安価『孤独』

僕は、どうすれば良いのだろうか。
鏡の前には、僕じゃない誰かが立っている。
「はは…」
僕の乾いた笑いにつられて、鏡の中の女の子も笑っている。
この世界には、奇病が蔓延している。
15~16歳まで童貞だと、100人に1人が女体化してしまう。という、なんともふざけた病気だ。
何故女になってしまうのか。
何故童貞だけなのか。
それらの原因は解明されているものの、未だに治療法は確立されておらず、年々その数は増えているらしい。
数年前には1万人に1人と言われていたのが、すぐさま1000人に1人。
挙句の果てには100人に1人、なんていう事になっている。
そして、それのたった一つの解決法であるのが『女体化する前に異性を性交を行う』。
たったこれだけだ。
でも、でもさ…セックスなんて簡単に出来るってものでもないし…。
僕みたいに、モテない奴はどうしようもないんだよね。
「はぁ…」
思わず、口からため息が漏れる。
もう、戻れないんだよな…。
元々女顔だった僕の顔は、以前とはさほど変わっていない。
『お前が女になったら、ぜってーモテるのにな』なんていう、いつもの冗談にすら、まともに返事を返せない気がする。


「えー、というわけで…藤堂さんは女の子になってしまいましたが、これまでどうり仲良くするように。」
担任が、僕の現状を事務的に伝える。
がやがやと教室がうるさい。
それもそうだろう、100人に1人と言われてはいるが、この学校では初の女体化者だ。
好奇の目で見られるのも当然…だとは思うし、逆の立場だったら僕も同じだっただろう。
でも…。
――そんな目で、僕を見るな…!
今まで一緒に過ごしていたクラスメイト達は、まるで別人を見るような目で僕をみてる。
男の僕なんて、もうこの世にいなくて、ここに居るのは藤堂遥っていう、同じ名前の別人を見ているような、そんな目で。
言い表せない疎外感のようなモノを抱えながら、僕はいつもの席につく。
「な、なぁ…女になったってどういう気分?」
前の奴が話しかけてきた。
「別に……いつもと変わらないよ」
人の事を気にもかけない質問に、僕は冷たく答えた。
前の奴は、まずい事を言った事に気が付いたのか、気まずそうな顔をして、黒板の方へと向き直った。

休み時間が終われば、僕は質問攻めにあっていた。
どいつもこいつも、似たような質問ばかりだ。
女になってしまった事への心配なんて、かけてくれる奴なんていない。
「それにしても、まるで別人だよねぇ。顔は同じだけど」
……。
「くぅ…遥!俺、実は前からお前のことがああああ!」
ヒシッとたいして仲も良くなかった奴が抱きついてきた。
なんだよこいつら…僕と大して話したこともないくせに…。
まるで別人だって?僕は僕だ…!何も変わってなんかない!
「…いい加減にしてくれよ!みんなして人の気持ちも考えずにさ!挙句の果てにはまるで別人だって!?ふざけるなよ!」
そう言って、僕は泣きながら教室を飛び出してしまった。
――嗚呼、みんなに嫌われたかな…。
なんていう後悔もあったけれど、どうしても我慢出来なかった。
「はぁ…はぁ……ッ!」
頭を少し冷やそうと、屋上への階段を駆け上がっている。
それに、屋上なら、泣いている所を見られる事もないだろう。

「ぐすっ…ううっ…。」
別に、みんなに心配してほしかったわけじゃない。
女としての僕じゃなくて、僕を僕として接してほしかった。
あんな他人に接するようにしてほしかったんじゃない。
いつもみたいに、普通に接してほしかった。
それが無理な事も、よく判ってる。
だから、そんな事を望む自分自身にも腹が立つ。
でも、僕の心だけが蚊帳の外みたいな教室がイヤだった。
まるで、別の世界に僕一人だけが迷い込んだような、そんな孤独感がイヤだった。
だから、逃げ出した。
少し肌寒くなってきた風が心地よい、熱くなった体と頭には、丁度良い。
「はぁ…僕って、ほんとガキだよなぁ…」
少し頭が冷えてくると、教室であんな事を言ってしまった後悔ばかりが頭に浮かぶ。
誰も居ない、冷たいコンクリートの屋上は、僕の孤独感を膨れ上がらせる。 ――教室に戻るのも気まずいし…どうしようかな…。
空を見上げれば、僕の淀んだ心のように、一面の雲で暗く淀んでいる。
「寒い、なぁ…」
身体も、心も。

涙も治まり、ぼーっと空を見上げていた。
ガチャリ…と微かに聞こえた音の方を見れば、見覚えの有る奴が立っていた。
前の席に座ってる奴、中学の頃から結構仲の良かった奴だ。
「あー…その…えっと…」
僕に用があるのだろう、こっちをちらちらと見ながら、何やら言いたそうにしてる。
「……何か用?」
「な、何か用じゃねえよ、行き成り教室を飛び出したから、探し回ってたんだよ」
照れくさそうに、そっぽを向く。
「探し回ってたって、僕を?」
別に探す必要なんてない。こんな我がままな僕を。
「何言ってんだよ、心配くらいするだろ。俺たち、友達なんだからよ」
よほど照れくさいのだろうか、そっぽを向いていた顔が、徐々に紅潮していく。
「とも…だち?」
正直言えば、信じられなかった。こんな身体になっても、今まで通り仲良くしてくれるのかが。
「あたり前だろ…お前が男でも女でも、お前はお前だし、お前は我がままだし、物事を悪い方へ考える悪い癖だってある。だけどな、何だかんだ言っても良い奴だし…その…あーもう!とにかく、俺達は今までどおりなの!」
「それとな!HRの時、悪かった!お前の事をもっと考えてやるべきだった。反省してる」
矢継ぎ早に、そう言ってきた。
ドクン…と、心臓が高く鳴ったような気がする。
いつもは、何事もテキトーをモットーとしてそうなコイツが、こんなにカッコよく見えるだなんて、何かの間違いだ。
「あ、う…えっと…本当に?」
「くどい!もっと俺を信用しろ!」
…何だろう、なんでこんなに、コイツが?
「…友達なんて、イヤだ。今まで通りじゃ、イヤだ…」
気がつけば、そんなセリフが口から漏れ出ていた。
――僕は何を言ってるんだ?
心の奥に芽生えた感情が、口から自然と漏れている。
「え…俺の事、嫌いになったのか?」
違う、そうじゃない…そうじゃない。
「……。」
僕は、無言で歩み寄っていく。
僕が、これからコイツに何をするのか解っている。
僕が、コイツに何をしたいのか解っている。
――こんな事しちゃだめだ…嫌われるに決まってる。
心の表面ではそう思ってるけど、もう止まらない。
「お前さ…どれだけ自分がカッコイイ事言ってるか、わかる?」
「は?お前何言って…んむぅっ!?」
感情に逆らおうともせず、僕は半ば無理矢理に唇を奪っていた。
暖かい。
「ん…んむ…んぅ…ぷはっ」
唇は離して、顔を胸板に押し付ける。
「……ごめん。」
少しだけ冷静になった僕は、自然と謝っていた。
コイツだって、元男に告白されたって、嬉しくないに決まってる。
「………。」
コイツは何も言わない、ただ黙って、俺に胸を貸してくれている。
「ごめん…ごめん…。」
僕は、謝る事しか出来ない。
「――お前さ」
ずっと黙っていたコイツは、不意に口を開いた。
「――お前はお前だし、男でも女でも関係無い。
けど……お前さ、どれだけ自分が可愛くなってるか、わかるか?」
「…へ?」
言ってる意味がわからず顔をあげた所、不意打ち気味に唇を奪われた。
不思議と、安らぐ。ずっと、こうしていたい。
ずっと、女としての僕を受け入れる事を拒絶していたけど。
本当に孤独だったのは、男としての僕に拒絶され続けていた、女としての僕なのかもしれない。
――さぁ、一緒に歩いていこう。ゆっくりと、一緒に。
  新しい僕と一緒に…コイツと一緒に。


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最終更新:2008年08月02日 03:53
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