787 :或る妹の選択 ◆ebJORrWVuo [sage saga]:2012/06/28(木) 02:17:11.71 ID:MCVMc+adP
「おや、奇遇ですね」
爽やかな声で、あたしに声を掛けてくる、爽やかなイケメン。
「…………」
対して引きつった表情で、声にならない悲鳴をあげている、可憐な美少女のあたし。
ここは、アキバのエロゲーショップ。
当然、周りにはピンクな世界が広がっていて、あたしの手には新作の妹ゲーが握られていて、しかもそれを見つめてニヤニヤを抑えられないで居る所を、こうやって声を掛けられた。
場にそぐわない程の爽やかオーラを放ちながら、視線の先で御鏡さんが言う。
「桐乃さんも、買い物ですか? おお、それは新作の『あたしの兄貴がこんなにエロいわけがない』じゃないですか。
妹ゲーにしては珍しい、妹視点の物語。確か、同居しているお兄さんが、実は鬼畜で妹を脅迫していく物語でしたよね。中々悪くない作品でしたよ」
まるで、有名なアーティストのCDに対して、その新曲の良さを説明しているような、口振りだったが、その実、ただのエロゲー批評だった。
「そう、そうなの! いや、あたしもさ、無いのかなーって思ってたんだよね。妹視点のゲーム。
やっぱさ、揺れる妹の心とか、知りたいし。また、可愛いんだわ、この健気な感情っていうの? あ、ネタバレ禁止だから。あたし、体験版しかまだやってないからね」
「了解。気をつけておきます」
御鏡さんは優しく笑いながら、頷いてくれる。どこかの馬鹿とは全然違う。
あいつだったら今頃うんざりしたような顔で「へいへい」とか返してる事だろう。
「ふふん、やっぱあんた、見どころあるよね」
「これはこれは。桐乃さんに評価されるなんて嬉しいですね」
「うんうん、あたしの弟子にしてあげようか?」
「あはは、それも悪くないかも知れません」
和気藹々とトークを繰り広げられる。
ある程度、話題が進んだ所で、ここで話し続けるのも人目が不味いので、という事で、近くの喫茶店へと場所を変える。
「そう言えば、あんたってシスシスやったんだっけ?」
「はい。あれは神ゲーですよね」
「そう、神ゲー! でさ、あんたはどのシーンにぐっ、と来たわけ?」
あたしの質問に少し考えこむようにして御鏡さんは黙りこむ。
今、彼の脳内では数々の名シーンが繰り広げられているのだろう。
「……やはりここですね。定番になってしまいますがりんこルートの」
「別れのシーン、だよね?」
「はい。もう、あのシーンは凄い感動しました。今でも思い出すだけで涙が出そうになってしまいます」
実際、御鏡さんは目を潤わせていた。
「分かる。分かるよ、その気持ち。あたしもそうだから、さ」
うんうん、と頷いてみせる。今、この瞬間、御鏡さんとあたしは同じ気持ちを共有していた。
それから延々とエロゲートークを繰り広げる。黒猫も沙織も別にエロゲーに対して批判はしてこないんだけど、そこまで詳しくない。
だから実際、エロゲの話題が出来る相手というのは居なかった。
そういう点もあって、あいつにエロゲーをやらせてたんだけど、御鏡さんと会えたし、無理にあいつにエロゲーをやらせる必要は無いのかもしれない。
……そう考えた時、何故か心がちくんと痛んだ。
「あれ、桐乃さん。どうかしたんですか?」
「え、な、なんでもないケド、どうして?」
「なんかお兄さんを思うりんこみたいな顔してましたよ」
ギクリ。
「な、何いってんの、全然違うし。つか、一緒にしないでくれる?」
御鏡さんは中々鋭い。けど、確かにあの馬鹿の事を考えていたけど、りんこりんみたいな恋慕なんてあたしは抱いてないワケで。
りんこりんみたいな表情をあたしか浮かべるわけがない。
「……。はい、分かりました」
御鏡さんは、少し黙り込んだ後に、頷いてくれる。
素直でいい人だ。これも、あいつとは違う。
あいつなら……、と思考に耽ったところで、外の景色に気付く。
空が少し、赤みがかってきている。
もうそんな時間か。
「結構、話し込んじゃったみたい」
「ああ、本当です。楽しい時間は、あっというまですね」
……楽しい、時間か。
「ま、まあ、あたしも楽しかったし。また今度、付き合いなさいよ」
「はい。喜んで」
788 :或る妹の選択 ◆ebJORrWVuo [sage saga]:2012/06/28(木) 02:19:57.75 ID:MCVMc+adP
御鏡さんは笑顔で頷く。そして、そのまま言葉を続けた。
「あの、桐乃さん」
「ん、何?」
「僕と付き合ってくれませんか?」
「え、今から?」
「はい」
唐突なお誘いである。どこか良いエロゲショップでもあるのだろうか。
しかし、あたしには門限がある。
「今からだと厳しいかな。今度じゃ、駄目?」
「え。ああ、いや、そういう意味ではなく」
「……?」
「男女の付き合いとして、付き合ってもらえませんか?」
…………え。え、えええええええ?!
ちょ、まだ、出会ったばかりでしょ!?
ま、まだお互いもよく分かってないし……。
「駄目、ですか?」
何かの冗談かとも思ったが、御鏡さんの表情は真剣だ。
思い立ったら直ぐ行動。これが彼の行動の規範なのだろう。
危なっかしくもあるが、同時に、男らしいとも思える。
嫌いじゃないポイントだ。
そこで、あたしはもう一度、御鏡光輝という男を観察する。
容姿……は合格。性格も、合格。趣味も一致しているし、あたしの趣味も受け入れてくれている。財政力もあるし、既に働いている大人な、男性だ。
この人なら、デートでもあたしをきっと満足させてくれる事だろう。
あたしに難癖を付けられるような真似はしない筈だ。
改めて見ると、あたしにとって理想に近いような男性だった。
正直、彼以上にあたしの理想を満たす人、というのが早々居るとは思えない。
そう、全然駄目じゃない。今、あたしがこの告白を受け入れるだけで、理想の人との関係が、今始まると言える。
ただ、はい、と頷けば、それで手に入るのだ。
「ごめん、なさい」
でもあたしは断った。
頷くという選択肢は、あたしの中に結局、最後まで出てこなかった。
答えは単純。御鏡さんでは、あたしはドキドキしなかった。
心がときめかなかった。ざわつきさえしなかった。
今、この場で、御鏡さんが誰かとイチャツイたとしても、あたしの心にさざなみ一つ、立たない事が分かっていた。
それに――
「……他に好きな人が?」
「別に、……いないケド」
首を振ってみせる。
「桐乃さん。……僕は真剣に告白をしたつもりです。それで、その回答が桐乃さんの答えですか?」
……鋭い言葉だった。
嘘をついている、と指摘されたようなものだ。
そうだ。真剣に挑んできた人がいるのであれば、こちらも真剣に対応する。
それが、あたしの規範だった。
「ごめん。真剣に答える。……好きな人、かどうかは分からないケド。あんたに告白されて……頭に浮かんだ人なら、居る」
だから真剣に答える。嘘、偽りなく。
789 :或る妹の選択 ◆ebJORrWVuo [sage saga]:2012/06/28(木) 02:22:10.31 ID:MCVMc+adP
「その人は、僕より、格好いいですか?」
「世間一般で見れば、あんたの方が百倍格好良いと思う」
「それでも、桐乃さんにとっては違う」
「…………」
それは確認作業のようだった。
「その人は、僕より、優しいですか?」
「全然。あんたの方が、全体的に優しいよ」
「それでも、桐乃さんにとっては、物足りない」
「…………」
あたしの中の曖昧が、徐々にくっきりとされていくような行為。
御鏡さんは続ける。
「もし、仮に」
今までとは違う切り口で、しかし質問をぶつけてくる。
「僕が桐乃さんのお兄さんだったとしたら、僕を好きになってくれましたか?」
御鏡さんが、お兄さんだったら。
想像してみる。スーパーマンのような兄。そして優しくて、頼りになって。
それはそれで、とても幸せな兄妹になっただろう。
冷戦のような兄妹関係にはならなかった筈だ。
あたしの悩み事も、もっとスマートに解決してくれただろう。
顔に痣なんて作る事もなく、親を説得してみせて。
あたしの友達に変態と罵られる事無く、仲を取り持って。
今よりも綺麗に、物事を解決してくれていただろう。
790 :或る妹の選択 ◆ebJORrWVuo [sage saga]:2012/06/28(木) 02:22:57.80 ID:MCVMc+adP
でも、それじゃ今のあたしは、満足しない。
その姿を、格好いいだなんて思えない。
だから、答えは決まっている。
「それは、無理」
そもそも、あたしの兄は一人だけだから。
そもそも考えるだけ無駄な質問。
そして、考えた所で無駄な質問だった。
格好悪く、無様で、頭悪くて、情けない、ケド、ずば抜けて格好良いのが、あたしの兄なのだ。
他人の為に動いてる時だけ、兄の眼は生き生きとした目になる。
とっても馬鹿になるけど、それでもとても優しい兄になる。
他の兄なんて要らないし、あいつが兄じゃないなんて嫌。
それが、高坂桐乃の揺るぎない回答だった。
「そうですか」
御鏡さんは、あたしの回答を聞いてすっきりした表情をしている。
余りショックを受けているように思えない。
「……あんた、まさかあたしを試した訳じゃないよね?」
それだったら殺すけど。
「とんでもない。本気です。ですが、薄々と結果は分かってました」
さらりと御鏡さんは、そんな事を言う。
嘘。え、それって、バレてたって事?
「桐乃さんは、分かりやすいですから」
…………。ムカつく。けど、結果が分かっていたというのは本当っぽいし、それならただ図星だったというだけで、怒れない。
「…………」
黙りこむあたしに、御鏡さんは優しい表情に、少し悲しい色を混ぜた瞳で、大事な事を言った。
「桐乃さん。……あなたのお兄さんは、きっと、あなたのお兄さんである事を、辞められない。だからきっと、いつか不本意な形になってしまうと思いますよ」
何を言っているのだろう。あたしは、あいつが兄じゃないと嫌なのだ。
「……分かってる」
なのにあたしの口は勝手にそう答えた。何故か、胸がズキリと痛む。
それでも。
「……僕の言いたいことは以上です。それでは、もう一つの話をしましょうか」
あたしは、立ち止まる訳にはいかない。
「もう一つの話?」
あたしは御鏡さんを見る。
……そうか、ここまで、結果が分かっていて。ここからの結果も分かっていて。
その上での、忠告だったのか。
「はい。桐乃さん、僕に何か頼みたいことがあるんじゃないですか?」
「ホント、あんたって見どころあるよね。……ごめんね」
振った相手に何を頼もうというのか。
けどこの振られた相手も、自分を振った相手に頼ませようとするんだから、実は底意地が悪いのかも知れない。
「あたしと、付き合ってくんない?」
どう転ぶか、それは分からない。
だけど、せめて転ぶなら前向きに。
躓くことが分かっているのであれば、前に飛ぶように。
そうすれば、ゴールに少しでも近づける筈だから。
最終更新:2012年07月07日 04:39