Slowly×Slowly第4話

  • 作者 でぃすぱ氏

 いつもと同じ学校生活のはずが河原緋莉と出会って少し変化を起こし数日が経った。その変化は正直
些細なものだが複雑な心を持つ乙女にとっては、その些細な変化さえも障害に感じてしまうこともある。
 「本当に凍夜のお弁当はおいしそうだな」
 「いやこれが実際おいしいんだよ、緋莉ちゃん。この前卵焼きを作って持ってきてくれたんだけど、
アレは本っ当においしくて驚いたよ。これはいつ嫁に出しても大丈夫だね」
 「そんなにおいしいのか。凍夜のお弁当は」
 緋莉の視線が凍夜の弁当に向かう。それに気付いた凍夜は弁当を差し出し
 「好きなもん取っていいよ」
 緋莉におかずを分けた。
 「いいのか?じゃあ遠慮なく……う、うまいぞ凍夜!」
 緋莉はあまりのおいしさに興奮した。
 凍夜は小さい頃から料理をしているので、そこら辺の料理人より味が良い。先日行われた家庭科の
調理実習の時間でもその力を発揮し注目の的になった。だが力を発揮しすぎたためか、鯖の味噌煮が
超高級料理店のような見栄えと味になってしまい、普通教師に褒められるはずが逆に怒られてしまった。
理由は教える立場が教わる立場に負けてしまうと、人としてのプライドや教師と主婦としてのプライドが
無くなってしまうからだとか。
 「こんなにおいしいとは…やるな凍夜」
 「どういたしまして」
 いつものメンバーに緋莉が加わり今までより少し賑やかになった昼休み。傍から見ればなんの変哲もない
昼休みだが、この変化が気に入らない人が1名。
 「あのさぁ何で河原さんがここにいるのかしら?」
 玲奈がこめかみをピクピクとさせつつも笑顔を取り繕いながら聞いた。
 「私がいると何か困ることがあるのか?有澄」
 2人が会話をすることにより周りが少しピリピリした雰囲気に包まれる。この雰囲気を作り出したのは
他でもない彼女たちなのだが。
 菜月は「あちゃー、またか」と言い右手で頭を押さえ、克行は無言で机を後ろにずらし、まるで今から
起こる何かから巻き込まれないようにするための態勢をとった。凍夜は何が何なのかさっぱりで周りを
キョロキョロと見る。
 「困るっていうより不思議に思うじゃない。今までいなかったのにいきなり昼食を一緒にするだなんて」
 「困らないなら良いじゃないか。ここにいる有澄以外は迷惑がってはいない」
 「私は迷惑よ」
 「だったら有澄が我慢すれば良いだろ」
 先ほどまで何もわからなかった凍夜も1つ理解した。緋莉と玲奈の2人は仲が悪いことを。
 凍夜がぼんやりと2人をみていると不意に声をかけられた。
 「凍夜はどう思う?やっぱりいきなり乱入はおかしいよね?」
 「高校生だったら我慢するべきだよな?凍夜」
 (そんなの答えられる筈ないだろ!!)


 凍夜が2人の答えの出ない質問にうろたえていると菜月が声を挙げた。
 「もう2人とも!私の凍夜を困らせないで!!」
 「菜月のじゃない!!」
 「変な冗談を言うな!!」
 緋莉と玲奈は同時に叫んだ。まるで仲良しな友達同士が裏で仕組んだかのようタイミングで。
 話が脱線してしまったが克行を除く全員が疲れてしまったせいか誰も話を元に戻そうとしない。
凍夜にとってはうれしいことだ。
 その後2人は疲れるのが嫌になったのか一言も喋らず怒りのオーラを振り撒きながら昼休みを終えた。
凍夜もあの後弁当に手をつけたが今までとは同じ弁当とは思えない程不味かった。だが、食べ物を
粗末にしない凍夜はジュースと一緒に無理やり飲み込んだ。
 菜月はため息をつき頭を抱え、克行は平然とデザートのプリンを食べている。
 *   *   *   *

 6現目が終わり帰りのHRが行われる。玲奈はあれからずっと不機嫌で隣の席の凍夜は触らぬ神に
祟りなしの方向でいた。だがまだ地獄は続く。
 クラス委員の号令で礼をし、凍夜は自分のカバンを持ち帰ろうとした。当然家に帰るわけだから
教室を出なければならない。となると黒板側か後ろの方の出入り口に向かうのが普通だ。凍夜は
後ろの方の席なので、近くのドアに行こうとする。
 そして見てしまった。腕を組んで待っていた長い黒髪を体に絡ませ彫刻を思わせる程の美がそこにいた。
 「遅いぞ凍夜。さあ帰ろう」
 そこにいたのは河原緋莉だった。
 凍夜は体をビクッとさせ驚く。その隣にいた玲奈も驚きを隠せない。
 (遅いぞ?もしかして一緒に帰るつもりなの!?)
 玲奈は凍夜を睨む。凍夜は緋莉がなぜそこにいるのか意味がわからない。
 (約束なんてしたっけ?)
 凍夜が考えながら歩き出すと玲奈は凍夜の腕を掴み、わざとらしく大きい声で言い放った。
 「凍夜一緒に帰ろ」
 当然その一言は緋莉にも聞こえ、緋莉は「んなっ」と声を出す。それを見てニヤニヤと笑う玲奈と
嫌な予感が体に走る凍夜。
 (もしかして…既視感?)
 凍夜の予想は大当たりで緋莉がズンズンと迫って凍夜の空いている腕を掴む。
 「凍夜は私と帰るんだ。だからその手を離してくれないか?有澄」
 「それは残念ね河原さん。凍夜は私と帰るの。だからあなたが離してくれない?」
 凍夜は「えっ?」と戸惑う。事実2人とは帰る約束などしていないからだ。
 「私は凍夜から学校のことでよろしく頼むと言われた。その約束がある。な?凍夜」
 「確かに言ったけど…」


 「わ、私は凍夜がゲームセンターとかに行かないように尽きそう義務があるの!だからその手を
離してっ」
 2人は数日前と同じように凍夜の腕を引っ張り合う。腕からはギチ~~~~やらムギ~~~~などと
正直聞いてはいけない音がする。
 「と、凍夜は私と帰るんだ!」
 「あ、私とよ!」
 「いだだだだっ!!」
 「お前らまたかよ」
 ジト目で声をかけたのは克行。凍夜には救いの使者に見えた。実際に前回通りすぎの克行に助けられ
その両腕は守られた。凍夜は今回も克行に助けを求め、ため息を吐きながらも克行は2人に目を向ける。
 「凍夜は暴力的な女よりかわいらしい女の子の方が好きだぞ」
 克行の一声に反応した玲奈と緋莉はズサッと音をたて飛び退く。
 「わ、私は別に凍夜の好みの女子になりたいとかじゃなく…そ、そうだ。暴力はいけないから
手を離しただけだ。弁護士の娘が暴力なんておかしいからな。それだけ…だぞ?」
 なぜか最後が疑問系。
 「あ、ああ私は凍夜の彼女とかになりたいわけじゃないんだからね!!」
 誰も彼女なんて言っていないしなぜか逆ギレ。そのことに気付いているのは口に手を当て笑いを
堪えている克行だけ。
 「悪いけど俺克行と帰るわ」
 数十秒前まであんなことをしていた2人に拒否権などなく、凍夜は克行とトボトボと帰っていった。
 *   *   *   *

 「まだ肩痛え」
 「…頑張れ」
 両腕を擦る凍夜に克行は素っ気ない返事を送る。
 「何であの2人はあんなに仲悪いんだ?何か知ってる?」
 「ああ、あの2人中学校の頃バスケ部でかなりうまかった。河原はシュートが上手くて外したこと
なんて無いって言われるぐらい。んで、玲奈は逆にドリブルがかなり上手い。経験者でも止めるのに
苦労するほど」
 凍夜は2人のバスケをやる姿を想像してみる。玲奈の小柄さなら相手の横を軽々とすり抜けるだろう。
緋莉の姿はシュートが入っても無表情で当然と言いそうだ。事実、緋莉は少しのことじゃ顔に出さない。
 凍夜は話の続きが気になり本題に戻した。
 「2人ともバスケ部出身なんだ。でもそれがどう繋がるの?」
 「簡単に言うとプレイスタイルの問題かな。玲奈はボールを手にすると無理にでもドリブル突破からの
レイアップシュート。河原も離れたとこからでもシュートが撃てたら迷わずシュート。2人ともチームに
頼らずに自分1人で攻めるんだ。それが元で衝突したんじゃないかって」


 克行が淡々と話す中凍夜は真剣に聞いた。そして解らないことが1つと解ったことが1つ。
 「おかしくないか?」
 「何が?」
 「もし片方がチームワークを大切にしてるんだったら衝突するのは解る。だけど2人とも周りを
見ずに自分で攻めるんだろ。衝突するなんて矛盾してる」
 「正直さっき俺が話したことはバスケ部の人間がそう言っていただけ。俺はバスケ部じゃないから
知らない。あと2人とももうバスケはやってないから。河原は家の手伝いに専念したいからって辞めて、
玲奈のほうは突然辞めたってさ」
 これは何とかしないとと思った。目の前で喧嘩をされるのは気分が良いものではない。友達の自分が、
幼馴染の自分がどうにかしなければならないことだと理解した。
 (それに俺の腕が無くなるのは勘弁してほしいしな)
 凍夜は拳を握り締め決意する。春の夕日は凍夜の背中を赤くさせる。風はまだ冷たいが凍夜の胸の
中はとても熱い。克行は凍夜の決意を知ってか知らずかクスッと笑うだけで何も聞かない。
 2人はそれぞれの家に帰り、克行は観月に電話、凍夜はどうやって仲良くさせるかプランを練った。
     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆

 翌日。学校から帰り晩飯の準備をしながら凍夜は作戦を練ったのだが、いま1つ良い案が出てこなく
頭を抱えた。寝て起きたら何か思いつくだろうと思い、布団に入り起きたのだが凍夜は朝が苦手なため
良い案も出てこない。
 ノソノソと起き上がり壁にかかった制服に着替え朝食の準備をしていると、インターホンが鳴り凍夜は
玄関を開け玲奈が「おはよう」と言ってあがり込む。こんな朝から来るのは玲奈だけだ。一緒に
登校するのは凍夜から誘ったので文句は無いが、なぜ朝食まで一緒なのかはまだ解らない。だが悪い気は
しないので凍夜は何も言わず朝食を作る。
 「ねえ凍夜。あれから肩大丈夫?」
 玲奈が弱々しい声で尋ねた。なんとか凍夜の耳に届いたようで
 「平気平気、寝たら直ったよ。心配してくれてんの?」
 笑いながらの適当な返事と適当な質問。その適当な質問に玲奈は顔を赤くさせ
 「だ、誰があんたの心配なんて!あ、私は…その…あの…そ、そう!凍夜の腕が使えなくなったら朝食が
作れなくなって、そうなると私も朝食に在り付けなくなるから聞いただけよ!別に凍夜の心配なんて
してないんだからねっ!あんまり変なこと言うと醤油一気飲みさせるわよ!」
 と興奮し醤油瓶を手に取る。
 「わかった。だからそれ置いてくれ。そんなんじゃ朝食食べられないぞ」
 (…なんでだろう。あっさりと納得された瞬間苛立ちが…)
 やっぱり一気飲みさせようかなと思いつつも醤油の瓶をテーブルに置き朝食を待つ。部屋中にトーストの
香ばしい匂いと一緒に目玉焼きを焼く音が運ばれる。
 トーストが狐色になり朝食が完成。サラダに目玉焼き、トーストそして牛乳。あまり手は込んでいないが
結構おいしそうだ。料理を腹を空かせた玲奈の前に出し、凍夜は自分の席に座る。


 「「いただきます」」
 2人は手を合わせ合唱。そして玲奈にとってお楽しみの朝食タイム。
 玲奈は黙々と目の前にある料理に手を付け、凍夜はニュースに目を向ける。昨日見忘れてしまった
サッカーの試合がダイジェストで放送されている。どうやら自分の贔屓にしているチームが勝ったらしい。
それ以外は興味ないのか視線をおいしそうな朝食に向けた。すると、サッカーに関するニュースが
終わったのか次はバスケの試合を映した。コートの中を所狭しと女子選手らが駆け回る姿が流れる。
 バスケに興味がない凍夜はそのままトーストをかじる。だが凍夜の目の前にいる玲奈は興味津々で
テレビにかじりついている。
 「…うん、そこ。……違う、そこはパスじゃなくてドリブル。……ほら点取られちゃった」
 (そんなにバスケ好きなのに何で辞めたんだ?)
 玲奈の独り言に気付きふと疑問を感じた。聞こうかなと思ったが玲奈はテレビに集中しているので
声をかけても無駄だろう。凍夜もそう判断したのか声はかけないでおいた。
 「あぁ~負けた~~。だからあそこで……」
 日本代表が負けてしまい玲奈はため息と愚痴をこぼしながらサラダをムシャムシャと頬張る。凍夜は食事を
済ませ食器を台所に持っていく。食器洗いは玲奈が食べ終わってからするのでまだやらない。洗面所で
髪をワックスでセットし、コンタクトレンズを付ける。
 リビングに戻りニュースの続きでも見ようと思ったがインターホンが鳴り中断せざるを得なくなった。
こんな時間にくるのは玲奈くらいだが、その玲奈は目の前で目玉焼きを食べている。
 (こんな時間に誰だ)
 「お客さん?しかもこんな朝早くから…常識がないの?」
 「お前が言うな」
 後ろから聞こえるブーイングを背に受けながらも玄関を開けた。そこにいたのは
 「おはよう凍夜。迎えに来たぞ」
 「えっ、何で緋莉が!?」
 ―――河原緋莉だった。
 凍夜の叫びに、そして名前に反応した玲奈がトーストを無理やり口に押し込み、玄関までダッシュで
やって来た。そしてお互いがお互いを指差しながら驚く。凍夜はこれから起こることは全て最悪なんだろう
と諦めていた。
 「どういうことだ凍夜!何で有澄がここにいる!?まさかお前ら…同棲してるんじゃないだろうな!?」
 (俺は何で緋莉がここにいるのか聞きたいよ。あと同棲じゃねーし)
 「こっちのセリフよ!何であんたがここにいるのよ!?食事の邪魔しないで!」
 「私は凍夜を迎いに来ただけだ。さあ答えてもらおうか。何故凍夜の家に有澄がいて一緒に食事してるんだ?
返答しだいではこちらは学校に連絡しなければならない」
 「私は凍夜と毎朝一緒に登校してるだけよ!」
 玲奈は毎朝一緒にと強調する。
 「凍夜それは本当か?」
 緋莉が凍夜を睨む。この場で冗談なんて言えない。「実は同棲してるんだ~。てへ」なんて言ったら殺され
海に沈むことになるだろう。


 だから凍夜は
 「玲奈とは一緒に登校してるだけで、同棲なんてしてないよ」
 本当のことだけを述べた。玲奈は腕を組んで「ほらみなさい」と得意げな顔をして緋莉を見る。だか緋莉は
納得しておらず、まだ疑いの目を凍夜に向けている。
 ここで克行が現れ助けてくれたらどんなに感謝するかと、現実逃避をするがここは凍夜の家の中なので、
その願いは届かないだろう。潔く目の前の現実を見るとそこには、どす黒いオーラを身にまとった鬼が2人
お互いを睨んでいた。
 *   *   *   *

 青い空の下に少年を挟むように歩く少女が2人。凍夜の頭上だけどんよりとした雲があるが、そこ以外は
雲1つない青空。
 普通美少女2人を連れ歩けたら殆どの男性は喜びを噛み締め、嬉し涙さえ零す。そしてそんな状況にある
凍夜も溢れんばかりの涙を流している。ただその涙は嬉しくて零しているのではなく、悲しみと諦めの涙だが。
 あの後凍夜は神業と呼べるほどのスピードで食器を洗い、身支度を済ませた。凍夜の選択は正解だろう。
あの状態で2人だけにしていたら地獄絵図が完成してしまいそうだ。
 「ねえ、凍夜。来週のゴールデンウイークはもちろん空いてるよね?」
 「もちろんって…まあ空いてるけど」
 「じゃあ私の家に来ない?へ、変な勘違いしないでよっ!お父さんが久しぶりに凍夜に会いたいって
言うから誘ってあげるだけなんだから」
 「そういえば挨拶してないな。よし、今度の…」
 「ダメだ」
 緋莉が静かにスパッと凍夜の声を遮った。
 「ちょっと勝手なこと言わないでよ!」
 「有澄のことだ。どうせ自分の父親に会わせるという口実で凍夜を招き入れ、2人だけの『部屋』で
イチャイチャする気なんだろ」
 「ギクッ」
 「いや、本当はその日ご両親は外出で2人だけの『家』だったり」
 「ギクギクッ」
 玲奈は体を震わせる。
 「そ、そんなこと、す、すすするわけないじゃないっ!!」
 「そうだよ。玲奈はそんなことしないだろ」
 冷や汗をふきだしながら首を激しく横に振り否定するが心の内は
 (「そんなことしない」だって!?確かにイチャイチャまではいかないけど、昔話や向こうにいたときの
話とかしたかったのに…別に私が話をしたいんじゃなくて、凍夜のために聞いてあげるだけ。ほ、ほら
人間って土産話が好きじゃない?凍夜も土産話をしたいに決まってるわっ!)
 などと誰かに説明するかのように自分に説得していた。
 「いや可能性はゼロじゃない。だから凍夜うちに来ないか?ゴールデンウィークになれば宿題が結構出るから
一緒にやろう。安心しろ。うちはちゃんと両親がいるから間違いなんて起こしたくても起こせないぞ」
 「本当は事務所に両親がいるだけで家の方には誰もいなかったりして」
 「ばっ、ばか言うな有澄!そ、そそそんなことあるはず無いだろ!!」


 顔を熟したトマトのように赤くさせ動揺する緋利。彼女の心の内は
 (有澄が邪魔しなければ凍夜を家に呼べたのに…そうすれば凍夜と……いやっ、そうじゃない!私は
別に凍夜と疚しいことをするはずない!わ、私は…ただ…その…そうだ。凍夜の世話をしなければならない。
その義務を果たそうとしているだけだ。それに凍夜といろいろと話したいしな。ああ、それだけだ)
 などと前者と同じようなことを考えていた。
 凍夜は何か下手なことを言えば死に繋がるんじゃないかと考え学校に着くまで、2人への返事は全て
無難な相槌だけにした。
 *   *   *   *

 2人と一緒に登校がまずかったのか、凍夜の足取りが重くギリギリセーフで教室に入った。緋莉は凍夜
たちとは別のクラスなので隣の教室に入る。担任の福原はまだ来ておらず、生徒の大半は自分の席に着かずに
友達と喋っている。凍夜はカバンを置き机にぐったりと体を預ける。登校するのに女子が1人増えただけで
こんなに疲れるとは思ってもみなかった。
 隣の席の玲奈はムスッとした表情で机を人差し指で「トントン」と音をたてている。別にリズムを取っている
わけではなく、ただ単にイラついているのだ。その音は疲れている凍夜にとっては精神的攻撃になってしまう。
 (トントントントンうるせー。…けど注意したらもっと五月蝿くなるのは確実だしなぁ)
 文句を言えば確実に逆ギレするのは結果を見なくても解る。理解できてしまうのがとてつもなく切なく
感じてしまう。
 「玲奈に凍夜君おはよーっす」
 「トントントントン…」
 「…………」
 菜月の挨拶にもかかわらず2人は無視する。いや無視というより菜月の存在に気付いていない。
 「おーい2人とも~菜月ちゃんの登場だぞ~。シカトしなくてもいいじゃないか~」
 「トントントントントントントン…」
 「……………………」
 「返事がない。ただの屍のようだ…」
 菜月の呼びかけ+ボケに反応を起こさない2人。そしえ菜月は耐え切れずついに
 「うわーん!!2人が私のこと無視する~~!酷いよ凍夜!あんなに愛し合っていたのに~!」
 泣いた。凍夜はまだ黙り込んでいるが隣の玲奈はいち早く反応した。
 「うそっ!?」
 「酷いよ玲奈!私たち親友のはずなのにシカトするなんて!慰謝料として購買の人気パンを請求する!!」
 「あーゴメンね菜月。あとパンは克行君に頼んで。私じゃ無理」
 「しょうがないなぁ…つーことで克行頼んだ!!」
 「えっ何が?」
 自分の席でケータイを弄っていた克行はいきなりの振りに戸惑う。
 「玲奈と凍夜が私を無視したので慰謝料として購買の人気のパンを請求したの。そしたら玲奈は自分じゃ
無理だから克行に頼め、と」
 「アホか俺関係ないじゃん」


 克行は理不尽な菜月の要求を一言で片付け凍夜に話しかけた。
 「凍夜はゴールデンウィークは空いてるか?」
 「…またそれか」
 聞き取るのがやっとの声で返事をする凍夜。玲奈は克行よりも凍夜の返事が気になった。私を選ぶか、
緋莉を選ぶか。そして凍夜の答えは―――
 「わかんねぇ」
 「ちょっとあんた!どういうことよ!?」
 「うわっ玲奈。なんでいきなりキレてんの?」
 机をバンと叩き勢いよく立ち上がる玲奈に驚く菜月。克行は平然としていて凍夜はまだ机に上半身を
ぐでーと乗せている。
 「さっき観月からメールがあって皆で別荘に来ないかって。どうする?」
 「えっ?それ本当?マジ?観月先輩の別荘に行けるの!?」
 余程うれしいのか菜月は瞳をキラキラとさせ克行に詰め寄る。
 観月はこの学校の生徒会長でアイドルと呼んでも過言でもない。それはど有名な人物。だがもう一つ
有名なのが克行の彼女でもあるということだ。この事実が知れ渡った瞬間、男子生徒はこの世の終わりだと
阿鼻叫喚し学校が崩壊しそうになったことがある。この黒歴史はまた今度。
 「よし!こりゃもう『菜月とその他の仲良しs』としては見逃してはいけない重要イベントよ!!みんな
いいわね、このイベントには全員参加!例外はなっしんぐ!」
 「ちょっと菜月そんな勝手に…」
 いきなりの決定事項に文句を言う玲奈だが
 「俺参加で」
 凍夜の参加宣言で心が揺らぐ。
 克行から離れ、今度は玲奈に詰め寄る菜月の表情はニヤニヤとしている。玲奈の首に腕をかけ耳元に口を当て
明らかにヒソヒソ話をしていますの形になった。克行と凍夜は聞いてはいけないのだと察し黙って2人を見る。
 「どうする?玲奈。凍夜君は参加するけど。玲奈は1人寂しくお留守番でもしてる?まぁ私は凍夜君を
独り占め出来るから別に構わないけど」
 「なっ!?な、何でそこに凍夜が出るのよ!?別に私は凍夜とは…関係ないし…」
 「ふ~ん、それなら緋莉ちゃんと一緒に凍夜君と遊ぼうかな~」
 「ダメよ!!それは!」
 「玲奈は参加しないんだから構わないんじゃない?」
 菜月の言葉に負けを認めたのか玲奈は肩を落とし
 「わかった。私も参加する」
 とイベントに参加することを決めた。
 「いい!?凍夜!別にあんたのために行くわけじゃないからねっ!」
 自棄になった玲奈は凍夜に八つ当たりをした。凍夜は何故こんなことを言われたのか解らずにいた。
 「そうそう、緋莉ちゃんも呼ぶからね。彼女も一応『菜月とその他の仲良しs』のメンバーだし。あと
途中での不参加宣言は聞かないから。よろしく玲奈」
 完璧にしてやられた玲奈は唖然と口を開き、そして脱力。頭を抱え目を閉じた。

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最終更新:2007年10月31日 20:33