安価『記憶喪失』

 目が覚めると、見知らぬ天井を見上げていた。
──ここ、は…?
 体を起こそうとするが、痛くて動かないので、首だけ動かして周りを見渡す。
 どうやら、どこかの病院のベッドに寝ているようだった。
「あ、気がついたみたいですね。いま先生を呼んできますから、起きないでいてくださいね。」
 ちょうど部屋にいた看護婦がこちらに声をかけると、部屋から出て行った。
──なにが、あったんだっけ?
 気を失う前の事を思い出そうとすると、耐え難いほどの頭痛がする。
 ほどなくして、先ほどの看護婦が、医者とともに部屋に入ってきた。
 体を起こそうとすると、看護婦がそれを止めた。
「気がついたみたいでよかった。自分の名前はわかるかね?」
 医者の問いかけに答えようとして、言葉が詰まる。
──名前、なんだっけ?
 答えられないでいると、医者は次の質問をしてきた。
「わからない?じゃあ、生年月日は?」
 これも答えられない。思い出そうとすると頭痛がしてそれどころじゃなくなるのだ。
「目覚めたばかりで混乱しているのだろう、身体的には異常は見られないから、安心しなさい。ところで、これは君が持っていた物なのだが…見覚えは?」
 医者がそう言って見せてきた物は、小さな手帳だった。表紙に「生徒手帳」と書いてある。それを受け取り、最初のページをめくる。
 そこには、男子の写真と『笹木貴至』という名前が書いてあったが、それが誰なのか思い出せなかった。
「ふむ…わからない、かね?」
 医者はそう言って手帳を取り上げる。小さく頷くと、医者はわかった、と言って部屋を出て行った。
 しばらくすると、廊下をパタパタと駆けてくる足音が聞こえたと思うと、病室のドアが乱暴に開けられた。
「──貴至!」
 病室に入ってきたその女性は、こちらを見るなり崩れ落ちるようにへたり込んだ。
 少し遅れてやってきた医者と看護婦がなんとか彼女をなだめてベッドの脇に坐らせると、医者が口を開いた。
「お母さん、貴至さんの病名は…女体化症候群、と、そのショックによる記憶喪失だと思われます…」
 医者の言葉を信じられないのは、何よりもこの自分だった。

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最終更新:2008年07月21日 03:20
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