THE OPERATION LYRICAL_17

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


第17話 炎上、機動六課 後編


燃え上がるのは、仲間たちの土地――。


陳述会会場地下では、乾いた銃声が響き渡っていた。地下に降りた地上本部の兵士たちが、侵入してきたガジェットと交戦している証拠だ。
現場の指揮を取るベルツも自らアサルトライフルを手に、部下たちと共にガジェットと対峙していた。

「――!」

まずは、地上で待機しているなのはたちと新人フォワード部隊の合流のためのルートを切り開く。彼女たちがデバイスを手にして戦列に加わ
れば、自分たち以上に活躍してくれるのは明確だ。
そうして地下通路を渡っていく中、ベルツはいきなり正面に飛び出してきたガジェットⅠ型に向け、迷わずアサルトライフルをフルオートで
放った。落ちていく空の薬莢。銃声と共に眼前に走る、閃光。
無人ゆえか反応の遅れたこの哀れなガジェットⅠ型は抵抗出来ず、至近距離で銃弾の雨を浴び、その場で機能を停止した。

「……屋内戦はこれだから、な」

遮蔽物も多く、視界も狭い屋内での戦闘ではどうしても至近距離での遭遇戦が多くなる。部下たちの手前冷静を保っているが、ベルツとしては
冷や汗モノだった。
他に敵はいないか、ベルツたちはアサルトライフルを構えたまま、身をよじって遮蔽物の間を覗き込むようにゆっくり、慎重に調べていく。
視線を巡らせると、各々警戒すべき方向を向いていた部下たちがベルツに向かって親指を立てていた。敵はいない、と言う意味だ。
ひとまず安堵のため息を吐いて、ベルツは銃口を下ろした。これで、地下の主要な通路は全て確保したことになる。

「よし――地上のお嬢さんたちに伝令を出す。ジャクソン陸曹、ひとっ走りして行って来い。ソープ陸曹、お前も……待て」

通信システムダウンのため、連絡手段は完全に肉声及び手信号だった。ベルツは部下たちに伝令を命じようとして、何かに気付いた。

「二尉、どうされました?」
「……聞こえないか?」

言葉を途中で止めたベルツに、部下は怪訝な表情を浮かべていた。その部下に、ベルツは逆に質問する。
ベルツには確かに聞こえていた。微かだが、物々しい轟音――まるで、何かを連続して起爆しているような。

「――聞こえました。三時方向、ですかね?」
「ここから三時の方向だから……一〇八部隊の担当区域、ですか」
「あぁ――」

ベルツも、その部隊の名は聞き覚えがあった。再編され、本局寄りの人員は重要なポストから遠ざけられていく中、唯一装備も指揮系統も手
が加えられなかった部隊。理由としては、指揮官から末端の陸士に至るまで、本局寄りだったからと聞いた。ゆえに、自分たちのような魔力
式、すなわち弾丸の雷管を発火させるためだけに魔力を使うアサルトライフルなどは持たず、従来のデバイスやバリアジャケットを装備して
いる。要するに、陸と海と言う派閥争いに置いては、一〇八部隊は彼ら地上本部の人間にとって面白くない部隊なのである。
それでも、ベルツの思考にそんなものは存在しなかった。通信が出来ない以上、確認しに行った方がいい。

「……よし、隊を分ける。ジャクソン、五名連れて高町一尉とハラウオン執行官に伝令、護衛しながら目的地へ。ソープと残りのものは全員俺
について来い、一〇八部隊の様子を見に行くぞ」
「了解」

ベルツの指示を受けた兵士たちは駆け出す。その背中を見送ったベルツはアサルトライフルの残弾を確認し、残った部下たちと共に三時方向、
一〇八部隊の担当区域に向かう。


その一〇八部隊の陸曹であるギンガ・ナカジマは、暗く狭い屋内での戦闘を目の当たりにして、苦戦を余儀なくされていた。

「はぁ……はぁ……」

荒い呼吸を整えつつ、ギンガは左手のリボルバーナックルを構え、周囲に視線を巡らせる。
こうも遮蔽物の多い空間では、自身のデバイスであるブリッツキャリバーが生み出す機動力を、存分に発揮できない。敵はこちらの弱点を把握
した上で、ここに逃げ込んだのだ。相当の手練れであることは間違い無さそうだった。

「どこに……っ」

はっと背後から殺気を感じて、ギンガは前に向かって跳躍、着地と同時にその場で反転し、防御魔法を展開する。
次の瞬間、襲い掛かってきたのは爆風。狭い空間のため、熱風と衝撃が多量に襲い掛かってきた。ギンガはそれをどうにか持ちこたえ、敵影を
探そうとして――正面から、何者かが突撃してくるのを発見した。

「どぉおりゃああぁ!!」
「――っ、はああああ!」

突っ込んできたのは、赤髪の少女。何故だか、自分とよく似ている装備だった。彼女は知る由も無いが、名をノーヴェと言う。
突きつけられるガンナックルと言う拳。それをギンガは、全力を持ってリボルバーナックルで迎え撃つ。
響くのは轟音。飛び散るのは火花。だが、拳による鍔競り合いの最中、ギンガはわずかに自分が押していることを悟った。
行ける――!
まさにそう思った時、ノーヴェは突如拳を振り払い、後退。勝てないと考えたのだろうか、逃げる彼女に向かって加速、追撃を仕掛けようとし
て、ノーヴェの口元が微かに笑うのが見えた。

「かかったな――ウェンディ!」
「あいよッス!」
「……しまった!?」

遅かった。あっと思った時には、側面から高速の弾丸が飛んできて、ギンガに襲い掛かった。それすら反応してみせるのはさすがスバルの師と
言うべきだが、何発かは防御魔法をすり抜け、バリアジャケットを貫通し彼女の身体に食い込んできた。
ギンガにノーヴェとの連携攻撃を仕掛けてきたのはウェンディ。最初からこの手筈で敵を追い込む構えだったのだ。

「痛っ……」

たまらず表情を歪めつつ、今度はギンガが後退。ところがそこに、はるか上空から数本のナイフが降り注ぐ。

「こんなもので何を!」

リボルバーナックルを薙ぎ払い、ナイフを弾き飛ばす。だが、その程度は上からナイフを投げつけてきた張本人、チンクも予想していた。

「狙い通り――IS発動、ランブルデトネイター」

チンクは指を鳴らす。その瞬間、ギンガの周りに散らばっていたナイフが起爆。彼女の固有技能は、触れた金属を爆発物に変えるものだ。
それが今、爆風と衝撃を生み出し、ギンガを襲う。バリアジャケットのおかげで即死には至らなかったものの、容赦ない爆風は彼女の美しい肌
に傷を入れた。
爆風が晴れると、そこにあるのは最早戦闘能力を失ったギンガの姿。力なく地面に倒れこみ、眼は虚ろで何も見えていない様子だった。

「……目標撃破。よくやったぞ、二人とも」

地面に降りてきて、ギンガにもう抵抗できる力がないことを確認したチンクは警戒を解いた。

「いやぁー、13の教えは確実ッスねぇ。相手をこっちの得意な領域に誘い込み、集中砲火で逃げ場をなくして」
「追い詰めたところにドンッ、だ」

そう言ってチンクの傍にやって来たのはウェンディとノーヴェだ。今までの彼女たちなら敵には個別でぶつかりに行ったかもしれないが、それ
を愚行と教えてくれたのは異世界からやって来た歴戦のエースパイロット――黄色の13だった。
まともに戦えば苦戦は必至なギンガとの戦闘で、かすり傷一つ無しで勝利できたのは彼の戦術指南によるところが大きい。

「えーっと、こいつが捕獲目標でいいんスよね?」

ウェンディが確かめるように、倒れたギンガを突きながら言った。

「そのはずだ。戦闘機人タイプ・ゼロのファースト……私たちの姉に当たる存在だな」
「何でもいいよ、早いとこ連れて帰ろう。ここ、なんかじめじめして好きじゃないんだ……」

頷くチンクをよそに、ノーヴェはギンガの身体に触れようとして――何かの気配を察知した。

「? どうしたんスか、ノーヴェ」
「いや……なんか、誰かに見られてるような」
「曖昧だな。本当か?」
「嘘じゃない。13も戦場でのカンは大事にしろって……ウェンディ、伏せろ!」
「へ?」

言われたウェンディはきょとんとした表情。だが、ノーヴェにはしっかりと彼女の背中に浴びせられた、赤いレーザー光線が見えていた。
事態が飲み込めていない彼女に舌打ちして、ノーヴェは咄嗟に彼女を突き飛ばした。「ちょ、何するんスか!?」と悲鳴が上がったが、気にす
る余裕は無い。
直後、先ほどまでウェンディが立っていた場所を切り裂く銃弾の雨。ノーヴェが気付かなければ、ウェンディは蜂の巣にされていただろう。

「……散開! タイプ・ゼロの回収は後回しだ!」

チンクの命令が飛び、ナンバーズの三人はただちに動き出した。


「外したか」

舌打ちして、駆けつけたベルツはアサルトライフルに装着していた照準用のレーザー装置をオフにする。
到着してみれば、一〇八部隊の陸士たちはことごとくが全滅しており、残っているのはギンガただ一人。その彼女も、戦闘続行は不可能で捕虜
になりかけていた。

「ソープ陸曹、あそこに倒れてる友軍を助けろ。後は俺と一緒について来い、ソープの援護だ」
「了解。終わったら一杯おごってください、俺いつも使いっぱしりなんで」
「考えておこう」

信頼できる部下と手短に冗談を交わし、ベルツはナンバーズの追撃及びギンガの救出に入る。
――ここは、排水処理の施設か?
周囲にはポンプや配電盤など遮蔽物が多い。アサルトライフルのような長い銃身を持つ銃では取り回しが悪いかもしれないので、ベルツは拳銃
に切り替えた。部下たちは銃身の短いサブマシンガンだから、大丈夫だろう。
物陰に注意しながら前進し、敵を探す。ふと視界の隅で何かが動いたのが見え、ベルツは銃口を向ける。

「――!」
「っち」

彼が捉えたのはチンクだった。彼女はナイフを投げつけようとするが、その動作より早く、ベルツの指は動いていた。
乾いた銃声が響き渡り、放たれた銃弾は彼女の手にあったナイフを弾き飛ばした。
続いて目にも止まらぬ速さで照準をチンクの額に合わせ、ベルツは拳銃の引き金を引く。しかし、直撃するはずだった銃弾は彼女の纏った灰色
の外套"シェルコート"が生み出したバリアにより、弾かれる。

「バリア!?」
「――管理局の人間が、質量兵器か!」

驚くベルツを余所に、ナイフを弾き飛ばされ痺れる指を抑えながら、チンクは素早く後退。そこに、ノーヴェがガンナックルから放った弾丸が
ベルツの足元を走り抜ける。
思わず怯むベルツだったが、後方の部下たちがサブマシンガンで一斉射撃。ノーヴェは激しい弾幕に晒され、射撃を中断せざるおえなかった。
結局、お互いに仲間の援護を受けて後退し、相手の情勢を伺うことになった。

「こいつら、連携が取れてる……今までの奴とは違うぞ、二人とも」

懐から予備のナイフを取り出し、チンクは戦闘態勢を崩さないノーヴェとウェンディに言った。

「どうするんスか、チンク姉? あたしのライディングボードじゃ正直取り回しが悪いし……」
「認めたくないけど――同意見だ。あたしのジェットエッジも、ここじゃ使い辛い。さっきと立場があべこべだな……」
「――待て、あいつら?」

二人の言葉を遮り、チンクは遮蔽物からわずかに身を乗り出し、ベルツたちの様子を伺う。
――奴ら、戦いに来た訳ではない?
よく見れば、ベルツたちは銃口を自分たちに向けているものの、その行動には明らかに必要以上の攻撃は控えている節があった。
いったい何のために、と視線を巡らせると、チンクははっとなった。数人の迷彩服を着た兵士たちが、捕獲目標のタイプ・ゼロ――ギンガを
引きずるようにして、通路の奥へと消えていく。

「まずい!」

気付いた時には、遅かった。ベルツたちは一斉射撃の後、白煙手榴弾を投擲する。
凄まじい量の火線が飛んできて、一部は身を守るはずの遮蔽物を貫通すらした。地面に当たった銃弾はアスファルトをえぐり、兆弾。上空へと
跳ね上がり、壁や天井に穴を開ける。彼女たちは思わず頭を抑え、姿勢を低くせざるおえなかった。

「わ、わ、わ、怖いッス」
「泣き言言うな、あたしも怖ぇ!」

銃弾が身をかすめ飛び、ウェンディはたまらず涙声を上げた。ノーヴェが怒鳴るが、彼女も似たようなものだった。
同時に周囲は真っ白な煙に覆われ、視界は完全にゼロになった。白煙手榴弾が発動したに違いない。
煙が晴れた時、すでに彼女たちの前にベルツたちの姿はなかった――。

チンクたちナンバーズからギンガの救出に成功したベルツたちは、ひとまず既に確保したエリアに移動すると、重傷のギンガに応急処置を施す
ことにした。もっとも、専門の衛生兵はいないため、出来ることは限られていた。

「ソープ、彼女の傷を診てやれ。止血くらい出来るだろ。ギャズ、お前は周辺警戒だ」

てきぱきと指示を下すベルツは、ちらっとギンガの身体に目をやった。
千切れかかった腕からは血液と共に、本来人間にはあり得ないもの――機械部品が、姿を現していた。治療を担当する部下は一瞬戸惑いつつも
手持ちの応急キットで出来る限りのことをやっていた。

「あ――」

唐突に、彼女の口が開いた。どうやら、意識を取り戻したらしい。

「あなた、たちは――?」
「陸士B部隊ブラボー小隊だ。俺は指揮官のベルツ……とりあえず今は喋るな、傷に響く」

ギンガにそう言ってから、ベルツは顔をしかめた。

「――噂だけだと思っていたんだが、戦闘機人……実在するとはな。中将もこれが明るみに出たらどうするつもりだ」


空でも、戦闘は続いていた。
F-2を駆るメビウス1は正面から迫るナンバーズ三番、トーレを、急激なロールで回避する。彼女の持つ紫色の刃は高速で迫るが、機体に傷が入ることは無かった。

「っく――」

横方向に大きく揺さぶられたことで軽くエアーシック(飛行酔い)を起こしそうになったが、メビウス1は歯を食いしばって耐えた。
すぐさま振り返り、後方に行き過ぎたトーレを視認した彼はエンジン・スロットルレバーを押し込みつつ、操縦桿を右手前に引いて高速右旋回
を敢行。速度を増しながらの鋭い急旋回は高いGを生み出し、メビウス1の身体を締め上げる。
これしき――!
それでも歴戦のエースは耐え切り、正面にトーレを捉えた。素早くウエポン・システムに手を伸ばし、短距離空対空ミサイルのAAM-3を選択した。
AAM-3の弾頭はただちにトーレの姿を捕捉。その証拠に、高い電子音がヘッドホンを通じてメビウス1の耳に入った。

「ロックオン――メビウス1、フォックス……!?」

ミサイルを発射しようとスイッチに指をかけたその瞬間、ふっと一瞬、上空から浴びせられる太陽の光が遮られた。
まずい。直感的に危機を感じたメビウス1はラダーペダルを蹴り飛ばし、F-2を横滑りさせる。直後、機体のすぐ側を駆け抜けていくのは二つのブーメラン。

「外した……!?」

首を上げると、太陽の方向にナンバーズ七番、セッテの姿が。感情の薄い彼女でも、今の攻撃が回避されるのは予想外だったらしく、その表情には驚き
が満ちていた。
それでもこの隙にトーレはメビウス1のミサイルのロックオン可能範囲から逃れ、再び真正面から斬り込みを仕掛けてきた。
舌打ちして、メビウス1は機関砲の引き金を引く。照準は適当だが当たらなくても構わない、相手が怯めばそれで充分だ。

「うお!?」

F-2の主翼の付け根から放たれた、赤い二〇ミリ弾の雨は、トーレの心に恐怖を与えるのに充分な量だった。装備する紫の刃、インパルスブレード
で飛んで来た弾丸を蹴散らすが、その隙にメビウス1は上昇を開始、セッテに目標を変更した。

「セッテ、逃げろ! 私がそいつを後ろからやる!」
「了解――!」

姉のトーレに言われ、セッテは急加速して上昇してきたメビウス1のF-2から逃れようとする。
――こいつらの機動、どこかで見たことがあるぞ。どこだ?
その最中、メビウス1は彼女たちの連携に見覚えがあることに気付いた。
互いに補佐し合い、より強力な攻撃、より確実な回避。この動きと、自分はどこかで戦っている。

「……そうか、黄色中隊!」

間違いない、とメビウス1は思った。まるで五機の戦闘機の編隊が、一つの生き物のようになった連携攻撃。個々の技量もさることながら、その動き
には敵を倒し、そして必ず生き残ろうとする気迫。ひょっとしたら、黄色の13が彼女たちに入れ知恵したのかもしれない。さしずめ、彼女たちは新生
黄色中隊とでも言ったところか。
異世界に来てまで黄色中隊と対決、まったく冗談じゃないぜ――。
胸のうちで呟き、メビウス1は後方から迫りつつあるトーレをバックミラーで確認すると、本来赤外線誘導のミサイルを回避するための装備、フレアの
放出ボタンに手を伸ばす。
一方で、トーレは自身のIS"ライドインパルス"を最大限に稼動させ、メビウス1のF-2に急接近する。
その瞬間を、メビウス1は待っていた。フレアの放出ボタンを、力任せに叩く。

「もらった――」

刃を振りかざし、F-2の尾翼を真っ二つにしてやろうとしたところで、トーレは思わず動きを止めた。
尾翼のチャフ・フレアディスペンサーから多量のフレアが放出され、それらがトーレに降りかかってきたのだ。
赤外線ミサイルを誤誘導させるために大量の赤外線を放つフレアは当然、熱い。

「ぐわああああ……っ!」

大量に降りかかってきた火の粉を振り払うトーレだが、腕を大火傷する羽目になってしまった。もがき苦しみながら、彼女は高度を落としていく。

「トーレ姉――!?」
「逃がすか」

落ちていくトーレを目撃したセッテは彼女の救出に向かおうとしたが、メビウス1のF-2の機首が、こちらを向いていた。すなわち、機関砲で撃たれれば
あっという間にミンチにされる。
突如襲い掛かってきた死の恐怖にセッテが苦悶の表情を浮かべたその瞬間――。

「黄色の13、フォックス2」

セッテの耳に入ったのは、頼もしき教官のミサイル攻撃の言葉。メビウス1の耳に入ったのは、宿命の好敵手が送り込んできた、ミサイルアラート。
F-2はフレアを放出し、緊急回避機動。突然上空から飛び込んできたミサイルはフレアに食らいつき、爆発。衝撃がメビウス1の機体を襲うが、損傷はなかった。

「――13!」
「すまない、セッテ。待たせたな」

セッテの前に姿を現すのは、主翼の先端を黄色で塗り、機体全体を灰色主体の迷彩で彩ったSu-37。黄色の13、その人だった。

「こいつの相手は俺がしよう。お前はトーレを回収して撤退だ」
「しかし……」
「お前もトーレもよくやった――ウーノから連絡が入った、作戦はほぼ成功だそうだ。ただちに帰投しろ、命令だ」
「了解――13、ご無事で」

頷き、トーレの救出に向かったセッテを黄色の13はSu-37の主翼を振らせて答える。その後、充分彼女が戦闘空域から離れたのを確認し、態勢を立て直した
メビウス1のF-2を睨む。

「13、このタイミングで来るか――やれるのか!?」

黄色の13の駆るSu-37は、はっきり言って化け物と呼んでいい。凄まじい機動力を発揮し、正確無比な攻撃で次から次へと敵機を貪るように撃墜していく。
そうして目の前で撃墜されていくISAF空軍の友軍機を、メビウス1は何度も見てきた。最強と名高いF-22でようやく互角といったところの相手、しかし今自分
の機体は、本来なら対地及び対艦戦闘に投入されるF-2だ。空戦能力も高いが、F-22には数段劣る。

「やるしかない、か――!」

それでも、戦闘機乗りは弱気では務まらない。エンジン・スロットルレバーを叩き込み、メビウス1はF-2を加速させ、黄色の13に真っ向から立ち向かう。

「来い、リボン付き!」

黄色の13もまた、全力でそれを迎え撃つ。二人のエースが再び激突する。
だが――メビウス1はこの時、知る由も無かっただろう。彼らの言う"作戦"により、仲間たちの土地が燃えていることを。


炎の勢いは、止まる事を知らなかった。消火班の出動など望むべくも無く、自動消火設備はとっくの昔に粉砕された。
ぎり、と蒼い狼、守護獣ことザフィーラは悔しさを噛み締めながら、空を舞うA-10攻撃機の群れを睨んでいた。
奇襲を受け、ほとんどの施設をA-10の大火力で粉砕された機動六課隊舎を守る戦力は、もはや彼一人と言っていい。傍らにいるシャマルに攻撃能力は期待できない
し、そもそも彼女は負傷していた。

「シャマル、援軍の到着は?」
「何度も通信を試みているけど――ダメだわ、妨害されてる。あるいは向こうの通信システムがダウンしてるのかも」
「そうか」

淡白に返答して、しかしザフィーラは焦りの表情を浮かべていた。防御に関しては絶対的な自信があるのだが――

「ザフィーラ、上からまた……!」

シャマルに言われて、ザフィーラは首を上げる。A-10が二機、編隊を組んでこちらに向かって緩く降下してきた。ある程度接近したところで、A-10は一斉に機首の
三〇ミリ機関砲を放つ。ザフィーラは防御魔法を展開し、これを受け止めようとする。
巨大な機関砲弾の群れが、アスファルトの地面を耕しながら近付いてきて――着弾。ザフィーラが周囲を囲むようにして展開した防御魔法に、凄まじい衝撃が何度
も襲い掛かる。

「ぐ……!」

たまらず、彼は表情を歪めた。戦車だろうとボロ雑巾のように翻弄し、粉砕してしまうA-10の機関砲は予想以上に強力だった。
低い唸り声を上げて、なんとか耐える。防御魔法に魔力を送り続けるが、一部にはヒビ割れが入ってしまった。
そうしているうちに攻撃が止み、頭上を轟音が駆け抜けていく。A-10の編隊は地面への激突を恐れ、上昇に入っていた。
本来なら反撃のチャンスだが、彼の得意とする攻撃魔法"鋼の軛"では高速で飛行する航空機を捉えることが出来なかった。同じ理由で、シャマルのバインドも通用
しない。捕まえたところで、瞬きする間に数百メートルかっ飛んでいく数十トンの物体、バインドが引き千切られる。

「……まずいわ、ザフィーラ!」
「あれは――!?」

A-10の攻撃に気を取られて気がつかなかったが、複数のガジェットⅠ型及びⅢ型が六課の敷地内を、ある一定の方角に向けて移動していた。その先は非戦闘要員た
ちの避難場所がある。もちろん、ヴィヴィオもそこにいた。
くそ、と吐き捨て、珍しく感情を露にしたザフィーラはガジェットの群れに向かおうとして、空から再びA-10が近付きつつあることに気付いた。しかし、今回は一
機だけだった。

「ザフィーラ、上に注意して! また敵機が……」
「たかが一機、どうと言う事は無い!」

シャマルの制止を無視して、彼は駆け出す。守護獣として、少なくとも戦いに無関係な人々だけは守らねば。その覚悟が、今のザフィーラの原動力だった。
だが――A-10はその進路上に、主翼下に抱えていた"何か"を投下した。

「……!」

"何か"が彼の目の前に着弾。その瞬間――周囲は、炎の地獄と化した。
強烈な衝撃波がザフィーラをその場から吹き飛ばし、まだ原形を保っていた六課の隊舎を容赦なく蹴散らす。わずかに残った支柱なども、その後に続く三千度に及
ぶ灼熱の炎に溶かしつくされた。
燃料気化爆弾――核弾頭に次ぐ威力を誇るそれが、投下されたのだった。

「馬鹿、な――」

寸前で防御魔法を展開したものの、ダメージは深刻だった。暗くなっていく視界の最中、ザフィーラが最後に見たのは、オッドアイの幼い少女を抱き抱え飛び去る
黒い影、ルーテシアの使い魔、ガリューの姿だった。


「こちらゴーストアイ、各機応答せよ!」

その頃、陳述会会場付近上空。
突然通信機に入った空中管制機からの声に、メビウス1は自分の耳を疑った。
どうやら原因は不明だが、先ほどまでウンともスンとも言わなかった通信システムが回復したらしい。
だが、今はそれどころではなかった。後方に迫る黄色の13のSu-37は確実にこちらを追い詰め、距離を縮めてくる。

「くそ」

操縦桿を薙ぎ払い、F-2をロールさせる。小型戦闘機の代名詞たるF-16を母体にしただけあって、その反応は速かった。くるりと左に一回転したメビウス1は、Su-37のロックオン可能圏内から逃れた。
続いてエンジン・スロットルレバーを押し込んで上昇。高度を取って行動の自由を得ようとするが、進路を先読みされたのか、コクピットに響き渡るのはロックオン
警報。振り返れば、一足先に上空に達していたSu-37の機首がこちらを向いていた。

「上昇性能じゃ勝てないか――!」

機体が違うだけで、ここまでいいようにされるとは。己の未熟さを実感しつつ、メビウス1はラダーを蹴飛ばし、機体を大きくスライドさせてロックオンから逃れる。

「逃がさん」

それでも、黄色の13は鋭い高速旋回。愛機の主翼に水蒸気による白い糸を引かせつつ、メビウス1のF-2を機関砲の射程内に捉えた。
高いGを伴う急機動で、脳は酸欠にあえいでいた。それを補うように酸素マスクの中で短い呼吸を繰り返しながら、黄色の13はメビウス1を照準に合わせ、機関砲の引き金を数回、短い間隔で引いた。
赤い曳光弾、純粋な質量兵器である三〇ミリの弾丸が、何度もF-2の主翼をかすめる。当たりはしなかったが、メビウス1は恐怖に顔を引き攣らせながら、思い切って操縦桿を突いた。
機首を強引に下げたF-2は急降下。上に引っ張り上げられるようなGに耐えつつ、メビウス1は後ろを振り返り、黄色の13の動向を探る。

「いいぞ、ついて来い――」

Su-37はまっすぐ、こちらを追ってきた。二機は追いつ追われつ、雲を突きぬけ高度を下げていく。
もう少し、とメビウス1が思ったその瞬間、Su-37の主翼の付け根辺りから、閃光が瞬いた。
まずい――即座にラダーを踏み込んで機首を逸らすが、わずかに遅かった。Su-37の放った弾丸がF-2の胴体を叩き、一発はコクピットに達し部品を弾き飛ばし、キャノピーに穴を開け、メビウス1の右肩をかすった。

「!!」

焼け付くような感覚。穴の開いたキャノピーからは冷たい空気が容赦なくコクピットに押し寄せる。たまらず彼は左手で右肩を押さえ、高度計に目をやる。
――今だ!
痛む右肩を堪え、操縦桿を引く。高度三千フィートで、メビウス1のF-2は機首を引き起こし、水平飛行へ。

「観念したのか、リボン付き――!」

空戦中に水平飛行など、自殺行為だ。黄色の13は好機と見てエンジン・スロットルを叩き込み、アフターバーナー点火。距離を縮め、今度こそメビウス1のF-2を
ロックオンする。この距離なら、どんな機動でも回避できない。
ところがその時、突如として黄色の13のSu-37に、周囲から光のシャワーが浴びせられた。何事かと思ったが、黄色の13は直感的にそれが攻撃であると見抜き、主翼を翻して回避機動に入った。

「対空砲火だと!?」

突然の乱入者に、黄色の13は驚愕した。横から来る強いGに耐えつつ視線を巡らせると、数十人に及ぶ管理局の空戦魔導師たちが、手にしたデバイスから魔力弾を
こちらに向かって撃ち続けていた。まるで軍艦の弾幕だ。
そうか――黄色の13は舌を巻いた。低空域は合同警備を行う本局の魔導師の担当する空域。メビウス1は彼らを頼って、この空域に飛び込んだのだ。

「やむを得ん、か……」

後方警戒レーダーにちらりと目をやると、通信システムが復旧したためか――実際はナンバーズが引き上げたため、通信妨害の必要が無くなっただけ――地上本部の
戦闘機隊が編隊を組みなおし、こちらに向かってきていた。さすがにこの数を相手するのは、燃料も弾薬も乏しい。

「命拾いしたな、リボン付き」

眼下で体勢を立て直すF-2を一瞥し、黄色の13は操縦桿を操り、同時にエンジン・スロットルレバーを押す。Su-37は高速で機首を帰路へと向け、この空域を飛び去っていく。
一方で、メビウス1は去っていくSu-37の後姿を見つめ、ひとまず安堵のため息を吐いた。負傷した右肩は当初こそ痛みが酷かったが、血は止まっているようだ。
とはいえ、機体の方は――。
視線を下ろすと、被弾の影響で複数あるディスプレイのうちいくつかが消えていた。機体もときどき妙な揺れを起こすから、戦闘続行は不可能だろう。

「こちらゴーストアイ、応答せよ、メビウス1!」
「――ああ、聞こえている。通信は、もう大丈夫なのか?」

この時になってようやく、メビウス1は呼びかけを続けるゴーストアイの存在を思い出した。彼は緊張した様子だったが、当のメビウス1はえらく呑気な声だった。

「被弾したのか? 状況はどうだ?」
「飛行に支障は無いが、戦闘は無理だ。身体は……まぁ、大丈夫だろう」
「了解。敵勢力の撤退を確認した――だが、奴らの目的はここではなかったようだぞ」
「何?」

意味深な言葉を発したゴーストアイに、思わずメビウス1は聞き返した。
わずかな逡巡の後、ゴーストアイは重い口調で言葉を続けた。

「機動六課が、敵に襲撃されたようだ。アヴァランチ隊が急行し、敵機は全て撃墜したが……損害報告は、まだ届いてない」




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最終更新:2009年02月21日 19:14