THE OPERATION LYRICAL_23

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


第23話 流れ星


――それは"救い"の始まりである。


"ゆりかご"陥落より、少し前。
アサルトライフルで武装した三〇二部隊の陸士たちは、市街地で戦闘を続けていた。
すでに情勢は管理局側に傾き、あとはひたすら残存しているガジェットを撃破していく戦いとなる。
――否。そのはずだったのだが、召喚獣を撃破し、引き続き陸士たちと行動を共にしていたエリオは、今回の作戦に乗じてアジトに乗り込み、ス
カリエッティの確保に向かったフェイトの身に危機が迫っていることを知らされた。
助けに行きたい――けど、目の前の敵が!
残存しているガジェットの数は多い。中には陸士たちには強敵であるⅢ型も混じっていた。

「……エリオ君」

同じく行動を共にするキャロが、不安げな表情を隠すことなく露にしていた。
目の前の敵か、それとも自分たちの母親にも等しい存在か。
思考の板挟みにあって、苦しげな表情をしていると、傍にいた名も知らない若い陸士に肩を叩かれた。

「よう、坊主。訳ありって感じだな? お兄さんに話してみろ」
「――実は」

時折飛んでくる流れ弾にときどき中断されながら、エリオはフェイトがスカリエッティのアジトで危機的状況にあることを話す。
話を聞いたこの陸士はふんふん、と頷き、同じく傍にいた同僚の陸士に声をかける。二人は手短に会話を終えると、確認するように頷きあい、エ
リオとキャロ、幼くも勇敢な少年と少女に向き合う。

「よし、そういう事情なら了解だ。ここは俺たちに任せろ」
「え――でも」

貴方たちだけでは、と言いかけたキャロに対し、陸士は「馬鹿」と言葉を遮る。

「俺たちはそんなに頼りないか? 侮るなよ、これでも三〇二部隊じゃトップエースだ」
「そういうこと。さぁ、行け。上空までは援護してやる」

にっと頼もしい笑顔を浮かべ、陸士たちは銃口を前に向ける。死ぬつもりは一切ない、雄々しいその姿に、エリオは覚悟を決めた。

「キャロ……フリードで空に上がろう。戦闘機に狙われないよう、低空を高速で飛ぶんだ」
「エリオ君――分かった、フリード!」

エリオに促されて、キャロは自身の相棒である飛竜フリードの背中に飛び乗る。普段は小さく可愛らしささえ感じられるフリードも、今では伝説
の飛竜と言ってもいい面構えになっていた。
エリオもフリードに乗って、彼らは空へと舞い上がる。高度を上げすぎては戦闘機の餌食になる可能性があるため、市街地の建物に翼が掠らない
かどうかのスレスレで飛行し、スカリエッティのアジトに急行していった。
後に残された二人の陸士は、互いに顔を見合わせ、口を開く。

「さて……俺たちも行くぞ、シンゲン。子供にばかりいいカッコされちゃたまらん」
「へいへい。だがジークよ、"行く"ことはないぜ。敵さんならそこにいる」

陸士が視線を走らせると、彼らの姿を見つけたガジェットⅠ型の群れが、ぞろぞろとこちらに向かってきていた。
二人はそれぞれアサルトライフル、軽機関銃を構え、正面からそれに挑む。
銃弾とレーザーが交差し、閃光が瞬く。響き渡るのは銃声、爆音。

「終わったら一杯やるか!」
「賛成だ!」

レーザーが身を掠ろうとも、彼らは絶えず動き回り、ガジェットたちにありったけの銃弾を叩き込んで行った。


可笑しい。可笑しくてたまらない。
狂気の科学者、スカリエッティは、その名の通り狂人のように、笑ってみせていた。
彼の目の前には、全ての迷いを断ち切った金色の魔導師、フェイトがバルデュッシュを構え、真ソニックフォームの状態で立ち塞がっていた。

「ハハハハッ……いやぁ、失敬。人と言うのはなかなか、馬鹿に出来ないものだねぇ」

笑みを崩さず、スカリエッティは地面に転がる、すでにフェイトによって撃破されたトーレとセッテを眺めながら言った。
つい先ほどまで、彼女は取り押さえられていたのだ。高濃度なAMFの中で、行動の自由を失った魔導師の行く末など、誰でも容易に想像がつく。
だが、彼女はそんな絶望を打ち破ってみせた。開きっぱなしにしていた通信回線から聞こえた、エリオとキャロの声によって。

「まったく持って素晴らしい。"ゆりかご"も沈んだようだし、クローンであっても人の強さは変わらないか」
「――違う、私は強くなんかない」

バルデュッシュの矛先を向け、フェイトは力強く、スカリエッティの言葉を否定した。

「弱いから、今の今まであなたに押さえられていた――でも、私には仲間がいる」
「それが"人の強さ"だと言うのだよ」
「そんな、貴方の勝手な理屈――」

これ以上聞く気はない。心のうちで付け加え、フェイトは高速でスカリエッティに迫る。さながら、アフターバーナーを点火した戦闘機のように。
真ソニックフォームの名は伊達ではない。
巨大な金色の刃を振りかざし、フェイトはスカリエッティを薙ぎ払うべく、腕を振るった。
空気が切り裂かれ、刃はスカリエッティを捉える――はずだった。

「!」

一瞬の後、フェイトは手ごたえが無いことを感じ取った。バルデュッシュの刃は空を切り、後に残ったのは真っ二つにされて、それでも笑い続ける
スカリエッティのホログラフ。
瞬時に彼女は後退し、防御の構えを取った。正面は囮、必ずこの隙に奴は何らかの手段で、攻撃を仕掛けてくる。
――しかし、現実はフェイトの予想とは正反対だった。ぶった切られたホログラフは消えて、後に残ったのは無力化したトーレとセッテのみ。
警戒態勢を崩すことなく、周囲の気配を探っていると、どこからか聞き慣れない高音が、アジトの中に響き渡ってきた。

「いったい――」

怪訝な表情を浮かべるが、直後にぐらりとアジト全体が揺れた。自爆装置でも起動したのかもしれない。
自爆装置、と聞いてフェイトは駆け出し、手近にあったアジトの端末に手を伸ばす。このアジト内に侵入して分かったことだが、カプセルに入れ
られた何十人もの実験体となった人々。彼ら彼女らは、まだ生きている可能性があった。

「間に合って……」

端末を操作し、状況を確認。やはり自爆装置の機能は作動していた。どうにかして、それを止めなくては。
キーを叩いてみるが、自爆装置には強固なプロテクトがかけられていた。プロテクトを分析し、初めて自爆を止められるが――とてもじゃないが
間に合わない。

「シャーリー!」
「はい!」

通信回線を通じて、"アースラ"にいるシャリオにバックアップを頼む。処理速度は大幅に上がる。わずかながら、希望が見えてきた。
だと言うのに――フェイトは殺気を感じて、振り返る。ガジェットⅢ型が二機、背後から接近しつつあった。

「こんな時に!」

バルデュッシュを構えて迎撃と行きたいが、今端末から手を離せばその分処理が遅れる。一秒たりとも無駄に出来ないのに、それは致命傷だ。
だが、どの道このガジェットを撃破しなければ自分がやられる。やむを得ず、フェイトはバルデュッシュを構えようとする。
その瞬間、突如としてガジェットⅢ型が動きを止めた。胴体に後ろからぶすりと突き刺さるのは、見覚えのある槍。
まさかと思ったが、そのまさかだった。胴体をいきなり貫かれたガジェットⅢ型は爆発。残り一機が慌しく、襲撃者に向けレーザー攻撃を開始する。

「うおおおおお!」

襲撃者、フェイトにとっては頼もしい援軍――エリオは撃破したⅢ型の爆風に紛れ、レーザー攻撃を回避。残り一機の懐深くに飛び込むと、槍型
のデバイス、ストラーダを突きつける。魔力付加されたストラーダはⅢ型の装甲を突き破り、その機能を完全に奪った。
速い、とフェイトは息を呑んだ。エリオの動きは今までとは明らかに鋭さが違う。

「フェイトさん……早く!」

エリオの言葉で我に返った彼女は、再びキーを叩く。
プロテクトの解析――完了。
自爆装置の機能停止命令、送信中――受信、命令を受け付ける。
最後にアジトの中央管制装置と思しきものが、「本当に停止しますか?」と問いかけてくる。決まってる、YESだ。

「止まれ……!」

祈るような気持ちで、彼女はキーを叩く。結果が表示されるまでの時間が、フェイトには恐ろしく長いように思えた。
表示される結果は、自爆装置の停止。アジト全体を揺らしていた衝撃も収まった。

「……やっ、た」

ぺたん、と安堵したフェイトはその場に尻餅をついてしまった。今頃になって、手足が震えてきた。

「フェイトさん!」
「――あぁ、エリオ」

駆け寄ってきたエリオに向かって、フェイトは笑みを浮かべてみせた。

「終わったよ……あはは、助けられちゃったね」
「僕も、少しは頼りになるでしょう?」

得意げな笑顔を浮かべ、エリオは地面にへたり込んでいる彼女に手を貸し、起き上がらせた。
地上及び空はキャロのフリードが押さえてくれている。スカリエッティの姿は見当たらないが、見つかるのは時間の問題だろう。
それより今は、とフェイトは頼もしくなったエリオを見つめ、地上にいるキャロに思いを馳せていた。


「……で、結局見つからなかった訳やね」

戦い終わって、再建中の機動六課隊舎。とりあえず、一通りの機能を取り戻した会議室で、フェイトの報告を受けたはやてが呟いた。ただし、そ
の口調には決して詰問するような感じられない。

「ごめん……私の責任だよ。油断したばっかりに」

申し訳なさそうに頭を下げるフェイトだったが、この場にいる全員が「仕方ないさ」と言った感じの表情を浮かべていた。
アジトは制圧、内部にいたナンバーズも全員確保された。調査を進めていくと分かったことだが、アジト内にはガジェットの生産設備があって、
その生産ラインの一部を、無数の無人戦闘機が埋め尽くしていたと言う。
戦闘機はおそらく、メビウス1と同じくこちらの世界に飛ばされてきたものだろう。だが生産設備の方は、とてもスカリエッティ一人では揃えら
れまい。レジアスがかつて援助していたことを裏付ける証拠になる。
だが、その中にはスカリエッティの姿が無かった。追跡調査は続行されているが、依然としてその足取りは掴めていない。

「――まあ、そう悲観するもんじゃない」

なおも思いつめたような表情を浮かべるフェイトに向かって、口を開くのはメビウス1だ。

「アジトは差し押さえて、"ゆりかご"も沈んだ。配下の戦闘機人も全員確保。もう奴には何も出来ないさ」
「うん――実際、本局のほうもその考えなんよ。今はクラナガンの復興の方が忙しいようやし」

そう言って、はやては端末を操作し、現在のクラナガン市街の様子をモニターに出す。
戦場になって荒れ果てたように見えた市街地だが、避難から戻ってきた人々はくじけなかった。街中に転がるガジェットの残骸から装甲を剥ぎ取
って何をするかと思えば、そのまま建築物や道路の修理用資材に当ててしまった。中には電子部品を頂いて家電製品の修理に使ったり、二つに割
れて、今はクラナガン中央にその身を横たえる"ゆりかご"から装甲を剥ぎ取って資材にしてしまう猛者すらいた。
巷では"ゆりかご"の装甲は戦車砲でも撃ち抜けない複合装甲のため、高値で取引されている――らしい。

「いつの時代も最後に勝つのは民衆だな」
「たくましい人たちだよね……」
「商売上手やなぁ、見習わんと」

呆れたような、感心したような。乾いた笑い声を上げて、それぞれ言葉を漏らす。

「まぁ、それはそうと――実は、メビウスさんにええニュースがあるんよ」
「ん?」

一旦言葉を区切り、はやてはにんまり笑ってみせた。対照的に、メビウス1は怪訝な表情を浮かべ、彼女の次の言葉を待つ。

「……元の世界、見つかったで」


時空管理局管轄の留置場。
留置場といっても、いかにも牢屋といった感じの狭苦しい空間ではなかった。部屋は広いし、温かみのある空間。さすがに監視は行われているが
窮屈と言うほどでもない。
それゆえ、黄色の13は複雑な表情を浮かべていた。軍に入隊した時の基礎訓練で、捕虜になった時の対処方法を思い出さなくてもいい。何しろ
忘れてしまっている。だが、捕虜――と言うより、罪人であることには変わりない。

「どうした?」

唐突に声をかけられて、黄色の13は我に返る。同じく留置場送りにされた一人、チンクから声をかけられた。

「次はお前だぞ、13」

視線を下げると、二人の間にあるのはチェスが置かれたテーブル。チンクの差し向けてきた騎士が、黄色の13の女王に迫ってきていた。

「……むぅ。弱ったな」

仕方ないので歩兵を動かすが、おかげで防衛線に穴が生じてしまった。その隙を逃さず、チンクは駒を動かして攻め込む。

「チェックメイト」
「…………」

してやったり。チンクは黄色の13の反応を楽しそうに待っていた。
当の黄色の13と言えば「あれがこーなってこれがそーなって……ん? おお?」と指をチェスボードの上に走らせ、独り言を呟き、完全に負け
たことを思い知ると、ため息を吐いた。

「――駄目だ、お前には勝てん」
「空中戦は強くても、チェスは弱いんだな」

笑いながら、チンクはチェスを片付ける。彼女の言葉に黄色の13が微妙にヘソを曲げていると、二人の試合を観戦していたウェンディが、容赦
ない追撃を黄色の13に浴びせる。

「チンク姉ー、実は13ってノーヴェにも負けたんスよ」
「本当か? 13……ホントにチェスは弱いんだな」
「うるさい」

しっし、と手を振って人の弱みを容赦なく叩く二人を追い払い、黄色の13は不貞寝をすべく横になった。
ウェンディはそれを見て「あー、大人気ないッス、13」とか言っていたが、知ったことではない。一瞬の判断が命取りになる三次元の空中戦と
じっくり考えて敵地に攻め込むチェスとでは勝手が違うのだ。
確保されたナンバーズと黄色の13は、ひとまずこの留置場に集められ、今後どうするか、選択の余地を与えられていた。
一つは、管理局の更正プログラムに従い、社会復帰を目指す。一つは、あくまでも管理局には従わず、無人世界にて刑期を終えるまで監房に入る
か、である。
ナンバーズの皆は、もうどうするか決めてあった。ウーノ、トーレ、クアットロ、セッテは監房に入ることを選んだ。理由は人それぞれだ。
残るチンク、セイン、オットー、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディードは全員、更正プログラムを受ける。
ただ一人、黄色の13のみがどうするのか決めかねていた。元を辿れば彼は次元漂流者、管理局に保護されるべき身だが、理由はどうあれスカリ
エッティに協力した。管理局の方も、彼については処分を決めかねている様子だ。
――戦闘機の教官の話も、あったな。
寝返りを打ち、黄色の13は地上本部の指揮官代行を名乗る人物――確か、オーリスとか言った――から提案されたものを思い出す。

『管理局は、優秀な者であれば贖罪も兼ねて受け入れる制度があります。あなたなら、きっといい教官になれるでしょう』

犯罪者を雇用と聞いて、黄色の13は正気か、と聞き返したくなった。どれだけ管理局とやらはお人よしなんだ、と。
とはいえ、このまま地面にへばり付くのもパイロットとして面白くない。どうせ敗北した身、ならば自分のあるべきところに行こう。そういう考
えもまた、彼の胸のうちに存在していた。

「ういーっす、帰ったよー」
「あぁー、疲れた……」

扉が開かれる音がして、同時にセインとノーヴェの声がした。後に続くのはディエチ、オットー、ディード。更正プログラムを受けるに当たり、
書類が必要になっていたのだが、彼女たちはその発行が遅れていたのだ。それが今、ようやく終わったのだろう。

「あー、13」
「――なんだ?」

セインに声をかけられて、黄色の13は上半身を起こす。

「こっちに来る途中にチラッと見えたんだけどさ、あんたの愛機……ええと」
「Su-37か?」
「そう、それ。なんか、この留置場に引っ張り込まれていたよ。修理も終わってたようだし……」

ふむ、とセインの言葉を聞いた黄色の13は、留置場の小さな小窓に目をやる。外に広がるのは、眩い太陽、蒼い大空。
大方、例の地上本部の者が黄色の13をその気にさせようと彼の機体をここに持ってきたのだろう。クラナガンから遠く離れたこの留置場は生活
必需品や食料などの搬入を、輸送機に頼っている。ゆえに、滑走路があるのだ。
修理の終わった愛機に滑走路、脱走にはちょうどいい条件だが――。
そこまで考えて、黄色の13は首を振った。そんなことをすれば、目の前の"教え子"たちに迷惑がかかる。第一、脱走してどこに逃げようと言う
のだ。燃料もそう長くは持つまい。
それに、わざわざこんな最果ての地に、管理局の地上本部はSu-37をこの地に持ち込んだ。自分を信用していると見ていい。

「悪くないかもしれんな、教官と言うのも……」

ぽつりと呟き、黄色の13は天を仰いだ。


黄色の13が悩んでいるのと同じように、悩む人間がここにも一人。

「帰れるのか……ううむ」

すっかり日が暮れ、周囲の明かりは外灯だけになってしまった六課隊舎、屋上。メビウス1は手すりに身を任せ、腕組して天を仰ぐ。
飛行服の胸ポケットから、古びた写真を二枚取り出し、彼ははやての言葉を思い出す。

『まだ確証はないんやけど、メビウスさんの話してくれた情報と、ほぼ一致する世界があるんよ。九割方、メビウスさんの世界やと思う』

元の世界。ユージア大陸に、ついに帰れる時が来たのだ。それなのに、それを心底喜んでいない自分がいる。
そもそも、自分が管理局、と言うより機動六課に協力したのは、彼女たちと対峙した敵戦闘機に敵国エルジアの国籍マークが描かれていたからだ。
ISAF空軍の軍人として、この地に飛ばされたエルジア軍残党が、また何かよからぬ行動を起こそうとしてるのかと考えた彼は、その調査のため、
六課に加わった。ところが、結局エルジア軍は何も関与してなかった。スカリエッティが偶然この世界に飛ばされてきたエルジア空軍機を無人化
して、運用していたに過ぎない。黄色の13も、エルジア軍人としてよりも一人の戦闘機乗りとして、またナンバーズたちの教官として戦いに
加わった。
それなのに、命の危険を冒してまで、六課の仲間たちと共に戦い抜いたのは、知らず知らずのうちに仲間意識が芽生えていたからだろう。

「要するに、俺はここに未練があるんだ。仲間たちと一緒に生きたいんだな……」

そう結論付けて、メビウス1はため息を吐いた。
思い返せば、いい奴らに出会えたと思う。
色々と裏はあったが、地上の平和を守るため奔走し、最後には自分自身の罪と向き合って、責任を取った指揮官。
自分に自信が持てず、ゆえに対決したが、それを乗り越えて素晴らしいセンスを発揮した銃士。
若くして同じエースの名を背負い、そう呼ばれるに相応しい技量を持ち、無茶をやる魔女。
他にも、陸の戦闘機乗りたち、六課の仲間たち、みんな忘れがたい、いい奴らだった。
――それでも、俺はやはり帰るべきなんだろうか。
二枚の写真を見つめ、メビウス1は誰かに問いかけるように、胸のうちで呟いた。
その時、強い風が吹いた。彼の手にあった写真は飛ばされ、隊舎の屋上の上を流れていく。
慌ててそれらを拾おうとして、メビウス1は誰かが写真を拾い上げるのを目にした。視線を上げると、そこには制服姿のティアナがいた。

「ランスター? なんでここに……」
「下から、誰か屋上にいるのが見えたので」

彼の問いかけに答えながら、ティアナは手にしていた写真にちらっと目をやる。
古ぼけた二枚の写真、片方にはどこかの基地の門前で、軍服を着たメビウス1と、彼の両親と思しき二人の男女が写っていた。
ただし、写真に写るメビウス1のその表情には、今より堅さやあどけなさが残っている。おそらく、軍に入隊して間もない頃、記念に撮ったもの
なのだろう。
もう片方には――ティアナは少しばかり、写真を見たことを後悔した。同じく軍服を着たメビウス1、傍らに写るのは、当時の彼と同じ年頃と思
しき、女性の姿。

「あ」

ティアナは声を上げる。メビウス1は素早く、少し強引に、彼女の手から写真を奪っていた。

「……ごめんなさい」
「――いや、俺も乱暴だったよ。悪かった」

ティアナは写真を勝手に見たことを謝り、メビウス1は仕草が乱暴だったことを謝る。
なんとも言えない心地の悪さが漂うが、彼女はそれを打破すべく、口を開いた。

「ご家族と……恋人、ですか?」
「ああ――」

包み隠さず、メビウス1は頷いた。ただし、更に言葉を付け加えて。

「みんな、もういないけどな」
「いない?」

ティアナが怪訝な表情を浮かべると、メビウス1は、ゆっくりと昔のことを思い出すように、意味を話し始めた。

「――俺が、軍隊に入った頃だ。"ユリシーズ"って名付けられた小惑星が落ちてきてな。親父もお袋も……彼女も、みんな吹き飛ばされちまった」
「……!」

驚くティアナを余所に、メビウス1は、言葉を続けた。

「そんな訳で、天涯孤独の身さ」
「……結婚して、家庭を持とうとは、考えなかったんですか?」
「俺が愛した女は彼女が最初で最後だ」

そう言って、メビウス1は今はもういない恋人の写る写真を手で揺らす。笑顔を浮かべているが、その表情には明らかに、底知れぬ悲しみがある。

「そもそもな、戦闘機乗りに女房なんて必要ない。帰りは遅いし、いつ死ぬかも分からないし――女房の方が、不幸になっちまうよ」
「――そんなこと、ありません!」

独り言のように呟くメビウス1に対して、ティアナは叫んでいた。
何故そうしたのかは、だいたい見当がつく。それに、彼女としては、彼がそんな悲しいことを言うのが、我慢ならなかった。

「彼女、きっと悲しんでますよ。自分の愛した人が、そんな悲しいこと言うなんて……身勝手ですよ、メビウスさんは」
「ランスター……」
「……ごめんなさい、言い過ぎました」

我に返り、ティアナは彼から目を逸らした。

「いや――お前の、言うとおりかもな」

ところがメビウス1は、気分を害したような様子を見せなかった。手すりから離れ、星の瞬く空を見上げた彼は、ため息を吐く。
――実際、お前はどう思う? 俺が愛した女はお前が最初で最後って言ったら、悲しいか?
夜空の向こうにかつての恋人を思い浮かべ、彼は胸のうちで問う。彼女は、困ったような苦笑いを浮かべた。そんな気がする。
元の世界に戻る。戻って、家庭でも持つべきか。家族を作るなら、自分の故郷の方がいいだろう。
だが、それを良しとしない自分もいる。
何故だろうな、とメビウス1が傍らにいるティアナに視線を送ろうとした時、彼女が「あ」と突然、夜空を見上げて呟いた。
釣られて彼も夜空を見上げる――小さな星が一つ、夜空を駆け抜けていくのが、一瞬だったが見えた。流れ星だ。
流れ星は、一つではなかった。後から二つ、三つと増えていき、次第にその数は増していく。やがて、空を埋め尽くさんばかりの流星群が姿を
現した。

「こんな時期に……綺麗」

ティアナは不思議そうに首を傾げながらも、素直にその光景に見惚れていた。
メビウス1も同じものを見たが、脳裏によみがえってきたのは、よりにもよって"ユリシーズ"が地表に降り注いだあの日の夜の光景だった。
だが、隣の彼女は夜空の流星群に見惚れている。
いい加減、自分も過去を振り払うべきだろうか。そうすれば、この流星群もマシに見えるかもしれない。
――その時だった。突然、六課隊舎に警報が響き渡った。

「何だ……!?」
「分かりません――ロングアーチ、応答を!」

ティアナが通信回線を開くと、モニターの向こうでシャリオが大慌てで司令室の席についていた。

「シャーリーさん、状況は!?」
「待って、情報がまとまってない――分かってるのは、空から隕石が落ちてきて、地方都市が一つ吹き飛んだってことくらい……」

隕石、と聞いてメビウス1とティアナは頭上を見上げる。流星群の中の一つが高度を落とし、綺麗な流れ星から凶暴な赤い隕石と姿を変え、はる
か遠くに落ちていくのが見えた。
直後、落着地点の方角から、夜空を照らさんばかりの閃光が上がる。隕石が落着したに違いなかった。

「……急ぐぞ、ランスター」
「はい!」

二人は駆け出し、それぞれの持ち場へと向かう。
途中、メビウス1は記憶の中に、これと酷似した光景があるのを思い出した。"ユリシーズ"が地球の引力に引かれて落ちてきた、自分が家族と恋
人を失ったあの日とはまた、別のもの。
まさか――いいや、違う。そうであってくれ。

夜空から降り注ぐ流星群。だが、その実態は地表にある全てを焼き尽くすのが目的の、死の流星群。
御稜威の王が、目を覚ました。"救い"が始まる、破壊と殺戮という名の、邪悪な"救い"が――。



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最終更新:2009年02月21日 20:11