放課後の屋上。
本日十数回目となる財布とATMの明細書の交互チェックをして、俺は本日数十回目となる溜め息を吐いた。
預金残高、3ケタ未満。財布の中身、2ケタ未満。
バイト代が入るのは明日の0時過ぎで、土日祝日の前倒しもなし。
絶望だ。俺に金が居るのは今日、たった今だってのに。
しかも、その事を白状しようと初紀に声を掛けたら逃げられちまうし……はぁ。
「―――やほぅい、ひーちゃんっ。
……って、ありゃぁ? こりゃまた、見事な黄昏っぷりけど、どーかした?」
人の気も知らずに教室に入ってきたのは、いつものように青いリボンでセミロングのふわふわした髪をポニーテールに結わい付けた少女、坂城 るいだった。
「……別に」
俺は力なく顔を背けるしか出来なかった。金が無いから貸してくれなんて口が裂けても言えねっつの。
いくら、るいの奴が委員会の仕事でそれなりの金を貰ってるっつっても、イコール金を借りていいっつー理屈にはなんねぇし。そもそも俺自身がそんなの許せねぇ。
「………はっはーん。そーいえば、今日って―――」
「―――なっ、違ぇかんなっ!!?」
思わず脊髄反射で振り返った先で、悪戯っぽく口角を上げたるいがわざとらしく首を傾げていた。
「あれあれ、まだ何も言ってないんだけどなー?」
「………」
勝ち誇るポニーテールの少女。
……ダメだ、勝てる気がしねぇ。
なんでったって俺の周囲の発病者って例外なくポテンシャルがえげつなく高ぇんだ……?
男としての立つ瀬無しだな……。
―――んで、結局コトの顛末を洗いざらい白状するしかなくなったワケで……。
「―――初紀ちゃんの誕生日直前に出費が嵩んでプレゼントを買えなくなったって……うわ……なかなかにラブコメしてるねー、ひーちゃん」
「るせぇっ! 地デジ化マジ半端ねえよ……」
まぁ、お袋と妹からの執拗なまでの口撃に俺が屈したのが悪ぃのかもしんねーけどよ……にしてもタイミングってのがあんだろーがよ……。
「……んー、初紀ちゃんなら正直に話せば笑って許してくれると思うけど」
「そ、そーか?」
そこで、るいの目が一瞬光ったような気がした。
「でもなー、初紀ちゃん朝からすごーくそわそわしてたしなー」
「……うっ」
「女の子になってから初めてひーちゃんから貰う特別なプレゼントだしなー」
「……うぅっ」
「初紀ちゃん、きっとガッカリするだろーなー」
「……だぁぁああっ!! 要するにダメなんじゃねーかよっ!!! それに、初紀だって俺のこと避けてたし……」
「あははっ、オトメゴコロというのは多分男の子にとってスパコンのアルゴリズム以上に複雑難解なものなんだよ、ひーちゃん?」
「……何を言ってっかさっぱりわかんねぇけど、とりあえずヤバいってのは分かった……。はぁ、マジでどうすっかなぁ……」
初紀だったら確かに笑って許してくれそうだが……絶対ぇ、見てるこっちが首をくくりたくなる位の痛々しい笑顔が向けられるんだろう。
……ヤバい、涙出そうだ。
「………もー、そんな顔しないの。おねーさんが一肌脱いじゃうからさ」
「……え?」
「あ、えっちい意味じゃないからね」
いや、わぁってるよ。……ちょっとだけ期待しちまったが。
ンな阿呆なコトを考えてる内に、るいは鞄から女の子が使うには少し地味な手帳を取り出していた。
「さらさらさら……っと」
そこに何かをボールペンで書いていくと、その1ページを破って、四つ折りにして差し出してくる。
「はい。これ、ナカは見ないで初紀ちゃんに直接手渡してね?」
「……なんだよ、コレ」
「万事をまぁるく収めるためのチートアイテムでーっす♪」
なんだそりゃ。
「くすっ、大丈夫、きっと上手くいくからっ、おねーさんの太鼓判だぞ?」
「……いや、るいのが俺より誕生日遅いだろ」
「もー、せんせーみたいなコト言わないっ。モテないぞ?
ほら、行った行った。この時間だったら初紀ちゃん、一人道場で型の稽古してるから」
「……あんがとな、るい」
「んー、じゃあ今度カフェラテおごってね?」
「お安い御用だ」
差し出されたメモを受け取って、俺は昇降口に向かって一目散に駆け出した。
「……あーあ、私までラブコメしちゃってるなぁ」
御堂空手道場。
相変わらず"初心者大歓迎"の達筆が表の門に貼られていて、威圧感が満載だ。
それにも拘わらず最近じゃ門下生も増えてるって話を初紀から聞いたが、詳しいことは分からない。何故か初紀も話したがらねぇし。
……つーか、勢いでここまで全力疾走してきたものの……どうするよ? これで呼び鈴鳴らしてあの親父サン出てきたら。
あの親父サンから技を食らったら、今度こそ三途の川の対岸までひとっ飛びなんじゃねぇのか……?
「―――よい、しょっと」
「うぉっ!?」
及び腰になっちまってる俺を尻目に、突如、重苦しい摩擦音と共に門が開いていく。
「あら? まぁ、陸くんじゃないですか」
……俺は思わず深い安堵の溜め息を吐いていた。
出てきたのが親父サンじゃなくてお袋さん――初葉さんの方だったからだ。
「こ、こんちはッス」
「はい、こんにちは」
「あ、……えと、その、は、初紀……さん、居ますか?」
「はい。今、道場で稽古してますよ?
あ、そうそう。
良かったら上がっていってください」
「……へ?」
「今、主人は本家の方に出向していまして数日は帰らないんです。私も副業のこれから打ち合わせに行くので帰りが遅くなってしまうので………。
……女の子だけで留守を任せるのも、ちょっと不安でしたし。陸くんが居てくれたら私も安心して出掛けられますね」
………この女性は、狙って言ってんのだろうか? イロイロと。
「それじゃ、お願いしますねーっ?」
考えあぐねている内に、初葉さんは遥か遠くで手を振っていた。
あの、俺の意思意向は無視なんスか?
はぁ……仕様がねぇ、故意か無意識かはこの際置いといて、るいや初葉さんが折角チャンスをくれたんだ。
……いや、委員会と制約を結んじまってる以上、俺はその、最後までは無理(※青色通知最終話参照)なんだが。
……つーか、誕生日だからってエロいことするのが当然ってワケじゃねぇだろ!? 落ち着けバカッ!! いやバカじゃねーよッ!!!
………一人でなにしてんだ俺。
馬鹿馬鹿しい考えを振り払いながら、門を潜り、戸を閉め―――
「ん、ぐぎ……ッ!?」
―――なんだこりゃっ!?
この門、重いにも程がある。開閉するつもりなんぞ端から無いみてぇにビクともしねぇっ!
「こ、の、や、るぉぉぉッ!!!」
「―――何してるの?」
必死で門を閉めようとしてた背後から不意に白い綺麗な手が俺の手に添えられる。……このちっこい手、間違いない。
「初紀……」
「……そんな力任せじゃ絶対閉まらないよ。ちょっとだけコツがあるの。
少し門戸を持ち上げるの意識しながら押さなきゃ。
いくよっ、いっせーのっ、せっ!!」
初紀のやたらと可愛らしい掛け声に合わせて踏ん張ると、さっきまでビクともしなかった門が、先程と同じような重苦しい音に合わせてゆっくりと閉じていく。
「はぁ……はぁっ」
「………」
体力の大部分を使い果たしへたり込む俺を尻目に、初紀はさっさと道場の方へ足を向ける。……やっぱ怒ってんのか?
……そういや、初紀が女になってから、稽古着姿なんて見たことなかったけど……なんつーか……あーいうのもイイな。上着は普通の胴着なのに下は脚線美を損なわないタイトなスパッツとか―――
―――じゃなくてっ!!
我に返って初紀の後を追う。追い付いたのは、道場にたどり着いてからだった。
靴を脱ぎ、背を向けたまま正座する初紀に駆け寄る。
―――その前に機先を制されてしまった。
「ごめん、ね」
「……初紀?」
「……私、最低だ。
誕生日だからってクラスの子達から、陸のプレゼントのコトでからかわれて……凄く恥ずかしくなっちゃって、陸のこと避けちゃって」
……初紀の背中越し声に少しずつデクレッシェンドとビブラートが掛かっていくのがわかる。
泣いてん……のか?
「どうして、かなぁ……好きな人がいるって恥ずかしいことでもなんでもないのに、どうして、変に見栄、張っちゃうかなぁ……本当の女の子じゃないから、かなぁ……?」
……そうか。今でも初紀は戦ってんのか。その不幸な病気が産み出した偏見とか、先入観と。
「ごめん、本当に……ごめんなさい……」
「っ、謝んじゃねぇッ!!!」
「ふぇっ!?」
自分の不甲斐なさに押し潰されたくなくて、俺は、初紀を背中から抱き締めた。
小刻みに震えた、温かな温もりを伴った小さな体躯はまさしく俺と同世代の女の子そのものだ。
「……頼むから、謝んじゃねぇ……っ。
俺は、なんつーか、その……っ」
他の、青色通知の世話になんねぇような野郎だったら、もっと気の利いた台詞を呟けたのかもしれない。
もっと初紀を安心させられたのかもしれない。
……そう思うとてめぇの口下手さにうんざりした。
「……ありがと。どんな言葉よりも、こうしてくれた方が、ずっと……伝わるよ?」
振り返った初紀は困ったような喜んだような、そんな綺麗な泣き笑い顔を向けて俺のギュッと腕を掴んでくる。
「えへ……言葉にするとなんか恥ずかしいね」
「………初紀、これ」
俺はポケットから、るいに手渡された四つ折りのメモ用紙を差し出す。
……段取りが悪いなとか言うな。
なんつーか、タイミング的に今しか無さそうだったんだから。
「ごめんな、プレゼント……間に合わなくて」
「これ………っ!?」
初紀がメモ用紙を開く、と同時に素っ頓狂な声を上げた。背中越しにそのメモ用紙の中身を見ると。
"ハッピーバースデー初紀、あなたを愛しています"の文字。
その右下に斜線が引いてあり隅には小さく"御堂初紀が前田陸を好きに出来る券"とか書いてある。
るい……これのどこがチートアイテムなんだよ……!!?
「……ぷっ、くくっ、あははっ!」
「笑うなっ!!」
「や、ごめっ、……ふふっ、あはははっ」
……俺が書いたわけでもないのに、なんでだ? すげー恥ずい。死にたい。
「………っつ!?」
「初紀!?」
それまで臍で茶を沸かしそうなくらいに笑い転げていた初紀が急に顔をしかめて右肩を抱くように蹲る。
「ぃたた……最近稽古サボり気味だったのに、急に無茶したから……肩、痛めたみたい……っつつぅ……」
「え、おいっ、大丈夫か!?」
「だ、いじょぶ、平気、だよ」
「痙攣してんじゃねーかっ!? 待ってろ、今湿布取ってくる―――」
「―――待って」
立ち上がろうとして、制服の裾を初紀に引っ張られる。
「―――これ。もったいないけど、今使うから。……一緒に居て」
メモ用紙に書かれた"俺を好きにしていい券"を弱々しく差し出す初紀。
ったく……券よりもお前のその表情のがよっぽど強制力があるっての。
「……わぁったよ。ただし、ちょっとマッサージするからな。そのまま放置するとクセになっちまう」
「ん……」
首肯を受けた俺は稽古着の上から初紀の右肩を掴む。
「……ん、っ……つぅっ、……や……」
俺の手の動きに合わせて身悶える初紀がなんとも扇情的……って、そうじゃねぇだろ!!
「っ、痛むか?」
「その……痙攣の痛みじゃなくて、胴着がコスれて……その……」
初紀の言わんとしてることは分かった。こういった稽古着は強固に出来ている分、素材が荒く、強く擦れると赤くなったりするからだ。
……かと言って脱げとも言えねぇし……。
「……っつ!?」
……馬鹿か、初紀が痛みを訴えてんのに何てめぇの事情で躊躇してんだ!?
「……悪い、右肩の胴着、少しはだけさせてくれ」
「えっ、あ……う、うん」
……稽古着の隙間から、するりと初紀の白い肩が露になる。
……ヤバい。これ、相当クるモンが……。
って、そうじゃねぇっての俺の馬鹿!!
「その、……ブラ着けてねぇのか?」
ああああ俺の馬鹿!
本能に任せるように言い終えてから、後悔が津波のごとくに押し寄せる。
……散々な罵倒の挙げ句に小さな正拳が放たれる、かと思いきや、初紀は俯いたまま小さく首肯するだけで。
「……う、ん。母さんが胴着の時はサラシだけにしなさいって……」
初葉さん……なんつーありがた迷惑な置き土産を……!
「痛……っ!」
再び、苦悶の表情を浮かべる初紀。
「っ、悪い、少し伸ばすぞ」
白くて細い二の腕を掴み、後ろにゆっくり持っていく。
「ん……っ、や……っ」
「っ、ゆっくり息を吐け」
……頼むからあんま声に出さないでくれ。悶々とするから。
「ふぅ……んっ、あぅ……はっ、う……」
はぁ……念を送っただけじゃ無理、だよなそりゃ……。
下半身を漲らせるには十二分な切なげな声だけが響く。
こんなにも悶々とするのなら、もういっそ、一思いに殺せ、殺してくれ。
「……腕、戻すぞ。もっかいゆっくり息を吐け」
「……っ、ふぅうう……んぅ……っ」
だから、なんでこうも一声一声、俺の脳髄と下半身を直撃するような声を出すんだっつの……?!
「……どうだ?」
「う、ん……よくなった、かな」
心なしか、初紀の顔色が上気したように見えた。……はぁ、とりあえずの窮地は脱したか。色々と。
「あんま無理すんなよ? その……前とは勝手だって違うんだろーし」
「ん……ごめん」
別に責めるつもりはないのだが、親に叱られた幼子のように悄気る初紀。
……う、気まずい。
そう感じたのは俺だけじゃなかったらしい。
「ひ、陸ってマッサージ上手なんだね」
「……誉めてもなんも出ねーぞ」
「……む」
何が癇に障ったか知らないが、初紀は不貞るようなジト目でこちらを睨んでから―――
「………折角だから、他のところも頼もっかな」
「……は?」
―――ゴロンと仰向けに寝転んだ。
……おい、何かおかしくないか?
百歩譲ってマッサージを続けるのは良いとしよう。るいが用意した"俺を好きにしていい券"があるからな。
が、何故、仰向けなんだ?
マッサージする箇所って大抵背中側だろ? この体勢でどこマッサージしろっつーんだよッ!?
「―――ダメ……かな?」
右肩を晒したまま仰向けに寝転んだ初紀が涙目で懇願してくる。
いや、むしろ本音はすげー触りてぇですよ。反応も一々ムラムラさせてくれるし。 これで、委員会との制約が無けりゃルパンダイブ確定だわな。はーつきちゃーんってなもんで……って、いや……てめーのキャラ考えろよ、俺。
……だぁーくそっ!! なんなんだ、このリアル性欲我慢大会はっ!!?
「……初紀、お前とんでもなく危ねぇこと言ってるって分かってんのか?」
「……なんで? 危なくなんてないよ、何にも」
……本気で、言ってんのか?
「だって、陸だもん」
よく分からない理由を細い胸を張って呟く初紀。
バカにされてんのか、信頼されてんのか図りかねる無垢な笑みと、無防備な体勢で晒された素肌と―――。
あぁ、頼むから保ってくれ俺の理性と良心。
この歳で多額の違約金なんざ払いたくねぇよ……。
「……どうなっても知らねぇかんな」
「大丈夫……だよ……?」
なんだ、このやりとり。
勘違いすんなよ、ただマッサージするだけだぞ?
ここだけ切り取って録音されたりしたら十中八九勘違いされるかもしれねぇけど……。
尤も、勘違いしてんのは"もしもの第三者"だけじゃなかった。敢えてドコがとかまでは言わないが。
今もし、二番目の願いが叶うなら、この初紀の肌や吐息の感触を忘れない内に自室のベッドに潜りたい。三ヶ月は使える。敢えて何にかまでは言わないが。
首を左右にぶんぶんと振り、雑念を振り払う―――フリをする。
「……んで、ドコをマッサージすりゃいいんだよ……?」
「あの……っ、え、と……最近蹴りとかの練習しすぎて辛いから、その……恥ずかしいんだけど……っ」
初紀は目を閉じ顔を赤らめながら、スパッツに覆われた左内腿をさすって見せた。
おい初紀、わざとじゃねぇか? お前、俺の理性にトドメ刺しに掛かってんじゃねぇのか……?
………いや……初紀だって俺の事情くらい知ってるじゃねぇか。
だから、純粋にマッサージして欲しいんだよな……? そうだよな?
「……膝……少し曲げんぞ」
「う、ん……」
こんがらがったアタマを無理矢理納得させて、初紀のすらりとした脚に手を伸ばす。
その白い素肌に触れた刹那―――
「や、ぁ……っ!」
「―――っ!?」
―――甘い嬌声と身動ぎに初紀の脚から手を離してしまった。
……ヤバい。
これは比較的マジな部類でヤバい。
「く、くすぐったいよ……っ」
……今の今まで忘れてた。
毎晩毎夜の初紀のバージンチェックに余念のない居候娘曰く、初紀の肌の敏感さは折り紙付きだっつーことを。
……これ、収集つかなくね?
………。
……バカか俺ぁっ!!
日頃から女として肩肘張って生きてる初紀を癒せるまたとない機会に、何弱気なこと考えてんだ!?
俺の欲求なんざ、捨てろっ!
今のただ、目の前で俺を頼ってくれてる女の為に、俺の出来る最大限のことをしてやるまでだろーがっ!!!
腑抜けてんじゃねぇぞ前田 陸ぃっ!!!
……意を決し、初紀に向き直る。
「……初紀、これはお前への誕生日プレゼントだ。……少しくすぐったいかもしんねぇけど、なるべく痛くないようにしてやる。なるべく、気持ちよくしてやる。
だから、ちっとだけ……ちっとだけ、我慢してくれ……」
「陸……うん。来て……」
覚悟を決め、再び初紀の左脚に手を伸ばし、膝を掴む。
初紀は反射的に身体を強張らせたが、すぐに俺の手に身を任せてくれた。
「いくぞ……なるべく力抜けよ……?」
「う……ん」
……ゆっくりと初紀の屈曲した左脚に体重を脚に掛けていく。
「ん……あぁ……っ―――!」
初紀がくすぐったさに耐え兼ねて甘い声を漏らした……その時だった。
―――ガラッ
「「――――っ!?」」
「たっだい……ま……」
世界の全ての時が制止したかのような錯覚。
上気した顔で力なく仰向けに寝そべった初紀に、俯せにのし掛かる俺。
振り返ると、そこには、満面の笑顔のまま凍りつくるいの姿。
「………」
「………」
「………」
……血の気が引くかわりに冷や汗が止めどなく流れ出た。
ヤバい。
この構図は非常にヤバい。
俺たちだけ固まった世界で、無言のまま、るいはポケットから携帯を取り出して素早く耳に当てた。
「……もしもし、せんせーですか? はい、実は緊急で残念な報告をしなければならなくなりまして―――」
「―――だぁあぁあぁあっ、ストップストップ!!! 違うっ、誤解だっ!!!!」
「あ、あと至急警察を呼んでもらえますか?」
「人の話を聞けぇえぇえっ!!!」
―――結局、るいの誤解が解けたのは、御堂空手道場にパトカーが到着した後だった。
おしまい。
最終更新:2011年07月04日 03:40