安価『書くのか描くのか』

 冬だというのに、暖かい風が吹いた。

「君の描く絵を見たいんだ」

 ソイツは、本気で言っている目をしていた。

「ぼくはさ、お話ならさ、書く自信はあるよ?けどね、やっぱ絵本には、『絵』がなきゃ。ね?」

 相変わらず聞き苦しい、舌っ足らずな声だと思った。
 非常に気分を害したので、反論してやった。
 俺なんかが“まとも”な絵を描けるわけないだろう。

「何で?」

 俺自身が、“まとも”じゃないんだから。

「だから、何で?」

 大抵のヤツは、さっきの言葉で怯んだ。萎縮した。謝った。けど、
 なんだコイツは。

「ぼくが君を信頼してるのに、君が君をけなしてどーするんだ。それはつまり、君を信じた僕もけなしてるのか」

 何に対して怒ってるんだコイツは。
 意味が分からない。
 だから言ってやろう。
 俺は女体化したんだぞ。って。

「それが?何」

 なんだよ。
 俺がそれなりに決心して出した言葉なんだぞ。もっと反応しろよ。

「女体化するとさ、君。腕が無くなるのかい?」

首を振る。

「目が見えなくなるのかい?指が動かなくなるのかい?」

 ……違う。

「じゃあさ、なんなんだい」

 なぜだろう。
 その時俺は、今まで俺の身に起こったたくさんの事を喋っていた。
 女体化してから受けてきた、たくさんの仕打ち。屈辱。絶望。後悔。
 俺は、こんなに壊れた奴なんだ、と。
 “まとも”じゃないんだ、と。

「そうか」

 その時初めて、コイツは少し沈黙した。
 ちゃんとした反応。だけど、俺にはちょっと怖かった。

「―――別にさ、簡単な慰めだったら、ぼくにもできるよ。けど、それはきっと違うと思うから、今はしない」

 …うん。

「女になってからの事を、忘れろなんて言わないよ。けど、捕らわれてる。それは、いけないよね」

 簡単に言う。

「だから、本当に忘れちゃいけない事を忘れてる」

 ?

「君は、絵が描けるだろう」

 忘れてなんか………いない。

「でも君は、忘れようとしてる。そうじゃなくても、『男だった時の自分』を遠ざけてる」

 ――うるさい!
 それに、俺なんかより上手に絵を描ける奴なんか、いっぱいいるじゃないか!

「違うよ。君なんだ。君じゃなきゃなんだ。ぼくは、君の絵に初めて会った時を忘れない。君が今まで描いてきた絵を忘れない。君の絵のおかげで書けた話を忘れない。
 ぼくはまだ人生の半分も生きてないけど、きっと死ぬまで忘れない」

 ……簡単に言う。

「だから、ね。描いて欲しいんだ。男の君でも、女の君でも、どっちも違うけど、君自身に」

 冬だというのに、暖かい風が吹いた、気がした。

おしまい

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最終更新:2008年07月21日 05:00
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