「ふわぁ、寒いなぁ・・・」
半そでのパジャマで寝ていた私は、ぶるっと身震いをする。
夏場のような強い日差しで目覚めるようなことはほとんどなくなり、今朝は寒さで目覚めたといっても過言ではない。
昨日までの暑さが嘘のようで、朝晩は特にひんやりとした冷気が大地を包みこんでいる。
「いつの間に夏が終わったんだ?」
今年は夏と秋の間にある中途半端な季節がなかったように感じた。
昨年に比べて外に出る機会が減ったから、いつも以上にそう感じてしまっているのかもしれない。
むしろ、体が弱くなったから、そう感じているのだろう。 間違いない。
「やっぱり女体化すると、体力落ちるものねぇ。」
今ではか細くなった真っ白な腕を抓りながら、隣の席の吾野に話しかける。
「だよな、お前が男だった頃は、丸太のように太かったもんな。」
「あんなに鍛えあげたのに・・・はぁ・・・」
力瘤を出そうと腕に力を入れるが、申し訳ない程度にぷくっと膨らむだけ。 以前の私なんか影も形もない。
「そうそう秩父。」
「ん? 何?」
「今度俺の部屋の掃除手伝ってくんないかな?」
「何でお前の部屋の掃除なんか手伝わなきゃならんのよ?」
「いや、思いのほかゴミが多くてな。 ちょっとお前に手伝ってもらわないと間に合わないんだよ。」
頼むよ、な、と両手を合わせながら懇願してくる。
私も悪い人ではない。 大の「親友」にここまでせがまれては、断れるわけがないだろう。
渋い表情をしながらも、私は二つ返事で吾野に返した。
それから数日後の日曜日、私は吾野の家へ向かうべく、3段変速付の自転車に跨る。
涼しくもなく暑くもなく、ちょうどいい天気。 これぞ秋真っただ中という天気だ。
私の家から吾野の家まで30分ほど。
少し遠いが、運動がてらに走るにはちょうどいい距離だろう。
なまっている体を使うのにもいい機会だ。
私はのんびりと、秋のすっきりとした空気を楽しみながら吾野の家へ向かった。
「よっしゃ! 今日は来てくれてサンキューな!」
「まったく、休日返上で来てあげてるんだから、何かしらお礼しなよ。」
「へいへい、その辺りはぬかりなく・・・(ニヤリ)」
最後の部分がとても気になるが、まあそれほど気に留めないでおこう。
「それじゃ、まず俺の部屋に・・・」
ガチャリと扉を開けると、そこには部屋一面に紙くずが散乱している。
机の上、ベッドの上、箪笥の上、これでもかというくらいの量だ。
どうやったらこれ程の量の紙くずが散らばるのか、かなり不思議だ。
私は顔を引きつらせながら、吾野の肩を力強く握る。
「ねぇ、どうしてこんなに紙が散らばってるのかな?」
「いやぁ、ちょっと色々やってたらこんなになっちゃった。」
ほとんど答えになっていない。 意味が分からない。
ものすごく満面の笑みで答えやがった。 これでもかというくらい爽快な表情で。
しかもすっごく真っ直ぐで綺麗な目をしてやがる。
私は無言のまま、吾野の腹を力一杯殴った。
「これで最後ね。」
「うん、これで大丈夫。」
腹をさすりながら、吾野は答える。
これを全部積み重ねると、段ボール何個分になるんだろうと考えながら、私はふうとため息をつく。
「しっかし、よくこれだけの量ため込んだわね。」
「まあ、俺の汗と涙と努力の結晶ってわけよ。」
「もう一発殴られたい?」
「No Thank You」
「素直で結構。」
後はこの紙くずをどこに捨てるか。
吾野の家からゴミ捨て場までは結構距離があったと思う。
「これどうやって捨てに行くの?」
「家の後ろで全部燃やす!」
「燃やす? 確か自宅内であってもゴミとか燃やしちゃダメなんじゃなかったっけ・・・?」
「まあ、そういう堅苦しいことは気にしない。 焚き火ですって言えばOKだよ。」
「あ、なるほどね。 頭いいな、お前。」
なぜか納得してしまう私。 結構単純なんですね。
私たちは何回かに分けて、ゴミ袋を外に運びだす。
秋の過ごしやすい季節とはいえ、これだけ動けば汗が流れおちてくる。
手で汗をぬぐいながら、せっせとゴミの燃やせる場所まで往復する。
「よし、これで終わりかな?」
「もうないみたいね・・・はぁはぁ・・・」
女体化してから、これほどまで動いたことがなかった私。
これくらい余裕かとタカをくくっていたが、紙くずの重さと、何回も往復したことが結構響いたようだ。
「よし、ここにどんどん放り投げて。」
いつの間にか吾野の傍には、程よく燃えている火がある。
私は積み重なっていたゴミ袋を、ぼんぼんとその火に向けて放り投げる。
ボスッ、ボスッと袋の中の空気が抜ける音が聞こえる。
それに合わせるかのように、燃えていた火もだんだんと大きくなっていき、全部入れ終わったころにはちょっとした火事になっていた。
・・・って、ちょっとした火事じゃダメじゃん。
「あ、吾野! こんなに燃えてるけど大丈夫なの?」
「うん、平気だよ。 まったく、秩父は心配性だな。」
この火・・・いや、炎を見れば誰だって驚くさ。
ぽけーっと口を半開きで炎を見つめている吾野の神経の太さがよく分からない。
神経が太いというか、ただ阿呆なだけなのか。
「そろそろいいかな?」
吾野は近くにあった少し長い木の棒を手に取り、炎の中へ突っ込ませる。
こいつ何やってるんだと思い、止めようと吾野に駆け寄ろうとしたが、その行動はすぐに杞憂に変わる。
「秩父、見てみろよ。 おいしそうな芋だろ?」
「何、これがやりたくて焚き火したの。」
「まあ、そういうことかな。」
パキっと素手で芋をふたつに折ると、ホクホクとした湯気が出る。 おいしそうな色をしたお芋が私を誘っていた。
「お芋が私を誘ってる・・・ゴクリ。」
「何、食べたいの?」
首をぶんぶんと素早く縦に動かす。 すると吾野は半分に割った芋をこちらに放り投げてきた。
熱かろうが火傷しようが関係ない。 私が手にしているのはお芋なのだから。
丁寧に皮を剥き、露わになったお芋にかぶりつく。
「はあ、おいしい・・・。」
「な、うまいよな。」
私たちはお芋たんに夢中になりすぎて、炎が近くの藪に燃え移り、消防車が来てしまったというのはまた別の話。
最終更新:2008年10月03日 22:45