『幸せ』その1

 考え事をしていた。
 この先に起こってしまうであろう、出来事について。
 今でなくても、このままではほぼ確実に起きてしまう。
 ――女体化。別に腐女子とかが色々妄想するためのものではなく、いわゆる非リア充達の最も恐れる現象である。
 女体化してしまう原因は曰く「童貞」であること。今では保健の授業ですら習う、一般常識だ。女体化する日にちはだいたい誕生日。それも江戸時代辺りではおおよそ成人と言われる年齢――つまり15、16歳頃である。
 もしもその日までに童貞を捨てられなかった場合、大切な息子が存在を消してしまうと思うと、怖気が立つ。
 ――ただ、特別な女体化も発見されている。一つは若くしての女体化。13歳辺りで女体化してしまうっていうやつだ。二つ目は、誕生日ではないのに女体化してしまうこと。どちらも非常に珍しい症例だそうだ。そして最後に――

「危険性の高い年齢の誕生日の有る年に、免疫力が落ちることで発症……か」

 上記二例よりは比較的頻繁に起こっているであろう、症例。
 ベッドに横たわっている状態で俺は保健のノートを音読し、ため息をつく。
 どうして女体化などという現象が起こってしまうのか。まったくもって俺には理解が出来なかった。
 ノートを閉じ、再びため息。
 どうしてこんなにため息が出るかというと、俺が童貞で、今16歳で、尚且つ“今現在風邪を引いている”という事が原因。
 ――察してくれるよな?
 つまり今俺は女体化という爆発寸前の爆弾を抱えていることになり。

「どうすっかなぁ……ゲホッ……」

 普段は風邪を引かない俺なんだが、なんでこんな年に限って風邪を引くかな? と頭の中で思う。
 まあ、三つの症例のうち一番確率が高いってだけであって、全体を見るとそこまで確率が高いわけではない。むしろ風邪を引いたが女体化しなかった――なんてのを何回も聴いた気がする。
 ――手に伝わるノートの冷たさが心地良くなってきた。
 イカン。そろそろ眠らなければ、ヤバい。主に体調面で。
 しばらくはノートに触れて寝ていよう、そう思い目をつぶる。

 ……朝起きたら女でしたー! とか、ない……よな?
 一抹の不安を感じつつも、思考は暗転して行った。

――。
――――――。

 なにやら、まぶたの裏が明るくなっている。その明るさの理由を探るのは、さほど難しいことではなかった。
 日差しだ。まだ重たいまぶたをうっすらとだけ開ける。目の前には……保健のノート? ああ、昨日熱冷ましに腕に敷いていたんだっけか。
 なんで保健のノートなんだっけ?
 ……う~ん。思い出せん。
 しばらく唸っていたが、おおよそ一分。ようやく、思い出す。

「やばいのかね。俺も」

 女体化だ。落ち着いているようで落ち着いては居ない。内心はひどく焦っているがそれがあまり表には出ないタイプなのだ。とにかく慌てつつ、念のためしゃべってみた。声は普通だった。恐らく、女体化はしていないのだろう。
 少し安心し、念を入れワイシャツ式になっている根巻きの胸元をひらく。
 どこにも起伏はない。それどころか昨日着替える時に見たものと何ら変わりはなく、ほっと胸をなで下ろす。
 ――女になったらこんな動作もある物質により突っかかってしまうのだろうか。
 閑話休題。とにかく、女体化はしていなかった。ひと安心して壁掛け時計を見る。

「11時半か。……いつもと変わらないな」

 念のために書いておこう。今日は日曜日だ。要するに部活に入っていない俺がこの時間に起きることは何ら不自然ではない。
 もう一眠りでも、そう考えていたら突然携帯電話が低いバイブレーションで唸った。
 枕元を探りつつ携帯電話を手に取り、画面を見る。

『着信:三上 悠希』

 こりゃまたどうして。わが友からの連絡だった。

「もしもし」

 少しダルそうな声で応答する。もちろん、本当はもう少し元気だが一応風邪だと言う事を知らせる為に、な。

『こりゃまた随分ダルそうだな。どうした? 寝過ぎか?』
「似たようなものだよ。風邪引いた」

 淡々と告げると、心配でもしてくれているのか普段より少しだけ大きい口調の返事が帰ってくる。

『風邪引いた? 大丈夫なのか? その――』

 オーケイ。言わんとしていることはなんとなく理解した。だが、

「女体化か? 声で判断できないかい?」

 そもそも女体化してたら間違い電話かけちまったと焦るだろう。声変わってんだし。
 男に掛けたつもりが女が出るんだし。

『あー、そう言えば。じゃあ、大丈夫なんだな?』
「大丈夫大丈夫。しかし、なんでそんな慌ててる?」

 言うと少し唸り、

『明日学校だろ? いやー、お前が女体化したらその風邪の菌は女体化因子を動かしちまう菌って事になるじゃん? だとしたら』

 だとしたら、なんだよ。

『俺が危ない』

 そんな回答に即答。

「童貞乙」
『んなっ! お前も童貞だろう!?』

 だからどうした。さっきのは明らかに女体化に怯えるも卒業できない男の台詞だ。
 ――俺のことは気にするな。うん。
 視界が揺れた。立っているわけでもなく、ベッドに横たわっているだけなのだが、めまいだ。
 頭がぼーっとしてきた。
 そう言えば、薬飲んでないな……。

『おーい? どうした?』

 すっかり忘れてた。すまん。

「あー、風邪がやばそうだから、そろそろ切るな?」
『そうか。じゃ、お大事になー』

 疑われるかと思ったんだが、ダルそうな第一声が効いたようだった。
 そして『俺に移すなよ~』の言葉を最後に通話が切れ、無機質なダイヤル音が響く。
 その音も、どこか遠くで鳴っているような感覚で。
 いつしか視界もぼやけてきていた。
 本格的にまぶたがくっつきそうだ。薬は……確か枕元に水を入れたペットボトルと一緒においていたはずだ。
 飲ま――な――――きゃ……
 起きて数十分。俺の意識は再び暗転した――。



 目が覚めた。どうやら、あの後相当眠ってしまっていたらしく辺りは紅に染まっていた。
 どうにも体の重い感覚が抜けていない。そんな体で伸びをする。
 熱は引いているようだった。どうしてわかったかというと、シーツがぐしょぐしょだったからだ。これは洗濯しなくちゃいけないな、と思いつつ脱衣所に向かうことにした。
 そうそう。俺は一人暮らしだ。親に頭下げて全寮制の高校に行かせてもらったからな。
 理由は、美術系。もとより美術家を目指していた俺は中学の先生から今いる学校に行くことを進められ、俺も学校説明会等でこの学校を気に入りって流れだ。
 話がそれた。とにかく、ここは学生寮。ただ、不便なことに炊事洗濯等家事は自分でやらなくてはならないこと。
 昼は学食という形で提供(それでもその都度お金がかかるから負担になる。どうせなら引き落としにして欲しかった)されているから作る必要はないが、朝と夜は別。
 そんな生活の中で俺に身についた食生活は朝・カップラーメン、昼・学食、夜・自炊というなんとも言いがたいものだった。
 ――何が言いたいのかって?
 風邪引いても家事やってくれる人が居ないってことだよ。つまりどんなに辛くても一人でやらなくては行けない。そのおかげでだいぶ家事が出来るようにはなったのはせめてもの救いか。
 とにかく、俺は汗で濡れたシーツと凹んだお腹を満たすために脱衣所に向かった。



 人間、対応しきれないことがあるとその場で表情が無くなる、とか言うのを聴いた気がする。俺の場合はいつも「実奈斗君は無表情というか、冷静そうだよね」と言われるほど無表情だが。
 閑話休題。脱衣所と来れば当然、そこには鏡が設置されている。そこを見た瞬間、背筋が凍りつくのを感じた。
 そこには、美をつけても問題はないくらいの少女が、初めこそ目を丸くしていたものの、妙に冷静な顔でこちらを観察していた。
 幻覚だ。そう言い聞かせたかった。でも頭というのは時に情報を正しく理解する。目の前の少女は、俺であると淡々と脳は告げてくるのだ。
 震えが止まらない。危惧はしていた。でも、実際になってしまうとは、一切思って居なかった。

 ――夢。そうだ。夢。きっとこれは風邪の所為で見ている悪夢だ。
 そう――言い聞かせる。妙に思考が鋭いのは明晰夢だからだ。
 足元に冷たい感覚。気付くと手に持っていたシーツが消え、足元に落下していた。
 ただ、こんなにも震えているのに鏡の中少女は冷静な顔つきをしている。
 ――なんでそんな顔が出来るッ!
 怒りにも似た感情を抱き、一瞬本気で鏡を割ろうとした。夢なんだから……構わない。そう思った。
 冷静なのは、少女だけではなかった。――自分。自分の脳は、否定したい気持ちを抑えつけ“女になった”という事実を必死に摺りつけてくる。……納得させようとして。
 目がしょぼしょぼし、頬を生暖かい液体が伝う。最初は何かはわからなかったが、涙だとわかった。俺は気付くと泣いていた。

「ふぇ……えぐ……」

 止まらない。乾き始めたシーツに、涙が滴り落ちる。
 認めたくは無かった。以前けりをつけたはずの感情。――いざとなったら男を捨てる覚悟。いや、諦め。
 モテる事が無かった俺は、年齢=彼女いない歴というしょうもない経歴を持っていた。
 だから、女になるのはしょうがないこと。そう思っていた。
 なのに、いざ女になってしまったという現実を付きつけられると気持ちの整理がつかなくなってしまっている。
 それが、情けなかった。ひょっとしたら泣いている理由はこれかもしれない。これじゃないかもしれない。
 自力では収まらなくなっていた涙をせき止めたのは一つの音だった。
 隣室で、低く唸るバイブレーション。その単調なリズムは紛れもなく俺の携帯電話の物で。
 震える足を無理やり引き摺り、固いフローリングの床を這う。
 これが一軒家とかだったら、階段辛いかったかな。どう仕様も無い考えが頭に浮かぶ。気持ちは落ち着いてきたのだろうか。
 ようやく、部屋に辿り着く。簡素な絨毯の上を再び這うように歩き、携帯電話を手に取る。そこには、今来たメールと、その他に着信が有ったことを知らせるマークが有った。
 とりあえず、メールをひらく。

『Mail:三上 悠希』

 そのまま決定キーを押す。

『件名:お見舞い
 本文:大丈夫かー? 電話しても出なかったし、メールにも気づいてない様だったから直接来た。とりあえず気づいたら開けてくれ! 見舞い品も持ってきたしな』

 急いで涙を拭く。腐れ縁とは言え、流石に涙を流してるところを見られるのは、そこまで気分のいいものではなかった。
 いつの間にか、足は震えなくなっていて、どうにか立ち上がる。
 俺は部屋から徒歩10秒ほどにある、玄関を目指した。

 いつもなら少しで辿り着く場所でも、今の俺にはとてつもなく遠く感じた。
 それでも足を引きずりながら部屋に戻ったあの時よりはマシだったのかもしれないが。
 ようやく玄関に辿り着く。あんなメールを寄越したくらいだから、帰っちゃいないとは思う。
 それでも、もしかしたら帰ってるかもという不安がよぎる。
 ――不安? まあいいや。
 ドアに付いている鍵を回す。ガチャ……という金属音が響き。
 まだ荒い息を少し整え、ドアノブに手を伸ばし――回した。
 そこには、紛れもない三上の姿があり、深く息を吐く。別にため息を付いたわけじゃないぞ?
 だがどこか素っ頓狂な顔をしていた。なぜだと思考を巡らすが直ぐに思い当たる。

「あ……えと。その……“俺”だ」

 言うと三上はようやくその顔をやめる。代わりに、少しばかり真剣な顔をする。

「……なっちまったか」
「…………」

 その言葉の返事が詰まる。どうにも、問い詰められているようで、気分的には宜しいものではなかったからだ。――なぜだか、とても申し訳ない気持ちにもなった。

「っと、とりあえず……上がれよ」
「ん? ああ、そうだな。おじゃましますっと」

 立ち話をしているのもアレだろうと思い、家に上がらせる。
 三上が靴を脱ぎ終わり、廊下に上がっている。それを確認し、俺も廊下に戻る。
 さっきまであんなに長く感じられた廊下。それが嫌に短く感じた。否、短いのだ。
 すたすたと移動する三上を追いかける。迷いもなく、俺の部屋に入っていき、いつもの指定席に座り込む。
 俺もその対面に座る。いつもなら四角い座卓のちょうど左隣に座るのだが……、今日は話すことが有る。お互いに。

「さて、と」

 何を言われるのか。初めてだ。友達の視線を怖いと思ったのは。――友達の発言がこんなにも恐ろしく感じたのは。
 ガサッという音が聞こえ、おそらくははたから見てもわかるほどに驚く。
 三上も目を丸くしていた。
 その目も直ぐにもとに戻り座卓の上に桃缶を置き、プルを引っ張り開けると恐らく自らの部屋から持ってきたであろうお椀へと移すと――スプーンと一緒に俺に差し出した。

「――へ?」

 女になってしまったことを追求されると思っていたから、思わず力のこもっていないなんとも間抜けな声が漏れる。

「なに不思議そうな顔してんだ? お見舞いと言えば、フルーツだろ。桃だろ」

 さも当然のように残りの半分をもうひとつのお椀にとりわけ、スプーンで食べ始める。

「食わないのか? ……ひょっとして、まだ調子悪いのか? もしあれだったらラップ持ってくるから、冷蔵庫にでもいれて後で食べ――」

 その言葉を断ち切る。いや、話しかけられていることに半ば気づいていなかったってのが正しいか。

「色々と訊くんじゃないのか? ……その、女体化したことについて」

 視線を合わせずにつぶやいた俺の言葉に、三上は再び目を丸くして。

「はぁ?」と呆れが見え見えの口調で言った。「なんでそんな事訊かなくちゃいけないんだよ。俺はあくまでも、お見舞いにきただけだぞ? 女になってようが、男のままだろうが、関係ないじゃねーか」

 そんな言葉にそれもそうかと納得をしてしまう。いや……そうじゃなくて。そこじゃなくて。

「じゃあ……」
「ん?」

 どうしても言葉につまる。更に、下手に相槌を打たれたことで余計言いづらくなってしまった。
 どうにか必死に言葉を搾り出す。

「……じゃあ、最初の、『なっちまったか』ってのは、なんだったんだよ!」

 必死になっていた所為で音量の調節が効かなくなっていた。恐らく、ボリューム大。
 一瞬顔をしかめた三上だが、

「あー、あれな。いや、ほら。俺も危ないからさ。覚悟決めなきゃいけないかなーとか?」

 絶対嘘だ。勘だけど、嘘って言い切れるきがした。あの時の三上の顔は、そんな事考えている表情じゃなかった。普段のコイツなら、もっとばかみたいな顔して言うはず。

「お前にしては珍しい。……疑ってるな?」
「何が珍しいんだ。疑うことなんて結構有っただろ」
「いやいや、そこじゃないよ。表情が顔に出てる」

 言われ始めて表情を気にする。俺はあまり表情が顔に出ないタイプだ。だからこそ、今までどんな状況だろうとポーカーフェイスでいていられた。
 なんでだ? なんで感情が顔に出る?
 二つ。――二つの可能性が出てきた。一つは、女体化。その所為で顔の筋肉の動かし方がビミョーにずれちまったって可能性。二つ目は……泣いた所為。いろんな場所が力が入っていないというか変に緩んでいるというか。だからちょっとの表情変化で気づかれちまうのかもしれない。
 後者だとしたら非常に癪な話だが。……前者も同じか。

「本当に今日は表情豊かだな」
「うっさい黙れ」
「おおっ……睨まれた!?」

 くだらない。全く、くだらない。感情が出やすいせめてもの報復として睨みつけてやった。
 だいぶ気が晴れたのはコイツとのやりとりのおかげだったのかもしれない。睨みつける傍ら、そう思った。



 その後、いつものばかみたいなやりとりの最中俺のお腹が間抜けな音を立てた。
 朝も昼も食って無かったから当然といえば当然か。それで目の前の桃缶を頬張り、両者ともにおなかがすいたという面で意見一致したのだった。

「あー、とりあえず夕食をつくろうと思う。食べるか?」

 言って気付く。こいつは絶対に、

「遠慮しておくわ」

 ――絶対に、断る。わかってたんだよ。こういう性格だ。
 だから、

「わかった。食ってけ」
「いやでも病に――」
「食っていけ。お見舞いに来てくれたお礼だとでも思ってくれ」

 命令にしてやる。実際、コイツが来なかったらもしかしたらずっと泣いていた可能性も有るからな。そうなると精神面で不安が残る。だから、感謝はしている。
 それに、

「ひとり分もふたり分も変わんないから、さ」
「へいへい。じゃあ美味しいの頼みますわ」
「俺をなめるなよ? 伊達に一年、飯を作っておらぬわ!」

 夕飯だけなんだけどね。作ってるのは。兎に角、俺はふたり分の夕飯を作り始めた。


――――――。
――――。

「お待たせ」

 と、出来上がった料理を部屋へと運ぶ。ちなみに、贅沢なことにここの学生寮はキッチンと部屋が別なばかりかトイレ、風呂が個室で付いてくる。挙句の果てには共有風呂まで有るという至れり尽くせりな作りとなっていた。
 話がそれたな。

「おー。オムライスか。コイツは旨そうだ」
「無いとは思うけど、残すなよ?」

 冗談交じりに言う。

「残さないって。――で、巷で有名なあれとかはあるのか?」

 なにやら突拍子も無い事を訊いてくる。ただ――すごく下心が見える台詞だ。なぜだろう。

「あれってなんだよ」

 座卓にケチャップとスプーンを並べ言う。

「ほら……某喫茶でやってくれる、ケチャップで好きな文字を書いてくれるあのサービス」
「なるほどなるほど。……君は元男をそういう目で見ている、と」

 フォークを持ってくればよかったかな。

「冗談だ、冗談。……ケチャップ取ってくれ」

 殺気でも伝わったのか、なにやら怯えながら俺の手の中のケチャップを催促する。
 流石に俺もそこまで鬼じゃない。あんな事言わなきゃ普通にケチャップかけてやったのに。
 さておき、とりあえず俺のオムライスの方にケチャップをかけ、三上に渡す。

「そう言えば、半熟とろとろのオムライスで良かったか?」

 俺は卵料理は半熟が大好きなもんで、おおよそ二ヶ月かけて半熟で美味しいオムライスを研究していた。それの所為か今ではすっかり半熟しか作れなくなってしまっていたのだ。

「流石に病人につくってもらって文句とかは言わないって。でもまあ、強いて言えば……」
「言えば?」
「好きだな」

 思わずツッコミたくなったが、なんというか女になってこの事に対してツッコンだら色々と負けな気がしてきたから、やめた。

――――――――。
――――。

 食事も終わり、皿洗いをしている時だった。

「なあ、実奈斗」

 今までテレビを見ていた三上が急に話しかけてきた。正直、俺はメンタル強くないんだからやめてくれないかな。
 喉まででかかった文句を押し殺す。

「なに?」
「明日どうするんだ? お前は休みになるだろ?」
「そうだな」

 すると、そこで急にまごつき始めた。

「その――俺も一緒に」
「はあ、休みたいのか?」

 最後まで言い切る前に言ってやる。こう言うのはてきぱき済ませたい派だ。
 何時までもうじうじ話を考えてるのとか、ぶっ飛ばしたくなるからな。

「そうそう! じゃあ、明日連絡するときに伝えといてくれ。俺だけだと怪しまれるだろうから」
「わかったわかった」

 再び、皿洗いの作業に戻る。
 ――三上はいつまでこの部屋にいるつもりなんだ? いや、まあ同じ学生寮だからいいけど。アイツも元男をどうにかしようなんて思わないだろうし、構わないけど。
 寮監が回ってきたときのことを考えると恐ろしくなる。
 だから、

「なあ三上。そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? 今までは良かったかもしれないが、流石にもう寮監、黙ってないだろうし」
「そうだな。そう言えばお前も病み上がりだったし。おじゃましたわ」

 そうして、色々有った一日が、終を告げた。
 この日既に気持ちの整理がついてしまっているとは露知らず――――。


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最終更新:2011年01月06日 13:07
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