THE OPERATION LYRICAL_20

取り戻せ、愛する者を。
取り戻せ、戦う理由を。
解き放て、未来を。


ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


第20話 Paybacktime


クラナガン上空、高度二万フィート。
総数二〇隻にも及ぶ時空管理局本局所属の、次元航行艦隊が威風堂々とした雰囲気を漂わせつつ、大空を前進していた。
針路の先にはクラナガン上空に居座る古代ベルカの決戦兵器、"聖王のゆりかご"があった。

「目標までの距離、残り四〇マイル。全艦艇、目標を射程内に収めました」

艦隊旗艦を務める次元航行艦"クラウディア"の艦橋では、オペレーターの報告を受けた艦隊指揮官クロノが頷き、指揮下の艦艇に戦闘態勢
に入るよう命じた。

「よし……全艦艇に告ぐ、対艦戦闘用意。目標"ゆりかご"、主砲撃ち方用意」
「了解。対艦戦闘、ヨーイッ」

乗員たちは彼の命令を復唱し、ただちに配置についていく。その動きには戸惑いや未練が一切感じられず、よく訓練されていることが理解
出来た。
何より、彼らの多くは家族や友人をクラナガンに残してきた。地上本部の部隊は撤退し、市街は今、敵の手にある。この戦闘はテロリスト
から自分たちの故郷を解放する意味合いもあるのだ、気合が入らないはずがない。
戦闘配置が終了し、艦隊の各砲座が"ゆりかご"の巨体に照準を合わせる。高出力の魔力砲、射撃管制システムを砲手のリンカーコアにより
起動させるもので、"ゆりかご"のような巨艦であってもその威力を発揮できるはずだ。

「全主砲、目標を捕捉。あとは射撃許可を」

オペレーターの声を聞いたクロノは頷き、最後に手元の端末に無限書庫より発掘された"ゆりかご"のデータを確認する。
衛星軌道上に達すれば二つの月の魔力を受け、次元跳躍攻撃すら可能なこの艦艇だが、この高度ならばその能力を完全に発揮できる訳では
ない。つまり、攻撃するなら今が最大のチャンスだ。

「古代ベルカの遺産――ここで沈める。全艦、撃ち方始め!」
「了解、全艦撃ち方――ん、何!?」

オペレーターが全艦艇にクロノからの命令を伝えようとして、動きを止める。不審に思ったクロノは何事かと尋ねてみた。

「どうした?」
「"ゆりかご"に何か動きが……なんだこれは?」
「モニターに出せ」

命令に従い、オペレーターは端末を操作して艦橋内部の正面大型モニターに外部カメラが捉えていた"ゆりかご"の映像を映し出す。
全長数キロに及ぶ巨艦、その上面の一部装甲が開いていた。よく見ると、データにあった"ゆりかご"と細部が違うようだ。
何をする気だ――モニターに映る"ゆりかご"を、クロノは睨む。
彼らは当然だが、知る由も無かった。"ゆりかご"艦内では、すでに機械による合成音声でカウントダウンが始まっていることに。

「ブースター点火。五、四、三、二、一……ロンチ」

カウントダウンが終了した瞬間――突然、"ゆりかご"の上面から大量の白煙が噴出した。その最中から、火山の噴火のごとくの勢いで姿を
現す"何か"。

「目標から何かが発射……これは、ミサイル!?」

質量兵器を禁忌とする彼らは、"ゆりかご"から発射されたものがミサイルだと言うことに気付くのが遅れた。それは艦隊指揮官のクロノと
て例外ではない。そして、その一瞬の遅れが破壊と殺戮を呼ぶ。
発射されたミサイルは白煙を吹きながら超音速で突進、次元航行艦隊三番艦"ジオフォン"の艦体に突き刺さり、内部で爆発。巻き起こった
爆風と衝撃は"ジオフォン"を内側から、乗員もろとも食い破った。
――それが、全ての始まりだった。"ゆりかご"はミサイルを続けて発射し、それらが一斉に次元航行艦隊に降りかかる。突然の僚艦爆沈に
慌てた各艦艇は大した回避運動を行えないまま、次々と被弾炎上。いずれもたった一発のミサイルに艦体を貫かれ、内部爆発を起こしてい
る。

「……"レイヴン"、"ラズーリ"が被弾、大破! その他の艦艇も炎上中!」
「あのミサイルでか!? くそ……対空戦闘、撃ち方始め!」

狼狽しつつも、クロノはまだ生きている艦艇に飛んでくるミサイルを撃ち落すよう命令を下す。ただちに各砲座が動き、ミサイルを迎撃し
ようとする。だが、しかし――

「――畜生、速過ぎる!」

射撃管制システムを操る砲手は、ミサイルへの照準が間に合わないことに気付いた。超音速で飛行する物体の迎撃など、次元航行艦の設計
では想定外の事態なのだ。
その間にも、各艦艇は被弾していく。直撃を受け、艦体を真っ二つに折られる艦、機関部に被弾し、ゆっくりと落ちていく艦、命令を無視
して勝手に後退し、その結果僚艦と衝突してしまう艦――もはや、次元航行艦隊は総崩れだった。

「提督、"タナガー"が!」
「!」

オペレーターの報告を受け、クロノははっとなる。前方を行く僚艦"タナガー"が被弾の影響で航行不能になり、"クラウディア"に覆いかぶ
さって来た。このままでは正面衝突し、沈没に巻き込まれてしまう。

「取り舵いっぱい、衝撃に備えろ!」

操舵手を怒鳴りつけ、クロノは対ショック体勢を取って落ちてくる"タナガー"を睨んでいた。脱出できなかった乗員が、被弾で開いた大穴
からぽろぽろと落ちていく光景を、彼は忘れることが出来なかった。
衝撃。"クラウディア"全体が揺れ、乗員たちはたまらず悲鳴を上げた。砲座の一部が"タナガー"の艦体に当たり、削り取られるようにして
破壊されてしまったが、目立った被害はそれだけだった。衝撃が収まると、"タナガー"が力尽きたように"クラウディア"から離れ、地面に
向かってゆっくりと落ちていくのが見えた。もしクロノが回避を命じていなければ、"クラウディア"は"タナガー"に押し潰されていただろ
う。その事実が、彼の心に恐怖となって襲い掛かる。
人は恐怖に駆られた時、予想以上に脆くなる。全ての艦隊乗員が思っていた、もう終わりだ、勝てっこないと。

「……全艦、撤退!」

気付いた時には、クロノは叫んでいた。言われるまでも無く、わずかに生き残った艦艇は残った力全てを使い切るような勢いで反転、全速
力で空域の離脱を図る。
しかし、その流れとは逆行する艦がいることにクロノは気付いた。一隻の中型艦、名を確か"グムラク"と言った。

「何をしている、"グムラク"! 撤退命令だぞ、早く反転しろ!」
「――こちら"グムラク"、これより本艦は前方に進出し、艦隊撤退の援護に回る」
「な……」

大急ぎで通信回線を開き、"グムラク"の艦長を呼び出したが、彼はこんな状況下であるにも関わらず、笑みを浮かべていた。まるでこれか
ら先に起こること全てを受け入れたような、澄んだ笑みだった。

「何を言っているんだ、貴艦は旧式艦だぞ! あっという間に撃沈されるのがオチだ!」
「確かに、本艦は装備は旧いが機動性は"クラウディア"より優秀だ。そう簡単には沈まんよ……行け、クロノ提督。ここは我らが引き受け
よう」
「"グムラク"!」

通信は、途切れた。降りかかってくるミサイルの群れをものともせず、"グムラク"は"ゆりかご"に向かって突き進んでいく。
その間に、"クラウディア"を始めとした残存艦艇三隻は空域を離脱しようとしていた――。


「――以上が、三時間前の本局による"ゆりかご"攻撃作戦の結果や」

改修を施され、大規模な指揮能力と航空機搭載能力を得た次元航行艦"アースラ"のブリーフィングルーム。
はやては端末を操作しつつ、椅子に座って解説を受けていた機動六課の面々、さらに命からがら撤退してきたところを拾われた地上本部の
各部隊の代表たちにそう告げた。

「攻撃作戦って、これじゃどっちが攻撃に行ったのやら分からんな……」

疲れた表情を浮かべて呟くのは地上本部戦闘機隊のパイロット、スカイキッド。彼の発言を聞いて、周囲の人間たちが頷いていた。

「……で、具体的にこれからどうするんだ?」
「決まってるだろう、クラナガンを取り戻すんだよ」

率直な疑問を口に出すウィンドホバーに、アヴァランチが答えるが、ウィンドホバーは「どうやって?」と言いたげな表情を浮かべていた。

「そこは私が解説しよう」

疑問に答えたのは空中管制機搭乗員のゴーストアイ。彼ははやてから端末を受け取ると、いくつかのスイッチを操作してブリーフィングル
ームのモニターに、映像を映し出す。

「現在、クラナガンには多数のガジェット並びに無人戦闘機が展開している。その中心には空中要塞……本局の艦隊を蹴散らした、"ゆり
かご"だな。こいつが居座っている。首謀者のジェイル・スカリエッティは犯行声明を出し、管理局と正面から対決する構えだ」
「で、どうやってそいつらをぶちのめすかって話だな」
「その通りだ、ウィンドホバー。無人戦闘機だが、どうやら"ゆりかご"で補給を受けているようだ。つまり空母だな。こいつを沈めれば、
敵の航空戦力は一気に弱体化し、クラナガン奪回にも目処が立つだろう」
「沈めるって……どうやってだ? 本局の艦隊が手も足も出なかったんだろう?」

スカイキッドのもっともな意見。だが、ゴーストアイはあらかじめ用意しておいた回答を見せた。

「確かに、"ゆりかご"の能力はきわめて脅威だ――これを見てくれ」

ゴーストアイが端末を操作すると、モニターに"ゆりかご"の静止画像が現れた。かなり接近して撮影したものらしく、砲座の一つ一つに至
るまでもがはっきりと見えた。

「次元航行艦"グムラク"が沈没寸前に送ってきたものだ。この画像を解析するに、"ゆりかご"の武装は以下の通りになる」
再びゴーストアイが端末を操作し、各人の手元にデータを送る。それらを見て、誰もが表情を歪めてしまった。
「……なんですか、これ」
「ええと、七六ミリ速射砲二六門、二〇ミリCIWS対空機関砲四〇門、上面対艦ミサイル発射装置VLS二五基……」

キャロとエリオ、幼い少女と少年でさえ、これが何を意味しているのかは理解できた。要するに、今の"ゆりかご"は質量兵器で全身を纏っ
たハリネズミなのだ。おそらくは戦闘機を運用していく上で、質量兵器の有効性に気付いたスカリエッティの手により改修が加えられたの
だろう。

「加えて、戦闘機用の発着艦用カタパルト……予想される搭載航空機の総数は五〇機。全身を最新の複合装甲で防御。まさに空中要塞と
呼ぶにふさわしい出来やね」

あははは、ともはや苦笑いを浮かべることしか出来ないはやてだったが、だからと言って諦める訳にはいかない。

「次元航行艦隊を壊滅に追い込んだミサイル攻撃も、分析できた。超音速で飛行し、弾頭を装甲化しているため、一度発射されると迎撃も
回避も困難なようだ。ただし、小型高速の物体、例えば戦闘機などはさすがにロックオンできないようだな」
「あと、外面は複合装甲で鉄壁の守りやけど、内側までには及んでないようや。これらから導き出される結論は一つ――」
「突入部隊を送り込み、"ゆりかご"の動力部及び管制システムを内側から破壊する。対空砲火は、戦闘機が引き受ける」

はやてとゴーストアイの言葉を聞いた人々は、呆れたような感動したような、それぞれ思い思いの表情を浮かべた。一見無茶苦茶に思える
が、外部からの攻撃が通用しないならやむを得まい。アルカンシェルを叩き込むのは、クラナガン市街地上空であることを考慮すると必然
的に無理だった。
市民たちは市街地より避難したが、多くは着の身着のままの脱出を余儀なくされた。郊外で自発的にキャンプを作って飢えを凌いでいるが、
果たしていつまで持つか。結局のところ、管理局はクラナガンを取り戻すほか無いのである。
その後もブリーフィングは続く。"ゆりかご"攻略に併せて、敵の戦力を分散させるためオーリスの指揮する陸士部隊もクラナガンに向けて
進撃し、本局の空戦魔導師と協力の上で、"ゆりかご"撃破後はそのままクラナガン市内の敵を駆逐する。
同時に、スカリエッティのアジト発見の報告も入っていた。敵戦力がクラナガンに集中している模様なので、この機を逃さず、アジトに突
入部隊を送り、スカリエッティ本人の確保も目指す。

「作戦開始は明日、〇九〇〇だ。それまでの間、各人は出撃準備と休養を行え。以上、解散――」


"アースラ"の格納庫では、地上本部と本局それぞれの整備員が入り混じり、戦闘機の整備を行っていた。
その最中、メビウス1はようやく舞い戻ってきた愛機F-22の点検に立ち会っていた。同時に、本局に送られている間改修や変更した箇所が
あるので、その解説を六課屈指の技術員シャリオから受けてることになった。彼女は六課爆撃の際に負傷したが、決戦を前にして寝ていら
れないと無理やり出張ってきていた。

「故障していたエンジンですが、こちらの方で複製したものに換装しました。苦労したんですよ、あんな大出力エンジン、魔力も無しに制
御するなんて――それでも、なんとか実用化に漕ぎ着けました。カタログスペック上では変化ありませんが、反応速度とかは若干向上して
るはずですよ」
「なるほど、そりゃいいな」

えっへん、と胸を張って解説するシャリオに適当に相槌を打ちながら、メビウス1は愛機の無機質な肌を撫で、各部に異常が無いか確認す
る。とりあえず、またこれで飛べるようになったのは歓迎すべきことだ。
胴体周りの目視点検を終えると、次にメビウス1は主翼下に目をやる。そこで彼は、主翼に見覚えのないミサイルランチャーが搭載されて
いることに気付く。

「これは……?」
「F-22って、ステルス性を犠牲にすれば主翼の下にもミサイルが搭載できますよね? 多数の敵機と渡り合うのに、胴体内に搭載するミサ
イルだけじゃ足りないと思って、ランチャーを増設しました」

確かに、シャリオの言うとおりF-22は胴体内のウエポン・ベイだけでなく、ステルス性を犠牲にすれば主翼の下にAIM-120AMRAAM中距離空
対空ミサイルを八発搭載できる。胴体内の六発のAIM-120、さらにAIM-9サイドワインダー短距離空対空ミサイル二発と合計すれば、十八発
もの空対空ミサイルを搭載可能だ。多数の敵機と渡り合うのに、この重武装は魅力的である。

「必要ないなら空中でパージすればいいし、うん、こりゃいいな」
「喜んでもらって光栄です……それと、これはおまけなんですが」

そう言って、シャリオが取り出したのは一丁のアサルトライフルだった。取り回しをよくするため、銃床が収縮可能になっているのが特徴
な、ただし発砲するのはマガジン内に込められた魔力弾と言うものだ。

「……ライフル? 俺は歩兵じゃないぞ」
「ええ、墜落した時の自衛用です。コクピットのシートの下にでも入れておいてください」
「使わないに越したことはない、か」

一応礼は言って、しかし複雑そうな表情を浮かべながら、メビウス1はアサルトライフルを受け取った。きっと、使うことはあるまい。
出撃予定時刻まで、残り六時間。ひとまずメビウス1は受け取ったライフルをF-22のコクピットに放り込むと、仮眠を取るためその場を離
れることにした。


「――勇気づけるつもりが、逆に勇気付けられてきたぁ?」
「うん……」

出撃前の、わずかながら与えられた休憩時間。ティアナは、スバルがなのはを勇気づけようと行動し、結局逆に勇気付けられてきたことで
呆れた表情を浮かべていた。

「馬鹿ねぇ――あんたがなのはさんを勇気付けるなんて、一〇年早いわよ」
「そうかも……ひっく、うぅ」

みっともなく鼻をすすり上げるスバルに、容赦なく追い討ち。確かに、エースオブエースを勇気づける、と言うのはなかなか至難の業では
無かろうか。それでも、スカリエッティの犯行声明の中で、悲鳴をあげて助けを求めるヴィヴィオを見たなのはは、明らかに動揺していた。
スバルにしてみれば、少しでも彼女を助けることが出来れば、という思いから行動に出た訳だ。

「……ま、あんたらしいと言えばあんたらしいわね」

行動そのものは、いい行いなのだから。ティアナはスバルの肩を優しく叩いてやった。
ところが、涙をハンカチで拭い、これもみっともなく鼻をかんだスバルの次の言葉が、ティアナの胸に突き刺さる。

「――ティアはいいの? メビウスさんに、何も言わなくて」

ぐ、とティアナは表情が歪みそうになるのを、なんとかこらえた。

「――大丈夫でしょ、エースパイロットにあたし如きが何か言ったところで……」
「そうじゃなくて、ティアの方は大丈夫なの?」

あくまでも素直になろうとしないティアナに、今度はスバルが――決して本人にそんなつもりはないのだが――追い討ちをかけてきた。
大丈夫かと問われれば、大丈夫ではない。これから先は、経験したことのない激戦が待っている。それも、クラナガン奪回と言う今までと
は比較にならないほどの大きな目標が、その果てにはある。不安、緊張、あらゆる感情が入り混じった複雑な気持ちが、誰にでもある。
でもきっと、人生経験も豊富な彼のことだ。彼と話せば、少しは落ち着くかもしれない。そんな考えが、ティアナの脳裏には確かにあった。

「ティアがそれでいいなら何も言わないけど……後悔は、しない方がいいと思う」

それだけ言って、スバルは最後に涙を振り払い、顔をばしばしと叩いていつもの底抜けた元気な表情に。

「……ごめん、ちょっと行ってくる」

気付いた時には、彼女は走り出していた。目的地は、彼がいると思しき格納庫。


格納庫にたどり着くと、ティアナはそこにメビウス1の姿がないことに気づく。整備員に尋ねたら、「今は仮眠中だよ」と返事が来た。
一つため息を吐いて、諦めてその場を立ち去ろうとした時――眠たそうな顔をした、リボンのマークのフライトジャケットを羽織ったパイロ
ットが毛布片手に格納庫に入ってくるのが見えた。おそらくは仮眠から目覚めたばかりであろう、メビウス1だ。

「メビウスさん!」
「――ん、あぁ、ランスターか。おはよう」

声をかけるとメビウス1はこちらの存在に気づき、欠伸を一つ。大決戦の前だと言うのに、まるで緊張感がない。大物なのか、のん気なのか。

「……緊張感無いですね」
「緊張したところで何もよくならんからな」

こっちは不安の入り混じった微妙な感情を抱えていると言うのに、彼ときたらこの調子。ティアナは思わず苦笑いを浮かべた。

「――それで、何しにきたんだ? 出撃前の精神統一ならもっと静かなところの方がいいぞ、ここは今忙しい」

忙しなく動き回る整備員たちにちらっと視線をやり、メビウス1は言った。整備員は地上本部と本局の者が入り混じっているが、その動きに
はかつての根深い対立は感じられない。むしろ、不思議と一体感があるような気がした。

「えっと……」

メビウス1に言われて言葉を放とうとするティアナだったが、いざ彼を目前にすると口がパクパクするばかりで、考えがまとまらない。

「――ごめんなさい」

自分でも訳が分からなかった。口から出たのは、何故か謝罪の言葉。

「……何故、謝る」
「だって、その……メビウスさんは、次元漂流者なのに、こんなことにまで――」

しどろもどろになりながら、必死にティアナは言葉を繋ごうとする。
そんな彼女の肩を、メビウス1は苦笑いしつつ落ち着くようにと叩いてみせた。

「落ち着けよ。ここまで来て水臭いことを言うもんじゃない」
「あ――はい」
「俺は自分がやるべきことだと思ったことをやってるだけだ。正義の味方になったつもりはないが、テロを見過ごすのも気分が悪い」

それに、決着をつけたい相手もいる――あえて、その言葉だけは、メビウス1は自身の胸のうちに留めておいた。

「……不安、なんです」
「不安?」

ぽつり、とティアナはようやく落ち着いたのか、小さく呟いた。

「これから先は、犯罪者を捕まえるとか、そんな単純なものじゃありません。あたし、そう思ったら不安で……」

そこでメビウス1は気付く。彼女の身体が、わずかに震えていることに。
無理もあるまい、と彼は心の中で言った。自分はユージア大陸で何度も実戦を経験し、死線を潜り抜けてきた。不安はないと言えば嘘だが、
もうその感覚には慣れてしまっているのだ。ティアナにまでそれを求めるのは、酷だろう。
ならば、エースとして俺は彼女を勇気付けなければなるまい――自惚れるつもりはないが、メビウス1はそれが自分のやるべきことだと考
えた。

「安心しろ、"ティアナ"」
「え……」

突然ファーストネームで呼ばれて、ティアナははっとなる。

「お前なら大丈夫だ。"リボン付き"が保障する」

不敵な笑みを浮かべて、メビウス1は言った。いくつもの強敵を打ち倒してきた、エースからの保障である。これで安心しない人間が、どこ
にいるだろうか。

「――ハイ!」

いつか味わった、不思議な高揚感が、ティアナの心に現れた。彼との模擬戦で勝利した時に感じたものと、よく似ていた。
力強く、そして表情に一片の曇りを見せずに頷いたティアナに、「いい返事だ」とメビウス1は親指を立てて答えた。


作戦開始予定時刻。
愛機F-22のコクピットに乗り込み、メビウス1は不意に懐かしい感覚に襲われた。
いったい何だろうと記憶を探っていると、あることに気付く。確か、自分の初陣はF-4Eファントムで空母から発艦したのが始まりだった。
そして、今回もまた空中空母の機能も併せ持った"アースラ"から発艦しようとしている。あの時に比べれば機体の性能もパイロットとしての
技量も段違いだが――それでも不思議なもので、メビウス1は昔に戻ったような気がした。
――これは、初心に帰れってことかい?
F-22に問いかけるように、メビウス1はメインディスプレイに手を触れさせる。無機質なそれからは、何の返事も来ない。代わりにエンジン
を始動させると、勢いのいいジェットの轟音が彼の耳に入った。

「OK、お互い気合は十分だな……行こう」

誘導員が前に出てきて、メビウス1のF-22をカタパルトに向かわせる。指示通りにメビウス1はF-22をカタパルトに載せて、あとは発艦命令
を待つのみ。
最初は艦載機ではないF-22をカタパルトから発艦させると聞いてメビウス1は驚いたが、よくよく話を聞くと従来のスチーム式ではなく、魔
力によって電磁力を生み出して発艦させるものらしい。これなら艦載機でなくても微妙な出力調整で機体に負荷をかけることなく、空に打ち
出すことが可能な訳だ。
そのカタパルトの向こうには、青空が広がっている。今は静かな青い世界だが、あと数十分もすればそこも戦場になる。きっと、自分の好敵
手もその中にいるに違いない。

「つくづく、俺は戦争と縁のある……」

少し自嘲気味な笑みを浮かべて、メビウス1は呟いた。
だが、それが自分の運命ならば、受け入れよう。その上で、自分のやるべきことをやる。最強の性能を誇る愛機も、鍛え抜かれた技量も、そ
のためにある。

「メビウス1」
「っと……こちらメビウス1」

通信が入ってきて、メビウス1は思考を切り替えた。管制官と六課の副官を兼任しているグリフィスからだった。

「準備は整いました。発艦どうぞ……頼みます、"ラーズグリーズの悪魔"」
「ラーズグリーズ? 俺が?」

北の海から来ると言う自分の世界の御伽噺に出てくる悪魔の名を聞いて、メビウス1は思わず聞き返した。
なんでも、聖王教会にある予言で自分がそんな風に描かれているらしい。
いいだろう、とメビウス1は呟く。
運命を受け入れるついでだ、死神でも悪魔でも、鬼神でも凶星にでもなってやる。皆がそれを望むなら。

「メビウス1、発艦!」
「了解、発艦する」

カタパルトに、青白い閃光が走る。その直後、F-22は猛然と加速し、"アースラ"から放たれた。
空中に放たれたメビウス1はエンジン・スロットルレバーを押し込んで機体を加速させる。先に発艦した味方に追いつくためだ。
まっすぐ飛行していると、眼下に多数の友軍機が見えた。その数は三〇機、多いように思えるが、地上本部陥落前は一〇〇機もの戦闘機が
あったのに比べると、ずいぶん寂しくなったものだ。
それでも決して弱弱しさを感じさせないのは、パイロットたちの士気が極めて高いからだろう。

「ようメビウス1、遅かったな」
「早くしないと、獲物は全部頂いちまうぞ」
「なんだよ、俺たちだけでクラナガンを奪回してもよかったんだぜ?」

アヴァランチ、スカイキッド、ウィンドホバー、歴戦の戦友たちからの通信が入る。その声色からは、気合が満ちていることが伝わってきた。

「役者は揃ったな。よし、全機聞け」

今度は空中管制機のゴーストアイからの通信。彼も、いつも通り冷静な口調だがどこか言葉に力が入っている。

「我々の任務は敵航空戦力の排除、並びに突入部隊の"ゆりかご"までのエスコートだ。突入は、スターズ1及びスターズ2が担当する」
「そういう訳だ、よろしく頼む」
「お願いします」

振り返ると、ヴィータとなのはがどちらもバリアジャケット姿で飛んでいた。大火力を誇る彼女たちが"ゆりかご"内部に突入できれば、破壊
も不可能ではあるまい。

「……待て、こいつはジャミング?」

突然レーダーにノイズが映り、メビウス1は計器に手を伸ばして周波数を変えるなどで対抗してみるが、あまり状況は変わらない。

「こちらでも確認した……このジャミング、以前受けたことがあるな。あの戦闘機人によるものだろう、発信源は"ゆりかご"から」

ゴーストアイの言葉で、戦闘機隊の間に動揺が広がった。撤退間際に受けたクアットロによるジャミングは強力で、おかげで攻撃してきた敵
機にまるで歯が立たず、その結果多数の友軍機が撃墜された。

「落ち着け、対策は打ってある……ECCM、スタート」

だが、二度も同じ手は食わない。ゴーストアイはこれまで受けたジャミングを分析し、それを打ち消すECCM(対電波妨害)機能を装備していた。
それでも"ゆりかご"と言う巨大なバックアップを受けているためか、完全にジャミングは消えない。メビウス1のF-22のみ、元から強力なレ
ーダーを装備しているため、大きな影響を受けずに済んでいた。

「おいおい、これじゃ中距離ミサイルが使えないぞ。今時ドックファイトオンリーか?」
「仕方が無いだろう。メビウス1、先行して敵編隊を蹴散らしてくれ。ドックファイトにもつれ込みたい」

文句を言うアヴァランチを咎めながら、ゴーストアイが言ってきた。もちろん、メビウス1は了承する。

「了解した……おっと、噂をすれば」

レーダーに反応があり、メビウス1はメインディスプレイに視線を落とす。約五〇機に及ぶ敵性航空機が、まっすぐこちらに向かって進撃し
てきている。"ゆりかご"より迎撃に上がった無人戦闘機に違いない。
行くか――メビウス1はエンジン・スロットルレバーに手をかける。その瞬間、誰かからの視線を感じて振り返る。なのはが、こちらを見て
いた。

「どうした、スターズ1?」
「いえ……お気をつけて、メビウス1」

同じ"エース"の名を背負う者として、彼女とは共感できるところが多い。なのはもそれを思って、戦闘前に彼に何か言いたかったのかもしれ
ない――だが、今は目の前の戦闘に集中すべきだ。お互いにそれは心得ている。

「――サンキュー、スターズ1」

ラフな敬礼で答え、メビウス1はエンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナーを点火させる。同時に操縦桿を引き、急上昇。
編隊から一人離れた彼は、高度を高めにとって敵編隊に向かう。


上がれ、上がれとメビウス1は愛機に向かって呟く。もっと高く、高く上がれと。
高度四万フィート、雲一つ無い青空。高度を高めに取ったのは、敵に見つかりやすくするためだ。主翼下にまでミサイルを満載し、ステルス
性が低下した今のF-22なら、おそらく発見されるだろう。
案の定、レーダーに映る多数の無人戦闘機群は高度を上げて、こちらに向かってきた。
来たな――全兵装のセーフティを解除し、メビウス1は操縦桿を捻り、F-22の主翼を翻せて、急降下。併せてウエポン・システムに手を伸ば
して使用する兵装、中距離ミサイルのAIM-120を選択。途端に機首のAPG-77レーダーが上昇中の敵機をロックオンする。
まだまだ、もう少し引きつけろ――。
最適のタイミングで放つべく、メビウス1は辛抱強く待つ。そして、ここぞと言うタイミングで、彼はミサイルの発射スイッチを押した。

「メビウス1、交戦――フォックス3」

ロックオンした敵機は四機。主翼下に搭載されたAIM-120が四発切り離され、魔力推進の証である白い光跡を残して目標に向かって飛び掛る。
――閃光。キャノピーの向こうで四つの小さな爆炎が見えて、メビウス1は愛機の速度を上げた。急降下でさらに速度を増した彼のF-22は撃
墜され、空中分解していく敵機Su-35の残骸を追い抜き、更なる目標へ。
敵編隊のど真ん中に突っ込んでしまったらしく、周囲を飛ぶのは敵機ばかりだ。彼らはいきなり突っ込んできたメビウス1に驚きつつも、い
ずれもが攻撃態勢に入っている。
これは、さっさと身軽になった方がいいな――手近にいた敵機をロックオンし、メビウス1は再びミサイル発射スイッチを押す。
主翼下からAIM-120が二発放たれ、メビウス1に襲い掛かろうとしていたSu-35の編隊に突撃。回避の遅れたこの哀れな二機は正面からミサイ
ルの直撃をもらい、胴体を真っ二つに叩き折られた。

「!」

撃墜を確認したメビウス1は、後方からSu-35が近付いていることに気付く。ロックオンされないよう、あらかじめフレアを放出して、操縦
桿を右手前に引いて鋭い旋回。瞬間で自身の体重の九倍にも及ぶGがかかってきて彼の身体を締め付けるが、目玉だけは敵機をしっかりと捕
らえていた。
後方から不意の一撃を浴びせようとしたようだが、思いのほか素早い回避機動を取られたSu-35の動きは鈍かった。のたのたと機首をこちら
に向けようとしている間に、メビウス1のF-22は主翼の付け根に装備されている機関砲を放つ。一秒にも満たないほどの射撃だったが、二〇
ミリの弾丸はSu-35のエンジンを貫き、誘爆を起こした。

「七機目……」

呟き、操縦桿を捻って正面からミサイル攻撃を図ったSu-35を回避。行き過ぎたところを機体を宙返りさせて敵機の後方につくと、ただちに
レーダーロックオン、ミサイル発射スイッチを押す。主翼下から放たれたAIM-120はまっすぐ飛び、Su-35に急接近し、爆発。その爆風と破片
で後部胴体を粉砕する。これで撃墜八機目。
F-2もいい機体だったが、俺にはやはりこいつが一番だな――。
文字通り一騎当千の動きを見せ付ける愛機F-22に気をよくしながら、メビウス1は周辺警戒を怠らない。まだまだキャノピーの外は敵機でい
っぱいだった。だが、どれもこれも編隊を崩し、連携など頭に無いような動きだった。無人機の癖に、こういうところは人間くさい。

「待たせたな、メビウス1!」

その時、調子のいいアヴァランチの声が通信機に入ってきた。視線を上げると、はるか上空からアヴァランチのF/A-18F、ウィンドホバーの
F-16C、スカイキッドのMir-2000、それらに続く味方機たちが、一斉に急降下して来た。メビウス1が敵編隊を引っ掻き回している間、彼ら
は敵編隊に近付いて損害を受けることなく、格闘戦に持ち込んできたのだ。

「さあ、天使とダンスだぜ」
「ここは俺たちが引き受けた。メビウス1、お前はスターズ1と2を援護して"ゆりかご"に向かえ!」

ウィンドホバー、スカイキッドが言った。数は依然として劣勢だが、この乱戦下で彼らの技量を持ってすれば、決して勝てない戦いではない。

「すまない、頼む!」

上昇。メビウス1は格闘戦に入った友軍機たちにこの場を任せ、上空で待機しているなのはとヴィータの元に向かう。


「こちらゴーストアイ、全軍に通達する。航空隊が戦闘を開始――各方面軍は、行動を開始せよ」
ゴーストアイの流した全軍への通信。地上ではクラナガンから撤退し、戦力を再編成した陸士部隊が前進を開始する。

「行くぞ、クラナガンまで一直線だ!」

その上空を守るのは、本局より派遣されてきた空戦魔導師部隊。以前なら決して見られなかった、陸と海の合同作戦である。

「俺たちの街だ、取り戻すぞ」

もはや、今の彼らに陸も海も、地上本部も本局も関係ない。
目的はただ一つ――クラナガンの奪回。


「Como On! It's Paybacktime!」


陸士も空戦魔導師も、パイロットも管制官も。全ての人々が、声を大にして叫ぶ。さぁ、反撃の時間だと。

取り戻せ、愛する者を。
取り戻せ、戦う理由を。
解き放て、未来を。


「これより、首都クラナガンを奪還する!」


――クラナガン奪回作戦、開始。




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最終更新:2009年02月21日 19:42