安価『狐』

ここはとある県のとある町のはずれに位置する、とある大きな山。
この山には、まだまだ沢山の動物が生息していて、特に狐が多く見られます。
特に多くの狐が生息していることから、「狐山」という愛称で多くの人に知られています。

今回は、そんな狐山に住むとある家族のお話を、皆さんにお聞かせしましょう。

――――――――――――――――

狐山の中腹に位置するこの場所。
一番栄えている場所であり、ここには多くの狐が暮らしている。
狐塚さん一家も、ここの少し外れたところに塒を構えている。

「ひいふうみい・・・足りないな・・・」
狐塚家の大黒柱である喜太郎が、頭を抱えながらお札を数える。
何度も何度も入念に数えるのだが、どうも足りていない様子。
大きくため息をつく親父を見て、三男坊の智春が声をかける。

「オヤジ、どうしたんだ?」
「ああ、智春か・・・。いやな、ちょっと今月の光熱費が足らなくてな・・・」
喜太郎は、狐山の役所に勤めている。
述べるのを忘れていたが、この世界(狐)にも色々と会社やら学校やらと存在している。
ただのんびりと暮しているだけではない。結構動物の世界も大変なのだ。

「それなら俺が化けて、ちょっくらお金くすねてくるよ!」
学校で習いたての「化け学」を試したいのだろうか。いつもは消極的な智春が妙に積極的だ。
喜太郎は頭を掻きながら、低い声で言う。

「いや・・・化けるのは構わないんだが・・・金をくすねるのは・・・っておい!。」
最後まで話を聞かずに家を飛び出す智春。
この先、智春を待ちうけているのは一体どんなことなのだろうか・・・。







智春は、颯爽と山を駆け降りる。
風を切り裂くような速度で、あれよあれよと麓にたどり着いてしまう。
人気のない舗装された山道を横切り、化けるのに安全な場所を探す。

「ようし、ここで化けるか。」
木陰に隠れ、誰にも見つからないよう辺りを警戒する。
周りに人がいないことを確かめ、何やらぶつぶつと唱え始め、気を集中させる。

ボンッ!

「よしよし・・・これで大丈夫だろう・・・」
前足(両手)で自分の姿かたちを確かめる。
化けるときは鏡が必須なのだが、自分ひとりで化けられることを覚えて浮かれている智春は、そんなもの持ってきていない。
感触だけで確かめるのは、あまりにも危険。
だが、今の智春にはそんなこと全く頭に入っておらず、ルンルン気分で町に向かった。

――――――――――――――――

「町まで歩くの億劫だなぁ。」
町へ向かう一本道を歩くこと2時間。
少しは近くなっているのだろうけど、一番近くの町までまだまだ距離がある。
途中通った車も数台のみ。しかも使えなくなった家電を積んだトラックがほとんどで、不法投棄にでも来ているのだろう。
歩くのに疲れた智春は、ぺたんと道路に座ってしまう。

「これじゃ、いつになったら町に着くのやら・・・」
一回人間に化けるのに、かなり体力を擁す。
特に、まだ体力がついていない智春くらいの歳だと、一回化けるだけで相当疲れてしまう。
辺りを見回していると、彼の目にひとつのモノが飛び込んできた。

「これは・・・行けるかも・・・!」

彼の目に飛び込んできたモノ。
それは、バス停留所の看板である。

「こんなところだから、もう終わってるだろうな」と呟きながら、時刻を確認する。
「えっと、最終が・・・18時・・・」
そう言うと、智春は空を見る。
季節と太陽の位置で、大まかな時間を推測する。

「この季節なら・・・6時前だな。」
そう確信し、どかっとその場に座り込む。
正直なところ、歩きたくなかっただけなのだが・・・。

――――――――――――――――

ブロロロロ~♪

少しウトウトしていると、どこからともなく大きなエンジンの音がする。
先ほどすれ違ったトラックの音ではない。智春は音のするほうを見る。

「きたきたきた!やっぱり6時前だったか!」
ブレーキのエアーの抜ける音とともに、バスの扉が開かれる。
整理券を手に取り、一番後ろの座席に座る。

「大体、1時間あればつくかな・・・」
慣れないことをしたからなのか、バスに乗れて安心したからなのか、ウトウトし始める。
心地よい振動が、いつの間にか智春を夢の中へ誘っていた。

(何かやり忘れている気がするけど・・・いっか)

智春を乗せたバスは、麓の町へ下って行った。







「・・・さん・・・お客さん!終点だよ!」
体を大きく揺らされ、ようやく目が覚める。
はっと起きた時には、すでにバスは終点に着いていた。

「ああ、ごめんなさいね。」
「終点ですよ。」
ふう、とため息をつきながら運転手の人が再び言う。
起こしてもなかなか起きなかったのだろうか。
智春は軽く背伸びをし、席から立ち上がる。
彼が大丈夫であることを確認し、傍らに立っていた運転手が申し訳なさそうに声をかける。

「あのですねぇ、運賃のほうをいただきたいのですが。」
「・・・!」
やや寝ぼけていた智春も、運転手のその一言で目が覚める。
体のいたるところから変な汗が吹き出し、足ががくがくと震えだす。

そう、智春は金を化かすことを忘れてバスに乗ってしまったのだ。

金を化かすことは、狐の世界でも重罪である。
だが、化け学を習いたての彼は、まだそういったことに対してあまり知識がなかった。

運転手が怪訝な表情で彼のことを見る。
本人はそう思っていないのかもしれないが、智春のことをじろっと睨みつけているように見える。

(もしかして・・・狐であることもばれたのか・・・?)

一気に動揺する智春。車内で地団駄踏んでいる彼のことを怪しむはずがない。
時折地声(狐の鳴き声)が発せられ、彼の息はかなり乱れている。

あまりにも不審すぎる行動に、運転手はバスを降りてどこかへ行ってしまった。







「今逃げ出せば・・・何とかなるかな・・・」
乱れた呼吸を整えながら、冷静に状況を考える。
今ここで逃げでしまったら、恐らく警察に追いかけられる可能性が高い。
だからと言って、お金を払わなくても警察を呼ばれる。
「保護者の方は?」とか聞かれたら、それこそアウツ。

(ここは・・・一芝居打つしかないな・・・)

数分後、先ほどの運転手が戻ってくる。
何人か同僚らしき人を連れており、中には所長らしき人も見受けられる。
所長や同僚がいるということは、ここはバスの営業所のようだ。

「君、一度降りてくれないか?」
赤と黄のラインの入った帽子を被っている人が話しかけてくる。
風格、体格的に恐らくこの人が所長なのだろう。

「分かりました・・・」
智春は素直にバスから降りる。
4、5人に囲まれながら、2階建ての詰所まで連れて行かれる。
中の扉を開けたその時、智春は作戦を実行する。

「あの・・・トイレ行ってきてもいいですか・・・?」
腹をさすりながら、気分が悪いことを訴える。
実際には気分は悪くないのだが、どうにかして一人になろうとする。

「そうか・・・そこの奥にあるから、早く行ってきて。」
署長らしき人が、薄暗い廊下の奥の方を指差す。
智春は猛ダッシュで廊下を駆け抜ける。まるで野を疾走する狐のように。

(・・・取りあえずは成功だ・・・!)







智春は個室に籠り、一旦便座に座る。
「とりあえず、お札の代わりになるものを・・・!」
薄い紙や木の葉であれば、簡単にお札に変えられる。
ここはトイレ。しかも個室の中とくれば、お札なんて簡単に作れる。
一切れ分ほどに千切り、軽く心を落ち着かせる。
お札を化かす技は、親父から教わっていた。
「これはやっちゃだめだからな」と強く教えられていたが、なぜやっちゃいけないのかは、今の智春には分からなかった。

一刻を争う事態となった今、智春に与えられた選択肢はただひとつしかなかった。

――――――――――――――――

「すいません、ちょっと大きい方をしていたもので・・・」
「別にそんなこと言わなくてもいいよ。」
そこにいた数人が、少しばかり苦笑する。
もちろん、大きいのはしていない。

「それじゃ、こちらで運賃を支払ってください。」
トイレットペーパーから化かした一万円札を所長に手渡す。

(これで何とかなる・・・)

智春ほっと胸を撫で下ろす。
だが、安心するにはまだまだ早かったようであった。

「・・・!おい、君!これは偽札じゃないか!」
念入りにお札を調べていた所長が、智春の渡したお札が偽札であることに気づく。
恐らく、お札を光に当てているときに、透かしの人物像が出てこなかったのだろう。

問答無用。智春の人生オワタの瞬間であった。







その後、智春は警察に呼び出されたっぷりお灸をすえられた。
幸い、保護者に関しては問い詰められなかった。

智春は、失意を胸にとぼとぼと山へ帰って行く。

――――――――――――――――

「・・・てなことがあったんだよ、オヤジ。」
1日かけて家に帰ってきた智春。不貞腐れながらオヤジに今までのことを話す。
すべて聞き終わったとき、オヤジはものすごく恐ろしい表情で智春を問い詰める。

「・・・お前、お札を化かしたのか・・・?」
「だから、さっきも言ったじゃん。そんなに恐い顔しなくたって・・・」
「恐い顔じゃない!」
反省の色が見られない息子の態度に、父親は一喝する。
今まで見せたことのないオヤジの姿に、智春は目を見開かせて驚く。

「あのな智春。耳の穴かっぽじいてよく聞けよ。」
「はいはい。(ほじほじ)」
「木の葉とかを金に化かすのはな、人間の世界でもこの世界でも重罪なんだ。」
「へぇ。」
「へぇ、じゃない。それでな、こちらの世界だとな・・・げふんげふん。」
「オヤジ、どうした?」
「いや・・・やっぱりいいや。とりあえず誕生日になったら分るよ。」
そう言うと、オヤジは智春の姿を写真におさめる。
なんだか、オヤジの表情が少し寂しそうに見える。
どうしてこんなことをするのか、今の彼には全く理解できなかった。

オヤジの言ったことが身にしみて分かるようになるのは、それから1週間後。
智春の胸には、大きなメロンがくっついていたとさ。


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最終更新:2008年08月02日 15:46
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