MW2_12.5

Call of lyrical Modern Warfare 2


第12.5話 休息と情報


SIDE 時空管理局 機動六課準備室
六日目 0730
宇宙空間 次元航行艦『アースラ』
ポール・ジャクソン 元米海兵隊曹長


 いくら屈強な兵士たちと言えど、結局は人間であることには変わらない。戦い続ければ疲れるし、腹も減るし眠たくもなる。ましてや大きな作戦を終えた後となれば、一晩くらいゆっくり休み
たくはなるものだ。それはジャクソンとて例外ではない。
 その日の朝、睡眠から目覚めた彼は、ここがいつも寝泊りしていた在ミッドチルダ米軍連絡所の自分の部屋ではないことに気付く。そうだ、あの部屋はもう引き払った。当分戻ることは出来な
いだろう。祖国アメリカから至急本国に帰還せよとの命令は届いていたが、ジャクソンはそれを無視し、この機動六課準備室に加わった。この戦争には単に管理局とアメリカだけの戦争に止まら
ない、何かがあると知らされたからだ。結果として、その判断は間違いではなかった。機動六課準備室は独自に情報を収集し、ついこの間まで同盟の関係にあった管理局とアメリカの仲を引き裂
いた者がいるという事実を突き止めたのである。
 もちろんそれはそれとして――ベッドから上半身を起こす。割り当てられた部屋は狭いが、一応一人部屋だった――彼女らと撃ち合う訳にもいかないからな。特に愛しの彼女とは。右手がベッ
ドの上を無意識に探るが、何も掴めない。視線をやれば、部屋には彼一人が残されていたことに気付く。残された。そう、もう一人いたはずだ。女性のものと思しき金の糸のような髪の毛が、枕
元に何本か抜け落ちているのが何よりの証拠だった。
 とりあえず、ジャクソンは野戦服を持ち出した。昨日の作戦で使用したものは洗濯に出したので、今日は予備の物だ。艦内で装具を身に着けるはずもないので、ずいぶん身軽な格好だと感じた。
 部屋を出て、通路を歩く。就寝前、目が覚めたならまずはブリーフィングルームに集まるように、との通達があった。腹はすいていたが、朝食は後でも食える。真っ先に目的地に向かった。扉
を抜ければ、すでに三人ほどがブリーフィングルームに集まっていた。

「あ、おはようございます、ジャクソンさん」
「おはよう、フェイト」

 挨拶の言葉をかけてきたのは流れるように綺麗な金髪が印象的の少女、フェイト・T・ハラオウンだった。歳は一五歳かそこらだと聞いているが、昨日の作戦、彼女の兄を取り戻す任務では囮役
を担った。ジャクソンは地面からしか見れなかったが、フェイトの魔導師としての強さは見ているだけでも強いと分かる。おそらくはベテランパイロットの駆る新鋭戦闘機にも匹敵、もしくはそれ
以上かもしれない。何にしても頼りになるが、微笑を浮かべて朝の挨拶をしてくる少女は、本当に見た目はただの女の子だった。

「おはようございます、ジャクソンさん。よく眠れました?」
「おはよう、タカマチ――ああ、おかげさまで」

 続いて、明らかに東洋人と見て分かる少女、高町なのは。日本人だと聞いていた。彼女もフェイトと同様、一見普通の女の子に見えるが、実際は昨日の任務でフェイトと共に収容所上空で派手に
暴れまわって囮の任務を立派に果たした。砲撃魔法を自在に操るらしく、時折収容所に降り注いでいた巨大な光の渦はどうも彼女が放ったものだそうだ。下手をすれば砲兵一個大隊分の火力をなの
は一人で賄えるのでは、と真面目に思う。

「朝から美人と挨拶できるとは幸運だ。そうは思わないか、ジャクソン」
「俺もそう思う」

 最後に、こいつは一目で自分と同じ軍人だなと分かる男と手馴れたように会話を交わす。ギャズという、地球のイギリス陸軍から機動六課準備室に参加した兵士だ。世界でも屈指と呼ばれる同国
の特殊部隊SASの出身であり、昨日の作戦ではジャクソンと行動を共にした。
 集合時間にはどうやらまだ余裕があったらしく、しばらく席に座って彼らは何気ない雑談を交わしながら暇を潰した。そこで得た情報によれば、どうも朝食はこのままブリーフィングルームに運
ばれてくるらしい。てっきりジャクソンは、昨夜遅い時間に食べた夕食が食堂であったことから、朝食もそこになるだろうと考えていた。
 やがてしばらくして、ブリーフィングルームに機動六課準備室の主要たるメンバーが集まってきた。先頭に立ってやってきた少女は、八神はやて。機動六課準備室の室長、実質的な指揮官である。

「やぁやぁ、おはようさん。昨日はみんなご苦労様やったな」
「あぁ、ケツが冷えて仕方なかったぜ。寒冷地での作戦はこれっきりにしてくれ」

 軽口で答える黒人兵士がグリッグ、ジャクソンの海兵隊時代からの戦友だ。はやてが苦笑いで返している。昨日の作戦、第四一管理世界"キャスノー"は雪と永久凍土に覆われた世界だったからだ。

「何だよ、あのくらいで。鍛え方が足りねーんじゃないのか?」
「うるさい、お子様は黙ってろ」

 ニヤニヤと文字通り子供のような笑みを浮かべながら、グリッグの軽口に横からけん制を入れたのがヴィータ。特に幼い外見をしてはいるが、戦闘能力は侮れない。

「一回シグナムの訓練に付き合ってみろよ。寒さなんか忘れるから」

 ヴィータに言われて、皆の視線がシグナム、と呼ばれた落ち着いた雰囲気の女性に集まった。「私か?」と彼女も彼女で、満更でもなさそうだった。グリッグがたまらずうへぇ、と言ってしまう
辺り、シグナムが普段どれほど鍛錬を重ねているのかは周知の通りだった。

「勘弁してくれ。女戦士アマゾネスと訓練なんて命がいくつあっても足りない」
「それはそれで随分な物言いだな」

 苦笑いするシグナム。ともかくもグリッグは彼女の訓練に付き合うのは本当に御免といった様子だった。それを見て皆が笑う。

「主、シャマルが遅れてきます。朝食の準備を手伝っているとのことで」

 最後に、狼が人間の言葉を発した。何も知らなければ驚くべきことだろうが、みんなこの狼のことは知っていた。ザフィーラという守護獣で、半獣半人という変わり者だった。寡黙だが、その分
淡々と必要なことはこなす。今この瞬間も、残り一名が遅れてくることをはやてに報告していた。
 「ほいたら、シャマルはまた後で話すとして」とはやてがブリーフィングを始める。昨日の作戦は成功した。その後の方針を、これから述べるのだ。

「まずは、クロノくんの奪還は成功。せやけどまだやっとスタート地点に立ったってだけやな」
「本局の報復強行派を抑えるには、さらなる手立てが必要か――手はあるんだろうな」

 ジャクソンからの問いかけに、はやては頷いて返す。それから宙に浮かぶ半透明のディスプレイ、魔法技術の結晶を展開させて、それを皆に見えるよう大型化した。液晶ともブラウン管とも異な
る画面に映し出されたのは、管理局のお膝元である次元世界ミッドチルダ、その首都クラナガンにある建物。

「中央放送局」

 フェイトが建物の名を言った。ミッドチルダ中央放送局、民放ではあるがラジオからテレビ、新聞、ネットとあらゆる情報伝達に必要な媒体を手にする一大企業だ。支社は他の次元世界にまで
及び、時空管理局とも提携して航海中の次元航行艦に貴重な娯楽を提供している。
 もっとも現在、その中央放送局は報復強行派の手によって抑えられていた。「正確に、ありのままに事実を伝えよう」という姿勢から今回の事態の発端となった臨海空港の虐殺事件でも、彼ら
はあくまで犯行現場にアメリカ人の遺体が残されていたこと、使用された銃器はアメリカ製であることだけを伝えた。他の局が『世論調査』と称してあからさまに報復を支持する中、中央放送局
だけはそうしなかった。だから強行派に抑えられたのだ。現在放送されるのは、ミッドチルダ市民にアメリカへの敵愾心を煽るものが中心だった。

「皮肉だな。事実を追うマスコミが扇動装置に早変わりか」
「戦争の最初の犠牲は真実ってな。今回も例外なくだ」

 ギャズの言葉に反応したグリッグだったが、皆から集まった視線は奇妙なものだった。「お前の口からそんな真っ当な発言が出るとは」とでも言いたげな。なんだよ、と黒人兵士は不機嫌そう
に言うが、誰も答えなかった。

「機動六課準備室は、次にこの放送局を奪還する」
「奪還して――クロノ君に、事実を話してもらう?」

 そういうこと、となのはの問いにはやてが肯定の言葉を返した。
 彼ら彼女らが奪還したクロノ・ハラオウンは提督という立場にあり、事実確認の追求を放置したまま報復を行おうとする強行派と違い、そもそも空港の虐殺事件を引き起こしたのは誰なのかを
掴んでいた。アメリカへの怒りで我を忘れて報復一色の世論に染まりつつあるミッドチルダに、一石を投じるのだ。市民からの支持が揺らげば、強行派もあまり強い行動には出れなくなるだろう。

「そのことなんだが――」

 唐突に、ブリーフィングルームの扉が開かれると同時に、若い男の声が響く。皆が一斉に振り返り、そして驚いた。先日救出されたばかりのクロノ・ハラオウンが、まさにそこにいたのだ。

「地球に協力出来そうな部隊があるようだ。ソープも参加してるらしい……何だ、死体でも見たような顔して」
「そういう訳ではないがな。いいのか、起きてて?」

 席から立ち上がり、ジャクソンがクロノの元に駆け寄った。昨日まで監禁状態にあった人間なのだ。命に別状はないと認められたものの、衰弱しているため療養が必要と診断されている。その
彼が、あろうことか付き添いもなしに一人でやって来たのだ。
 否、付き添いそのものは遅れてやって来た。扉の向こうから「ちょっと、クロノくん!」と若き提督を呼び止める声があり、すぐに"アースラ"主任オペレーターのエイミィ・リミエッタが姿を
見せた。おそらくは、病室から抜け出してきたのだろう。
 続けて、呆れた表情を浮かべながら白衣の女性が現れた。シャマルという、衛生と後方支援を担う守護騎士の一人だった。

「まったくもう。療養が必要だって言ってるでしょう?」
「分かってはいる。だが状況が状況だからね」
「男の人って何でみんなこうなのかしら。ねぇ、ジャクソンさん?」

 咎められても従う気のない様子を見せるクロノに、シャマルはジト目で、何故だかジャクソンの方を睨んできた。なまじ自覚があるだけ、たまらず屈強なはずの兵士は視線を逸らす。話題を変え
ようと考えて、先ほどクロノが言いかけた言葉を思い出す。

「それでクロノ、ソープが参加してる部隊ってのは?」
「あぁ、Task Force141というらしい。地球の各国軍隊の精鋭、それに管理局の首都防空隊からも優秀な者を集めて編成した部隊だ。彼らは今、例のテロの首謀者を追っている」
「Task Force141、ですか?」

 反応したのはシグナムだった。聞き覚えがあるらしい。詳しくは聞いた訳ではないが、と前置きして彼女は話す。

「その、首都防空隊から引き抜かれたという者の名前は聞いたことがある。ティーダ・ランスター一等空尉だ」
「あ、私も聞いたことあります。ランスター一等空尉、防空隊のエースって」

 同じ空戦魔導師ゆえか、なのはもその名に聞き覚えはあったようだ。Task Force141なる部隊の詳細はこの場にいる人間には誰も知らされていないが、ともかくその部隊が地球に実在し、管理局
の魔導師が指揮下に組み込まれているのは間違いない。
 フムン、とここではやてが、ブリーフィングルームの大型モニターのスイッチを操作する。投影されるのは地球、その北米大陸。画像が大きく拡大されていき、アメリカ東海岸を映す。各地で
黒煙が上がり、戦場となっているのがはるか高空からでも確認できるほどだった。

「行ってみよか、地球に。そのTask Force141とやらが、本当にクロノくんの言う通り、例のテロの首謀者を追っているなら、共同戦線を築けると思う」
「"アースラ"なら地球の衛星軌道上まで一日もかからないよ。もちろん、どこかで補給の必要はあるけど」
「せやったな…あぁ、そこは大丈夫。ミスターRとミスRが用意してくれるやろうから」

 ん? とその時、クロノが首をかしげる。エイミィの声に反応したはやての言葉の中にあった、ミスターRとミスRという単語に反応したのだ。

「何者なんだ、そのミスターRとミスRは」
「クロノくんもよー知っとる人よ。特にミスRは」

 誰だ、とクロノが視線を宙に泳がせて、答えを求める。誰も目を合わそうとしてくれなかった。面白そうに笑うだけで。
 一人だけ釈然としない様子のまま、ブリーフィングルームに朝食が運ばれてきた。時間がないゆえ、このまま現状確認と今後の方針について細かい打ち合わせを行いながらの食事となる。もっと
もそれだけでは息が詰まるので、多少の雑談も交えながらだった。
 ジャクソンの元にも、朝食が運ばれてきた。焼いたトーストとミルクをかけたシリアル、ハムとベーコンのスクランブルエッグ。食事は各自の嗜好や好み、出身地に合わせたメニューとなって
いた。なのはやはやてはご飯と味噌汁だったし、フェイトはサンドイッチだった。同じアメリカ人のグリッグはドーナッツとミルク、イギリス人のギャズは目玉焼きに揚げパン、そして欠かせな
い紅茶。隣の席の者と異国の朝食を比べあったりして、楽しい朝食だった。
 ところで、ジャクソンの隣に座ったのはシャマルだった。二人は恋人関係にある。

「はいジャクソンさん、あーん」
「…シャマル、皆が見てる」
「見せ付けてあげればいいんですよ。あーん」
「それもそうか。あーん」

 っけ、と誰ともなく呟いた悪態の声がブリーフィングルームに響くが、二人の耳には届かない。そうでなくとも、二人は自分たちの空間を築き上げ、もはや何者の侵入も許さない様子だった。

「そのスクランブルエッグ、私が作ったんですよ」
「あぁ、それで朝起きたらもうベッドにいなかったのか。美味いよ。昨日の君と同じくらい素敵だ」
「やん、もう、ジャクソンさんったら」

 うぇ、と気持ちが悪そうな声が上がる。二人に一番近かったヴィータが、たまらず口元を押さえていた。「カニの食べられないところみたいな味がする…」と力のない声で呟き、自分が一口だ
け食べたスクランブルエッグを指差して。どうやらシャマルが作ったものらしい。

「ちょっとー、二人ともー、その辺にしいやー」
「はぁ…私もユーノくんに会いたいなぁ…」
「な、なのはには私がいるよ!」
「俺知ってるぜ。あの二人を日本語で"リア充"って言うんだ」
「グリッグ、余計なことを言うな。紅茶がまずくなる…」

 朝から甘ったるい光景を見せ付けられて、"アースラ"の士気は一時的に低下したとかしていないとか。
 ともかくも一路、機動六課準備室は補給を受け取るため、そしてTask Force141との接触のため地球へと向かう。



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最終更新:2012年11月25日 14:15