MW2_19

「普通の人間はな、今日が最期の日だと考えながら目覚めはしない」

 砂の地で、男は語る。その身を自然と一体化させながら。

「だが、それは悪いことじゃない。強がりじゃなくてな――我が身の死期を感じ取った時、人はあらゆる制約から解放される」

 マガジンに、銃弾を込める。何度となく繰り返してきた動作だ。手馴れた様子は、語りとは裏腹にこの男に死期が迫っていることなど微塵も感じさせない。
 状況を整理しよう、と男は言った。
 こっちに機関銃が一丁あるとしたら、あちらには千丁ある。マカロフがくれた――あの狂人と手を組むのは不本意だが、"敵の敵は味方"だ――情報が正しいかも分からない。

「装備も増援もない。自殺まがいな危険な賭けだ」

 唯一救いがあるとすれば、賭けに出る直前、彼らは唯一信頼出来る仲間と交信できたということだ。もしもローチが生きているなら、彼らが失敗したとしても志を引き継いでくれる。
 それに、何より――

「数千年に及ぶ争いの血が染み込んだこの砂が、この岩が、俺たちの戦いを記憶してくれる」

 ガシャ、と機械音を鳴らしてマガジンを銃に差し込む。弾丸装填、銃に命の息吹を吹き込む。

「何故なら、この選択は俺たちが無数にある"最悪"の中から、俺たち自身のために選び取ったものだからだ」

 男は銃を手元に置き、他に唯一と言える武器を引き抜いた。鋭い刃、ナイフだ。

「俺たちは大地から出る息吹のように、前に進む。胸に活力を抱き、目の前の標的を見据えて――」

 男の脳裏に浮かぶ、ターゲット。Task Force141の創設者にして司令官、シェパード将軍。

「俺たちが、必ず、奴を殺す」







Call of lyrical Modern Warfare 2


第19話 Just Like Old Times / 片道飛行




SIDE Task Force141
七日目 1732
アフガニスタン "ホテル・ブラボー"
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉


 自分たちを運んできたヘリのローター音が、碧空の向こうへと遠ざかっていく。ここから先は、いよいよプライスと自分のたった二人で臨むことになる。狙いは敵の大将、シェパードの首ただ一つ。

≪それじゃあ、三時間後に迎えに来る≫
「必要ない。ニコライ、こいつは最初から片道飛行だったんだ」

 通信機の向こうで、ヘリのパイロットが返答に窮している。プライスもこの作戦がほとんど博打に等しいのは理解しており、だからこそ自分たちの行く道を『片道飛行』と揶揄したのだ。無論、そんな返答をされたヘリのパイロット、ニコライにしてみればたまったものではない。プライスもソープも、ニコライにとって間違いなく戦友と呼べる間柄だった。

≪……幸運を、戦友≫

 ヘリが見えなくなった。ローター音もはるか遠くに消えていったところで二人は行動を開始する。身体を覆っていた偽装のためのシートを引き剥がし、地面との一体化に終止符を打った。途端、アフガニスタンの砂の大地に姿を現すのは、完全武装した兵士が二人。プライスはトレードマークのブッシュハットを当然のように被っていた。
 ソープはM200インターベーションを構え――重量一四キロ、ずしりと重い対物狙撃銃だ――同じように銃を構えて前進するプライスの後を追う。彼の銃はアサルトライフルのACRだった。
 斜面の手前で、前を行く老兵が左手を上げて止まる。プライスに倣ってソープも止まれば、斜面の下を横切る道路に黒尽くめの兵士たちが屯しているのが見えた。数は五人、それから犬が二匹。
 犬、犬か――憂鬱な気分になりそうだったが、黒尽くめの兵士たちは間違いなく自分たちを襲ってくるばかりか、超国家主義者たちとも交戦したシェパードの私兵部隊だ。民間傭兵会社『シャドー・カンパニー』の者たちだろう。奴らがここにいるということは、シェパードはやはりこの付近にいるということだ。

「いいぞ、二手に分かれた」

 隣で敵兵たちの様子を伺っていたプライスが、静かに短く歓喜の声を上げる。兵士が二人と犬が一匹、哨戒に向かうようだ。残り三人と犬一匹は、依然として同じ場所に留まっている。
 金額分の働きをしてくれよ、と唐突に隣の老兵が通信機に何かの小さな機械を取り付けた。回線をオープンにしろ、と指示が下り、言われるがままソープも通信機に手を伸ばす。

≪アルファ、報告を≫
≪川辺は異常無し≫
≪ブラボー≫
≪あー…砂嵐で何も見えん≫
≪ズールー≫
≪北口より哨戒を開始する≫

 これは敵の無線だ。飛び交う電波を掴むことは出来ても、デジタル暗号化された交信内容まで聞き取れることはないはずなのだが。どうやらプライスが通信機のアンテナに取り付けた妙な機械は、暗号を解読して聞き取れるようにしてしまうデコーダーだったらしい。

「マカロフの情報に間違いはないようだな」
「らしいな。ということは、ここがホテル・ブラボーか」

 以前にも来たことが? とソープは眼で上官に問うが、彼は答えなかった。返答の代わりに、SCARを斜面下の道路に残った敵兵たちに突きつける。

「俺は左の二人をやる。残りを頼む」
「了解」

 インターベーションの狙撃スコープを覗き込む。一四キロという重量は取り回しには不便に違いないが、狙撃という状況でならかえって有利だ。発砲の反動で銃口がブレる可能性が大きく減る。
 三、二、一とプライスが発砲の合図をカウント。ゼロのタイミングで引き金を引けば、サイレンサーによって銃声を消去された静かな殺意が銃口から飛び出す。放たれた銃弾は並んでいた敵兵の頭骨をぶち抜き、さらに奥に並んでいた者の胸を貫通した。
 あとは犬だ――銃口をずらし、軍用犬の位置を探る。高度に訓練されているだろうから、目の前で主人が撃たれたとなれば吼えて異常を知らせるだろう。そうなる前に撃たねば。狙撃スコープに獣の姿を捉え、しかしプライスの撃った弾が先に犬の頭を撃ち抜いた。
 道路上の敵は全滅。あとは哨戒に出た奴らだけだ。二人は斜面を滑り降り、敵兵たちが乗ってきたであろうハンヴィーを背にして再び銃を構える。正面に敵影、さきほど二手に分かれて哨戒に向かった奴らだ。同じように狙い、射殺。

「昔を思い出すな」
「チェルノブイリのか? 今度はあんたがマクミランだぜ、ジイさん」

 ふん、と軽口にプライスは短く鼻を鳴らすだけだった。敵の死体を無視して前進、道路を進んだところで「ここがいい」と赤く錆びたガードレールの前で立ち止まる。

「フックをかけろ」

 上官の指示を聞くまでも無く、ソープは先端にフックの付いたロープを持ち出した。錆びてはいても構造はしっかりしているガードレールにロープを巻き、フックで固定する。

≪チーム4、状況を報告せよ――チーム4、応答せよ……北にいるチーム4から応答がありません≫

 あぁ、こいつらチーム4という部隊だったのか――ガードレールを乗り越える前に、ちらっと死体に眼をやる。敵の通信がこう言っているということは、そう遠くないうちに死体も発見されるだろう。ぐずぐずしてはいられない。ソープとプライスはロープ一歩でガードレール下へと飛び降りる。
 崖の途中までは勢いよく降下して、真下に二人の敵兵が立っているのが見えてからはゆっくり、慎重に降下速度を落とす。崖の面をゆっくりと歩きながら、二人はナイフを引き抜いた。
 ゆっくりと、慎重に。暗殺者の如く。ソープが目標に選んだ敵兵が、ふと隣の兵士の影に視線をやり、何かおかしいことに気付く。次いで自分の影を見て、上に何かいることに気付いて視線を上げて――わずかに、遅かった。崖から降りてきた暗殺者が彼らに襲いかかり、悲鳴も聞き取られぬよう口を塞いで刃を心臓に突き立てる。ジタバタともがくのも一瞬のことで、たちまち敵兵たちはその場に崩れ落ちた。
 敵兵の死体を隠す間も惜しく、プライスとソープは即座に崖下にあった洞窟へと潜り込んだ。洞窟そのものは天然自然のようだが、内部にちらほらする光は人工に違いない。短機関銃のヴェクターを構えて進めば、資材やライトが置かれていた。この先に、奴がいる。





SIDE Task Force141
七日目 時刻 1611
地球 アフガニスタン上空高度一〇万メートル 次元航行艦『アースラ』
ゲイリー・"ローチ"・サンダーソン軍曹


 思った通り、病室の外に見張りはいなかった。まだ身体の節々は痛み、疲労感も抜けきらないローチは誰もいないことを確認して、『アースラ』の廊下に出た。
 あの女医――シャマルという若い女は、救出されたばかりの彼に対してしばらく安静にしてゆっくり休むことを強く命じた。まるでローチのその後の行動を予測していたかのように。それは結果的に正しかったのだが、彼が素直に従うことを期待したのは間違いだった。見張りの一人も立てないのだから、ローチは楽々と病室から廊下に出て、目的地へ向かう。
 プライスとソープは、自分を救出するようこの『アースラ』の連中に頼んだ。ジャクソンという元米海兵隊員を始めとした機動六課準備室なる部隊はその要望に応え、シェパードの私兵部隊の包囲網から彼を救出した。ローチはすぐさま上官たちの下へ向かおうとしたが、まずは体力の回復に専念しろという医療班からの指示で病室に入れられてしまった。彼が黙って従うはずもないというのに。
 おそらく、プライスとソープの二人はシェパードを討つために行動を開始しているはずだ。人の気配に注意しながら、入院着で進む兵士は推測される状況を脳裏で整理する。戦力は多い方がいい。自分も彼らの元へ向かって、シェパード討伐に加わるべきだ。そして、ゴーストやティーダの仇を。
 『アースラ』に連れ込まれてから病室にまで移動するまで、彼はしっかりと自分の動いたルートを把握していた。武器弾薬を預けた武器庫の位置さえ覚えていた。本来は武器庫ではないらしく空の倉庫だったようだが、とにかくそこに行けば自分の使っていた銃がある。入室に必要な暗証番号も盗み見ていた。
 武器庫に入ったら装備を取って、気の毒だが適当にクルーの一人に銃口を突きつけて人質になってもらう。そして自分をプライスとソープたちの下へ届けるよう頼むつもりだった。人質は早い段階で解放するが、どのタイミングで解放すべきか――思案していると、武器庫にたどり着いた。暗証番号を入力するテンキーもあるから間違いない。早速番号を打ち込んで、プー、と拒絶するように警告音が鳴った。
 何だと、番号に間違いはないはず――ハッと振り返る。人の気配を感じたからだ。

「たったあれだけの移動で艦内の通路を把握するか。さすがに精鋭、Task Force141というだけあるな」
「あんたは……」

 苦笑いしながら腕組して立っていたのは、救出された際に初めて会った機動六課準備室なる部隊の男だった。名前をポール・ジャクソンという。元米海兵隊曹長という肩書きだったが、こちらの行動は予測されていたらしい。
 ジャクソンの隣で、困ったようにため息をつく女性がいた。白衣に身を包んだその女はシャマルという。『アースラ』に収容されるなり、ローチの怪我の具合を見てくれたこの艦の医者だ。医者といってもローチの知る医療技術とは違うものを持っているらしく、森に潜伏している間に出来た小さな切り傷を淡い緑の光を放つ手で覆った時は何事かと思った。傷はそれだけで塞がっていた。

「なぁ、言った通りだろシャマル? 士気の高い兵隊は無茶をする。俺のようにな」
「まったく……分からないわ。どうして男の人ってみんなこうなの?」

 見張りはいないと思っていたが、ツケられていたらしい。そうでなければこうもタイミングよくジャクソンが現れるはずがない。そして、こうして武器庫を訪れたローチの前に現れたということは、彼の目的すらも見破られている。

「止めるな、行かせてくれ」

 ほらな、とジャクソンが眼でシャマルに訴える。再びため息を吐いたシャマルは、力なく刻々と頷いた。

「よし、医者の許可も下りた。行くぞ、ローチ。どうせお互い一度死ぬはずだった身だ」
「は……何? 行くぞって……」
「俺も行くんだ」

 戸惑う兵士を無視して、ジャクソンはテンキーに改めて暗証番号を打ち込む。今度は歓迎するようなピ、と短い電子音が鳴って、武器庫の扉が開かれた。

「大抵の武器は揃ってる。M4A1にSCAR、ACRにM240軽機関銃。M14EBR、あとはM24もあるな。ん? SIG550まであったのか……」
「ま、待ってくれ。ジャクソン、あんた、プライス大尉たちとは……」
「戦友だ。数年前、ザカエフの撃った弾道ミサイルの着弾を食い止めた仲だ」

 ガチャ、と手近にあったM4A1を手に取るジャクソンは、時間がないぞと彼を急かすようにしてACRを取り出した。

「戦友たちが死地に飛び込もうとしてる。黙って見てられるほど薄情でもないんだ」
「――分かった。ただしシェパードを撃つ役目は譲ってくれ、仲間の仇だ」
「順番に並ぶんだな」

 ACRを受け取ったローチは、早速弾薬箱を持ち出してマガジンに弾薬を込めようとする。ジャクソンはすでに準備を始めていた。戦いの準備。兵士たちは、これから戦場に向かうつもりなのだ。
 否、戦場に向かおうというのは兵士だけではなかった。

「ずるいぞ、二人だけで抜け駆けしようなんて」
「あ、提督…」

 すまない、と一言断ってシャマルに脇にどいてもらい、武器庫に入ってくる影。ローチは誰だこいつは、という眼で見たが、ジャクソンは待ちわびていたように声を上げた。

「お前も来るか、クロノ」
「ソープは戦友だ。プライス大尉も」





SIDE Task Force141
七日目 1744
アフガニスタン "ホテル・ブラボー"
ジョン・"ソープ"・マクダヴィッシュ大尉


 洞窟内はわずかな照明しか設置されていなかったが、かえって好都合だった。闇の世界に紛れ込んだ彼らは歩哨を静かに排除し、あとは扉一つ超えれば眩い太陽の光の下に出られるというところまで進んでいた。
 このまま見つからずに行くといいが――歩みを止めず、ソープは胸中をよぎった不安に思考を傾けた。敵の傍受した無線によれば、確実に奴らも何かがおかしいことに気付き始めている。通信に応じるべき者が答えないのだから当然だろう。死体は隠しもしていないから、見つかるのは時間の問題だ。
 カチャ、と行く先を照らしていた照明が突如として消えた。不安を心の片隅に追いやって、サブマシンガンのヴェクターを構える。故障や寿命で消えたにしては、照明の消え方が妙だった。誰かが意図的に電気を消したとしか思えない。

≪チーム6、照明を落とせ。突入しろ≫

 案の定だ。通信機が傍受した敵の無線が、間もなく奴らがここになだれ込んでくることを示していた。前を行くプライスに眼をやれば、「始まるぞ」と一言呟いただけで迎撃態勢を取っていた。
 ソープは洞窟内の突き出た岩に身を寄せ、行く手にあった扉の方に眼をやる。銃口を突きつけた途端、勢いよく扉が爆破された。直後、なだれ込んでくる黒い影。シェパードの私兵、PMC"シャドー・カンパニー"の傭兵たちだ。
 照準用の赤いレーザー光線が洞窟内を切り裂き、ソープの足元を横切っていった。まだこちらの存在に気付いていない? 否、敵がいるということだけは分かっているはずだ。位置を掴んでいないのだろう。
 ヴェクターの上部レールにマウントされたダットサイトを覗き込み、敵影を捉える。先制攻撃、引き金を引いた。サイレンサーによって音を消された静かな殺意が、私兵たちに襲い掛かる。たちまち、数名が短い悲鳴を上げてバタバタと倒れていった。奇襲成功だ。

「派手に行くぞ、撃て!」

 ソープの銃撃で怯んだ敵兵たちに向かって、プライスが間髪入れずに突っ込む。反撃の弾丸をものともせず、老兵は前進しながらSCARを撃ちまくった。後退もままならず、私兵部隊は圧倒されていく。

≪チーム9、後方の部隊が全滅した!≫
≪馬鹿な。そこはさっき調査したぞ。敵がいるはずが――≫

 慌てているようだな。無線の様子から察するに、敵の主力は行き過ぎた後だ。ならば引き返してくる前に、素早くここを突破せねば。
 扉を抜けようとした二人はその時、聞き覚えのある声を耳にした。

≪プライスだ≫

 前を行く老兵が、ほんの一瞬身を強張らせる。忘れもしない、この声はシェパードだ。仲間たちの仇。奴は間違いなくここにいる。シェパードもプライスたちが現れるのを想定していたに違いない。

≪重要書類を回収しろ、残りは破棄だ。各部隊は敵を足止めしろ≫
「プライス、奴は逃げる気だな」
「そうらしい。追うぞ」

 爆破されて有名無実化した扉を抜けて、眩い太陽の下へ。切り立った険しい崖の間に出来た道を進むが、正面から降り注いだ弾丸の雨が行く手を阻む。橋で繋がった向こう側、敵の機関銃陣地だ。
 ちょうどいい、とソープはまるで用意されていたかのようにその場に立てかけられていたライオットシールドを手に取る。銃弾に対して絶対無敵とはいくまいが、生身のまま突き進むよりははるかにマシだ。今度は上官の前に立って進む。
 ガン、ガンとシールドに降り注ぐ銃弾はソープに止まれと警告するように衝撃を発生させる。無論、彼は止まらない。シールドのひび割れを無視して、なおも距離を詰めた。敵も焦り始め、銃撃がソープの方に集中を始める。バキ、と心臓に悪い音がして、いよいよライオットシールドが銃撃に耐えられなくなったことを示す。
 機関銃陣地の敵兵が、いきなり見えない誰かに殴られたようにして吹き飛び、倒れた。慌てた周囲の仲間が退避か攻撃続行か一瞬迷ったところでもう一発。機関銃陣地は沈黙した。半壊したライオットシールドを投げ捨てたところに、SCARを構えたプライスが駆け寄ってくる。

≪ブッチャー1-5、"鳥の巣"で合流し、"ゴールデンイーグル"を護衛しろ≫
「ゴールデンイーグル、そいつがシェパードだ。行くぞ」

 疲れ知らずかよ、このジジイ。一瞬肩をすくめて、自分よりはるかに年上の老兵の背中を追ってソープは前へと進んだ。





 敵の迎撃は熾烈を極めたが、目標を目の前にしたプライスとソープの前進はそれでも止まらなかった。次々と私兵たちを撃ち倒しながら進み、再び洞窟内に入る。あまりの損害の多さに敵はいよいよ迎撃を諦めたのか、扉を閉めてしまった。無線によれば、その先が"鳥の巣"と呼ばれる拠点らしいのだが。

≪ブッチャー5指揮官より本部。起爆コードを入力した。一〇分で柱に穴を開けて起爆を――≫
≪遅い! "ゴールデンイーグル"は三分でやれと言っている!≫

 撤退ついでに爆破していく気か――扉を叩くが、無論それで開かれるはずもない。こうなればやることは一つだ。プライスとアイコンタクトし、扉の脇に身を寄せる。
 爆薬をセットし、身構える。起爆、扉を丸ごと吹き飛ばして突入。中にいた数名の敵兵たちは何らかの作業を行っていたが、全員が一斉に中断し、銃を、ナイフを構えて迎撃の構えを見せた。それより早く、二人の兵士の銃口が跳ね上がる。照準に捉えた敵兵に向かって、綺麗にセミオートで二発ずつ弾を送り込んだ。黒い影がひっくり返り、巻き上がった粉塵が落ち着く頃には静寂が舞い戻ってきた。立っていたのはソープとプライスの二人のみ。
 敵兵を殲滅して、初めて気付いた。扉の向こうは司令部だったようだが、見渡す限りのC4爆弾で埋め尽くされている。どれほど徹底的にここを爆破処分するつもりなのかと考えて、そうではないと気付いた。敵の放送が、C4だらけの司令部に響いてきた。

≪全部隊へ告ぐ、こちらは"ゴールデンイーグル"だ。この拠点は敵に発見された。これより指令"116B"を発令する。もし残っている者がいれば、君の行動は名誉として称えられる。以上≫

 ふざけるなよ、要するに残って死ねってことだろう。部下もろとも拠点を爆破しようとするシェパードに今更ながら怒りを覚えるが、今はそれどころではない。C4爆弾で埋め尽くされた司令部の中で、わずかに姿を見せていたディスプレイにいかにもな数字が表示されていた。これはカウントダウンだ。プライスがすでにキーボードに噛り付いて、爆破阻止は無理でもロックされた扉の制御強奪を試みている。

「ソープ、手伝え! そっちのキーボードだ!」
「どうすればいい!?」
「何でもいい、適当に打ち込め!」

 言われるがまま、叩くようにして意味不明な文字の羅列を空いていたキーボードに叩き込んだ。ガチャ、とロックされた扉が開かれるのだから、案外適当な作りだったのかもしれない。それでもカウントダウンの数字が減っていく。残り二〇秒を切った。
 駆け出し、開かれた扉を抜ける。カッ、と背後で何かが光り、一瞬遅れて爆発音と紅蓮の炎が巻き上がった。爆風は走るソープのすぐ足元にまで及び、彼は姿勢を崩され吹き飛ばされた。
 一瞬、意識が遠のいていた。爆風に巻き込まれたには違いないが、吹き飛ばされただけでどうにか無傷で済んだらしい。立ち上がろうとすると、視界の向こうにプライスが銃撃戦を繰り広げているのが見えた。敵の防衛ラインと遭遇したのか。

≪"ゴールデンイーグル"よりエクスカリバー、砲撃開始せよ。目標地点ロメオ――デンジャー・クローズ≫
≪そちらと一〇〇メートルも離れていません、誤射の危険があります!≫
≪これは提案ではない、命令だ≫

 何だと、奴は――その時、ソープは確かに目撃した。突き出た岩と並べられた資材、自然と人工物のコントラストの向こうに見覚えのある男が、複数の黒い兵士たちに囲まれて奥に進んでいくのを。間違いない、シェパードだ。奴は、自分のいる場所に砲撃の指示を出したのだ。味方もいるのを承知の上で。至近距離への着弾(デンジャー・クローズ)をやれと言うのだ。

「伏せろー!!」

 プライスの叫びが響く。部下に向けて。あるいは、巻き込まれる敵に向けてのものだったのかもしれない。次の瞬間、轟音と爆風が巻き起こった。岩が吹き飛び、資材が巻き上げられ、必死に戦っていた兵士たちがただの肉片へと姿を変える。後に残ったのは一枚の地獄絵図だった。まだ生き残っている敵兵たちも、這いずり回って助けを求めていた。

「……シェパードは本当にデンジャー・クローズを気にしないな」

 ため息を一つ吐き、プライスはソープを助け起こす。まだ追撃は終わっていない。シェパードは、もう目の前に迫っていた。






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最終更新:2014年04月12日 23:09