが最初に見たのは、手足を縛られ目隠しされ、オレンジの作業服を着た民間人。彼を盾にするような形で、白い雪原迷彩を着た敵兵たちが四人、各々突然の襲撃にうろた
えながらも反撃の姿勢を見せている――ふざけるな、人質を盾にとは卑怯者め。M4A1のレッドサイトに、民間人を前に突き出し、それでも隠しきれていない敵兵の姿を捉える。引き金を引けば軽
い反動と共に弾が放たれ、敵を殴り飛ばす。素早い、しかしスローモーションのように見える銃口の移動でもう片方を同じように射殺。左側は残り二人、視線を右に向ければマクダヴィッシュの
持つM4A1の銃身が、すでに敵を捉えていた。銃撃、残った敵も掃討される。右側にいた敵は、とさらに視線を向ければ、ゴーストとティーダが各々の得物でテロリストどもを鎮圧していた。
 クリア。敵の排除と人質の救助に成功した。ただちに後方で待機していた味方がやって来て、民間人の傍に駆け寄る。彼らは酷く怯えている様子だったが、怪我はなさそうだ。

「セクション2-Eの人質を確保した。チーム2、このまま人質の保護と脱出を。俺たちは上に上がるぞ」
「了解です、大尉。ご武運を」

 その場をチーム2に任せて、部隊はさらに階段を上る。まだ、人質はこれで全員が救助された訳ではなかった。北の海で、戦争はまだ続く。





 つくづく思う。超国家主義者たちは国を追われ、数多の次元世界に逃げ出した。彼らはそこで息を潜めて活動し、管理局や米軍の眼を掻い潜って生き延びてきた。しかし、それならもっと奴ら
は貧乏であるべきではないのか。だから、どうして、国を追われたテロリスト風情が、ヘリコプターなんぞ持ってくるんだ。
 二回目の人質を、先ほどと同じように扉を爆破して突入し敵を制圧、救助したところで、彼らは耳障りなローター音を耳にした。屋内から窓の外に眼をやれば、本来アメリカ製であるはずの小
型ヘリ、OH-6が飛び回っているではないか。そのままでは非武装の偵察ヘリゆえにそこまで脅威にはならないが、超国家主義者たちは無論それでは手ぬるいとして、ミニガンを搭載していた。い
くらTask Force141が精鋭とは言っても生身の歩兵には違いなく、武装したヘリが掃射を始めたらひとたまりもない。おかげで、彼らの行動はずいぶんと制限されてしまった。具体的には、迂闊に
前に出れないでいる。
 悪いニュースは、もう一件。人質はさっさとチーム2が連れ出してくれたはよいが、倒した敵兵の中に無線機を持っている奴がいた。スイッチを入れっぱなしにしてくたばったらしく、ロシア
語で慌てふためく声を誰もが耳にしていた。

「大尉、こりゃあ団体さんが来ますぜ」
「手厚く歓迎してやろう。ローチ、プランBだ」

 またですか、大尉。雪山でもそうだったじゃないですか。ぶつぶつ文句を言いたくなるのを我慢しつつ、ローチはC4爆弾を持ち出した。哀れにも亡くなった敵兵の死体にそいつをセットして、起
爆装置を持ち出したままにその場を立ち去る。「何だよ、プランBって。バカのB?」といまいち言葉の意味を知らない様子のティーダも連れ出して。
 部隊は各々物陰に隠れた。しばらく前方を監視していると、武装したOH-6の援護を受ける形で超国家主義者たちがわらわらと押し寄せてきた。皆、銃を構えているがこちらの存在に気付いた様子
まではない。おそらく人質を監視する仲間との交信が途絶えたので、警戒しながら様子を見に来たのだ。何も知らない彼らは吹き飛ばされた扉を見て驚き、人質がいた部屋に入っていく。
 敵兵たちはそこで目撃しただろう。仲間の死体と、それにセットされた爆弾を。人間爆弾とはこのことだ。

「スタンバイ…スタンバイ……ローチ、やれ」

 機を見て、マクダヴィッシュの合図。起爆装置のスイッチを押せば、敵兵たちが入っていった部屋で爆風が巻き起こった。割り散らされるガラス、吹き出す黒煙。中にいた者がどうなったのか
は、神のみぞが知るというところだ。
 爆発があがったのを見て、ようやく敵もこれが罠であることに気付いたらしい。一斉に後退を始め、ひとまず建て直しを図ろうとする。その背中に、Task Force141はありったけの銃弾を叩き
込んでいく。銃声、怒号、悲鳴。もはやこちらの存在を隠し通すのは不可能となった。

「司令部、こちらホテル6! 敵にバレた、交戦中!」
「了解、ホテル6。まだ最上階に人質がいる、そこを制圧しなければ屋上の対空ミサイル排除は不可能だ」

 よかったのかな、人質いるのに派手に爆破しちゃって。雑念がちらりと脳裏を掠めて、しかしローチは目の前の戦闘にまずは集中する。M4A1を前に突き出し、前進しながら銃撃、銃撃、銃撃。
カチンッと銃が小さな機械音を鳴らして、薬室がオープンになる。すかさず物陰に伏せて、チェストリグから新しいマガジンを引き抜き、マグチェンジ。コッキングレバーを引いて、銃に新たな
命を叩き込み、再び銃撃を開始しようとする。レッドサイトの向こうに、ヘリのライトが眩く光ったのはその瞬間だった。まずい、と生存本能が警鐘を鳴らす。
 盾にしていた物陰が、鋼鉄のコンテナだったのは幸いだった。敵のOH-6が、ついにその牙を剥いたのだ。唸る銃声は、獣の咆哮の如くだ。ミニガンが放つ銃弾の雨は、石油採掘リグの一部分を
滅茶苦茶に蹂躙してしまう。うわぁ、と情けない悲鳴が上がった。自分の声だった。

「ローチ、下がれ! そこじゃ身動き出来ないぞ!」

 ゴーストの声が通信機に響くが、それが出来たら苦労はしない。辺りを見渡しても、遮蔽物はこのコンテナくらいだった。一〇メートルも後退すればマクダヴィッシュたちのいる物陰もあるが
敵は見過ごしてくれないだろう。牽制の銃撃を頼もうにも、そうすれば今度は撃った方に猛攻が浴びせられることになる。
 いきなり、目の前に何かが落ちてきた。何だ、と見てみれば、対戦車ロケットのRPG-7ではないか。何故これが急に。よくよく視線を辿れば、橙色をした一見ロープのような、しかし明らかに魔
法の類いと思われる縄がRPG-7を引っ張っていた。縄の根源を眼で追っていけば、ティーダがいた。彼も銃撃に晒されないよう隠れながら、しかしワイヤーガンの要領で手近にあったRPG-7を魔法の
縄で掴み、戦友の元へ寄越したのだ。

「飛び上がって奴さんの注意を引く。そいつで落としてくれ」
「おい、ティーダ」
「頼むぜ」

 一方的かよ、勘弁してくれ――制止も聞かず、ティーダは文字通り物陰から"飛び"上がった。魔法使いだけに許される空中浮遊、飛行魔法だ。武装ヘリは突然舞い上がった、コスプレ紛いの妙な
格好をした魔導師に一瞬呆気に取られ、しかしすぐに敵と認識。ミニガンの銃口を、ティーダに向けた。回転する銃身、放たれる赤い曳光弾。魔法使いは左右に飛び回って照準をかわすが、いつ
まで続くか。危なっかしい奴だ。RPG-7を受け取ったローチは、敵がそっぽを向いている隙に狙いやすい位置に移動し、構える。
 ヘリのパイロットと、視線が合った気がする。照準した瞬間、ローチはそんなことを考えた。さぞかし驚いたことだろう。引き金を引けば、そんな雑念は文字通り吹き飛んだ。放たれた対戦車
ロケットは何の躊躇いもなくOH-6のコクピットに突っ込み、直撃、爆発。胴体もローターも木っ端微塵に砕け散って、武装ヘリはその場で解体された。

「奴は逝っちまった。ナイスショット」
「時間を食ったな…急ごう。ティーダ、降りて来い。歩調を合わせてくれ」
「了解、大尉殿」

 仲間の声を聞きながら、ローチはRPG-7の発射機を投げ捨てた。やれやれ、撃墜したのは俺なのに。何だかあいつがみんなイイとこ持っていった気がする。






「やっぱりプランBはまずかったんですよ! BはバカのBですよ、もう!」
「ローチ、分かった、俺が悪かった、だからとりあえず今その怒りは敵にぶつけろ」

 煙幕の中で、男たちの怒鳴り声が響く。銃声と爆音に負けないくらいの声だった。そのくらい、ローチは現在の状況に怒りを覚えていた。マクダヴィッシュに八つ当たりするほどだ。彼も彼で
面倒くさいものを見るような眼をして適当にあしらい、煙の向こうにいる敵を撃つ。当たったのか当たってないのかは分からない。全て煙が邪魔していた。
 ヘリを撃墜し、敵の妨害を撥ね退けながら、ついにTask Force141は最上階に到達した。だが、ここで敵は最後の抵抗を試みた。ありったけのスモーク・グレネードで煙幕を張って、サーマルゴ
ーグルを装備した狙撃手を配置し、ローチたちの視界を奪ったその状態で一方的な銃撃を行ってきたのだ。おまけに、狙撃手の援護を受けて敵は勢いづき、煙幕の中を突っ切って進んで来る。
 絶対これあれだ、プランBで派手に爆破したからだ。気付かれたから敵に準備させちゃったんだ。畜生。見えない敵に向かって適当に銃撃しながら、ローチはとにかく煙幕を突っ切った。何しろ
敵は、ようやく煙が晴れてきたと思ったらまたスモークをばら撒いて来るのだ。立ち止まっていたらいつまでも撃たれる。そこで闇雲にでも進んだのだが、視界は限りなく悪い。後悔しようにも、
もう敵陣深く入り込んでしまっていた。
 ふと、煙の奥に誰かいる。敵か、味方か。こういう時、野戦であるなら合言葉を言うのだが。こっちが「スター」と言えば、相手は「テキサス」と言う。もし言わないなら敵であるから撃って
しまえ、と言う具合に。しかし、発声して位置がバレたら。ほんの一瞬の躊躇が、彼に前進を命じた。もっと近付いて確認しよう――煙を突っ切って、銃床を振りかざしながら突っ込む敵兵だった。
 ガッと、とっさに構えたM4A1に衝撃が走る。超国家主義者の振りかざした銃床を、どうにか受け止めたのだ。しかし、奇襲を受けたことでローチの動揺まではカバーし切れない。じりじりと押さ
れ、片膝をついてしまう。くそ、こんなところで固まってたら敵のいい的だ。サーマルゴーグルで狙われるぞ。
 パンッと銃声が響き、不安が現実になった。わっと悲鳴が上がり、ローチは姿勢をついに崩す。撃たれた。被弾はしてないが、足元に跳弾した弾は彼を驚かすのに充分なものだった。好機と見た
敵はすかさず追加の一撃を加えようと、また銃床を振りかざす。振り下ろされる質量、寸前で繰り出したキックがそれを弾き飛ばす。怯んだ敵兵はそれでももう一撃を加えようと――パンッ、とま
た銃声。しかし、今度は違う。橙色の、魔力弾が飛び込んできた。横からの思わぬ一撃に、敵兵はひっくり返って動かなくなった。直後に、白い煙の向こうから新たな人影。今度は味方だ、ティー
ダとゴーストだった。

「無茶するな戦友。ちょっとそこで伏せてろ」
「ティーダ、敵の位置を教えてくれ」

 二人はローチを助け起こすと、ただちに煙幕の向こうに各々銃を構えて銃撃開始。煙のカーテンに視界を遮られても、魔法使いには見えるのだ。ティーダの指示の下、ゴーストが銃撃。あっと
向こうで短い悲鳴が上がり、それが終われば次の目標をまた探して撃つ。敵の狙撃手はまさかこちらが見えているとは思わなかったことだろう。そのツケが今、魔導師の眼によって払われている。
 やがて、狙撃は止んだ。突っ込んでくる敵もついに力尽きた。今度こそ煙の中を走って、最後の扉に辿り着く。最初と同じように、ゴーストとティーダが片方を、もう片方をマクダヴィッシュ
とローチがやる。爆薬セット、起爆。一気に突入し、内部を制圧する。
 人質は全員無事だった。と言うのも、敵はいなかった。代わってびっしりと、C4爆弾が設置されていた。手を出せば爆破するつもりだったのだろうか、しかしその爆破する者がいない。二階に
上がって、真相を見た。起爆装置を持った敵兵が、ひっくり返って息絶えていた。おそらくティーダとゴーストのコンビに撃たれたのだ。

「司令部、人質を全員確保。回収地点Bに移動する」
「よくやった、ホテル6。これより米海兵隊が屋上のSAMを解体する。諸君は回収のヘリを寄越す、それに乗れ」

 また"B"か――ローチは苦い記憶が脳裏に広がるのを感じ取った。もうプランBは勘弁だな。お迎えのヘリはOH-6だった。先ほど撃墜したのと同じアメリカ製、今度は味方であったが。
 楽だったのは昨日まで。北の寒風に晒されるのを承知で、Task Force141はOH-6の外に剥き出しになった座席に腰掛けて移動する。
 対空ミサイルはこれで無力化した。次はいよいよ、『囚人627号』だ。






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最終更新:2012年08月11日 01:31