安価『嫉妬』

 あの時から、自分達は変わらずの関係を保ってきている。
一緒に登下校し、一緒に弁当を食べる。 何か不都合な事があれば、お互い助け合ってきている。
ただ、他のものからの自分への嫌がらせは相変わらず続いている。
以前よりかは回数は減ったが、陰湿さは健在である。
全く、やるなら堂々とやってほしいものだ。


「おい、紫水。」
 全ての授業が終わり、今日も氷乃と共に帰ろうかとしていたところ、先生からお声がかかる。
面倒くさそうな感じを見せつつも、一応先生の所へ行く。
「はい、何でしょうか?」
「えっとな、ちょっと頼みたい事があってな・・・」
 話を聞く。 どうやら少し手伝って欲しい事があるようだ。
他の奴らが余程頼りないのか、それとも使えないのか。 先生はいつも自分のことを指名してくる。
面倒くさそうに頭を掻きながら、氷乃のほうをチラッと見る。
「やってきな」と顎で指示をしている。
自分はふうと溜め息をつき、「やります」と一言先生に言った。

「それじゃ、先に帰っててもらえる?」
「ああ、そういうことじゃ仕方ないからな。」
 一部始終を見ていた氷乃に、一応事情を説明する。
説明しなくても、自分が先生に呼ばれたらこういうことだと彼も理解している。
「それじゃ、頑張ってな。」
 氷乃は軽く手を降り、帰宅する生徒でごった返す廊下の方へ消えていった。
自分は、面倒な作業をさっさと片付けるため、先生の下へ向かう。

 それにしてもなんだろう、この感覚・・・
氷乃と離れたくない・・・ ずっと氷乃の傍に居たい・・・

まだこの時点で、この感情がどういうものなのか、はっきりとは分からなかった。







 自分はさっさと頼まれ事を済まし、教室に戻った。
「全く、あれくらいの事自分でやれっていうの・・・」
 今日先生から頼まれた事は、一人でも出来るような簡単な事であった。
正直、自分をわざわざ介さなくても出来るような事。 何で自分を頼ってきたのか分からなかった。

 外を見ると、漆黒の闇がすぐそこまで迫っていた。 冬の日の入りは早い。
さっさと帰り支度を済ませ、誰もいない教室を後にする。
「氷乃がいないなら、すぐに帰るか・・・」
 下駄箱でこげ茶のローファーに履き替える。 男時代からの愛用品だ。
上履きからローファーに履き終え、昇降口のドアに手をかけた瞬間、聞き覚えのある声がしてきた。

「・・・だよねぇ・・・ハハハハ・・・」
「・・・もう、つばさ先輩ったら・・・ハハハハ・・・」
 少し高めの特徴のある声。 そしてつばさという名。

 間違いない、この声は氷乃だ。

 しかし相手は誰なんだ?
氷乃がいるのは問題ない。 むしろ大歓迎なのだが、傍らにうざったい存在がいるみたいだ。
自分はその存在を無性に確認したくなり、物陰に隠れてそいつを確認する。

(誰なんだ・・・氷乃といちゃついているヤツは・・・)

 恐らくこの時の自分の表情は、鬼よりも恐ろしい表情をしていただろう。
氷乃が自分以外の人、特に女性と話していたとなると、何故か分からないがすごく嫌な感情を持ってしまう。
これをなんと表現すればいいのか・・・

 嫉妬・・・?








 氷乃の傍にいるヤツは、どうやら一年生みたいだ。 まだ真新しい赤色の上履きが目に付く。
すごく馴れ馴れしく彼に接し、すごく楽しそうに話す。 氷乃も彼女にあわせるかのように楽しそうな表情をしている。

(なんで・・・なんで氷乃がこんなヤツと・・・)
 頭の中がぐちゃぐちゃになるこの感じ。 いつの間にか自分の体は小刻みに震えていた。

氷乃は自分のもの。
 氷乃は自分以外の女とは楽しそうにしない。
 氷乃は自分にしか興味が無い。
氷乃は・・・

(楽しそうに談笑をする二人の姿をこれ以上見ていると、自分の気がおかしくなりそうだ。)
 知らぬ間に溢れていた涙を拭う事なく、紫水はその場から立ち去っていった。
冷たくなった体と心に、真冬の木枯らしが痛く突き刺さる。







 翌日、自分は一人で学校へ向かった。
いつも氷乃と一緒に待ち合わせする場所を通らず、ちょっと遠回りをして行った。
昨日の件に関して、自分は一切悪い事はしていない。 氷乃も悪い事をしていない。
ただ、氷乃と会いたくないという気持ちが、自分の中のどこかにあった。


「おい、紫水。」
 後から学校に着いた氷乃が、案の定自分の元に立ち寄る。 遅刻ギリギリの時間での登場だ。
少しお怒り気味で自分の名前を呼ぶ。 自分は素っ気無く返事をする。「あ? 何?」
「おい、なんだよその態度。」
 普段は温厚な彼も、さすがに自分の態度に腹を立てたみたいだ。
自分の机に右手をどかっと置き、自分のことを睨みつけてくる。
理不尽な展開に、自分も言いたいことをぶちまける。
「何? その態度は? お前もそれ相応のことやってんじゃねぇかよ。」
「はあ? 俺が何をしたっていうんだよ?」
「昨日だよ! 一年の女とイチャイチャしてたじゃんかよ!」
 イチャイチャしてた訳ではない。 ただ楽しく談笑していただけなのだ。
だが、自分にはそう見えた。 氷乃が自分以外の女と楽しくしていたからなのだろうか。
「イチャイチャ? ただ部活のこととかで話してただけだよ。」
「部活のこと? 嘘ついてんじゃねぇよ!」
「嘘ついてなんかねぇから。 それよりお前こそ、何勝手に盗み見してんだよ!」
「うるさいウルサイ五月蝿い!!!」
 教室どころか、学校全体までに響きそうなぐらいの大声で叫ぶ。
ざわついていた教室が、一瞬にして静まり返る。
さすがの自分も、何だか悪い事をしたように思えてきた。 だが、氷乃に対する感情のことを思うと、別にどうだっていいように思えてくる。

「ちょっと・・・おちつけよ・・・晶・・・」
「ちょっとじゃ・・・ないもん・・・」
 涙目の自分。 少しばかりあたふたしている氷乃が可愛く見えた。







「とりあえずな、俺が言いたい事。」
 自分の肩に手をかけ、彼が言う。 少しばかり恥ずかしそうな表情をしている。
自分は黙って、彼の言うことを待っていた。

「俺以外にな、誰がお前を守るんだ?」

 ぽかーんとなった。
まさか氷乃の口からそんな言葉が発せられるとは、思いもしなかった。

「俺以外にな、誰がお前を守るんだ?」

 このフレーズが頭の中から離れない。 むしろ無限ループで流れている。
急激に自分の頭が沸騰しだし、思考回路が正常に働かなくなった。

「ちょっとカッとなってごめんな・・・」
 耳元でそう呟くと、ぎゅっと自分のことを抱きしめてきた。
周りにいた奴らから「ひゅーひゅー」と冷やかされる。 でも今はそんな奴らなんてどうだっていいんだ。

 自然と零れ落ちる涙。 またも彼のブレザーをくしゃくしゃにしてしまう。
このとき少しだけ、あの時の気持ちを理解した。
(ああ、あの時の嫉妬は、氷乃に対する恋心から来たものなんだなぁ・・・)

「ごめん、またブレザーびちゃびちゃにしちゃったね。」
 あの時と同じだ。 また自分は氷乃のブレザーをびちゃびちゃにしてしまった。
「晶・・・」
「うん?」
 ふっ、と自分の顔に風を感じる。
あれ?と思った時には、氷乃はにっこりと笑っていた。
手で唇を触ってみる。 なんだか柔らかな感触が残っている。

 ほんの少しだが、彼の唇と自分の唇が触れ合ったような気がした。


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最終更新:2008年08月02日 16:12
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