安価『受験』

しっかり勉強をして、ちゃんと受験を受けて、イイ高校に入って、イイ友達を作って、イイ部活に入って、イイ人間にならなくてはいけない。
 わかってる。わかっているよ、お母さん。
 お母さんはたった一人で僕を育ててくれたんだ。僕のためにとてもとても多くの時間を犠牲にしたんだ。だから僕はお母さんの望むイイ人間にならなくちゃいけない。
 わかってる。わかっているよ、お母さん。

 ぼくは頑張った。でも、頑張りすぎた。
 ひとつめの高校の受験が終わると同時に体調を崩して、一歩も外に出られなくなってしまった。
 このままだと他の高校は受けられない。せめてもの救いは、唯一受けた高校が第一志望だったこと。ここさえ受かっていれば……。

 ねえ、やったよお母さん。受かったんだ。僕、受かったんだよ。
 ……ねえ?
 なんで、僕を睨むの?
 お母さん。

 僕は女になってしまった。
 お母さんの嫌いな、女になってしまった。
 お父さんをどこかへ連れて行った、女になってしまった。
 ごめんね、お母さん。
 イイ人間になれなくてごめん。
 お母さん……。

 まだ夜は明けきらない。西の空にはどんよりと夜がわだかまっている。
 少女は小さな風呂場でじっと、手に持った剃刀を見つめている。
 そのあまりの薄さは、脆さと鋭さを同時に持ち合わせている。
「まるで……」
 小さく呟いてから少女は、母に対しての謝罪を述べ、剃刀をそっと手首にあてた。



                                        <了> 

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最終更新:2008年07月21日 05:01
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