「……ヴィヴィオさん」

 闇に包まれた森林の中、アインハルト・ストラトスは小さく言葉を零した。
 年こそ幼いものの、数年もすれば立派な美人に育つであろう整った顔立ち。
 眼窩に収まった瞳の色は左右で異なる虹彩異色だ。
 古代ベルカの『覇王』クラウス・G・S・イングヴァルトの記憶と悲願を色濃く受け継いだ純血種……それが彼女。

 「殺し合いなんて……私には、出来ません」

 アインハルトは小さく頭を振る。
 参加者名簿には、自分の生き方を大きく変えてくれた大切な人の名前があった。
 高町ヴィヴィオ。彼女の名を見た瞬間、自分は何があろうとこの殺し合いに乗ってはならないのだと理解した。
 彼女が居らずともアインハルトは殺し合いに乗らなかったろうが、その存在が少女の意思をよりいっそう強固なものにしたのは間違いない。遠い先祖同士の繋がりを除いても、今やヴィヴィオは彼女にとってかけがえのない親友だったのだ。
 優しいあの子のことだ、きっと今頃は殺し合いに否を唱え、怯えながらも立ち上がっていることだろう。
 しかし、勇敢と無謀は似ているようでまったく違う。
 最初、ゲームの説明を神父より受けた聖堂。あの暗闇の中には、数え切れないくらいの強者の気配があった。
 一心不乱に身体を鍛え、武術の腕を磨いてきた自分でさえも、参加者全体で見ればその実力はまず下位の方であろう。
 競技としてではなく、手段として武力を用いる者達。
 こういう発言をしたくはなかったが、殺し合いは確実に進む筈だ。
 理由は違えど、自分より格段に強い力を持った者がたった一つの生還権を巡って殺し合い、屍の山岳が築かれる筈だ。

 ――止めなくてはならない。そして、助けなければならない。
 この腐りきった殺し合いを止め、大切な友人の元へ一刻も早く駆けつけ、安心させてやらなくてはならない。

 無論、こんなところで死んでやるつもりもなかった。
 自分にはまだ、生きなくてはならない理由がある。
 悪の主催陣営を打倒し、元いたミッドチルダへの出口を開くこと。自分個人では、恐らく無理だろう。アインハルトが得意とするのはあくまで武術。そういった専門的な細かい技術はからっきしだ。
 けれども、名簿には時空管理局の局員達……ヴィヴィオの母・高町なのはを始めとした自分達に何かとよくしてくれる大人たちの名前もあったことから、この心配は杞憂だろうとアインハルトは推測する。
 管理局の力は大きい。どれだけ難解な細工を施していても、彼女達は必ずそれを破り、希望の活路を切り開く。
 こうしている今だって、この閉鎖空間の外では管理局が躍起になって調査を行っている可能性が高い。

 「大丈夫……私達は、勝てる」

 胸に小さな手を当て、こくりと自分に言い聞かせるように頷く。
 立ち眩みそうなくらい絶望的な状況だが、確かに希望は微量なれども存在しているのだ。
 だから臆する必要はない。覇王流(カイザーアーツ)を継ぐ者として、一人尻込みしている訳にはいかない。
 今、自分に出来ることをしよう。あの陽だまりに戻るために、この拳を振るおう。
 恐怖は消えていた。むしろ心地よい勇気があった。
 すっかり凛々しい面持ちになって、アインハルト・ストラトスは前方彼方に見える『そいつ』を見据える。

 (――……物凄い殺気。あの男、相当の手練だ)

 第一印象は『白色』だった。
 軍服と思しき服装に身を包み、その面は色素欠乏病(アルビノ)特有の白貌。
 にも関わらず、凡そあの男からはひ弱さというものを感じない。
 否応なしに薄弱を想起させる白皮は宛ら、異界の住人めいた存在感を放ってすらもいた。

 アインハルトは生命を懸けた戦いをしたことがない。
 だから、正真正銘の『殺気』というものを感じたのは、今世ではこれが初めてである。
 が、一瞬で分かった。あの男と対話を試みるのは無意味だと。そんな隙を見せれば宜なく挽き肉にされるのが落ちだと。
 古代の時代より受け継ぐクラウスの経験則が活きたのか、兎に角アインハルトは彼を敵対者として認識した。

 「ハ――」

 構えを取るアインハルトへ、白貌の軍人は嘲笑めいた笑いを浴びせた。
 かと言ってそれは、悪罵の類ではまず間違いなくなかった。
 最も近いものをあげるとすれば喜び、もしくは期待。
 己の殺気を感じ取り、その上で逃げずに構えてみせる根性……それが彼の眼鏡に適ったのかもしれない。

 「ガキにしちゃ良い根性してやがる。良いぜ、てめえ。なかなか楽しめそうだ」

 この鬼神めいた男にとって、殺し合いとは至福に他ならなかった。
 従って男は此度の遊戯の、最後の一人になるまで延々と命の奪い合いを続けるという趣向だけは気に入っていた。
 差し詰め殺戮中毒(バトルジャンキー)……そんな彼の性質を鑑みれば、彼が殺し合いへ乗るのは自明であったという結論に到達しよう。男を殺し、女を殺し、老婆を殺し、赤子を殺す。犬を殺し、牛馬を殺し、驢馬を殺し、山羊を殺す。
 あの似非神父はいけ好かないが、この機に乗じて『宿敵』との因縁を決着という形で清算してやるのも悪くない。
 そんなことを考えつつ、この手で磨り潰す獲物を探し闊歩していた所で、虹彩異色の少女と邂逅するに至った。
 これより何をするかなど改めて言うまでもあるまい。仮にアインハルトがそれを拒んだとしても、その時は逃げる背中を容赦なく刺し貫いて殺すのみ。この男に限り、非戦主義を盾に乗り切ろうなどという甘い考えは通用しない。
 アインハルトの姿が、俗に『大人モード』と呼ばれるそれへ変ずる。

 「聖槍十三騎士団黒円卓第四位、ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ。
  名乗れよガキ、戦の作法も知らねえか」
 「――アインハルト。アインハルト・ストラトス」
 「上等」

 殺人鬼らしからぬ正々堂々とした名乗りを挙げ、臆すこともなく名乗りが返ってきた事に軍人……ヴィルヘルムは精々愉しませてみせろよ、と言わんばかりの獰猛な笑みにその口許を引き裂いた。

 ――その次の瞬間には、ヴィルヘルムの姿は元居た座標より掻き消え。
 アインハルトのすぐ前まで、僅か一瞬の間に接近を果たしていた。

 (ッ、速い!)

 腕を十字に交差させ防御の構えを取るアインハルトへ、ヴィルヘルムの剛拳が叩き込まれる。
 エイヴィヒカイトの鎧を纏った肉体から繰り出される打撃は、何ら工夫のない一撃でさえも致死に相当するものだ。
 単に格闘技を齧った程度で天狗になっている莫迦ならば、この時点で腕の骨を粉々に砕き折られていただろう。
 そうなれば後は消化試合だ。力任せに何度か殴りつけてやるだけで、容易に相手を殺害できる。
 試金石代わりの初撃は少女の両腕に炸裂――しかし、骨の砕ける感触も、肉が裂ける手応えもない。

 ヴィルヘルムが追撃/後退を行うよりも先に、この隙を逃さぬとアインハルトは拳を握る。
 致命的な負傷こそ避けたものの、ノーダメージとはいかなかった。
 このまま何度も受けていればいずれ限界が訪れる。
 それ以前に防護し損ねた時のことを考えると背筋へ寒いものすら感じる。
 長引かせるのは得策ではない……ここは手堅く、迅速に勝利を勝ち取らせて貰う。

 「はぁっ――!」

 身を半分翻しての、勢いを帯びた蹴撃がヴィルヘルムの首筋めがけ放たれる。
 インターミドル・チャンピオンシップの激戦の中で、より多くの経験を積むことによって洗練した重厚な一撃。
 奥義と呼ぶほど派手な芸当ではないが、それでも勝負を確実に決着へ導く破壊力がその細脚には込められていた。
 轟と大気を切り裂き、斧でも薙ぎ払うような軌道を描いてそれは目標を捉え、だが添えた左手を前に易々止められる。

 ――戦慄が走った。
 バック宙の要領で敵のリーチから強引に脱し、掴まれていた足も自由の身となる。
 ……もし判断があと一瞬遅れていたなら、自分の足はきっと握り潰されていたに違いない。
 この男は怪物だ。実際に戦ってみるとよく分かる――『実戦』を極め尽くした、正真正銘魔物じみた鬼であると。

 「どうしたよ、軽すぎるぜ。まさかこの程度とは言わねえだろうな?」
 「ッ……」
 「そうだってんなら興醒めも甚だしいが……まあ、所詮中身はガキ。こんなものか」

 分かりやすすぎる挑発だ。
 しかし、それはアインハルトを奮起させるには十分過ぎるものだった。
 断じて、こんなところでは負けられない。
 こんな悪鬼に膝を屈するようであれば、それは覇王流の名に素手で泥を塗りつけることと同義。
 それだけでなく、自分が大切な『彼女達』と一緒に汗水を流した時間さえ無意味なものと貶められているようなものだ。
 刹那の後には、頭で考えるよりも疾く踏み込んでいた。
 思考は後から自然に付いてくる。今放つべき拳は、小細工抜きの、純粋な破壊力に長けた一撃。引き離された体力の差をただ一発の的中で拮抗状態まで埋めてやれる、強力無比なる剛の技だ。
 脚部に力を集中させ、練り上げた力を拳に込めて、ヴィルヘルムの胸板を打ち抜かんと乾坤一擲の奥義を放つ。

 「覇王――断空拳ッ!!」

 覇王流の技巧にして、アインハルト・ストラトスの最も得意とする必殺技。それは文字通りに空を断ち、風を切り裂きながら狙い通り魔人の胴体を打ち据えた。鎧でも殴ったような強固な感触。しかし――負ける訳にはいかないと歯を食い縛る。
 結果、少女の打拳は彼の身体をくの字に曲げさせ吹き飛ばした。
 天を仰がせることまでは叶わなかったものの、確実に痛手を負わせた手応えがあった。
 常人を卒倒させる程の蹴りを打ち込んでも何ら堪えた様子のなかったヴィルヘルムへダメージを与えるほどの破壊力……真実それは『必殺』の名に違わぬ、見事なフィニッシャー・アタックだった。

 それでも、白貌の魔人は倒れない。
 ゆらりと体勢を整えると、――先程己が『ガキ』と謗った相手に思わぬ痛手を被らされたことに怒りを示すでもなく、真紅の双眼を喜悦で彩り、アインハルト・ストラトスを見据えた。

 「やるじゃねえか。……良いぜ、てめえ。殺し甲斐がある」
 「……!」

 来る。
 直感的に、アインハルトは得も知れぬ悪寒に襲われた。
 ヴィルヘルム・エーレンブルグを中心として、真冬さながらに空気が不気味な冷たさを帯びていく。
 それは、人間を逸脱し、吸血鬼を目指した男の本領がいよいよもって解き放たれんとしていることを意味していた。


 これからだ。これからが、『串刺し公(カズィクル・ベイ)』が魔徒と呼ばれる所以だ。


 「Yetzirah(形成)」


 ぎちぎちと、何かが軋むような音。
 それと同時に、ヴィルヘルムの総身至る所より真紅の突起物が飛び出した。
 その紅は血の紅。数多の命を喰らい啜ってきた吸血鬼の牙。
 悍ましい光景にアインハルトは構えを取りながらも息を飲む。
 魔導師と呼ぶにはあまりにも邪悪過ぎるその魔法が、この男の異常性を証明しているように思えた。
 想像してしまう。あの杭が、これまで一体いくつの命を吸い取ってきたのか――恐らく、数え切れる数値ではないだろう。

 「そらよ、気張って避けろや」

 杭が一斉に射出される。ガトリング砲を彷彿とさせる速度と量が、アインハルトの逃げ場を確実に奪っていく。
 回避し切れる自信は正直に言って、ない。だが、あれを受けるのは何としても避けねばならないと本能が告げていた。
 地を蹴り、可能な限り杭を避け、どうしても回避不可能なものは肌に直接触れないようにしながら叩き落とす。
 が、全てを捌き切るのはやはり無理があった。
 どうしても掠る程度の損傷は避けられず、ほんの浅い傷ですらその大きさに見合わない体力を持っていく始末。

 (……この杭、私の力を吸い取っている……? まずい、このままでは――ッ)

 戦況は一方的なものになりつつあった。
 無尽蔵に、止むことなく放たれる杭の嵐は着々とアインハルトの余力を削り取り、かと言って反撃をしようにもやはり絶え間のない杭の弾幕掃射がそれを許さない。
 姿勢を低くし、頭を狙った杭をいなし、回し蹴りで正面からの殺到を撃墜。

 大きく一歩を踏み出したところで、アインハルトの膝ががくりと脱力する。

 右の太腿に、完璧に避けたと思われた杭の一本が突き刺さっていた。勿論即座に抜き取ったが、一度吸われてしまったものは戻ってこない。現に立つだけでもやっとという有り様にまで、アインハルトは衰弱を余儀なくされている。
 絶望的、といっていいだろう。
 それでも諦めはしないと懸命に立ち上がるのは、彼女の戦いへ懸ける意地だった。

 時に人は理屈で動かない。どう足掻いても勝ち目が見えない、諦めて死を享受した方が楽になれるような状況でも、ほんの一縷の望みに懸けて戦う。今の彼女は、まさにそれだ。
 ここで屈すれば、必然辿る末路は死。そこにはほんの僅かな打開の活路もない、約束された詰みがあるのみ。

 ――ならば、せめて抗おう。
 生命尽きる最後の一瞬まで、奇跡に縋る思いで覇王流を振るい続けよう。
 消耗で震える身体を無理矢理に動かし、飛来する杭を――あろうことか、アインハルトはそのまま受け止める。

 「穿衝破ッ――――!!」

 後のことを考えれば、あれだけの密度で吹き荒れる杭の中、内のたった一本を受け止める為だけに足を止めるのは愚策だ。
 だから使わなかった。だが、捨て身の方策としては至極上等な手段であろう。
 ヴィルヘルムの顔に驚きが浮かぶ。予想だにしない行動は、確かに鬼の虚を突くことに成功していた。
 それからは簡単だ。穿衝破という奥義の型通り、受け止めた杭をヴィルヘルムへと投げ返す。
 速度は彼に放たれた時よりも増しており、杭を払わんと振るわれた右腕をあっさりと貫通する。
 軍服に血が滲む。それを確認すると同時、アインハルトは倒れ臥した。

 限界だった。今の一発を放ち切った時、彼女の体力は遂に尽きてしまっていた。
 ヴィルヘルム・エーレンブルグは自身の負わされた傷から流れる血を見つめた後、変身が解け、子供の姿に戻ったアインハルトの元へと歩を進める。やがて、意識を失い苦しげに息を立てている彼女へと片腕を振り上げ、言う。

 「じゃあな。案外楽しかったぜ」

 そのまま、アインハルト・ストラトスの頭蓋を破砕させんと魔人の剛腕が振り下ろされ――


 「そこまでだよ」


 ――る寸前、彼の身体を光の輪が拘束した。


 「……何だ、てめえ?」
 「時空管理局、高町なのは。――その子は殺させないよ。ヴィヴィオの……娘の、大切な友達なんだから」

 純白のバリアジャケットを纏った茶髪の女性。
 彼女がこのタイミングで間に合ったのは、アインハルトの奮戦あってのことだった。
 もしアインハルトが諦めていたなら、なのはが駆けつけた時にはもう全てが終わった後であったろう。
 穿衝破が稼いだ僅かな時間。ヴィルヘルムを斃すには不足だったが、それはこうして彼女の身を救う結果を齎した。

 投降を促すなのは。
 しかし当然ながら、ヴィルヘルムはそんな勧告は意にも介さない。

 「萎えること言ってんじゃねえぞ。第一よォ――こんな緩いモンでこの俺を縛った気かよ、劣等」

 硬いものに罅が入るような音がすると、ヴィルヘルムを拘束していた光輪が砕け散る。
 自力でバインドを破壊する腕力を前に、なのはも彼が只者ではないと改めて実感させられた。
 まだ子供とはいえ、一流の魔導師たちを交えた模擬戦で十分すぎる活躍を見せたあのアインハルトを一蹴するという時点でその実力は推して知ることが出来る。……気を抜けば、殺られる。これはそういう相手だ。
 アインハルトをなるべく危なくないよう茂みの陰に寝かせてから、なのははヴィルヘルムを睨む。

 ――ここでこの男を無力化しなくては、間違いなくとんでもない犠牲が出る筈。
 必ずここで倒す。決意新たに、高町なのは――『エース・オブ・エース』は白き鬼と相対する。

 超人同士の戦いが、いま幕を開けた。


【一日目/深夜/A-2 森】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
【状態】健康
【装備】レイジングハート・エクセリオン@魔法少女リリカルなのは
【所持品】基本支給品、不明支給品2
【思考・行動】
0:主催者を逮捕して殺し合いを止める。
1:ヴィルヘルムを倒す。
2:ヴィヴィオのことはやっぱり心配。早めに合流したい。
【備考】
※Vivid、模擬戦後からの参戦です


【ヴィルヘルム・エーレンブルグ@Dies irae】
【状態】疲労(小)、形成
【装備】闇の賜物@Dies irae
【所持品】基本支給品、不明支給品2
【思考・行動】
0:黒円卓の同胞以外の参加者を殺し、戦いを楽しむ。
1:高町なのはを殺す。
2:シュライバーの野郎だけは例外。見つけ次第『決着』をつける。
【備考】
※共通ルート、来日直後からの参戦です


【アインハルト・ストラトス@魔法少女リリカルなのは】
【状態】疲労(極大)、太腿に刺し傷、気絶中
【装備】アスティオン@魔法少女リリカルなのは
【所持品】基本支給品、不明支給品2
【思考・行動】
0:殺し合いはせず、皆で生き残りたい。
1:…………
【備考】
※ジークに敗北した直後からの参戦です



時系列順に読む
前:ローリンガール 次:傾城の魔性

高町なのは 次:[[]]
アインハルト・ストラトス 次:[[]]
ヴィルヘルム・エーレンブルグ 次:[[]]

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年08月18日 19:42