青色通知8.0&8.1☆?

   ~青色通知8.0(るいの場合)~


 ―――午後6時48分。天海駅前ロータリー。

 頭がグラングランと乱暴な音を立てて鳴り響いてる。
 視界が安定しない危ういフラフラ感……なんていうか、アレだよ、アレ。
 昔、一回だけ乗ったことのある。ほら、ギネスブックにも認定された世界最大級の落差を誇る絶叫マシーン。アレにハーネスバーを付けないで乗ったような感覚。
 名前なんだっけ? ゲイシャ? テンプラ? アキハバラ? ……だめ、頭に上った血が遮って思い出せない。

 とにかく、その世界最大級の絶叫マシーンの中で、信じられるのは自分の両腕だけ。頼るのは少しは鍛えてるらしいけれど安定感の無い男の子の腰一つ。しかも無免許ときたものだ。
 ……あんな死体が幾つ転がってもおかしくない無茶苦茶な運転を、下道で―――思い出しただけでも背中の芯が凍りそうだ。
 ……ていうか、何してるんだ警察は。
 神仏なんて、信じてないけど……今だけ神様ありがとう……。

「ん、なんだ泣いてンのか?」

 両手を胸の前で組みながら、クリスチャンのように今日1日の生に感謝を捧げていると、カラスの羽を連想させるような色のフルフェイスのヘルメットを取り外しながら、陸は悪びれた様子もなく言ってのける。

「あんなの泣ぐに決まっでんでじょおっ! ……も、やだぁ……」

 こんな本気泣き、久し振り過ぎる。
 周囲の視線が突き刺さるのが、顔を伏せた状態でもわかる。
 恥ずかしいとは思うけど、意志とは無関係に一定間隔でしゃくりを上げてしまう自分が情けない。

「声が掠れてンぞ?」
「ひーちゃんのせいじゃないかぁっ!! ぐすっ、ふ、ぇぇ……絶交っ、絶交してやるんだからぁっ!」
「だぁああっ! 悪かった悪かったっ! 今飲みモン買って来っから、ちっと待ってろ! 大石井のホットのカフェラテだったっけか?」
「……ぐすっ、……うん」

 私が頷いて、陸が自販機に駆けていく姿を見送ってから気付く。
 ……何で私の好きな飲み物知ってるんだろ。初紀ちゃんから訊いたのかな。

「……ほらよ。熱いから気を付けろ」
「………うん」

 陸が手渡してきたペットボトルのオレンジキャップを外して、火傷しないように何度も飲み口から息を吹きかける。
「ふーっ、ふーっ」
 ……こくん。
 ん、甘くて、おいし。
 カフェインのおかげか、少しずつだけど気持ちも落ち着いてきたみたい。

「……ね、ひーちゃん」
「んぅ?」

 ホットレモンを口に含みながら陸は私の呼び掛けに応える。

「何で知ってるの? 私がカフェラテ好きだって」
「そりゃ、いっつも飲んでりゃ気付くだろ普通」

 ………"いつも"? 陸の言葉の意味をゆっくりと反芻する。
 ………ストーカーだ。
 ………ストーカーが居るよ、お巡りさん。

「―――"ハルさん"のアパートまで法定速度破っちゃうぞコラ」

 どうやら顔に出てたらしい。陸は不服そうな赤面で私を睨み付ける。
 今は奇跡的に生きてるけど、これ以上は精神的にも肉体的にも命に拘わりそうなので一応頭は下げておく。

「ご、ごめんごめん! なんていうか、その……ホントに意外で、さ」
「……なにが?」
「私が、その……元男だって知っても、通知受取人だって知っても、接し方を変えないなんて。……そんなの、ひーちゃんが初めてだったから」

 その正体を私から明かした相手は決して多くはない。けど、信用して正体を明かした途端に大抵の知り合いは居なくなってたから。

「ダチだからな」

 だからこそ、あの屋上での口約束一つで、あっけらかんと私を受け入れてくれる陸が不思議で仕様がなかった。
 例え、私のことが好きだとしても。いや、好きだったとしたら尚更。
 ……いや、違う。これは陸のエゴなんだ。自分が欲求を受け入れるための大義名分が欲しいだけの。

「……そうやって、他の子も口説いてきたの?」

 だから、私は身構えるようなイヤミで返す。
 すると陸は……ちょっと拗ねたように―――

「こんなんで好きな奴と付き合えンなら俺に"青色通知"なんざ来ねぇっての」

 ―――と顔を俯かせて自嘲気味に笑うだけだった。

 普通ならこんな質問をするのは野暮以外の何物でもないのに、気が付くと私はもうそれを口にしていた。

「……じゃ、ひーちゃんのコトを好きって言った初紀ちゃんはどうなるの?」

 私は、陸と初紀ちゃんの過去をよく知らない。たかだか数日前に会ったばかりの他人の過去に踏み入る資格なんて無いはずだけど……私は躊躇無く、それを訊いていた。

『ひーちゃんだって、好きなんでしょ? ………初紀ちゃんのこと』

 唯一、その言葉れだけを胸の奥に押し留めるくらいしか出来なかった。
 それを訊くのは……あまりに無粋だよね。―――そう思った時には、陸が二の句を繋いでいた。

「……どうかな。
 ……初紀が女らしくなったのは、つい2~3日前のことだし。
 女になってから最初の数週間は普通に、元の男みたいに振る舞ってたンだよ。スカートで胡座は掻くわ、言葉は乱暴だわ、折角の容姿が台無しだっつの―――とか思ってた。
 それが……急にだぜ? 俺の青色通知を見た途端に、人が変わったみてぇに女らしくなったんだよ」
「それって、やっぱり……ひーちゃんのことが好きだからじゃないの?」
「違う」

 陸は私の単純な邪推を、たった二文字で却下した。
 まるで、初紀ちゃん好意を享受すること自体を罪悪視するみたいな……苦虫を噛み潰したような顔をして。

「最初は俺もそう思った。けど違う。
 アイツは必死扱いて隠し通せてると思ってるけどよ……初紀には彼女が居たんだよ」
「えっ」

 初耳だった。まぁ、女の子になって芸能人顔負けの美人になる程の整った顔立ちなのだから、初紀ちゃんが男の子だった時に彼女が居たとしても、何の不思議もないのだけど。
 でも、それが今の話の流れと何の関係があると言うんだろう?

「あと、数分だったンだ。よりによってアイツが男を確約される直前だぜ? アイツが突発的に女になっちまったのって。
 そのせいで付き合ってた彼女からは……こっぴどく振られたらしい。
 ……そんなのアイツのせいじゃねぇってのによ」


 まるで自分の話のように陸は落ち込む。
 や、下手をしたら陸にだって……その可能性は十二分にあるんだ。
 それを考えたらヒトゴトではないのかもしれないな。

 ……なんとなくだけれど、話の輪郭が見えてきた気がする。

「そこに、降って涌いたように俺の青色通知だ。
 義理堅いアイツが次に何を考えるかなんか……目に見えてた」
「じゃあ、初紀ちゃんは……ひーちゃんの女体化を避けようとして?」

 私の回答に首肯が帰ってくる。

「多分な。
 ……なんでも女体化直後は、男と女、それぞれの意識が混じって正常な判断がつかなくなることもある症例もあるらしい。
 女体化直後の自殺者っつーのも、一時は社会問題にもなったんだろ?」

 ―――そういえば。
 今は、青色通知とか女体化対策の非営利団体とかの充足で事態を沈静化に向かわせたとか何とか。
 朝方、カフェラテを片手にトーストをかじりながら聞いていた覚えがある。……て言っても、そのニュースが流れたのは数年も前の話だけど。


 でも、陸が導き出した答えは……私の疑問符を消してはくれない。
 初紀ちゃんは……確かに義理堅いし、超が付くほど生真面目な性格をしてるけどさ。……そんなことで自己の軸がブレるような弱さは無いと思う。

「……こういう言い方しちゃ不謹慎かもしんねぇけどよ。
 今から考えてみたら、初紀の目が"死"に向かなかったことは幸いだったのかもな」

 私の心持ちなんか露知らず、陸は言い終えてからホットレモンを飲み干し、深い溜め息を吐いた。
 ……その吐息には、彼の本音と建前が混濁しているような気がした。

 …………。

 ……でも、それに私が巻き込まれる謂われはこれっぽっちもない。
 そんな恋愛事情に私が介入する必要性がどこにある? 今までもこれからも、私がすることは一つじゃないか。


  ―――ハルさんの遺志を継いで、女体化する人達を食い止める。


 ただ、それだけ。
 今まで、気まぐれで二人の仲を取り持とうとか、陸に対して恋心まがいなものを抱いたりとか、そんな面倒な遠回りを重ねたから……こんなことになったんだ。
 "条件"なんて、知ったことか。
 "想い"なんて、知ったことか!

「―――陸」

 ……私は、この日―――初めて陸を呼び捨てにした。
 遠回りは、もうゴメンだから。

「……したいんでしょ。私と……えっちなこと」
「っ!」

 あからさまな動揺の色が、陸に浮かび上がる。
 彼が肯定も否定も出来ないことを知っていて、私は意地の悪い質問を投げかけていた。
 だから、陸は話をはぐらかすって思ったのに。

「あぁ、好きな女抱きたくねぇ道理がどこにあるっつーんだ」

 ……この場に至ってまだ私を口説く度量があるのか。―――と、素直に感心してしまう。……そんな場合じゃないっていうのに。

「ふ、ふぅん。……じゃあ"青色通知"を出せば相手して―――」
「―――いいんだよ。もう」

 私が取り繕うように放った売り言葉を、制して陸は言う。
 でも、それは……決して私を責めるようなものでも、私の挑発に乗るようなものでもなかった。

「……俺、女になるわ」

 ロータリーからバスが数人の乗客を乗せてから、ゆっくりと発車して、十字路を曲がり―――見えなくなる。それくらいの沈黙が私と陸を包み込んだ。
 ……え? えっ? 何達観した顔してるの?

「―――満足なんだよな。
 好きな女が出来て、気持ちが伝えられて、ダチになって。気になってた女から告白されて。
 気付けば男としての幸せが、この数日で一気に押し寄せてたんだな。
 もしかしたら"コイツ"が運んでくれたのかもな」

 ……そう言って、陸は自らに届いた青色通知をポケットから取り出して、感慨深そうに眺める。

「でも、もう、仕舞だ」

 そして私の目の前で封筒ごと、その幸せを運んだ青色通知を勢い良く―――えっ!?

「ちょっ、え……っ? ―――バ、バカッ! なにしてるのッ!!?」
「食いブチを減らしちまって悪ぃな、るい」

 満ち足りた顔を浮かべると、陸の掌からパラパラと、幸せの破片が夜の闇に消えていく。
 あーあ、勿体無い……じゃなくて!!

「あ、あんたねぇっ!? 自分が何してるか―――」
「―――わぁってんよ。こちとら散々悩んだ結果だっつの。逃がした魚の後悔は俺がする。文句ねぇだろ」

 私が屋上言った時の言い回しを真似るように陸は呟く。
 ……そんなの、実感が無いから言える台詞だ。
 確かにそんなこと、私が文句を言えた義理じゃないのはわかってる。わかってるけどさ! ……この男はどこまでバカなんだ、本当に!? あぁ、もぉっ!!
 選べる立場のくせに、逃げられる立場のくせに! それを選ばないなんて……ホント、バカだ。
 初紀ちゃんといい、陸といい、なんでこんな……まっすぐなバカなんだ……。

「―――俺の話は、これでオシマイだ」

 終止符を打つのは、他の誰でもない自分だ。そう言わんばかりの自信に満ち溢れた―――でも、消え入りそうな笑顔で彼は云う。
 でも、その男の子相応の手は確実に震えてた。分厚い手袋の上からでも、わかるくらいにカタカタと。

「んじゃ時間もあんまねぇし、そろそろ行くとすっか。道案内頼むぞ」

 黒いフルフェイスヘルメットを被り直し、再び陸はバイクに跨り、私を後ろに手招きする。
 私が素直にそれに従ってしまうのは、多分調子が狂いっぱなしだからだ、絶対そうだ。

「………ひーちゃんの、バカ」

 ヘルメットを被り直して、発車するバイクのアイドリングの陰で私は小さく呟いた。絶対に聞こえないと思ってたのに、陸は笑いながら―――

「今更気付いたのかぁ?」

 ―――だってさ。
 ……私は聞こえないフリをして陸の背中に、その身を預けた。




   ~青色通知8.1(陸の場合)~


 ―――るいを連れ出したのには理由があった。
 ただ、それは単なる偶然かもしんねぇし、るいが"ハル"さんの墓参りに行ってないってことも事実だったから。
 そういう理由付けをして確かめに行きたかったんだ。なんとしても。
 今の内じゃねぇと、もう機会を永遠に失っちまうんじゃないか。
 ……日に日に、女のカラダに気持ちが引っ張られていく初紀を見てると、そんな気がした。
 俺が女になるって、青色通知を破り捨てたのは別に……るいの気を引きたかったわけじゃないし、駅前でるいに言ったことに嘘はない。……と、思う。
 そりゃ、女になったからって―――初紀ん家で見たような―――あんな夢みたいなことにはならねぇだろうけどよ。
 や、俺、期待してねぇぞ、全然。

 ただ女になって、るいとダチのまんまで居られたとしても、こんな強引な手段に訴えるなんてことが、出来なくなるんじゃないかって、それだけが……怖かった。

 やっぱ、なんだかんだ言って好きなんだろうな。……るいのこと。

 ……それなのに、気付くと初紀を目で追ってる自分が、憎くて仕様がなかった。
 初紀が元男だからとか、男の時からダチだったからとか……そんなんじゃなくて。
 一遍に二人の女を気にしてる自分が、気持ちに整理も付けられずにアレもコレも欲しいと、俺の本能が駄々をこねてンのが気に入らなかった。ムカついた。
 だから、いっそテメェなんて男をヤメちまえって……そう思って、青色通知を破り捨てた。

「ひーちゃん。そこの角を左に曲がって。もうすぐ着くよ」
「…………」
「……ひーちゃん?」
「あ、あぁ」

 ……ヤバい、ボーッとしてた。運転に集中しねぇとな。

 ―――もうすぐ着くのか。

 厚手な上着越しとはいえ、るいの身体の感触を背中で味わっていられなくなると思うと、自然とバイクの速度はゆっくりになっていく気がした。
 ……いや、スピードは落としてねぇぞ、全然。





「―――着いたよ、ココ」

 るいが指差した先には、小綺麗なアパートがちょこんと佇んでいた。
 とりあえず、そのアパートの駐輪場らしき場所を拝借し、バイクを止める。

 ……なんつーか、変な緊張感。

 俺の考えてることが、単なる取り越し苦労なら別にそれで構わない。
 だけど、もし、"そう"じゃなかったとしたら、俺はどうすりゃいいんだ――――?

「―――ひーちゃん……?」

 いつの間にか俺は随分と小難しい顔をしてたらしい。
 先程まで被ってたヘルメットを大事そうに抱きしめながら、るいは心配そうな面持ちでこちらを見つめている。

「変なの。さっきからボーっとしちゃってさ」

「―――なぁ、るい」
「な、なに?」
「………俺さ、鮪が好きなんだよな」
「……はい?」

 突拍子もない発言に対する当然のリアクション。

「でも、その日の気分によっては鯵やら秋刀魚やらも、やたら恋しくなるんだよな」
「……お腹空いたの?」
「けど、やっぱ一番は鮪なんだよな。赤身のヅケとか中落ちとか、ステーキにも目がねぇんだよ、俺」
「人の話聞いてないよね絶対」
「食いもんの好きずきなんざ一朝一夕で変えられやしないもんな」

 …………。

 妙な沈黙が、人っ子一人も通らない夜の住宅街を包む。
 ……ダメだ、俺はボキャブラリーがかなり乏しいらしい。はぁ……なんか自己嫌悪しちまう。
 ヤメだ、ヤメ。単なる憶測でアレコレ言ったって仕様がないもんな、うん。

「わり、今のナシ。忘れてくれ―――」
「―――遠回りするの、やめたんじゃなかったの?」

 るいに言葉が遮られる、と、同時に……妙な感触が下半身を包み込む。

「……って、ナニしてんだよ、るいっ!!?」
「ココ、触ってるだけだけど?」

 見りゃ分かるわっ! つーか、やめてくれ!! つーか、やめないでくれ!!! ……いやいやいや違うっ!!!
 つい数時間前に初紀に"された"ばっかなのに、るいの細い指がスラックス越しに俺のを丁寧に撫でまわしてくるせいで、俺の意志とは無関係に下半身は肥大化していく。

「……くすっ。へぇ、結構立派なんだぁ。ひーちゃん?」
「あ、……くっ、バ、バカ、やめろっての……ぅっ!」

 さっきから手を払いのけようと、るいの細腕を両手で掴んでいるはずなのに、俺が力を入れるタイミングで絶妙に、耳裏に湿った吐息を吹き込んだり、緩急をつけてソコを弄くり回すものだから、抵抗する力がヘナヘナと抜けていく。

「―――やぁだ、ひーちゃんが何か隠してるみたいだから、言うまでやめない」
「ぅ、うぅ……俺が襲っちまうかもしんねぇだろがっ!」
「ひーちゃんにそんな度胸と技術があるなら青色通知なんて来ないでしょ?」
「ぐ………っ」

 返す言葉もない。口喧嘩したら、るいには一生勝てない気がする。

 そんなことを考えてる間も、るいの細い指は容赦なく俺のをリズミカルに撫で回していく。伊達に経験値があるわけじゃないらしく、その手慣れた技(?)は初紀よりも正確に俺の快感を煽っていく。

 ……ヤバい、ヤバいって! このまま初紀に貰った下着までお釈迦にしちまう!

「ほらほらぁ……ココ、気持ちいいでしょ? どーするのかなー? このままズボンの中カピカピにしたまま帰るつもりかなぁ?」

 イタズラっぽい顔を浮かべながら、るいは更に手つきを早めていく……これはマズい。かなりマズい!!
 新手の拷問か、これは!!?

「白状、する?」
「……っは、…ぅっ……わ、わかった! 喋る、白状すっからとりあえず手ぇ離せっ!!!」
「はーい。……ちょーっと名残惜しいけど、オシマイにしたげる」

 漸く、るいの下半身への執拗な責めが止む。……この女、夜はドSだ、絶対。

 ―――思えば、初紀ん家でみた夢ってのは、このことを予感させてたのしれねぇな……はぁ。

 落ち込む俺の意志とは無関係に、暫くの間、俺の下半身は漲ったまんまだった。

 ……ハズい、死にたい。



「……で、ひーちゃんは私に何を隠してたの?」

 ツナギを脱ぎながら、るいは改めて俺に問う。白状すると言った手前、答えないわけにもいかないのだが……何から話していいやら困る。
 ……とにかく、順を追って話すしかないよな。

「ある可能性だ。あくまでも俺の推測だってことは頭に入れといてくれ」
「……わかった」

 るいは静かに頷く。その拍子に、小さく揺れる短めのポニーテールが可愛らしい。

「……初紀づてで"ハルさん"の話を一部始終聞いたけどよ。
 なぁんか、納得出来ねぇんだよ」
「……何が腑に落ちないのか、私にはわかんないけどさ。
 そのせいで私は、今更こんなところに連れて来られたんだよね?」

 首肯。
 親元から(勝手に)離れて、幾年も女の独り身で世の中を渡っているだけある。頭の回転が早い。
 流石に法の穴を突き、国を欺いて"通知受取人"をやってるだけはあるな。
 ……ただ、自分のこととなると、その持ち前の頭の回転力は半減してしまうんだろうか。
 そこまで分かってるんなら、俺が言わんとすることは自ずと見えてきそうなもんなんだが……。

「で、ひーちゃんは何が納得できないのかな?
 ハルさんが亡くなって、私が遺志を継いで通知受取人になった。この話のどこに納得がいかないの?
 ……あ、もしかして、通知受取人になったってトコ? "死んじゃった人間のために自分を犠牲にするなー!" とか、そういう説教じみたことを言いたい訳?」
「違う」

 確かにその話については、るいに言いたいことは山ほどある。ちょっとした日本地図に新たな山脈が築けちまうほどある。
 けど、今俺が言いたいのはそんなんじゃない。
 もっと根本的な―――というか、大前提の話。
 もしかしたら、るいの――女になってから今までの生き方を、全部否定しちまうかもしれねぇような……そんな、危険な爆弾。
 だからこそ、確たる自信が無ぇ今の段階でハッキリと口にしたくなかったことだ。
 ……これは、どう転んでもるいを傷付けちまう。
 でも、どうしても黙っては居られなかった。……なんつーか、やっぱ俺はガキなんだろう。

 だから、その重責に耐えきれなくなって、変な喩え噺をして口を滑らせちまった。話の口火を切っちまった。
 ……今更、遅いっつーことは分かってっけど、後悔は募る。

「じゃあ、何かな? おねーさんにはサッパリだよ」

 両手の平を天に向けながら旧いアメリカ人のリアクションを思い起こさせるような仕草で、るいは大仰に首を横に振る。

 これを言っちまえばもう後には退けない。
 此処は適当に誤魔化すべきじゃねぇのか?
 勘違いなら勘違いでそれでいい。
 それなら、るいを墓参りに行かせたかったとでも抜かせばそれで済むんだから。

 ……でも、それってダチにすることなのか?
 そうやってテメェのしてきたことから逃げるように、ダチも、引いては自分すらも、騙し騙し生き続けなきゃならねぇのか?

 そんなの、俺はゴメンだ。

 ビビって、尻込みしてる自分のケツを叩くのは、自分しか居ねぇだろ。
 目を伏せんな、真っ直ぐ前を向け!
 後悔は俺がすれば良い話だろうがっ!!
 ……心を落ち着かせるために、ゆっくり息を吸って、吐き出す。それだけなのに、なんだか息苦しくなった。

 ……なんだか、初紀とファミレスに行った時のことを思い出す。初紀に、俺の決意を聞いてもらった時みたいだ。
 相手も場所も違うかもしれない。でも、るいは初紀と同じように真っ直ぐに俺を見つめて、俺の言葉を待っている。


「………俺の考えが正しければ」

 声が震えた。
 鼻で笑われるかもしれない、ホントに絶交されるかもしれない。
 あぁ、怖ぇんだよ。大仰な決意をしときながら、こんな無様な俺を笑いたきゃ笑え!!

「……正しければ?」

 でも、るいは愚直に、そんな情けないことを脳裏によぎらせてる俺の言葉を待っていた。
 そんな恐怖は、るいの真面目な顔を見た瞬間に吹き飛んだ。

 ―――応えなきゃならねぇんだ。


「俺の考えが正しければ。


 "ハルさん"は、生きてる」


   ~青色通知8~

  完 

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最終更新:2009年05月10日 17:50
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