Call of Lyrical 4_0.5

Call of Lyrical 4 


第0.5話 ワンショット・ワンキル/任務限りの付き合い


チェルノブイリ。人の生活が途絶えたその街は、悪人たちにしてみればこれ以上ない隠れ蓑だった。
彼らはそこで人目に触れることなく、核物質の取引を行っていた。
今回の目標――イムラン・ザカエフもその中の一人だ。
野放しに出来る訳がない。テロリストが核物質の売買など、破滅まっしぐらだ。
だから大戦後、初めてイギリス政府は暗殺任務を下したのだが――。


「核物質じゃない?」

狙撃ポイントとしては最適と思われる、廃墟と化したホテルの最上階。双眼鏡から手を離すことなく、マクミランは隣で葉巻を吸う男――レジアスに聞き返した。
レジアスは葉巻の火を床に押し付けて消して、そうだと言わんばかりに頷いた。

「その通り。今回の目標が取引しているのは、核物質じゃない」
「おい、それってどういう――」
「言ってもお前らには理解できない」

またこれだ、とプライスはレジアスの言葉にやれやれと首を振る。
この男、ザカエフが現れると思われる取引現場の位置を正確に掴み、どうやって運んだのか定かではないが、対物狙撃銃として有名なM82A1バレットまで準備していた。
それだけならプライスは、レジアスを任務に関しては間違いなく出来る男だと評価しただろう。
ところが、ときどき交わす会話の中で、こちらが尋ねても彼は答えないことが多い。問い詰めても先ほどのように「言っても理解できない」と逃げるだけだ。
任務限りの付き合いとはいえ、もう少し愛想よくしてもいいだろうに。
このように信用ならない男ではあるが――少なくとも敵ではなかった。狙撃ポイントに到着してから二日、双眼鏡の先に、何輌ものトラックやジープがやって来た。乗員はいずれも武装した兵士ば
かり。レジアスの言うとおり、これから核物質ではない別の"何か"を取引するのだろう。

「プライス少尉、取引が進行中だ。敵の輸送車両が、射程に入った――」

マクミランも気付き、プライスに配置に就くよう促す。
ちらっとプライスは、このためにレジアスに用意されたM82A1の傍らに置いてあった写真に目をやる。写真に映っていたのは、鋭い眼光を持つ痩せた男。今回の目標、ザカエフだ。
彼はM82A1の巨大なその銃身に取り付き、狙撃スコープを覗き込んだ。


この日は、風が強かった。目標を狙撃スコープのど真ん中に捉えても、おそらく弾道は風に流され、狙い通りにはいかないだろう。計算して撃つ必要がある。

「訓練を思い出せ。大気中の湿度変化、風力が弾道に与える影響、この距離だとコリオリ効果も考慮する必要がある……」

SASでトップクラスを誇る狙撃手マクミランの言葉通り、プライスは過去の訓練を振り返る。
コリオリとは、確か地球の自転により飛翔する物体が受ける転向力のことだ。もっとも、これはかなり高所から下を狙うケースなので、弾道落下はそこまで気にしなくていいはず。
となれば風向きと風力だが――運がいいことに、狙撃スコープの向こうに映るトラックに、テロリストたちのシンボルマークを印した小旗が付けられていた。風に揺れるこれを参考にしない訳には
いくまい。
と、ちょうどその時、目標と思しき人物が重そうなトランクケースを抱え、狙撃スコープの中に入り込んできた。

「よし、おそらくあの男だろう……間違いないな、レジアス?」
「ああ、間違いない」

隣で双眼鏡を構え、観測手をやっていたマクミランとレジアスが目標を確認。こいつこそ、テロリストの親玉であり今回の暗殺対象、イムラン・ザカエフだ。

「目標……確認。間違いない、奴がイムラン・ザカエフだ」

マクミランの言葉を聞いたプライスはいよいよ、M82A1のセーフティを解除した。これで引き金を引けば、五〇口径の直撃すれば人体など真っ二つにしてしまう銃弾が放たれる。
しかし、とプライスは引き金にかけた指に力を加えない。スコープに映る小旗が、落ち着きなく右へ左へと風に揺れていた。
狙撃スコープの向こうでは、狙われているとは考えもしないであろうザカエフと、テロリストが取引を始めていた。
ザカエフがトランクケースの中から、何かを取り出す。その瞬間、声を上げたのは他ならぬレジアスだった。

「む……やはりか」
「どうした、レジアス? あれがお前さんの言う核物質じゃない"何か"か?」

マクミランが双眼鏡から離れずレジアスに尋ねるが、彼は答えなかった。
もはや大して気にすることなく、狙撃スコープを覗いていたプライスだが、ザカエフがトランクケースから取り出したものを見て、怪訝な表情を浮かべた。
それは確かに、核物質には見えなかった。禍々しいほどに赤く、されど光り輝く宝石にしか、プライスには見えなかった。
わざわざ放射能という危険な香り漂うこの地に来てまで、宝石の販売? 運用資金にでも困っているのだろうか。その割りに西側の小銃や攻撃ヘリなど、彼らはその辺のテロリストとは一線を引くほ
ど装備は豪勢なのだが。
そこまで考えて、プライスは首を振った。余計なことを考えるのはよそう、今は狙撃に集中だ。
うまい具合に、風の勢いも弱まってきた。狙うなら今のうちかもしれない。
狙撃スコープを少しばかりずらし、取引中のザカエフに照準を合わせる――ところが、ここに来て狙撃スコープの視界を遮るものが現れた。
なんだと思ってスコープの倍率を落とすと、攻撃ヘリのMi-28ハボックが、彼らの前に姿を現していた。Mi-24ハインドよりも新しい、新鋭機。あんなものまで、テロリストは保有しているのだ。ま
すますプライスは、何故に彼らが宝石販売を行っているのかが理解できなくなった。

「ッチ、どこから湧いてきたんだ? 辛抱だ相棒、万全を期すんだ……」

露骨に舌打ちしたマクミランの指示に従い、プライスは引き金から指を離す。防弾構造に優れたハボックと言えど、このM82A1でコクピットを狙えば撃墜は可能だが――ヘリが墜落すれば、奴らは
警戒を強めてしまうに違いない。
辛抱強く待っていると、ようやくハボックは引き上げてくれた。ふぅ、と安堵のため息を吐き、プライスは改めてザカエフに照準を合わせる。
狙撃スコープの向こうでは、ザカエフと取引相手のテロリストが、何らかの原因で揉め事を起こしていた。手を振りかざして、ザカエフは怒りを露にしている。
ふとプライスは、先ほどまで風に揺れていたトラックの小旗の存在を思い出し、そちらの方を注視する。小旗は、踊る相手がいなくなったように垂れ下がっていた。
すなわち、今は無風。弾道落下も大して気にしなくていいなら、照準が非常にやりやすい。
取引相手のテロリストが、怒るザカエフを前にたじろぎ、後ずさりして彼から離れた。
チャンスだ、とプライスは考えた。今なら射線を遮るものはなにもない。

「今しかない、撃て!」

マクラミンも叫ぶ。プライスは最後に照準を微調整し、引き金にかける指に力を加える。
ワンショット、ワンキル。ひっそりと呟いた言葉は、狙撃手にとって最も優先すべき使命。
轟音と共に放たれた銃弾は音速を超え――直撃。狙撃スコープの向こうで、予期せぬ方向から予期せぬ攻撃を受けたザカエフの身体は吹き飛び、左腕が千切れ飛んだ。

「目標を倒した、ナイスショットだ少尉!」

マクミランが歓喜の声を上げるが、安心していられない。M82A1の発した轟音とマズルブレーキから放たれた猛烈な発砲煙は、彼らの位置を曝け出してしまう。

「まずいぞ、さっきのヘリがこっちに来る」

レジアスが手早く装備をまとめ、撤収の準備に入った時、先ほど通過したはずのハボックが彼らのいるホテル最上階に向け、接近しつつあった。

「くそ、気付かれたか。プライス、ヘリを撃ち落せ、時間を稼ぐんだ!」

マクミランの指示が飛ぶ。言われるがままプライスはM82A1の銃口をずらし、接近中のハボックのコクピットに向ける。
邪魔な発砲煙が晴れるのを待って、プライスは引き金を引く。再び巻き起こるM82A1の轟音のような銃声。狙撃スコープの向こうでは、ハボックのコクピットが真っ赤な鮮血で満たされていた。
パイロットを失ったハボックは煙と炎を吹き出し、不愉快な甲高い高音を上げながら、地面に落ちていく。M82A1の銃弾が機内を貫通して、エンジン部にでも入ったのかもしれない。

「いい腕だ少尉! さあ、奴らが来る前に逃げるぞ!」

マクミランに言われて、プライスはM82A1を手放し、代わりに通常の狙撃銃であるM21を肩に担ぐ。威力と射程ははるかに劣るが、重量一三キロもあるM82A1を担いで逃げるのは得策ではない。

「こっちだ、急げ」

脱出ルートは、事前にレジアスが用意しておいた。ホテルの窓からロープを垂らし、そこから地面に向かって降下するのだ。
レジアスに招かれ、マクラミンとプライスはロープに捕まり、降下準備に入る――だが、そこでプライスはこのホテルの最上階に向かってくる者を見て、驚愕するほか無かった。

「――人!?」

地面から舞い上がってくる、追撃と思しき敵。だがそれはヘリでもなければVTOL戦闘機でもなく、人間だった。今時コスプレ会場にでも行かないと見れない、どこかファンタジーチックな服装に、手
にしているのは武器と思しき杖。そいつらが数名、空に飛び上がり、プライスたちに迫ってくるのである。

「くそ、違法魔導師もいたか」

レジアスの方に視線を向けると、やはりこいつは何か知っている様子だった。
だが、問い詰める時間は無い。レジアスの言った言葉を借りるなら、この"違法魔導師"たちは武器である杖を構え、自分たちにその矛先を向けてきている。

「俺に続け!」

はっとなって、プライスはロープを使ってホテルの壁を器用に降下するマクミランとレジアスの後を追う。
直後、ホテルの最上階に何かが大量に撃ち込まれ、派手な爆風と衝撃が巻き起こる。それらに吹き飛ばされる形で落ちてきたコンクリートの破片から身を守りつつ、プライスは地面へと生還を果たした。

「おい、レジアス。さっきの連中は何なんだ。お前、知っているんだろう!?」

着地するなり、マクミランがレジアスに詰め寄り、先ほどの違法魔導師について問いただしていた。
ところが、レジアスは答えることなく、自身の肩に引っ掛けていたドイツ製の小銃、G36Cを構える。その視線を辿れば、こちらの位置を特定したのか、敵兵たちがわらわらと近付きつつあった。

「話は後だ。まずは、脱出地点を目指そう」
「ッチ、ちゃんと話せよ。デルタ2-4、聞こえるか!? こちらアルファ6、現在退却中! 第4脱出地点に向かう!」

通信機のスイッチを入れ、マクミランはM21を構え、走り出す。レジアスとプライスも後に続いた。

「アルファ6、現在ビックバードが向かっている。到着予定時刻――二〇分後」

司令部の方は、救援ヘリを寄越すと言ってきた。二〇分、それがタイムリミットになる。
ただ走るだけなら余裕で間に合う距離なのだが――目の前の住宅街に陣取った敵兵たちは、それを許してくれそうにない。どうあっても、排除する必要があった。

「プライス、俺と一緒に狙撃で数を減らすぞ。レジアスは近付いてきた敵を」
「了解」
「心得た」

二人の狙撃の腕前は間違いなく一級だが、敵兵の数は多い。仕留め損ねた敵は、M21より取り回しのいいG36Cを持ったレジアスが片付けることで対処しようと言うのが、マクミランの考えだった。
ひとまず道路上にあった廃車に身を寄せ、マクミランとプライスはM21を構え、住宅街の方向からやって来る敵兵たちに照準を合わせる。
プライスは呼吸を止めて手振れを抑え、発砲。すでに存在が知れ渡っている以上、消音機は必要ないので外してあった。
M21の銃声が響き渡り、その度に狙撃スコープの向こうの敵兵が倒れ、ひっくり返り、射殺されていく。
とは言え――数の差は覆せなかった。味方の死体を踏み越えて、敵兵たちはプライスたちとの距離を詰めていく。
焦りは禁物だが、敵は目前。どうしても照準が雑になり、ついにプライスは敵の射程に収まってしまう。
AK-47の銃口がこちらを向くのと同時に、廃車の陰に身を隠す。直後に、放たれたいくつもの銃弾が廃車を叩き、火花を散らす。何発かは廃車を貫通し、プライスの身体を掠め飛ぶ。
このままでは撃ち負ける――そう思った瞬間、AK-47の銃声が止んだ。おそるおそる身を乗り出すと、レジアスがG36Cを構え、敵兵たちの側面を突く形で激しい銃撃を浴びせていた。
三〇発のマガジンを全て撃ちきる勢いでレジアスの放った銃弾は、突っ込んできた敵兵たちをズタズタに引き裂いていく。

「何やってる、進め! 敵のヘリが来たぞ!」

撃ち尽くしたマガジンを交換し、レジアスが叫ぶ。後方を振り返ると、敵の輸送ヘリが後部ハッチからロープを垂らし、兵員を降下させていた。
いちいち相手している暇はない。マクミランとプライス、レジアスは互いに援護し合いながら、前進を再開。降下してきた敵兵たちが撃ちかけてくるが、レジアスはそれらに対して手榴弾を投げる。
爆発。爆風と破片が周囲に飛びかかり、敵兵たちを薙ぎ払う。

「あのアパートで捲くぞ、来い!」

マクミランの指差す方向を見ると、一軒だけ扉の開いているアパートがあった。屋内に入れば、少なくとも空から攻撃を受ける可能性は低くなるはずだ。
最後に三人が一斉に後方に振り返り、なおも迫ってくる敵兵にありったけの銃弾を叩き込み、ついでに手榴弾を投げる。何名かが手榴弾の爆風で吹き飛ばされ、敵の前進は停滞する。この隙を逃がす訳には行かない。
マクミランを先頭に、三人はアパートへと入っていった。

アパート内はやはり無人だったが、テロリストたちが勝手に住んでいるのか、わずかに生活の名残が見えた。ドラム缶の中で燃え盛る炎は、暖を取るため焚き火でもやっていた証拠だ。
となれば、当然敵が出てくる可能性もあったが――みんな自分たちを探しに出たのか、人っ子一人いなかった。
それでも警戒は決して緩めず、三人は各々の死角を補うように、バラバラの方向に銃を向けつつ前進する。
窓を飛び越え、隣の棟へ。そうして脱出地点へと繋がる道に出るべく一階のベランダから外に出ようとしたところで、マクミランが左手を上げて前進停止の合図をあげた。

「スタンバイ」

いつもの口癖だが、プライスはベランダの向こうで数人の敵兵たちが警戒しながらこのアパートに入ろうとしているのを目撃した。幸い、まだこちらの存在には気付いていない様子だ。

「プライス、急いでクレイモアを入り口に」
「了解」

プライスは腰のバックパックから、一見弁当箱のようなクレイモア地雷を取り出す。前を遮るものがあればただちに起爆し、内蔵された七〇〇個の鉄球が目標をミンチにする代物である。
そいつをアパートの入り口にセットし、プライスたちは一時待機。何も知らない敵兵はアパート内に足を踏み入れ――クレイモア、起爆。哀れな敵兵は全身を高速で飛んできた鉄球に引き裂かれて
しまう。
さすがに入り口から堂々と入るのは危険だと敵も気付き、ベランダ越しから銃撃を掛けてきた。マクラミンは屋内に踏みとどまるのは危険と判断、敵の死体を踏み越えてベランダを乗り越え、屋外へ。
アパートの外に出ると、敵兵たちは激しく撃ってきたが、レジアスがG36Cを構え、水平方向に薙ぎ払うようにして銃撃。絶え間ない銃弾の雨に晒された敵兵たちは、悲鳴を上げて撃ち倒されていく。

「そんな派手に撃って弾は大丈夫か」
「マガジンはあと四つある」
「用意のいいことで」

銃撃を終え、ひとまず視界に映る敵は倒したレジアスはG36Cのマガジンを交換する。プライスは先ほどから派手にぷっ放すレジアスの残弾数が気になったが、彼は腰のマガジンケースを叩き、大丈夫だと伝えてきた。

「二人とも、安心している暇はないぞ」

マクミランはそう言って、M21の銃口を天に向けていた。プライスとレジアスも、銃口を同じ方向に構える。

「さっきの奴らだ、撃ち落とせ」

やって来たのは、先ほどホテル最上階を襲撃した違法魔導師たちだった。
彼らは各々杖を構え、怪しい青色の弾丸を放ってきた。弾丸はプライスの近くにあった、アパートに住む子供たちのためにあった滑り台の柱を撃ち抜き、倒壊させた。これは案外、直撃すればそれなりのダメージを覚悟した方がよさそうだ。

「何だよ、スターウォーズは見飽きたぞ!?」

負けじとプライスは空中に浮かぶSFモドキの弾丸を放つ違法魔導師に向けて、M21の引き金を引く。放たれた銃弾は違法魔導師の身体を貫く――はずだった。
違法魔導師が寸前で、手をかざす。すると、青白い光の壁が彼の目の前に現れ、プライスの放った銃弾は進路を阻まれてしまった。
怪しい青色の弾丸にバリア持ちとは、こいつらは本当に人間なのか。ひょっとしたら、自分たちはSF映画の撮影現場に誤って紛れ込んでしまったのかもしれない。だが、それにしたって冗談がきつい。

「防御魔法か、くそ!」

同じくG36Cの銃弾を叩き込むレジアスだったが、いずれもが弾き返されてしまう。
やはり、彼は何か知っている――思考の片隅でそんなことを考えたプライスだったが、今はそれどころではない。銃撃が通用しないとなれば、このままでは全員虫の餌だ。

「レジアス、何か知ってるんだろう!? 対抗策はないのか!?」
「後ろから気付かれずに撃てば、あるいは――だが!」
「畜生、ヘリまで来たぞ」

絶望に絶望が重なる。耳障りなローター音を撒き散らしながら彼らの上空に現れたのは、先ほど撃墜したのと同型のヘリ、ハボックだった。
ハボックは違法魔導師たちの後方から接近してくる――突然、それを見たマクラミンがM21の銃口をハボックに向けた。

「大尉、こんなチャチな武装じゃヘリは」
「まぁ見てろ」

こんな状況下だと言うのに、マクラミンは活路を見出したかのように、不敵な笑みを浮かべていた。
彼はM21の引き金を引き、ハボックに向かって銃弾を叩き込む。当然、防弾が施された攻撃ヘリは、歩兵の持つ小火器などでは落とせない。
ところが――二発、三発とそれが続いた時、突然ハボックがローターから煙と火を吹き、姿勢を崩した。
マクミランの放った銃弾は、全てがハボックのローター軸部に直撃していた。結果、ローターの機能に異常が起こり、ハボックはバランスを崩したのだ。
ふらふらと先の読めない不安定な機動を繰り返すハボックは、前方にいた違法魔導師たちに向かって突っ込む。
彼らは我先に逃げようとして、墜落するハボックの鋼鉄の翼に巻き込まれ、ミキサーに放り込まれたように身体をグシャグシャにされていった。

「ろくでなしよ、安らかに――」

静かに呟き、あまりに衝撃的な出来事に呆然とするレジアスとプライスを置いて、マクミランは歩き出す。
だが、世の中はなかなか、思い通りにはならない。落ち行くハボックが突然、搭載するミサイルや機関砲を乱射し始めた。パイロットがやけになったのか、火器管制に致命的なエラーが起こったのか、真実は分からない。
ミサイルはアパートの壁面を粉砕し、機関砲は地面を耕す。そんな状態で地面に落ちたハボックは、まるで違法魔導師たちの怨念が乗り移ったかのように、プライスたちに迫ってきた。

「ああ、くそ……走れ!」

言われるまでもなかった。恐怖に顔を引き攣らせながら、三人は走り出す。
ハボックはローターで地面を砕きながら迫る。折れたローターの破片は周囲に飛び散り――運悪く、ハボックを撃墜した張本人であるマクミランの足を斬りつけた。

「!」

地面に転倒したマクミランに、ハボックが急接近。このままでは彼は踏み潰されてしまう。
その時、反転して彼の元に駆け寄ったのはレジアスだった。歩けなくなったマクミランを引っ張り、少しでもハボックから離れようとする。
間一髪、地面を削るように迫っていたハボックは、彼らを踏み潰すことなく、寸前で停止した。
もし、レジアスがマクミランを引っ張っていなければ――それほどにまで、ぎりぎりの距離だった。

「大尉! レジアス!」

大慌てでプライスが駆け寄ると、レジアスがマクミランの足の容態を確認し、そして首を振った。この傷で死ぬことはないが、歩くことは到底かなわない。

「くそったれ、足をやられた……すまん、どちらか背負ってくれ」
「俺が大尉を担ぐ。レジアスは、周囲の警戒を頼む」
「分かった――だが、その前にだ」

早速マクラミンを担ごうとしたプライスを制し、レジアスは腰のバックパックから医療キットを取り出した。
しかし、出来ることは限られていた。せいぜい傷口を消毒し、包帯で硬く縛るだけだ。本格的な治療は、基地に戻ってからになる。無論戻れたら、の話ではあるが――。

「行くぞ、脱出地点はもうすぐだからな、まだ間に合う」

レジアスに促される形で、プライスはマクラミンを担ぎ上げ、歩き出した。



アパートを脱出し、その後道中で遭遇する敵の捜索部隊を蹴散らしながら、三人は脱出地点へと着実に迫っていた。

「見えたぞ、あれが脱出地点だ……」

肩に担がれるマクミランの言葉で、プライスは視線を上げる。そこに聳え立つのは、巨大な観覧車だった。
どうやら、この建設途中の遊園地が脱出地点らしい。ヘリが着陸するのに充分な平地もある。
開園前に原発事故が起きたため、人で賑わうことが無かったこの遊園地にしてみれば、彼らは初めてのお客様となる。
ひとまずマクミランは地面に降ろすよう指示すると、救援のヘリを呼ぶためにビーコンを起動させた。後はひたすら、ヘリが来るのを待つだけなのだが――敵も、ビーコンの発信源を辿り、こちらの位置を掴んでいるはずだ。

「皮肉なもんだな、ここで初めて人が賑わうことになりそうだ」

前方を警戒しながら行くレジアスが、独り言のように呟いた。

「――レジアス、そろそろ教えてくれないか? ザカエフの取引しているものと言い、さっきの空飛ぶ連中と言い……お前は何で知っているんだ」

ここに来て、プライスは先ほどからずっと胸に秘めていた疑問を口に出す。また言い逃れるかもしれないが、答えないならもうそれまでだ。こいつには、上官のマクミランを助けてもらった恩もある。
レジアスは少し迷ったような表情を見せたが――また、懐から葉巻を取り出し、ライターで火を点け、美味そうに一服して、答えてみせた。

「そうだな、話してもよかろう――」


信じるかどうかは勝手だが、と前置きした上でレジアスは自身の正体について明かし始めた。
自分は、時空管理局と言うこの世の次元世界を束ね、治安と秩序を維持している組織の一員であること。
その時空管理局の地上本部がある次元世界、ミッドチルダにおいて、ある危険な物質が、この世界――管理局で言うところの、九七管理外世界に流出した。彼は管理局から、流出した危険物質の取引を
行っている人物を殺害し、これ以上の流出と拡散を防げとの命令を受けた。

「それが、ザカエフが取引していたあの宝石?」
「正式名称はレリック、とか言うそうだ。膨大なエネルギーを貯蔵し、兵器に転用すれば――そうだな、こっちで言うところの核弾頭に匹敵する威力がある」
「そいつは大事だな。で、そんな代物がテロリストの手に渡ってはまずい、と我がイギリス政府も動いた訳だ」

レジアスは頷きながら、遊園地の至るところにトラップを仕掛けていた。
敵が来るのは明確である。プライスは遊園地内に持参した全てのクレイモアとC4爆弾を設置したが、それだけでは足りなかった。そこでレジアスが、こうして今手に入るものを駆使して、手製のトラップを仕掛けているのであった。

「世界は、裏でその管理局とか言うのと繋がっていたってことか。映画みたいだな」
「事実は小説より奇なり、とも言うぞ。管理局にはこちらの世界出身の提督さえいる」
「――で、あの違法魔導師とか言う連中は? 見たところバリアを張ったり変なもん撃ってきたり、魔法使いみたいだが」
「それで正解だよ、プライス。あいつらはたぶん、管理局の体勢に反発するテロリストだ」

全てのトラップの設置を終えたレジアスの言葉に、プライスは眉をひそめた。さすがに魔法使いなど、冗談にしか思えなかったからだ。

「おい、冗談はほどほどにしてくれ。指輪物語は暇潰しに読んだけどな、幻覚として現れるほど楽しいもんじゃなかったぞ」
「プライス、お前はその冗談や幻覚と交戦したんだぞ。マクミランもだ」

それを言われては、どうしようもない。記憶の中でのあの戦闘は、間違いなく現実のものだった。

「管理局や管理局が管理する次元世界では、ああいう魔法が戦闘の主体なんだ。こういう質量兵器は、誰でも簡単に扱えて人を殺せるからご法度だ」

そう言って、レジアスは自身が使っているG36Cを掲げる。
ところが、プライスはそうした彼の行動に、大きな矛盾があることに気付く。

「――お前、管理局の人間じゃないのか。ご法度なのに銃を使って」
「あいにく魔法は適性がないと駄目でな……それに、工作員が常にルールを守るとは限らない」
「なるほど」

G36Cのコッキングレバーを引き、チャンバーに銃弾を込めたレジアスが、それが当然であるかのように言った。プライスは確かに、と納得してしまう。考えてみれば、自分たちも暗殺任務と言う本来非合法な行為を
行っているのである。

「敵が来るぞ、狙撃位置につくんだ」

マクミランの言葉で、レジアスはお話は終わりだ、と手を振り、射撃に最適なポジションに向かう。プライスは離れていくその背中を見送り、自身も狙撃態勢に入った。


それからほんの数分後、彼らが今まで歩いてきたルートをそのまま辿る形で、敵兵たちが姿を見せ始めた。先ほどと同じように、マクミランとプライスがM21で敵を狙撃し、仕留め損ねた者はレジアスがG36Cで撃破する。
足を負傷したマクミランだが、腕と眼が生きているなら、銃は使える。今回はトラップを何重にも設置したから、そう簡単には近付けまい。
とは言え、こちらはわずか三人。弾薬にも限りがある――もし、敵が損害に構わず突っ込んでくれば、押し切られてしまうだろう。それまでにヘリが迎えに来てくれるのを祈るしかない。
プライスは狙撃スコープを覗き込み、徐々にこちらに接近してくる敵兵たちの一人に照準を合わせる。

「敵を確認……もう少し引きつけよう」

狙撃銃と言えど、距離が長ければ威力は落ちてしまう。一撃で敵を倒すことが可能な距離にまで引き付けた方がいい。
マクミランはそこまで考えて、自身もM21の銃口を敵に向けていた。

「交戦準備……撃て」

静かに、マクミランの口から命令が告げられた。
躊躇せず、プライスはM21の引き金を引く。銃声が響き、狙撃スコープの向こうの敵兵が、ひっくり返るのが見えた。
次の目標に、と狙撃スコープをずらしたところで、プライスは舌打ちする。敵兵たちは、遊園地の前に広がっていた草地に伏せた。これでは、敵がどこにいるのか見え辛い。

「レジアス、そっちの方では見えないか?」
「いや、駄目だ……待て」

首元のマイクを通じて、少し前方で待機しているレジアスと通信でやり取りするが、彼は何かを見つけたようだ。
改めて狙撃スコープを覗き込む――はるか奥地から、どこから現れたのか野犬の群れが、地面に伏せていた敵兵たちに襲い掛かっていた。
こりゃ思わぬ援軍だな、とプライスは胸のうちで呟く。かつてはペットとして人間に忠誠を誓っていたこの野犬の群れは、今は本能に従い、狼のようになっていた。
一方で、敵兵たちにとってはたまったものではない。野犬に追われる形で立ち上がり、前進を再開した彼らに対し、マクミランとプライスは容赦なく銃弾を叩き込む。
撃ち尽くしたマガジンを捨て、プライスは予備のマガジンに交換。ちょうどその時、敵の増援が奥地から現れた。彼らはまずは障害となっている野犬を撃ち殺し、続いてこちらに向かって突撃してきた。
コッキングレバーを引いて、銃弾を装填。息を吹き返したM21を再度構え、プライスはこれらを迎撃する。
とは言え、多いな――。
次々と現れる敵兵の数は、無限にすら思えた。とうとう我慢できなくなったのか、レジアスがG36Cを構え、発砲を開始。狙撃スコープの片隅でマズルフラッシュが瞬く度に、射線上にいた敵兵は倒されていく。

「くそ、中に入られた」

通信を通じて、レジアスの報告が飛び込んできた。敵兵たちの一部が、ついに柵を超えて彼らが陣取る遊園地の中にやって来たのである。
だが――マクミランの方を見ると、彼は気にせず、柵の外にいる敵兵を狙撃していた。

「大丈夫だ、この遊園地の入園料は高い」

マクミランがそう言った瞬間――遊園地内に侵入した敵兵が、爆発音と共に天高く舞い上がり、柵の外へと放り投げられていた。
クレイモアにC4爆弾、さらにレジアスの設置した手榴弾と遊園地で見つけたワイヤーを駆使したブービートラップ。いちいちこれを解除する余裕がある訳なく、敵兵は屍を築いてこうしたトラップを全て作動させるしか、突破する方法はないのである。
この調子なら――プライスは、これならヘリが着くまで充分持ちこたえられると考えた。現に、ヘリのものと思しきローター音も聞こえてきている。
だが、M21のマガジンを交換するべく、狙撃スコープから眼を離した時、彼はそれが誤りであることに気付く。
ヘリはヘリだったが、やって来たヘリは味方ではなく、敵の輸送ヘリ、Mi-8ヒップだった。後部ハッチを開いて、トラップを設置した場所よりも内側に兵員を降下させようとしている。

「あぁ、くそ、敵のヘリか……!」

文句を垂らしながらレジアスがG36Cを降下してきた敵兵たちに撃ちまくるが、ヒップの数は四機。全ての敵兵を仕留めきれる訳が無かった。
スティンガーミサイルでもあればな、とプライスは疲れた頭で考え、それでも戦う姿勢は崩さなかった。M21を構え、降下してきた敵兵に向かって撃つ、撃つ、撃つ。

「ビックバード、こちら数的不利にあり! 長くは持ちそうにない、あとどのくらいだ!」

マクミランが首元のマイクに向かって叫び、味方のヘリを呼んでいる。弾薬にもそろそろ限界があった。最悪、敵の落としたAK-47で戦う羽目になる。

「アルファ6、全速力で向かっている。踏ん張ってくれ」

踏ん張れってどのくらいだ畜生、とレジアスが叫び、G36Cを撃ち続けている。
プライスも残弾が尽きたマガジンを交換しようとして、残りの予備マガジンはこれが最後であることに気付く。

「……くそ」

呟き、発砲を開始するも、敵の数は依然として多い。とうとうM21の残弾は尽きて、彼の手元に残ったのは拳銃のUSP、それにナイフだけになってしまった。
ため息を吐いてUSPに持ち替えたその瞬間、ガツンと頭部に強い衝撃が加えられ、プライスは地面に叩きつけられてしまう。
何が起こったのか分からないまま、衝撃のせいでぼんやりする視線を動かすと、AK-47を持った敵兵が、その銃床をこちらに突きつけていた。こいつが殴りつけたに違いない。いつの間にやってきたのだ。
反撃しようとしたが、うまく身体に力が入らない。敵兵は今この瞬間にも、AK-47を構え直し、こちらに向け発砲しようとしていた。
これはダメだな。どこか客観的になった思考が呟いた。
響き渡る銃声。だが、身体には何の痛みも衝撃も無かった。それどころか、ぼんやりしていた視界は、徐々に元に戻っていく。
はっとなって身体を起こすと、倒れていたのは敵兵の方だった。その後方から、大慌てでレジアスがやって来る。

「無事か、プライス!?」
「あぁ――何とかな。くそ、一瞬夢を見ていた気分だ」
「マクミランに感謝するんだな」

レジアスに言われて視線をマクミランに向けると、彼が一度こちらに手を振り、そして狙撃態勢に戻った。さすが、SASでトップクラスの名狙撃手と言ったところか。
その時、今度こそ味方のヘリの頼もしいローター音が、彼らの耳に入った。視線を上げるとそこにいたのは米軍のCH-46シーナイト、双発の大型輸送ヘリだ。

「こちらビックバード、待たせたな。早く乗れ」

遊園地内の平地に着陸したシーナイトは、援護のために搭載していた兵士を展開させる。彼らが援護してくれている間に、逃げ込まなければ。

「ほら、行くぞ。大尉を担ぐんだ、出来るか?」
「大丈夫だ……」

銃床で殴られたプライスを気遣ったレジアスだが、彼はしっかりとした足取りで、負傷で動けないでいるマクミランの下へ向かう。

「さぁ大尉、お家に帰る時間ですよ」
「あぁ、そうだな。早く帰ってスタウトビールが飲みたいもんだ」

最後に向かってきた敵兵をM21で撃ち倒し、マクミランはプライスに担がれた。
レジアス、そして救援にやって来た米軍の援護を受けながら、彼はシーナイトのキャビンに逃げ込むことに成功した。
続いてレジアスも搭乗し、展開していた味方の兵士の肩を叩き、撤収を告げる。

「いいぞ、全員乗った!」
「了解。ビックバード、離陸する」

高鳴るエンジン音。シーナイトは離陸し、ただちに高度を上げる。
まだ生き残っていた敵兵たちは必死に銃撃してくるが、小火器程度でシーナイトは落ちなかった。
その間にもシーナイトはますます高度を上げ、一定の高さにまで達すると、全速力でチェルノブイリから離脱にかかった。

「終わった……」

安心したように、プライスはため息を吐く。まだ殴られた頭部がずきずきと痛むが、それよりも生きて帰れることに、彼は深い安堵感を抱いていた。

「そして、俺たちの関係もな」

突然、レジアスが呟き、いつものように葉巻を咥えていた。機内は禁煙なので、咥え煙草と同じ要領である。
彼の言葉の意味を図りかねていると、マクミランが負傷した足を米軍の兵士に治療してもらいながら、「いいや」と首を振った。

「レジアス、お前がどう思っているかは知らんが、俺はお前を任務限りの付き合いだとは思わん」
「大尉……?」
「俺たちは戦友だ」

マクミランはそう言って、レジアスに手を差し出す。
レジアスはわずかな逡巡を見せて――マクミランの手を取った。

「悪かったな、戦友。隠し事ばかりして」
「誰でも人に言えないことはある」
「そうか、そうかもな」

愉快そうに笑って、レジアスは葉巻に火を点けようとして、米軍兵士に「ここは禁煙です」と注意される。それを見たプライスとマクミランは、これも愉快そうに笑ってみせた。

「お前、さっき言われたばかりだろう」
「……うるさい、葉巻は命なんだ」
「ニコチンで死ぬぞ」
「ええい、しつこい奴らだ。おいお前、お前も笑うな」

ひっそりと笑うのを我慢して、肩を震わせていた米軍兵士を小突くレジアス。マクミランとプライスはそれを見てますます笑った。

任務は完了したかのように思われた。少なくとも、誰もが考えてもみなかっただろう。M82A1の直撃を受けたザカエフが、左腕を失うものの生きているなどと。
一五年後、そのツケを払う日が来るまでは。




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最終更新:2009年03月14日 14:39