project nemo_06

ACE COMBAT04 THE THE OPERATION LYRICAL Project nemo


第6話 明確なる敵意


あの頃は楽しかった。そんな言葉を口ずさんだ時、ふと我に返って彼女は考える。では、今は楽しくないのか? 充実していないのか?
否定しようとして、少女はしかし身に覚えがあるところがあり、はっきりと否定できない自分に少しばかり自己嫌悪。そして、そのうち開き直る。
ええ、そうよ。今でもときどき夢に見るもの。今思えばあたしは、あの頃が一番充実してたかもしれない。
一癖も二癖もある、だけど決して性根が悪い人間はいない仲間たち。彼ら彼女らに囲まれ、平和を守ると言う崇高な使命のため、戦い、守り、生きていたあの日々。忘れられるものではない。だから今でも、夢に見るのだ。惰眠の中で脳が記憶を整理してなお、これだけは決して忘れないようにと。
頭上に響くジェットの轟音。心地よく鼻をくすぐる航空燃料の匂い。陽炎に揺らめく新設された滑走路。たった一機の戦闘機のために隊舎の敷地内に設けられた、航空施設。
あぁ、今日はここか。生半可に夢と言う自覚があるため、どうにも冷めた思考が脳裏をよぎる。隊舎は決して狭くないが、夢が誘う場所は当然彼女にとって関係のあった場所であり、思い出深い土地。となれば当然、どこに自分が飛ばされるのかはだいたい把握出来た。
だけども――空から舞い降りてきた鋼鉄の翼が見えた時、冷えた身体に火が灯ったような気がした。実際のところジェットの轟音は相当響くものなのだが、しかし空を見上げる少女には、舞い降りる鋼鉄の翼は静かに大地に還ってきたようにも見えた。
鋼鉄の翼は猛禽類、F-22ラプターと言う。高い機動性に高度な電子戦能力、最新のステルス技術が施され、戦闘機の中では間違いなく最強を誇る。
待ち構えていた地上員に誘導され、F-22はヘリのそれも兼ねた駐機場へと到着。エンジンからの轟音は消え、猛禽類は眠るようにして静かになっていった。最後にコクピットでキャノピーが開き、パイロットが整備員の引っ掛けた梯子を伝い、降りてきた。機体の調子を飛行後点検にやって来た整備員に話し、一言二言冗談を交えて笑みを零す。最後に頼むよ、とラフな敬礼を交わしてパイロットは歩き出す。飛行服に縫い付けられていたワッペンはユージア大陸を囲むメビウスの輪、誇り高きリボンのマーク。
少女はデブリーフィングのため指揮所に向かうパイロットに、後ろから声をかけた。夢と分かっていてもなお、彼は憧れの人。現実世界の自分が、操縦桿を握るようになった最大の理由。

「――?」

あれ、と少女は怪訝な表情を浮かべた。確かに彼の名を、正確にはコールサインを呼んだはずなのに、パイロットには気付いた様子がない。聞こえなかったのかな、ともう一
度声をかけたが、やはり彼はまっすぐ歩くだけ。
少しだけ、カチンと来た。明らかに声は聞こえてるだろうに、どうして無視をするのか。思い切って、彼の背中を突っつこうと考えた。
伸ばした手が、パイロットの背中をするっと突き抜けた。少女の顔が、驚愕に染まる。今、確かに触れようとしたはずなのに。
何かの間違いだと思ってもう一度彼に触れようとするが、結果は同じ。蜃気楼に突っ込んだように、パイロットの身体は実体が無く、彼女の手は空気ばかりを掴み取る。
なんで、どうして。夢だから、と切り捨ててしまうのは簡単だが、それならば何故、胸のうちから悲しみと恐怖が混ざった感情が湧き上がって来るのだ。
駄目――知らず知らずのうちに、彼女は口走っていた――いかないで。こっちに気付いて。
少女の願いは、夢と言う奇妙な空間の中で叶うことなく。最後に、彼のコールサインを呼ぶ声だけが、夢の中で響き渡った。

「メビウス1――!」


モゾモゾ、ゴゾゴゾ。
現実との境目が曖昧なまどろみ。それに顔を埋めるようにして、鮮やかな橙色をした髪の少女はベッドの中でうずくまっていた。
二度寝の快感は、一度それに慣れてしまうと復帰するのが極めて困難である。少女、ティアナ・ランスターもまたその毒牙の餌食となりつつあった。
別にいいわよねぇ、昨日は遅くまで捜査で頑張ったんだし――執務官補佐と言えど人間である。だらけるのは、よくあることだ。
なんだか妙な夢を見たような気もするが、回転数の上がらない頭ではどうやっても思い出せそうになかった。
そんな彼女を戒める、デバイスの電子音。定期的に主人を起こそうと高音を鳴らすのは、枕元のカード状デバイス"クロスミラージュ"だ。なかなかティアナが起きないのでついでにボイス機能を使い、起きて下さいマスター、遅刻しますと揺さぶりをかける。

「んー……」

不機嫌な声を露にさせて、むくっとティアナは顔を上げる。いつもの頭の切れる彼女はそこに無し。惰眠を貪るのを邪魔された少女はのろのろと起き上がり、クロスミラージュに今何時?と問いかけた。デバイスはボイス機能は使わず――ひょっとしたら、いつまで経っても起きない主人への嫌味だったのかもしれない――ホログラフを駆使した立体画像を浮かべて見せた。表示される数字は、0711とあった。
ティアナはしばらくクロスミラージュの出した現在時刻をぼんやりと眺め、そういえば昨日自身が補佐する執務官が「今日はここまで。明日また捜査を再開しよう、0715に集合ね」と言っていたのを思い出した。
残り時間、四分。
超高速戦だ、目を回すなよ? 見せてみろ、お前の可能性を。

「あ」
<<Good morning,Master>>

クロスミラージュに内蔵されているAIが、この時最高に嫌味っぽい発音で主人に朝の挨拶をしたのを、ティアナは決して忘れないであろう。

「なんで起こしてくれないのよスバ――ルは、いないんだった。だああああ、もう!」

少女の慌てた声が部屋に響き、わたわたとクローゼットに引っ掛けた制服を持ち出す。途中で足の小指をベッドの角にぶつけてイッタァ!?と悲鳴も上がった。
リボンを描いたF-22を背景にした、大事な彼との記念写真が騒動の最中倒れていることなど、彼女は知る由も無い。



ビ、と短く響いた高音。宙に浮かぶ文字通り魔法のディスプレイに表示されるのは、警告。これ以上探りを入れても、何も分からないと言うことだ。
突きつけられた現実に、こめかみをトントンと叩いて思案顔を浮かべる金髪の執務官は、フェイト・T・ハラオウン。うーん?と小さく困ったような声をあげ、ディスプレイにその整った顔立ちを近付ける。仮にディスプレイが男だったとしたなら、少しばかり頬を染めてもおかしくないのだが、表示するデータには一切変化なし。なかなか堅物のようである。

「駄目ですねぇ……」

諦めきれず、しぶとくキーボードを叩く手をついに休める眼鏡の補佐官はシャリオ。デバイスの設計やメンテナンスも一流にこなす彼女なら、機械と名のつくものの大半はお手の物のはず。そのシャリオが、駄目だと諦めの言葉を呟いた。これはいよいよ、専門の調査チームが何日もかけないと真相には辿り着かない様子である。

「シャーリーでも駄目かぁ……」

フェイトは言葉と共に、白い指を伸ばしてシャリオとキーボードの間に割って入る。パタパタ、と指を軽快にダンスさせ、ディスプレイ上に開いていたプログラムを閉じていく。
最後に過去に届いたメールのリストを開いて、キーボードを叩く。表示されるのは、一通のメール。差出人の部分は不明となっており、添付データもなければウイルスが入っている訳でもない。本文はたった一行、簡潔かつ明瞭に書かれていた。

――捜査をやめろ。死人が出るぞ?

集合時間になっても現れないティアナの部屋に回線を繋ごうと思い、ディスプレイを立ち上げると妙なメールが一件届いていた。最初は、ただのいたずらだろうとも考えた。
しかし、である。多発するパイロットの行方不明事件、事件に関連する透明戦闘機"フェンリア"の捕獲、それに報復するような形で現れた謎の人間臭い無人戦闘機の群れ、行き詰った捜査にもたらされた"アヴァロン"と言う情報。ようやく一連の事件の核心が見えそうになってきたこの時期に、このようなメールだ。しかも、執務官の職務用のメールアドレスは関係者以外には、知らされていない。プライベートで使うアドレスに届いたのなら、まだいたずらとして処分も出来ただろうが――。

「どこから送ってきたんだか……」
「たぶん、どっかでアドレスを入手して各管理世界のサーバーいくつも経由してきたんでしょうけど」

これ以上はお手上げ、と言った様子でシャリオは椅子の背もたれに体重をかける。いたずらメールの発信源くらい、すぐに突き止めてみせると当初は意気込んでいたのだが、自
信を持っていた自分の技術が通用しないことで若干ナーバスになっているようだ。その時点で、ただのいたずらにしては手が凝りすぎている。
メールは、事件の首謀者たちからだろうか。だとすれば、相手はどこかでこちらの動きをかなり正確に掴んでいる節がある。
無人戦闘機による演習中の管理局部隊への襲撃よりすでに一週間、昨日までの捜査で執務官とその補佐たちはミッドチルダ北部に存在するダム、アヴァロンが首謀者たちのアジトであるという結論に至った。本局捜査官、かつての機動六課部隊長八神はやてからもたらされた情報は、間違いなく役に立った。情報は更なる情報を生み、やがて線で繋がり真実と言う一つの点に収束していく。彼女たちは、もうそこの一歩手前にまで辿り着いていたのだ。
そこに、この脅しとも取れるメールだ。フェイトが警戒するのも無理は無い。

「今日は私とティアナで直接アヴァロンを偵察してみようと思ったんだけど……」

やめた方がいいかな? 言いかけて、フェイトは口をつぐむ。隣にいる補佐官が、眼鏡の奥からこちらをじっと見ていた。

「諦めるんですか? フェイトさんらしくない」
「だよね」

所詮、脅しは脅しだ。捜査の続行を明確にした執務官に、シャリオはそうでなくちゃ、と笑みを見せた。
ちょうどその時、バタバタと廊下の方で慌しく何者かが走ってくる音がした。二人は顔を見合わせ、扉の方に振り返る。

「すいません、遅れました!」

自動扉が開かれ、息を切らしてもう一人の補佐官ティアナがフェイトの執務室に入ってきた。服装こそ普段の彼女のようにビシッとしているものの、口元についたケチャップがそれらを一気に台無しにする。朝食も慌てて食べたのだろうが、それならいっそのことトーストでも咥えてくればよかったのに、とはシャリオの談。

「おはようティアナ。何かあった?」

現在時刻は0725。まぁ、起きたのが0711であることを考えれば頑張った方か。
今更遅刻で咎めるような真似もせず、しかし一応フェイトは遅れてきた理由を補佐官に訊ねた。

「……ぎ、ギリースーツを着た男に、そこの曲がり角で永遠とステンバイ、ステンバーイて言われてて」
「あ、そう。よく分かんないけど、深夜のゲームは禁物だよ?」
「フェイトさん、怒ってます?」
「怒ってないよ、全然」

微笑むフェイトの顔が、妙に怖かったのをティアナは忘れない。そして、後悔が彼女の胸のうちを過ぎる。
こんなことなら素直に早く寝ればよかった。狙撃なんて大尉に任せておけばよかったのだ。



警報が赤色をしてるのは、どうやら万国共通らしい。異世界からの輸入品であるこの戦闘機の計器でさえ、エンジン部に異常があることを示す赤ランプが耳障りな警報と共にチカチカと瞬いている。エアインテーク内部で故障が起きたらしく、普段はパワフルな咆哮を上げるF110エンジンが時折咳き込んでいた。この機体、F-16Cファイティング・ファルコンは単発機のため、エンジントラブルは飛行不能の恐れに直結する。
パイロットはコクピット内で冷や汗をかきながら、酸素マスクの中でぶつぶつと同じ言葉を繰り返していた。頑張れ、もうちょっと。頑張れ、もうちょっと。
地上本部戦闘機隊に所属する元陸士の彼は、愛機を駆ってこの日も演習に励んでいたのだが、途中で訓練相手の空戦魔導師からエンジンから黒煙が出てると連絡を受けた。慌てて確認してみれば計器は赤ランプで賑やかなことになっており、泣く泣く彼は途中退場を余儀なくされていた。

「頑張れ、マルイ基地まであともう5キロだ」

心配して随伴してくれた魔導師が、キャノピーの向こうから通信機に声援を送ってくれた。一番手近なマルイ航空基地に辿り着ければ、とりあえずはOKなのだ。機体は確かに消耗品だが、パイロットはせっかくの愛機を放り出して自分だけ脱出するような真似はしたくなかった。だから何度も、心臓に病気を抱えた愛機に呟く。頑張れ、あとちょっと。
眼下は延々と続く緑の世界。ミッドチルダ北部でもこの辺りは、人の手がほとんど入っていない。地上に降りれば大自然が、彼を迎えてくれるだろう。無論、大自然の中には腹をすかせた猛獣、飢えた遭難者を待ち受ける食用のものとそっくりな毒性植物も入っている。
――勘弁してくれ、俺はクラナガン生まれクラナガン育ちの都会っ子なんだ。
真下の大自然の存在を思い出したパイロットは、ふるふると首を振ってF-16Cの操縦桿を握りなおす。これはますます、愛機を捨てる訳にはいかないようだ。
少しでも機体への負担を軽減させるため、火器管制レーダーやHUD、GPSなど飛行に不要なものは通信機を除き、片っ端から電源を落とした。ディスプレイは何も映さず、ときどき不調を訴えるエンジンの鼓動だけが、コクピットに静かに響く。
まだかよ、とパイロットが情けない声を出しそうになった瞬間、キャノピーの向こうで白い雲が途切れ、その先で明らかに人工物と思われる淡いグレーの土地が見えてきた。同時に通信機に入る、管制官の頼もしい言葉。

「よく戻ってきたグリフォン6、もう少しだ。滑走路はクリア、救急車と消防車も待機してるぞ」
「ありがてぇ、生きててよかった」

すでに連絡を受け、マルイ航空基地は不時着に備え万全の救難体制を整えていた。何人もの人が自分の無事のために動いてくれてる、その事実にパイロットの目頭はかっと熱くなった。たまらずヘルメットのバイザーを上げ、飛行手袋に覆われた手で目尻に浮かぶ涙を払いのける。隣を飛ぶ魔導師が大げさだな、と笑いつつも着陸する最後まで離れる様子を見せないことで、余計に涙もろい彼の涙腺はダメージを受けてしまった。

「……いや、ちょっと待て?」

はっと、パイロットは顔を上げる。管制官の怪訝そうな声が、通信機に入り込んで来ていた。

「ハーピー4、確認するぞ。不時着機は一機だけか?」
「その通りだが」

コールサインを呼ばれた魔導師が、マルイ基地の管制官からの質問に答えつつ、首を傾けた。すでに連絡はいっているはずだろうに、今更何故。
疑問の答えは、他ならぬ管制官の口から現れた。

「グリフォン6の後方……そうだな、五〇〇メートルか。未確認の航空機を一機、こちらから視認している。おかしいなぁ、連絡は受けていないが」

なんだって? 管制官の言葉がすぐには信じられず、パイロットと魔導師はすぐさま振り返った。
青を彩る白、雲がところどころ浮かぶ青空の最中にしばらく彼らは視線を泳がせ、そして気付く。一機の見慣れない航空機が、F-16Cと魔導師を追いかけるようにして浮かんでいることに。正面からでは断定できないが、シルエットからして戦闘機のようだが――ちかっと、何かが光った。疑問が過ぎるよりも先に、彼らは戦闘機らしき飛行物体が急速接近していることを思い知らされた。
わ、と魔導師が悲鳴を上げて斜めに飛んで回避機動。数瞬した後、パイロットは魔導師がいた空間を黒い影が駆け抜けていくことに気付いた。今のはやはり戦闘機か。あっと言う間に自分たちより先に行く戦闘機に、飛行姿勢を立て直した魔導師が危ねぇだろ、と罵声を浴びせている。
しかし、何を急ぐんだ。あんなに元気なら、先に降ろしてくれたっていいだろうに。パイロットはてっきり、怪我人同然のこちらを差し置いて戦闘機が先にマルイ基地に着陸するものだと考えた。だが、ひらりと戦闘機が主翼を翻し、降下に入ったところで考えが変わった。着陸にしては、明らかに速度がつきすぎている。あれではまるで――

「――やめろ、おい!」

通信機に手を伸ばし、国際緊急周波数に切り替える。目の前を行く鋼鉄の翼は、しかし聞こえていないように基地に向かって鋭く急降下。雲を引き裂き、空を駆ける。何も知らない基地の救難隊は、降下してきた機体が連絡にあったものとは違うことに怪訝な表情を浮かべるばかり。救急車も消防車も地上員も、動く様子は一切なかった。
気でも狂ったのか! 酸素マスクの中で、口汚く罵り声を上げた。パイロットは無理を承知で、エンジン・スロットルレバーを一番奥まで叩き込む。アフターバーナー、点火。不調を抱えたF110エンジンは悲鳴を上げるように赤いジェットの炎を現せ、機体を猛然と加速させる。随伴していた魔導師が「あ、おい!」と声を上げていたが、構う余裕は彼には無かった。あの戦闘機の構え方は、間違いなく――落とさなければ、止められない。

「くそったれ!」

火器管制レーダーの電源は、切っているのだ。沈黙した電子の眼に苛立ちを覚え、次の瞬間パイロットはあっと声を上げた。
高度二五〇フィートの低空にまで降下した戦闘機は、機首をわずかに下げて地面に向けた。その先には、基地の滑走路脇。怪我人と火災の発生に備えて待機していた、基地の救難隊の姿があった。
やめろ、彼らは――パイロットが叫ぶのと、戦闘機の主翼の付け根で光が瞬いたのは、ほぼ同時だった。
飢えた野獣の唸り声が、空に響く。放たれた機関砲弾は大地を抉り、救急車や消防車の列に降り注いだ。
爆音、炎、衝撃。木っ端微塵に砕かれた車両が爆発し、周囲にいた救難隊員を容赦なく炎で飲み込んでいく。衝撃で宙に巻き上げられた消防車が、パラパラとその身の破片を大地に落とし、最後には自身も地面に叩きつけられた。わずかに生き残った人々は何が起こったのか理解できず、ただ呆然と飛び去っていく戦闘機を見上げていた。炎が、空を焦がす。駆け抜けていく戦闘機の尾翼に、リボンのマークが輝いていたことを彼らは決して忘れないだろう。
ミッドチルダの全地上本部航空基地及び駐屯地に警報が発令されたのは、わずか五分後のことである。



けたたましい警報は、本局にまで響いていた。無論、フェイトの執務室にも。

「マルイ航空基地を攻撃した所属不明機は現在、ミッド北部よりまっすぐ南下中と思われます。現在位置は、はっきりしませんが……」

状況を確認するため、地上本部のデータリンクシステムに回線を接続したシャリオが口ごもる。攻撃を受けたと言うのに敵機の現在位置ははっきりせず、進行方向と速度から憶測に頼るほかなかった。地上本部の各レーダーサイト、早期警戒機も必死に目標を探し続けているが、探知しても知らせる前にレーダー上から消えてしまうらしい。ステルスかな、とティアナは思った。

「マルイ基地の、被害状況は?」

冷静を装いつつも、フェイトの声には明らかに動揺が入り混じっていた。あのメールの内容が、現実になったのか。それともただの偶然か。
問われたシャリオはキーボードを叩き、地上本部に送られてきたマルイ基地からの被害情報を表示させた。自分で読み上げようとして、ばっとディスプレイの間に執務官が割り込んできた。その顔には、怒りとも取れる感情が宿っていることに、二人の補佐官は気付く。
死者、現在集計中。負傷者一二名、うち重傷者一〇名、軽傷者二名、救急車両の被害甚大、基地の医療設備だけでは到底足りない、至急応援求む――被害を読み上げる声にさえ黒い感情がチラつく。

――捜査をやめろ。死人が出るぞ?

ばんっとフェイトの腕が執務室の机を叩いた。普段の彼女からは想像も尽かないほどの、怒り。とは言え、感情任せに行動するようでは執務官が務まるはずもなく。フェイトは二人の補佐官に向き直り、指示を下す。

「ティアナは地上に行って戦闘機隊と合流、所属不明機の迎撃に当たって。私もすぐに行く――シャーリーは引き続き被害情報の集計、それからアヴァロンダム周辺に動きがないか情報収集。現地ライブカメラへの接続も私の権限で許可」
「了解」
「りょ、了解しました」

言われるがまま、ティアナは駆け出し執務室を出た。シャリオはディスプレイに向き直り、またキーボードを叩き出す。
フェイトも地上に行こうと駆け出しかけたところで、突然シャリオから呼び止められた。補佐官の浮かべる表情は、戸惑い。時間は惜しいが、どうにもただ事ではなさそうだ。

「たった今、メールが届いて……その」

シャリオがキーボードの上で指を踊らせ、新着したメールを表示。差出人は不明、添付ファイルも無ければウイルスも確認できず。本文は短く、ただ一行だけ。

――お前のせいだぞ?

執務官の表情が、今度こそ怒りの炎で染まりつつあった。



ミッドの空を、魔法の世界を、質量兵器の黒い影が駆ける。尾翼に描かれるのはリボンのマーク、かつてのエース、"リボン付き"の証。
その身に宿るのは、狂気でもなければ正気でもなく。ただ、明確な敵意のみがかつて、共に空を駆けた仲間たちに向けられる。
進路はまっすぐ、音速巡航。目指す目標は、首都クラナガン。人口密集地。
エースは誰にも、止められない。ただ、同じエースを除いては。




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最終更新:2009年08月26日 22:10