MW2_16 後編

SIDE Task Force141
六日目 1546
グルジア・ロシア国境付近
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 制圧されたロッジを隅々まで探索したが、ついにマカロフが潜んでいることはなかった。敵の死体をひっくり返してみるが、やはりマカロフの死体はない。元より二分の一の確率でしかなかったが、マカロフはこのロッジにはそもそもいなかったということである。
 そう結論付けたところで、ならばもう片方にはいるかもしれない、とTask Force141の誰もが思った。情報によればマカロフが潜伏しているのはこのロッジか、それともアフガニスタンであるとされていた。そのアフガニスタンには、プライス大尉とマクダヴィッシュ大尉からなる残り半分のTask Force141が向かっている。
 あまりいい気分はしないがな、と悔しそうに呟くゴーストの声を、ローチは聞き逃さなかった。彼は、プライスのことを快く思っていない。はっきりと言えば、信じていなかった。ゴーストにしてみれば、プライスはロシアの潜水艦に突入し、独断で核ミサイルを発射させた男でしかない。その意図が東海岸上空に居座る管理局の次元航行艦隊の殲滅と降下部隊の装備壊滅だったと理解してからも、やはり彼はプライスのことが気に入らないようだった。
 それでも確認はどうしても必要であり、ゴーストもその辺りは理解してか通信機のスイッチを入れる。

「こちらゴースト、こっちは外れだ。プライス大尉、そちらはどうです?」
≪外れだ。傭兵が五〇人ほどいるが……マカロフは見当たらん≫

 誰のものともなく、ため息が聞こえた。こちらは数名の戦死者も出しているのに、肝心の目標がどちらにもいなかった。情報が間違っていたとしか言いようが無い事態だ。
 しかし、まったく収穫がない、ということでもないのもまた事実だった。ゴーストがちらりと目配せすると、彼の隣にいたスケアクロウという兵士がチェストリグのポーチからデジタルカメラを取り出す。レンズが向けられた先には、ロッジのリビングにあったテーブルだった。その上には地図、名簿、取引記録、ありとあらゆる情報が無造作に放置されている。

「情報ならここに。このロッジはお宝だらけだ、今スケアクロウが写真を撮っている…」
≪ゴースト、シェパードだ≫

 通信に割り込みが入った。Task Force141の創設者にして最高司令官、シェパード将軍だ。

≪そこにある情報をかき集めろ。名簿、取引記録、地図、コンピューターの記録、全てだ≫
「了解。すでに取り掛かっています。もう奴に逃げ場なんてありませんよ」
≪そうだろうな…五分後に回収部隊が出動する。データを持ち帰れ、以上≫

 通信終了。通信機を元に戻したゴーストは、それからてきぱきと指示を下す。

「ローチ、DSMをコンピューターにセットだ。隠しファイルまで根こそぎ頂くぞ」
「Zipで保存しますか…冗談です、やりますよ」

 指揮官に睨まれて、ローチはいそいそとデータ転送用のDSMを目の前にあったデスクトップのPCが並ぶテーブルにセットした。電源を入れればあとは機械が勝手に中身を引っこ抜いてくれる優れものだ。問題は引っこ抜く中身がどれほどの容量を持っているかだが、作動音を聞いているとどうにもその辺りは芳しくない。ちょうど重いファイルをネットからダウンロードしている途中のPCのようだった。これはしばらく待つ必要がありそうだ。
 ふと、魔法使いのティーダが写真を撮っていたスケアクロウに断りを入れ、テーブルの上にあった地図をじっと見ているのに気付く。DSMから離れて、ローチは戦友に近付いた。

「よう、どうした」
「見ろよ、これ」

 地図を指差す魔法使いの声に、少なからずの怒りを感じたのは気のせいではなかった。ティーダの睨むような視線も、地図を見ればすぐに分かる。そういう代物だったのだ、彼が見たものは。
 地図は、ミッドチルダ臨海空港の詳細な見取り図だった。赤いラインが引かれており、どう進み、どう動くのかが記されていた――誰が進む? 誰がこんなものを必要とした? 決まっている、マカロフだ。奴はこのロッジで、あの虐殺テロを計画したに違いない。
 赤いラインはいずれも、空港内で人通りが多いと予想出来る場所を通過する形で引かれていた。それもそのはずだ、奴らの目的は潜入ではなく、こそこそと爆弾を設置することでもない。全て、空港にいた民間人を皆殺しにするため。
 ローチは眼で赤いライン、奴らが進んだであろう道筋を追う。始まりは手荷物検査場から。エスカレーターを進んで飲食街を抜けて、ロビーへと向かう。そこで行われたであろう虐殺の
光景が、自分はその場にはいなかったはずなのに、まざまざと脳裏に浮かぶ。悲鳴を上げ、逃げ惑い、殺されていく人々。人の情など欠片も残していないように、表情を一片たりとも変えないマカロフによって行われる殺戮行為。そこから始まった、唯一残ったアメリカ人の遺体によって起きた戦争。

「……終わらせよう、早く。そのためにもここの情報が必要だ」
「分かってる」

 おそらくは、Task Force141でもっとも虐殺テロに強い憤りを抱えているであろう魔導師はそれだけ言って、テーブルを離れた。足取りは早く、何か強い決意を感じさせるものだった。
 と、その時である。パサッ、と軽い音がローチの耳に入った。振り向けば、床に小さな手帳が一つ落ちていた。拾ってみるが、名前が書いてない――いや、どこかで見たことがある。誰だったか、ヘリの機内で手帳にペンを走らせていた奴が一人いたような気がする。
 あれは確かリオデジャネイロに行く途中で、と思考が記憶を掘り起こそうとして、その寸前で通信が入る。

≪こちらスナイパーチーム、敵が来るぞ≫

 ロッジ内の兵士たちが、一斉に顔を上げた。

≪多い、多いぞ…一個中隊以上はいるな。ローター音も聞こえる、ヘリもだ≫
「スナイパーチーム、ストライクチームだ。ロッジに来い、合流しろ」

 ゴーストが通信機で指示を飛ばし、振り返る。言われずとも誰もが理解していたが、指揮官は改めて指示を下す。

「おそらくロッジにある情報が俺たちに奪われるのを防ぎに来たんだろう。最悪でもDSMだけは守り通せ、行くぞ。配置に就け、地雷と機関銃を用意だ」

 一気に慌しくなった。敵が大勢やって来る。それに対して、Task Force141はいくら精鋭と言えど、わずか一個分隊程度の戦力しかない。回収部隊の到着まで、なんとしても持ちこたえねば。
 ここらがいよいよ、この戦争の山場かな――地雷設置へと急ぐローチは、頭の片隅でそんなことを考えていた。





 敵が襲来するまでの時間は、ほんのわずかなものでしかなかった。Task Force141が築いた防衛ラインは、短い時間の中で築かれたものとしては精一杯のものだった。
 来たぞ、と合流したギリースーツ姿のスナイパーチームの隊員が知らせた途端、全員がロッジ及びその周囲にて各々が伏せ、物陰に隠れ、銃を構える。彼らの視線の先には、警戒しながら接近してくるマカロフの手下たちの姿があった。
 ローチはロッジの一階、リビングにある窓から敵の様子をACRのダットサイト越しに伺っていた。距離は三〇〇メートルほどに縮まっており、とっくに山を下ってくる超国家主義者たちは射程に入っている。それでも撃たないのは、指揮官の号令がまだ出ないからだ。横目でチラッとゴーストを見れば、彼も窓から敵の様子を伺っている。
 待て、まだ撃つな――ゴーストの無言の命令を、心の中で発して自分に刷り込む。引き金に指をかけていたローチだが、力は入っていなかった。
 窓の向こう、ロッジに迫る敵兵が足を止めた。彼らの道行く先に、何かが置いてあったのだ。警戒を強めて、敵はそれを調べる。放置してあったのは、最初にTask Force141に待ち伏せ攻撃を仕掛けてきた敵兵の死体だった。映画でよくあるように、その死体を裏返すと手榴弾が仕掛けられており、爆発する。ローチたちの用意した罠は、しかし見破られた。敵兵たちはかつての仲間の骸を慎重に裏返し、出てきた手榴弾に驚くことなくピンを握り、遠くに投げ込んだ。ドンッと離れた位置で手榴弾は起爆するも、土砂を巻き上げただけで何も傷つけられなかった。罠を処理した超国家主義者たちは、ロッジに向かって再び前進を開始。
 ここで初めて、ゴーストが動いた。通信機のスイッチを入れて、首元のマイクに向かってただ一言言い放つ。

「オゾン、やれ」

 直後、連続した轟音が立て続けに鳴り響いた。山を揺るがすかのような勢いで起爆したのはクレイモアという地雷だった。七〇〇個の鉄球とC4爆薬が内蔵されており、爆発すればそれらが一斉に二五〇メートルに渡って破壊と殺戮の限りを尽くす。今回はロッジの外で隠れていたTask Force141隊員のオゾンによるリモコン操作による起爆だった。
 先頭を歩いていた敵兵たちは、クレイモアの洗礼を一身に浴びる羽目になった。爆風で吹き飛ばされ、鉄球で肉を食い破られ、巻き上がった土砂すらもが加速し、砂の一粒さえもが凶器となった。ズタズタに引き裂かれた彼らの中に生存者はなく、後から進んでいた敵兵たちは前進停止を余儀なくされる。

「撃て! 撃て! 撃て! 射撃開始!」

 ゴーストはこの時を待っていたのだ。囮の手榴弾で敵の注意をそちらに逸らし、安心させたところでクレイモアの一斉爆破で出鼻を挫く。動きが止まったところで、ありったけの火力を撃ち込む。幸い、弾薬は豊富にあった。ロッジの地下に、多種多様な武器弾薬が保管されていたのだ。
 照準の必要は無かった。ローチはとにかく銃口を敵がいる方向に向けて、引き金を引いた。ACRが火を吹き、薬莢が弾け飛び、弾丸が放たれる。発砲を開始したのは無論、彼だけではなかった。
ロッジの内外に伏せていたTask Force141の全隊員が、一斉に銃撃を始めたのだ。敵兵はバタバタと倒れていった。
 カチンッ、と小さく銃が断末魔を上げる。弾切れだった。ただちに窓から離れたローチは空になったマガジンを外し、ダストポーチに投げ込むと新たなマガジンをチェストリグに装着していたマガジンポーチから取り出す。リロード、再装填。銃が息を吹き返す。時を同じくして、ゴーストが前に出て敵を迎え撃っていた兵士たちに後退の指示を下していた。回収のヘリが来るのだから、ラインの維持にこだわる必要はどこにもない。とにかくDSMがデータのダウンロードを終えるまで、ロッジに敵を入れなければよいのだ。その後はひたすら後退し、敵の攻撃を凌げばよい。ヘリがこちらを回収してくれるはずだ。
 命令通り、ロッジを出て玄関の方角で待ち伏せしていたTask Force141の隊員が数名、後退を開始する。と、その時、銃声が響いた。同時に悲鳴も。ローチが窓から下を見下ろせば、味方の一人が撃たれていた。周囲の仲間たちが彼を引っ張ってロッジの中に連れ込み、それを残った数名が銃声のした方向に向かって撃ちまくる。

「ゴースト! 一人やられた! 意識不明、手当てが必要だ!」
「地下に運べ、手当ては今は最低限だ! ティーダ、診てやれ!」

 精鋭部隊だけあって、Task Force141は衛生兵ほどではないにせよ、全員がある程度の応急処置の技術を持っていた。ましてや魔導師のティーダなどは、得意分野ではないと本人は言いつつも治癒の魔法が使える。比喩ではなく、本当に治癒魔法が使えるのだ。しかし、そのための時間は今は無い。撃たれたということは、一度打ちのめしたはずの敵が盛り返してきているのだ。
 ローチは窓から銃口を突き出し、敵を探す。いた、自分たちが出発した辺りからだ。ぞろぞろと、数えるのも嫌になるくらいの敵兵たちが銃を手に、山を降りて森林を抜けて迫ってくる。潰した敵兵たちは、ほんの尖兵に過ぎなかったのだ。
 パリンッと窓が割られて、ワッと思わず悲鳴を上げる。慌てて伏せると、ピュンピュンとすぐ頭の上を銃弾が掠め飛んだ。敵がいよいよ本腰を入れてロッジに攻め入ってきた。怯んでいる場合でないのは明白だった。ACRを持ち上げて、銃口だけを窓の外に突き出し、撃ちまくる。せめてもの抵抗だったが、果たしてどれほどの効果があったものか。敵の銃撃は勢いを増し、ロッジの窓と壁は銃弾の雨に晒された。
 くそ、と悪態を吐き捨てて、彼はDSMを見た。ダウンロードはまだ終わらないのか。確認してみれば、数値は五〇パーセントにも達していなかった。どうした不ッ細工、もっと頑張れと喝を入れるが機械は無口だった。どうあっても、敵を止めるしかない。
 撃ち切ったマガジンをダストポーチに放り込み、再びリロード。必死に撃ち返しているゴーストに、鳴り響く銃声に負けないよう大声で声をかける。

「ゴースト! 俺が前に出ます! 敵の前進を食い止める!」
「一人で行っても無意味だろうが! ティーダ、手当てはどうなってる!?」

 ゴーストも負けずと大声で返事をして、首元のマイクに向かって同じく大声で怒鳴るようにしてティーダを呼ぶ。彼は地下で負傷した味方の手当てに当たっていたはずだ。

≪手当ての必要なんてあるか! 死体は甦らせられないぞ! 今そっちに行く!≫

 駄目だったか。仲間が一人死んだ事実に打ちのめされそうになるが、しかしローチの闘志は折れなかった。ここで諦めれば、死んだ仲間の犠牲が無駄になる。マカロフは生き延び、その分死体は増えるだろう。
 地下から階段を使って上がってきたティーダが、ロッジ内に飛び込んでくる銃弾を避けて飛び込むようにして彼らの元にやって来た。ゴーストは彼にローチの突撃を支援しろと伝え、それから他の兵士たちにもとにかく今は踏ん張れ、と命じる。

「頼むぞ、ローチ。生きて帰れたらビールの一杯でもおごってやる」
「ラガーで頼みますよ、キンキンに冷えたやつ」

 ハッ、と指揮官が笑い、自分のチェストリグにあったマガジンポーチからマガジンをいくつかローチに渡す。彼はこれから、敵の真正面に自ら飛び出るのだ。

「ティーダもな。戻ったらまずはロンドンだ」
「フィッシュアンド何とかって料理があったろ、あれを頼むよ」

 フィッシュ&チップスな、と故郷の料理の名前をゴーストが訂正する。ティーダがその答えを聞いたのかは定かではない。ローチがすでに駆け出し、ティーダもその後を追ったからだ。
 残されたゴーストは立ち上がり、飛び交う銃弾を前にして怯むことなく銃を構え、窓の外に向かってありったけの銃弾を叩き込んでいった。





 銃撃戦を避け、裏口から出たローチとティーダは木と生い茂った草で身を隠しつつ、ロッジへの銃撃を続ける敵軍に近付いていた。超国家主義者たちが最初、ローチたちを迎え撃った再に待ち伏せしていたのを、今度はローチたちがやるのだ。精鋭とはいえたった二名では出来ることなどたかが知れているが、放っておけばロッジにまで敵は踏み込んでくるだろう。出来る限りのことをするしかない。
 木の陰に一旦身を寄せたローチは、わずかに首だけを出して敵兵たちの様子を伺う。数は二〇名から三〇名といったところか。いずれもロッジに向けて銃撃しては前進を繰り返しており、ゴーストたちが撃ち返しているのであろう飛来する弾丸には怯みもしない。数の優位が、奴らの思考から後退や停止と言った二文字を消しているのだ。
 ローチは後ろで同じように隠れているティーダに向けて、合図をする。せっかく敵の側面に気付かれることなく回りこめたのだ。無線といえども声は極力出したくない。指だけで意思疎通を行い、相棒の魔導師に作戦を伝える。彼は最初、ローチの提案した作戦に否定的な表情を見せていたが、「やれ」と指で言われると、渋々ながら頷いた。ティーダが危険に晒されるのではない。ローチが危険な行動を、あえて行うからだ。
 ACRのマガジンを交換し、残弾を確認。ゴーストが渡してくれたものを含めて、残ったマガジンは三〇発入りが五つだ。これを撃ち尽くせば、あとは敵のAK-47と比べれば頼りない拳銃のみとなる。それでもローチは飛び出した。側面を曝け出す敵兵たちに向かって、たった一人で攻撃を仕掛ける。
 照準を合わせ、引き金を引く。薬莢が弾け飛び、銃弾が放たれる。側面からの奇襲は、数で勝るはずの敵にとってその優位性を覆すものだった。たった一人の兵士の銃撃に、たちまち何人もの敵兵たちが撃ち倒されていく。
 カチンッと銃が小さな断末魔を上げたところで、彼は素早く木の陰に身を寄せた。直後、反撃の弾丸が彼の隠れた木に一斉に浴びせられる。太い幹は銃弾からローチの身体を守ってくれたが、それでも何発かは表皮を削り取り、彼の身体を掠めた。自ら立案した作戦である以上今更引けないのだが、ローチは恐怖に染まった短い悲鳴を上げるのを我慢できなかった。

「ティーダ、撃ちまくれ!」

 聞こえたかどうかは定かではない。だが、きっと彼の意思は届いていたのだろう。上空から、木の枝に生える葉を軒並み吹き飛ばすような勢いで、文字通りの魔法の弾丸の雨が放たれていった。側面からの奇襲を受け、しかし即座に立て直してローチを狙っていた超国家主義者の奴らも、今度ばかりは何も抵抗できなかった。貴重なカートリッジをロードし、魔力を爆発的に高めたティーダの射撃魔法の弾丸が、機関砲の如く降り注いだ。逃げることもままならず、敵兵たちはほとんどが弾丸を浴びて倒れていく。もっとも彼らは幸運な方だった。魔導師は例え敵でも人命を奪うのをよしとせず、非殺傷の設定をかけていたのだ。弾を喰らえば、数時間は起きないだろうけども。
 嵐のような上空からの銃撃が終わると、葉の無くなった裸の木の枝の間を縫って、ティーダがローチの傍に下りてきた。「ナイスコンビネーション」と疲れた笑みで褒めるローチだが、ティーダは拳銃型デバイスを構えたまま、警戒を解こうとしない。

「気のせいならいいんだがな。下りる直前、嫌な音を聞いたんだ」
「嫌な音ってどんな」

 兵士の問いかけの答えを、空は用意していた。ブレードが風を切り裂く音。ヘリのローター音が、猛スピードでこちらに近付きつつある。これだよ、と魔導師がデバイスから用済みとなった空のカートリッジを吐き出し、機械音を鳴らして排出させる。
 見上げれば、飛来したのはMi-28攻撃ヘリ。NATOコードネームで『ハボック』と呼ばれるこの機体は、前継機であるMi-24ハインドと違って兵員輸送能力がない分、より高度な攻撃力を保有している。例えば、機首の三〇ミリ機関砲など――冗談じゃない、とローチは駆け出した。あんなものに撃たれたら、木に隠れていても丸ごとミンチにされてしまう。しかも、よりにもよってMi-28の機関砲は、まさしくローチたちに向けられていた。
 炎を煌かせて、機関砲が放たれる。大地を削り取る勢いで弾丸が破壊の限りを尽くし、腕より太い幅を持つ木々が易々と折れていった。情けない悲鳴を上げながら走って逃げるローチは、ほんの周囲数メートルに降り注ぐ弾が当たらないのが奇跡に思えた。一瞬一瞬が全てそうだった。
 ふと、ティーダがいない。どこに行ったんだアイツ。まさか、と考えたところで逃げながら周囲を見渡すが、死体は見当たらなかった。代わりに上を見ると、上空に飛び上がった人影らしきものが見えた。あの魔法使いは、攻撃ヘリに空中戦を挑む気なのだ。
 普通に戦えば、ミッドチルダの首都航空隊のエースであるティーダが負ける要素はどこにも無かったはずだ。ましてやMi-28のパイロットにとって、敵はこれまで対決した経験がないであろう魔導師である。しかし、敵機の機動は巧妙だった。ティーダが放つ魔力弾を回避するばかりか、後ろを取って機関砲による銃撃を浴びせかけるような真似をやってのけた。
 クソ、とローチは片方の耳に突っ込んだイヤホンに、魔導師の苛立ちの声を聞いた。銃声が空で鳴り響き、間違いなく魔力弾は敵機に命中しているのだが、Mi-28は落ちない。ローチにとっても、攻撃ヘリという機種との対決は初めてだった。

≪ローチ、ほんの少しでいい! こいつの気を引いてくれ!≫

 気を引くって、お前――ACRを撃ったところで、Mi-28がこちらに振り向くとは思えなかった。もっと強力な、敵機のパイロットに「こいつを放置すれば撃墜される」と一瞬で分かるような武器が必要だった。ローチは見るも無残な光景になった山の倒れた木々を見渡し、哀れにもその下敷きになっていた敵兵たちの装備を見つけた。そうだ、もしかしたら。駆け出し、大急ぎで武器を漁る。やはりあった。RPG-7対戦車ロケット。弾は一発だけだが、命中させる必要はないのだ。とにかく敵機に向けて撃てばいい。
 敵から奪ったロケットを担ぎ、ローチは空を見上げた。魔導師と攻撃ヘリの空中戦はまだ続いている。今助けるからな、とRPG-7を構え、Mi-28に向ける。当てるつもりはなかったが一応の照準を行い、引き金を引く。発射。尻を引っ叩かれたような反動があって、白煙を吹きながらロケットが空に向かって撃ち上げられる。
 驚いたのは敵機のパイロットだろう。いきなり、真下から味方が持っているはずのRPG-7を撃たれたのだから。風に弱いロケットの針路は当たらないと分かっていても、回避機動を取らせるのに充分過ぎるほどの恐怖を含んでいた。結果としてRPG-7はMi-28から大きく逸れて飛び去っていったが、代わりに何かが飛び込んできた。ティーダだった。あろうことか敵機に飛び付き、スタブウイングにしがみ付いてしまっている。
 敵機は取り付いた魔導師を振り落とそうと急機動を繰り返すが、ティーダは離れない。大地から祈るような気持ちでそれを見ていたローチは、魔導師が手に持つ拳銃型デバイスに何かを装填させるのを目撃した。彼は知る由もなかったが、ティーダはこの時最後のカートリッジをデバイスに装填していたのだ。そいつをMi-28のエンジン部に押し付け、引き金を引く。一際大きな銃声が響き、直後、ティーダは空中へと投げ出された。
 一方、エンジンを撃ち抜かれたMi-28の末路は悲惨なものだった。パイロットは必死に機体を立て直そうとしたに違いないが、心臓にも等しいエンジンを撃ちぬかれているのでは手の施しようがない。グルグルと制御が利かなくなった機体は急激に高度を落とし始め、見えない手に引っ張られるようにして地面へと落ちていった――ローチの方向に。

「嘘だろ、おい」

 黒煙を引きながら落ちてくる敵機の姿を見て、ローチは走り出すと同時に呻いた。倒木を乗り越え、草を踏み倒し、少しでも墜落するMi-28から離れようとする。数秒後、背後で轟音が鳴り響いたかと思うと、彼の姿は巻き上がった土煙に紛れ、見えなくなっていった。





SIDE Task Force141
六日目 1627
グルジア・ロシア国境付近
ティーダ・ランスター一等空尉


 いかど空を飛ぶことを本業とする空戦魔導師といえど、空中で思い切り遠心力をつけられた状態で放り投げられれば、慌てもするし着地も上手く行くはずもない。
 Mi-28に最後のカートリッジを使った大口径高威力の魔力弾を零距離で撃ち込み、撃墜したティーダだったが、その身体はロッジの窓を突き破る形でゴーストの元に帰還を果たした。無論、窓に突っ込む直前に何とか制動を利かせたものの間に合わず、窓を割った後は即座に床に叩きつけられる羽目に陥ったが。

「ティーダ!」

 驚くゴーストだったが、仲間が目の前に吹き飛ばされてきたとあっては助け起こすのが当然だった。声にならない悲鳴を上げて動けないでいる魔導師に手を差し伸べ、肩を貸してどうにか起こす。

「ゴースト……ローチは……っ」
「通信は途絶えたままだ。オゾンもスケアクロウもやられた、残っているのは俺たちだけだ――いい、喋るな! 回収のヘリがもうすぐ来る!」

 みんな死んだ。ローチも、オゾンもスケアクロウも、他の皆も。最強の精鋭部隊Task Force141の戦力のうち、半分が戦死した。あの攻撃ヘリは強敵だったが、あれに気を取られすぎたのだ。半ば強引にロッジから連れ出されるティーダは、己の無力感を嫌というほど味合わされた。
 しかし、彼を連れ出すゴーストの眼はそのコールサインと対照的に、まだ光を失っていなかった。サングラス越しに見える瞳には、何がなんでも生きて帰るという強い意思の炎が宿っていた。マカロフの持つ全ての情報を引き出すDSMを持って、帰還する。そうなれば、今度こそマカロフに逃げ場はない。生き延びて、奴を討つことこそが、死んでいった奴らへの出来る限りの手向けだった。
 そのDSMはと言えば、すでに設置されたコンピュータからのデータの吸出しは完了していた。すぐ傍に弾切れになった銃を握ったまま息絶えているTask Force141の隊員の遺体があった。スケアクロウだ。認識票だけでも持って帰ってやるべきだろうが、動けない重傷者であるティーダのほかにまともに戦えるのはゴーストだけとなれば、そんな余裕すら無かった。すぐ近くで、ロシア語の怒鳴り声が聞こえる。追っ手がもうそこに迫っていた。DSMのみゴーストが回収し、持っててくれとティーダに渡す。
 ゴーストに連れられ裏口よりロッジを出たティーダは、一度仰向けの形にさせられ、そこから引きずられる形で回収地点へと運ばれていった。ふと、彼はさっきまで手にしていたはずの拳銃型デバイスがないことに気付く。どうやらヘリから放り出された際、不覚にも手放してしまったらしい。諦めようとしていたところで、先ほど出たばかりのロッジの方向に何かが蠢いているのが見えた。まずい、敵だ。

「敵だ……ゴーストッ、敵がそこに……」
「何だと、クソ!」

 ロシア語の怒鳴り声が聞こえたのと、ゴーストが一旦ティーダの身体から手を放したのはほとんど同時だった。地面に横になったティーダは、ゴーストがACRを構えて発砲するのを見て、デバイスを手放したことを後悔した。何か武器があれば、この身体でもまだ適当に撃ちまくることは出来るのに。何か無いか、と本能的に手元を探る。固く冷たい金属質の何かに指が触れた時は、思わず神の存在を信じそうになった。AK-47、ロシア製の自動小銃だ。敵が落としていったものに違いないだろう。完全な質量兵器であり、管理局員がこのような兵器を使うのは禁じられているが――構うものか。今は生き残ることだけを考えろ。
 AK-47を手に取ったティーダは、痛みを堪えながら何とか銃口を敵に向けて、引き金を引く。照準も何も無いデタラメな射撃だったが、撃たないよりはずっとマシだ。ティーダが撃ち始めたことで、ゴーストは彼を引きずりながらの後退を再開出来た。
 デタラメな銃撃で敵を威圧しながら、ティーダは視界の片隅に自然のものではない妙な色をした煙が上がるのを見た。赤色のスモーク。ゴーストが何か言っている。サンダー2-1、林の切れ目に赤いスモークを焚いた! 掃射してくれ!
 痛みのあまりか、ぼやけがちになってきた視野と聴覚でも、はっきり見えたし聞き取れた。小型のヘリがゴーストからの通信を受け取るなり背後から飛び出してきて、卵みたいな外見に似合わない凶暴な音を立てる機関砲で、迫る敵を薙ぎ払っていく。圧倒的な火力差の前に、追い迫っていた敵兵たちは後退を余儀なくされていた。

「さぁ、立つんだ!」

 促され、AK-47を放り投げたティーダはゴーストの肩を借りて立ち上がった。引きずられるような形は相変わらずだが、山の斜面をかろうじて歩いて下ることは出来た。背後では味方が敵の追撃を塞いでいる。もう敵に撃たれることはないはずだ。
 斜面が終わると、回収地点に辿り着いた。すでにヘリが待機しており、見覚えのある軍服姿の男が護衛を伴い、ティーダたちを待っていた。ティーダは軍服の男の名前を知っている。シェパードという、Task Force141の司令官。マカロフを討った後の次に、弾丸を撃ち込むかもしれない男。

「DSMは確保できたか?」
「ここに!」

 まともに受け答えの出来ない魔導師に代わって、ゴーストがシェパードからの問いに答えた。ティーダの懐に隠してあったDSMを受け取ったシェパードは、その厳つい表情にほんの少しだけの笑みを見せた。その微笑が、酷く歪んだものに見えたのは、決してティーダの気のせいではなかった。
 銃声が響く。何が起こったのか分からなかった。ただ、目線を下げれば、どういう訳か自分の胸にぽっかりと穴が開いていて、中からどろりと赤い血が噴出し、リボルバーを持ったシェパードが――

「何を…!?」

 咄嗟の防衛本能で銃を構えようとしたゴーストの動きも、間に合わなかった。シェパードの持つリボルバーの銃口が彼の眉間に向けられ、銃弾がゴーストの額を撃ち抜いた。
 何だ。いったい何が起こったんだ。俺とゴーストは、任務を果たした。大勢の犠牲を出して。オゾンもスケアクロウも、皆も、ローチも死んだ。だがDSMは守りきって、シェパードに渡した。なのに、何故。
 全てをティーダが悟った時、全てが遅かった。DSMは持ち去られ、撃たれた二人は放り投げられ油をかけられた。まだティーダの意識はあったというのに。咥えていた葉巻を投げ捨て、火を点けたのは他ならぬシェパードだった。
 やはり、奴だったんだ。この戦争は、マカロフ一人の手で始まったんじゃない。シェパードも、加わっていたのだ。最初に討つべきは、奴だった。しかし、彼には手段も、そして時間も残されていなかった。身を焼かれる最中、最後の力を振り絞って遺せた言葉は、唯一の家族、妹の名と、謝罪だけ。

「ティアナ、すまん――お前の兄貴は、帰れない」





SIDE Task Force141
六日目 1635
グルジア・ロシア国境付近
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 嘘だ。嘘だ嘘だ、嘘だ。こんなの嘘に決まってる。どうしてゴーストが、ティーダが。シェパード将軍、嘘だ。嘘でなけりゃ悪夢か何かだ。
 どれだけ目の前の事実を否定しようとしても、それは事実だった。ローチは、二人が撃たれ、焼かれていく瞬間を、ただ見ているしかなかった。墜落したヘリの残骸に巻き込まれかけ、それでもかろうじて生き延びれた矢先、この事実だ。受け入れられないのも、無理は無い。
 俺はどうしたらいいんだ。俺は、どうしたら。銃を持って、仇を討つべきなのか。最初に思いついたのはそれだったが、しばらく森の陰からシェパードたちを監視し続けていると、それは無理だと分かった。黒い服を着たシェパードの護衛、否、私兵と呼ぶべき兵士たちが、ロッジの中から何かを運んでいる。死体だった。それも敵ではなく味方の。Task Force141の兵士たちが、本当に全員戦死したのかを確かめているのだ。
 兵士の一人が、「数が合わない」と言っていた。作戦参加者のうち、あと一人だけ死体が見つからないと。報告を受けたシェパードが、「では探せ」と指示を出していた。全員が戦死してもらわなければ困る、とも言っていた。ただちに私兵たちが銃を手に、山へと入っていった。つまり、ローチを探しに。この時点で彼は、降伏しても命は助からないことを悟った。シェパードにとって、Task Focre141はすでに邪魔者なのだ。
 彼は、逃げ出した。今は逃げなければ。一刻も早く安全な場所に行き、アフガニスタンにいるマクダヴィッシュ大尉とプライス大尉に知らせるのだ。安全な場所、どこにそんなものがある?

≪ゴースト! ティーダ! 誰か応答しろ、こちらプライス! シェパードの部隊に襲われている!≫

 ハッと、通信機を見た。プライスの声だ。やはり、彼らもすでに攻撃されていたのだ。

≪シェパードを信用するな、奴は敵だ! …っ、ソープ、伏せろ!≫

 通信に応じようとして、そこで声が途切れてしまった。やられたのか。あのプライス大尉が。まさか。
 不意に、背後に気配を感じた。振り返れば、話し声が聞こえる。自分を探しに来た死神の群れだ。もうこんなところにまで迫ってきたのか。
 逃げ出そうとしたが、ふと、胸の辺りに違和感があった。何かが入っている。チェストリグの内側に手を突っ込んでみれば、ロッジで拾った手帳だった。誰のものか忘れたが、見覚えのある手帳。こんな悠長なことをしている場合ではないのだが、しかしどこか確信めいたものがあり、彼は手帳を開く。中にあったのは手書きで綴られた日記と、写真が一枚。ティーダと、そして彼と同じ髪の色をした幼い女の子が笑い合って映っている。
 逃げよう。どこに? どこでもいい。とにかく今は、生き残らなければ。俺にはその義務がある。生き残る義務が。この手帳の持ち主のためにも、絶対に。
 歯を食いしばり、ローチは音を立てないよう慎重に、しかし可能な限り迅速に逃走を開始した。生き残るための逃走であり、闘争を。




サイモン・"ゴースト"・ライリー中尉
ティーダ・ランスター一等空尉
状況:K.I.A(戦死)


ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹
状況:M.I.A(作戦行動中行方不明)



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最終更新:2013年06月02日 21:52