~青色通知2~
『いらっしゃいませぇー2名様ですかぁー?』
『お待たせいたしましたぁ、こちらイタリアンハンバーグと小エビのカクテルサラダになりまーす!』
俺と初紀の座るテーブル席の横を、俺達とそんなに年の違わなそうな制服姿の女の子達が慌ただしく駆け回っている。
―――今の気分を表現するなら"曇天、波今だ高し"……っつーところか。
晴れやかな面をして、半熟卵のミラノ風ドリアを喜々と頬張る対面席の美少女、と比較すると正に天と地の差がある。
「……おい」
「んぁんだぉ~ひぇっはふひほがほ~はんひ―――」
「―――せめて飲み込んでから喋れバカ……っ!」
……我慢、我慢だぞ、陸。こんなとこで暴れたら店の人や他のお客さんに迷惑だろ!?
握り締めた拳がプルプル震え、振動でグラスの氷がカラカラと高い音を鳴らしている。……俺が、どんだけ俺って奴が腹に据えかねてんのかってのを分かって貰えたらありがたい。
「んく……はぁ、おいし」
そんな怒りを全く意にも介さず、半熟卵のミラノ風ドリアを満足そうに飲み下す初紀。ホント、コイツ喧嘩売ってんのか?
「だってよー。旨いもんでも食べねーと気持ちも落ち着かねーだろ?
旨いもん食って、それでから相談に乗ってやろうっていうマブダチの優しーい心遣いに感謝して欲しいよね」
そこまではな。あぁ、百歩譲って認めてやるよ。手を口元で合わせて悪戯っぽく笑う、わざとらしい可愛らしい仕草にいくらムカついても。でもな……
「なら……なんで俺がお前の分を奢らにゃならんのだ!? しかも食後の生チョコケーキまでっ!!?」
「あれ? 彼氏が彼女のメシ奢んのは当たり前じゃないの?」
「んなっ、な、なに、なにを言ってんだバカっ!!?」
どこぞのwiki小説だっつの!?
やべぇ、顔熱い、何慌ててんだ俺。
「……そんな態度しなくてもいいじゃんかよ……」
え。初紀のヤツ、結構マジで凹んでねぇか? え、俺のせいかよっ!?
う、嘘泣きしたってスグわかんだぞ!?
「いくら……お、俺が……ひくっ……元男だか……らってさぁ……っく、そん……言い方、えくっ」
うわ、わ、マジ泣き!? やべぇ、向かいのテーブルこっち見てんし……つーかこっち見んなっ!! ヤんぞコラァッ!? ……嘘ですすみませんこっち見ないでください。
……だぁーっ!
「悪かった! わぁるかったから泣くなっ!!」
エクスプラメーションマークは付いてるものの、俺は精一杯の小声で初紀を宥める。
なんだ……この羞恥プレイ。俺が泣きたい。
「……ほん……と……?」
目頭を抑えながらハナを啜る初紀。その泣き顔は一つ間違えるとホントに女かと錯覚しちまうかのような可愛らしい顔。
涙は女の武器たぁよく言ったもんだな……はは、はぁ。どんなコイツのパンチよりも効いたぜ……。
「……あぁ、俺が悪かった。お詫びに飯代も出す、な? 機嫌直してく―――」
「―――よっしゃ、勝ったぁっ!」
……は?
さっきまで顔を覆ってた両手でガッツポーズを取りながら、嬉しそうにテーブル席のソファに寝転がる初紀。……と、呆気にとられた俺。
「あっははは、ひっかかったひっかかったーっ! うん、こりゃ青色通知来るな。反応がまんま童貞だもんな、うんうん。おねーさんには分かっていたぞー?」
……あー、そうか。そーいうことか。ほう。
コイツは、俺の純情可憐な俺の男心を弄び、完膚無きまでに叩きのめしたワケだ。……コイツ泣かす、マジ泣かす。
「っわわ!? テーブルナイフ握んな!!?」
「……男に二言はねぇ。飯代は奢ってやる。……だからよ。きぃっちり"相談"に乗ってもらうぜぇ……?」
初紀は、多分今ホントに泣きそうになってるんだろうが、もぉ許さねーぞ。半ベソかくまで、じぃっくり腹割って話合おうぜ?
なぁ、"初紀ちゃん"?
…………
………
……
「……そんで? 結局のとこ、お前さんはどーしたいんよ?」
生チョコケーキのフィルムについたチョコクリームを舐めとりながら、初紀が話の口火を切る。
はしたないからやめろって前々から言ってんのに……。
「あぁ」
「……あぁ、じゃわかんないだろっ」
気が付くと、眼前には頬を膨らませた初紀。……やべ。なんかボーッとしてた。初紀のはしたない姿に見とれて……ねぇって! 違うって!
……はぁ、もうやだ、この俺。
「ったく、そんな曖昧でいーのかよ。自分の事だろ?」
「ぐ……」
初紀の正論に返す言葉もない。
目の前で慣れないスカートを穿いてるコイツとは違って、俺には悩む猶予があるし、あまつさえ自分も大変な時期だってのに――こうして相談に乗ってくれてるダチが居る。
なのに、今も結論を出すことから逃げてる俺って……マジ死んでいいわ―――
「―――こら」
陰に入りかけた俺の眼前に目一杯映る、初紀の顔。唇には、生チョコクリームが少しくっついてて……って、冷静に分析してる場合かっ!?
ち、近い、近いっ!!
「今、"俺マジ死んでいいわ"って思っただろ」
「お、思ってね―――」「―――うそつき」
……見抜かれてる。
笑いながら、でも目だけはマジなその面構えが、カマかけじゃないってことを物語ってた。
「そうやって、何でもかんでもテメーのせいにして、誰が喜ぶんだよ」
「……」
「建設的じゃねーだろ。こんなこと言う為に此処来たわけじゃねーし」
怒る、というよりは少し呆れた初紀の口調。さっきまで怒りに任せて主導権を握っていたのは俺だったはずなのに。
「な?」
でも初紀は、そんな俺を見捨てなかった。優しく諭してくれて……なんか、悔しい。
……そうだ。悔しいけど、今は落ち込んじゃいられねーな。
「―――そう、だな」
「閑話休題だな」
そう言いながら、初紀は生チョコケーキをつつく。
「あぁ」
……ふと、ある疑問が浮かぶ。
「その前に、いっこ質問いいか?」
「なんだよ? 改まって」
「……"かんわきゅうだい"って、なんだ?」
初紀がフォークをくわえたまま、テーブルに突っ伏した。
なんだ? 俺、悪いこと言ったのか?
改めて、俺は青色通知をテーブルに差し出した。悪い夢じゃねーかってもう一回宛名を見直すが……"前田 陸"。俺の名前。
やっぱ夢じゃない、つーか過去の経験を思い返せばすぐわかることじゃねーか。……言ってて幾分虚しいが。
「どー見ても本物だな、うん。正真正銘のどーてーだ」
笑顔の初紀のトドメの一言。爽やかな乙女のツラだが、うん、ぶん殴りてえ。
「……で、さっきも聞いたけど。どうすんだ? 受けんのか?」
……国から派遣された赤の他人の女を抱いて、男という性別にすがりつくか。信念貫いて、その末に女になるか。
理不尽な二択。
「俺は―――」
言葉に詰まる。迷ってた。……いや、答えは出てる。でも、それを口にする勇気が出なかった。
ビビってる理由?
その決断が、ホントに後悔のないもんなのかなんて、わかんねぇから。
けど時間は待ってはくれない。
だからせめて、この今の気持ちにだけは、正直で居たい。
でも……怖ぇ。
……はは、情けねぇな。喧嘩した時だって、こんなブルっちまったことはねぇのに。
ほんの、ちっちぇ決意の一言が、出ない。
……くそっ。初紀もさぞかし呆れてんか、笑ってんだろうな―――
―――あ……。
初紀と目が合う。喧嘩でも見たことないような透き通った目。それは俺の情けなさを責めるようなものじゃなくて……俺の二の句を、じぃっと待っている。
ただ、それだけ。
ざわざわとしたファミレスのノイズなんか一切耳に入ってこない。ただ、コイツは俺の言葉を待ってる。
……応えなきゃなんねぇ。目の前に居るコイツが男だ女だなんてカンケーねぇ。マジで、俺の吐き出す言葉を待つ、ダチのために。
口を結んで、
ビビる気持ちを奥歯で噛み締めて、
俺は、言葉を吐き出す。
「―――俺は、受けない」
「そっか」
重々しく吐き出した俺の言葉に対し、待っていたのは随分とあっさりとした一言。
……なんか拍子抜けしてしまう。
「んだよー。人が漸く決心したのに、その態度」
「だって諦めるんだろ? 男で居ることを」
「は? 誰がンなこと言ったよ?」
「通知を受けないってことはだ。女になるってことを認めるってことだろ? 消極的にだけどよ」
何か、生チョコケーキを頬張る対面席の女と会話が噛み合ってない気がする。
あ……そうだ。肝心なこと言ってなかった。確かに、このまんまじゃ状況になんの変化もない。
「―――俺、告白する」
―――カラン。
初紀のくわえてたフォークが床に落ちる音がファミレスのホールに響く。
「は……はぁぁあっ!?」
続いて、初紀自身の声がファミレスのホールに響く。
集まる他の客と店員の視線。
「う、うるせぇよ、静かにしろバカっ!」
「で、でもよ。陸、お前、好きな人居たのかよ?!」
「あぁ」
「お、俺、知らねーぞ!?」
「そりゃ言ってねーもん」
「だ、誰だよ?」
「言わなきゃダメなのかよ?」
「ダメっ!」
「どーして?」
「どーしてもっ!!」
なんだ、この痴話喧嘩みたいなやりとり? それに、どうして初紀がこんなにも必死なのかも理解に苦しむ。
「で……誰なんだよ?」
初紀の目がさっきよりも爛々と輝いている。どうしても白状しなきゃならねぇらしい。……仕様がないか。ここまで腹割った仲だ。
「―――坂城だよ! 3組の坂城るい!」
……ハズい。死にたい。
「……ほーぉ、ショートカットの美人が好みかお前は」
「うるせーな、やめろそのニヤニヤ顔」
「でもよー。お前と坂城さんて接点あったっけか? それに、いくら告白したからって上手くいくとは限んねぇだろ? 上手くいったとしても、数日で即寝技で一本勝ちなんて無理じゃないか?」
落ち着きを取り戻した初紀が言う言葉は紛れもなく正論だと思う。
確かに分の悪い勝負だし、途中まで上手くいっても女になっちまったら元も子もない。
でも、やれるだけのことはやって納得したい。たとえダメだったにしろ、無駄に足掻いた分だけ、納得した分だけ、後悔は軽くなるだろうしな。
「……よしっ、決めた」
不意に初紀は拳を握りしめ立ち上がる。何かすげー気合い入ってるけど、俺には何のことやらさっぱりだ。
「"決めた"って……何がだよ?」
当然の疑問を投げかけると、初紀は胸に手を当てながら大仰なポーズを決めながら―――
「この御堂初紀サマに任せなさいっ!
この甘酸っぱーい童貞クンの恋を見事に成就させてしんぜようッ!」
―――と大声で叫んでいた。そして再び集まる好奇の注視。
……本人に悪気は無いんだろう、多分。それは理解できる。
だが、それをさっ引いたとしてもだ。
俺は目の前の、頬にチョコクリームをくっつけた女をブッ殺したくなった。
"愛のホームベース帰還大作戦"(命名:御堂初紀)
―――……多分ホームベースってのは坂城の名前である"るい"に引っ掛けたものなんだろうが、坂城の名前は平仮名の"るい"であって、決して"塁"じゃないことを主張しておく。
そしてネーミングセンスの無さにも激しくツッコミを入れたかった。が、そんな猶予や余裕はもう無い。
俺は、出来る限りのことをしたい。全力を尽くしたい。
上手くいくにしろ、女になるにしろ。後悔だけはしたくない。
こうして、元男と童貞による、一世一代の勝負が幕を開けることになるのだが――――。
「うっし、陸、そうと決まれば明日、放課後デートするぞ!」
「おうっ!
……って、なにぃ!? なんでお前とデートなんだよ!?」
「予行練習だよ、予行練習! 俺だって今や立派な女だ。代役くらいにはなるだろ? 緊張して失敗しねーよーにな!」
―――……それはまだ、少し先の話らしい。
~青色通知2~
完
最終更新:2009年05月10日 15:55