布団越しに重みを感じて目が覚める。ここ何年も毎日繰り返された、愛犬の散歩の催促だ。
「おはようボブ。よしよし、ちょっと待ってな。すぐ支度するから」
俺はそう言って、愛犬──ボブの頭を撫でる。ボブはおとなしくベッドから降り、お座りをしながらもしっぽを振っていて嬉しそうにしていた。
大型犬のボブを散歩させるのは自分にとってもいいトレーニングになる。トレーニングウェアに着替え、リードを手に取る頃には、ボブも立ち上がり早く行こうとばかりにしっぽを激しく振っていた。
「よし、行こうか」
そうボブに話しかけると、ボブはちゃんとリードを首輪に取り付けやすいような姿勢になる。ちゃんとリードを取り付けたことを確認して、玄関の扉を開けた。
門を出ると、ボブは嬉しそうに走り出す。俺もボブに負けじと横に並んで走ると、ボブはさらに速度を上げる。しかしけっしてリードがいっぱいに引っ張られるほどは離れないのは、以前に速く走りすぎてリードが張り、首輪でのどを締め付けられ苦しい思いをしたからだろう。
しばらく走り、河川敷の広場にでる。ここは近所の愛犬家が多く散歩に来るので、ちょっとしたドッグランみたいに柵で囲われた場所があるのだ。そのため、柵の中ではリードを外して愛犬と遊ぶことができるのだ。
ボブのリードを外してやると、俺は荷物からボールを取り出す。ボブは俺のすぐそばでまだかまだかという表情で待っていた。
「よし、とってこーいっ!」
ボールを遠くに投げると、弾かれたように駆け出し、バウンドする前に器用に口でキャッチすると、得意げに戻ってくる。何度かそうして遊んでやっていると、同じ犬種をつれた同世代の女の子がやってきた。
「あ、おはよう~」
俺は女の子に向かって挨拶すると、彼女もこちらにむかって会釈を返してくる。毎朝繰り返されてきた習慣のような物になっていた。
彼女も愛犬のリードを外すと、ボブが嬉しそうにその犬の方に向かっていく。その様子をほほえましく見ながら、俺はベンチに腰掛けると、彼女も同じベンチに座る。
ここでの毎朝数十分の会話が、ボブの散歩をするときの最大の楽しみでもあった。
毎日の代わり映えのない話をして、それでも彼女は笑って聞いてくれる。そして彼女の話を聞くのが楽しかった。
そうこうしているうちに、「そろそろ…」と、彼女は帰っていった。時計を見ると、急がないと学校に行く時間に遅れてしまうほどになっていた。ボブを呼んで慌てて立ち上がろうとしたとき、急にめまいがして、目の前が真っ暗になった。
気がついたときは、家の前にいた。なにか毛皮のような物の上に乗って揺られていたような気がしたのは、ボブが背中に俺を乗せて家への道を歩いてきたようだった。慌てて起き上がると、ボブが嬉しそうに顔を舐めてきた。
「あはは、ボブ、心配かけてゴメンね。もう大丈夫だから」
ふと、自分の声がなんだか高くなっているような気がした。よく注意して見回してみると視点がだいぶ低くなっていることにも。
そういえば、いくら大型犬とはいえ、高校生にもなった俺を背中に乗せて歩けるものなのか?
急いで家に入ると、洗面台に直行する。そこにあった鏡に映ったのは、まぎれもなく女体化してしまった自分だった。そのせいか、背丈もかなり小さくなってしまっていた。
とそこに、ボブが心配そうにやってきた。
「ありがとうなボブ。家まで運んでくれて、重かったろ? でも、もふもふで気持ちよかったよ」
俺はボブの頭を撫でてやり、そう言ってあげると、ボブはちょっと安心したようだった。
最終更新:2008年07月21日 03:26