安価『独裁者』

今までの力はなんだったんだろう。
途端に自分が女の子になってから、周りの人の態度が急に変り始めた。
あれこれ指示をするのだが、ほとんど無視。以前の時とは大違いだ。
向こうは分かっているのだろうが、白々しく自分の言うことをスルーする。
確かに強引に進めいていた自分も悪かったのだが、皆それに賛成してきた。
賛成していたのなら、別段悪い意見はないだろうと自分の中では思っていた。
それより、言いたいことがあるのだったら言えばいいのに、といつも言っていたはず。
ただそれは自分勝手な思い込みであり、周りを全く考えない行為であったのだ。
言いたくてもなかなか自分の意見が言えない人はたくさんいる。
正直自分もそうなのだが、自分が先頭に立って進めて行かないと何も始まらない。
男だった頃は、鉄拳制裁なんでもありだったから、嫌々ながらも皆ついてきた。
自分自身の性格が災いしたのだろう、四面楚歌の状態となってしまった。

学校の一室に設けられた生徒会室。
古ぼけた木の机と、無機質なパイプ椅子があり生徒会役員の私物が所狭しと置いてある。
携帯ゲームなど学校に持ってきてはいけないものもあるのだが、平然と机の上に放りだされている。
夕焼けが染まる午後5時過ぎ、外からは運動部の雄雄しい声が聞こえてきた。
「ええっとね、野球部は―――円でいいかな?」
部活動の予算が書かれた冊子を片手に、生徒会長である「自分」は言う。
今日は大事な予算編成会議なのだが、参加者はいつも以上に少ない。というか、ほとんどいない。
いたとしても、ゲームをやったり、本を読んだり、携帯をいじくっていたりと、フリーダムな世界が展開されている。
生徒の代表の立場としている生徒会役員にあるまじき行為ではあろうが、実際のところこんなものだ。
自分はあたりを見回してみるが、話を聞いているものは一人もいない。皆それぞれ自分のやっていることに夢中だ。
ため息をつき、やや怒っている口調で言い放つ。
「聞いてる?今週中に先生にまとめて出さないといけないやつなんだよ?」
それでも一向にお構いなし。ゲームをやっていた人は「よっしゃ」と軽くガッツポーズしていた。
携帯をいじくっている人は、誰とメールをしているのか分からないが、常ににやけている。
本を読んでいた人がふと一言。
「あんた一人で決めなよ。」

本を読みながら言う。
こちらには耳を傾けていないように見えたが、やっぱり聞こえていた。
教科書とか参考書とか、そういう類の本ではなく、プレイボーイや週刊現代などエロ要素ありの本をぱらぱらっと読んでいる。
「自分ひとりで決めろって・・・そういうわけにはいかないだろ?」
「今までお前が強引に決めてきたんだから、別に変わりないじゃん。」
確かに彼の言うことは一理ある。
思い起こせば、ほとんど自分ひとりで決めていたようなものだった。
言い返すことも出来ず、ただ黙ってそこに立っていることしかできなかった。
無情にも、時間だけが過ぎて行く。埒が開かないと見た「自分」は大きくため息をつき、傍にあったパイプ椅子にどかっと腰掛けた。
「・・・分かったわ、自分で決めとく・・・」
沈黙が続いていた部屋に、自分の声が響く。
仕方ないというような感じで、ふうっとため息をつきながら言った。
すると本を読んでいたりしていた彼らは、自分のその言葉を待っていたかのように、そそくさと帰り支度をし始めた。
こういう展開になるだろうと粗方予想はついていたが、全員帰るのには少しばかり驚いた。
「自分でやるなら俺らはいらないっすよね。」
本を読んでいた人が帰り際にこう言う。
自分を嘲笑するかのように、彼の顔には笑みが浮かんでいた。
「頑張ってね、元独裁者さん。」
ばたんとドアが閉まり、一人さびしく部屋に取り残される。
惨め、戒め、後の祭り、独裁者の最後・・・
自分勝手にやってきた独裁政治は、終焉を迎えようとしていた。
朱色に染まる教室。そしてやがて闇に覆われる外の世界。
一人立ち尽くす自分の顔には、一滴の涙がこぼれていた。





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最終更新:2008年08月02日 16:09
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