「……ローラー、ガッツマン。
 もうしばらく、この周辺の探索をしても構わないか?」


最愛の女性との別れを済ませてから、しばらくした後。
無言で歩を進めていたネオは、同行者達へと静かにそう告げた。
その言葉に、後ろを歩いていた二人も無言で首を縦に振り、肯定の意を示す。


アメリカエリアの調査を当面の目的としていた彼等だったが、ここに来てその重要度がより増す事態が起きた。

今現在、このエリアには……逸早く存在を確かめなければならない"モノ"がいる事が分かったからだ。


「……お前の相棒を、キルした奴がいるかもしれねぇ……か」


そう……このエリアには、確実にいるのだ。
トリニティを死に追いやった、彼女を殺害した何者かが。
この殺し合いに乗った、恐るべき殺人者が。


「ああ……トリニティは強かった。
 俺も、彼女には何度も……何度も、助けられた」


ネオは、トリニティの強さを誰よりも知っている。
彼女はこれまで、エージェントが相手であっても決して引けを取らぬ戦いを見せてきた。
その強さの大元は、彼女自身の戦闘能力が極めて高いという事も勿論あるが、それだけではない。
如何なる強敵が相手であろうとも、挫けず立ち向かう強い意志があったからこそなのだ。
ネオはそんな彼女に、心身共に何度も支えられ、助けられてきた。

感謝してもしきれない程に……彼女の存在は、やはり大きかった。

「だからだ……もし、彼女を死に追いやれる程の存在がいるとしたら……
 そいつは只者じゃない」


故に、ネオは彼女を殺害したであろう相手に対して、強い警戒心を抱いていた。
あの最期の姿からして、彼女が戦って敗北した事はまず間違いない。
ならばそれは、彼女を倒せる程の敵と相対したという事だ。
決して並の相手ではない……少なく見ても、エージェントクラスの強さはあるだろう。


「……確実に……この手で止めなければならない相手だ」


そんな相手を野放しになど、出来る訳が無い。
放置しておけば、間違いなく更なる凶行に走り、新たな犠牲者を生みだすだろう。
自分達の様な悲劇が、再び繰り返されるかもしれない。

ならば……止めねばならない。
トリニティを殺した敵を、この手で必ず倒さねばならない。


「……ネオ……」


アッシュ・ローラーとガッツマンは、そのネオの言葉に思わず息を呑んでしまった。
確かに、彼の言う事は正しい。
殺人者がこの近辺に居る可能性が極めて高い以上、それを野放しにする事は危険だ。

いや、それ以前に……この殺人者は、ネオにとっては愛する者を殺した相手だ。
きっと彼は、絶対に許せないと思っているに違いない。
それは人として当たり前の事だし、二人も同じ立場ならば、確実に同じ行動に移っているだろう。



ただ……一つだけ、二人には心に引っかかっている棘があった。


(……それって……殺すって事でガスよね……)


そう、このバトルロワイアルは正真正銘の殺し合いなのだ。
敵を倒す事は即ち、殺す事になる。
例え相手が、残虐な殺人鬼であったとしても……命を奪う事には違いないのだ。
それが、彼等二人の中に影を落としていたのだ。


(デカオ……)


ガッツマンが真っ先に脳裏に浮かべたのは、パートナーの大山デカオであった。
今まで彼とは、数多くの激戦を潜り抜けてきた。
その中にはWWWとの戦いを始め、辛く険しいものも当然あった。
ナビが死を迎える―――デリートされる場面に立ち会った事だってあった。
命の灯火が消える瞬間に居合わせたのは、何も初めての事ではなかった。

だが……それでも出来る事なら、命を奪いたくなかったという想いが当然ある。
デリートさせずに済むのであれば、それが一番なのは当たり前だ。
ましてやこの殺し合いには、ネオの様にネットナビではないだろう者達もいる。

つまり……デカオと同じ、人間を殺害する事になるかもしれないのだ。




―――例え、相手がどうしようもない悪党であっても……この手を血に染める覚悟が、果たして自分にはあるのだろうか。



―――そして、そんな血に染まったネットナビを……相棒は、果たしてどう思うのだろうか。



そう考え、ガッツマンはその体を思わず震わせてしまった。
ネオが今、どれだけ辛い思いをして、且つそれを乗り越えようとしているのかは十分分かっている。
バトルロワイアルを止めるためにも、殺人者を倒す事が絶対に必要なのも理解している。

それでも尚……彼は、躊躇いを捨て切れなかった。


(……へっ……メガアンラッキーにも、程があるぜ……)



そしてその思いは、アッシュ・ローラーもまた同じであった。
彼はネオやガッツマンと違い、命が費える瞬間に立ち会った経験すらない。
格闘ゲームとしてのブレイン・バースト―――ポイントを全損すれば、ブレイン・バーストに関する記憶の全てを失うリスクこそあるとはいえ―――をプレイしている1人のリンカーに過ぎないのだから、当然の話だ。


尤も……彼はガッツマンと違い、自身の手が血に塗れる覚悟自体は出来ていた。
そうしなければ守れぬ命があり、この殺し合いを止める事など出来ないと、理解は最初から出来ていた。

ならば何故、彼が人の命を奪う事に躊躇を覚えたのか……
それは、アッシュ・ローラーというバーストリンカーが、極めて特殊なリアル事情を持つ事に関係している。


(なあ、綸……お前はどう思ってんだ……?)


日下部綸。
それがアッシュ・ローラーのリアルの名前であり……その容姿はというと、今の彼とは遥かにかけ離れた小柄で大人しい少女なのだ。
そのギャップときたら、ネガ・ネビュラスの一同をはじめその姿をリアルで見た者はほぼ例外なく、彼女がアッシュ・ローラーだという事実を疑う程である。
おかげで一部では、『パーフェクト・ミスマッチ』の異名までつけられた位だ。

しかし、これには勿論理由がある。
アッシュ・ローラーのリアルは確かに日下部綸だが、実はそれは半分ほど正しく、そして間違ってもいる。


彼女には、日下部輪太郎という六つ上の兄がいる。
彼は非常に才能溢れるバイクレーサーであったが、つい二年前にレース中の事故で意識不明の重態に陥った。
それ以来、綸は入院した彼が身につけていたニューロリンカーを、彼に代わり所持するようになったのだが……このニューロリンカーにブレイン・バーストをインストールした事が、全ての始まりであった。
輪太郎のニューロリンカーは、幼少時の彼の悪戯によって綸に装着させられる事が多々あった。

その為、端末内に輪太郎と綸の二人分の脳波データが纏めて保存されるという、本来ならばありえない自体が起きていたのである。
そして、その為に……加速世界にアッシュ・ローラーが誕生した際、その内部には綸ではなく輪太郎のデータを基にした別人格が生まれたのだ。

つまりここにいるアッシュ・ローラーは、リアルの肉体こそ日下部綸ではあるものの、その人格は兄輪太郎そのものなのだ。
彼等二人は、リアルと加速世界とでその人格が全くの別人に切り替わるのである。


(俺がここで、手を汚しちまえば……そいつはお前の罪にもなっちまう)


それこそが、アッシュ・ローラーに命の奪い合いを躊躇させる最大の要因だった。
綸とアッシュ・ローラーは、朧気で曖昧なものではあるものの、互いにその記憶を共有しあっている。
ならば、ここ彼が殺人を犯せば……それはそのまま、綸の記憶にもなる。
誰よりも大切な愛する妹に、自身が殺人を犯したという恐ろしい記憶を与えてしまうのだ。

だからこそ、彼はこの殺し合いに『優勝する』という選択肢を迷わずに捨てる事も出来た。
ここで己が死ねば、それは単にアッシュ・ローラーというバーストリンカーが死ぬだけに留まらず、現実世界の妹の死にまで繋がる。
それはアッシュ・ローラーにとって、最も辛く苦しい事態なのだが……かといって、己以外の全てを皆殺しにするなんて真似は絶対に出来なかった。

誰かの命を奪いたくない、殺し合いなんかしたくないという想いがあっての決定なのは勿論だが。
それ以上に彼には、兄として妹を大量殺人者になど絶対にさせる訳にはいかないという強い意志があったのだ。
それにあの優しい綸の事だ……自分を生かす為に兄が殺しをしたと知れば、それこそ絶望して狂うかもしれない。
無論、それが身勝手な考えなのは分かっている。
死にたくない、どんな形であろうとも生きていたい。
もしかしたら綸は―――あの優しい性格を考えれば、まずありえない事ではあるだろうが―――そう願っているのかもしれない。


それでも、自分は兄として大切な妹の為にと、殺し合いには絶対に乗らない選択をしたのだ。
この殺し合いを止めて、無事に仲間達と共にリアルへと帰還する。

それこそが、綸を助ける一番の方法なのだと強く信じて。


(……ネオが言ってる事が正しいのは、アンダスタンディングしてんだよ。
でも、よ……)


故に、彼には迷いを捨て切れなかった。
ネオのやろうとしている事は絶対に正しいと断言できるし、何より仲間として助けになってやりたい。
だが、それは同時に、妹の手を血に染めてしまう行為でもある。


(……くそっ、情けねぇぜ。
こんなとこ、師匠やカラス野郎なんかにゃ絶対に見せるわけには……)



―――ピピッ。


「ん……?」

その時だった。

何の前触れもなく、突如としてネオ達の前に一つのウィンドウが開かれたのだ。
三人は驚き顔を見合わせるも、すぐさまそのウィンドウの内容に注目し……



「ッ……!?」



途端に、全身に氷水をぶっ掛けられたかのような冷たい感覚が走った。




それは、6:00を告げる時報―――GMからのメールだった。




◇◆◇




(12人……それだけの人数が、もう……!)


届いたメールの内容は、予想を大きく上回る衝撃的な代物だった。
6:00より一部エリアでイベントが始まる事や、このバトルロワイアルの参加人数が55人であった事など、有益な情報は確かにあった。
しかし何より大きかった事は、脱落者の人数の多さだ。
開始から然程時間は経過していないにも関わらず、既に12人もの命が奪われているのだ。


(……バーストリンカーっぽい名前も、一つあるな……)


その中に、アッシュ・ローラーには一つ気になる名前があった。
【クリムゾン・キングボルト】
見知らぬ名ではあるものの、クリムゾンという色を示す単語からして、恐らくは同じバーストリンカーだ。
字面だけを見れば、妙に強そうなアバターだが……既に死亡し、この会場からは退場している。

(チッ……嫌になるぜ)

いくら赤の他人といえど、同じバーストリンカーから死者が出たのだ。
気分が悪くならない訳がない。
アッシュ・ローラーは内心毒づくとともに、同じくメールを見ている仲間二人へとそっと視線をずらした。


(ネオ……)


ネオは一見冷静に見えるものの、よく視るとその拳を強く握り震わせていた。
恐らくは、トリニティの名前を見て改めて思うモノがあったのだろう。
怒りと悲しみとが、彼よりひしひしと伝わってくるのが分かる。
不幸中の幸いとも言えるのは、様子からして、他に知り合いがいなかったらしい事だろうか。

しばしした後、彼はガッツマンへと視線を向けると……


「……ガッツマン……!?」


そこで彼と、同じくガッツマンへ視線を向けたネオは、異変に気づいた。
ガッツマンの様子が明らかにおかしい。
全身は酷く震えており、口からは掠れた声が少しずつ漏れている。
そしてその目は大きく見開かれ、ウィンドウの一点を凝視していた。


「まさか……おい……」


その姿を見て、アッシュとネオは全てを悟った。
いたのだ。
脱落者の中に、ガッツマンがよく知る……彼と親しかったであろう人物が。

「……ロールちゃん……どう……して……?」


【ロール】
その名前を見た瞬間、ガッツマンは己の頭の中が真っ白になるのを感じた。
信じられない。
そう言わんがばかりの表情をすると共に、彼の口からは掠れた声が零れた。

ロールは、ロックマン達と共に長く付き合ってきた友人であり、戦友であった。
そして何より、心惹かれていた異性でもあった。
尤も、彼女が己よりロックマンを気にしていた事は何となく察してはいたが……それでも、大切な相手だった。

それが……死んだというのだ。
もう二度と出会う事が出来ない、遠い存在になったというのだ。


「ッ…………!!」


自分や仲間達を支えてくれた彼女は、もういない。
優しい笑顔を向けてくれた彼女とは、もう二度と会えない。
そう事実を飲み込むと共に、言葉では言い表しようのない喪失感が、堪えようのない悲しみが、心の奥底から込み上げてきた。

どうしようもなく辛く、どうしようもなく苦しい。

今すぐに大声を上げ、泣き叫びたくなった。

彼女を喪った悲しみに、涙を枯れるまで流し尽くしたかった。





しかし……ガッツマンは、そうしなかった。


(……だ……駄目でガス……!!)


何故なら今、彼の横にはネオがいるからだ。
ネオもまたつい先程、大切な者と辛い別れをしたばかりなのだ。
それでも彼は気丈に、行こうと自分達に告げた。
本当は悲しくて仕方がないはずなのに、今の自分の様に泣き崩れたかった筈なのに……乗り越え、前へ進む事を決めたのだ。


(ガッツマンがここで、みっともなく泣いたりしたら……同じくらい哀しかったのに、ネオは……!!)


ならば、ここで自分が堪えきれないでどうする。
辛いのは同じなのだ。
ここで自分だけが悲しんでしまったら、ネオに申し訳が……



「……いいんだ、ガッツ……!!」
「あ……」



そんな葛藤に悩まされていた、その時だった。
震えるガッツマンの肩に、アッシュ・ローラーが後ろから手を乗せたのだ。
その震えを抑えるかのように強く、力を込めて。


「お前はマジで立派だ。
 ネオの事を考えて、辛ぇだろうに必死に我慢しようとしてよ……」


今のガッツマンの心境を、アッシュ・ローラーは分かっていたのだ。
彼にもまた、似た様な経験が一度だけあった。
弟分であるブッシュ・ウータンが、親をポイント全損で失った時だ。
アッシュ・ローラーはあの時、悲しむ彼に何の言葉をかけることも出来なかった。
それは今でも、少なからず彼にとって心の傷となって残っている。


だからこそ……今度こそは、はっきりと言うべきだ。

辛い思いをしている、苦しんでいるガッツマンに……言うべき事を。


「でもよ……無理をする必要なんざねぇ……!
 辛いんだったら、思いっきりクライしろ……!!
 誰かがいなくなっちまって悲しいのは、当たり前のことなんだ……!!」



ここで、無理をする必要など……何も無いと。




「アッシュ……う……ウアァァ!!」


その言葉を聞き、ガッツマンは膝から地面に崩れ落ちた。


両手を地に着け、拳を何度も何度も叩きつけた。


大声を上げ、ロールの名を何度も呼びながら、只管に泣いた。


もう二度と会えない、大切な……たった一人の女性の事を想って。



「ウアアァァァァァァァァァッ!!!!!!」



傍らに立つ二人の仲間に見守られながら。


漢ガッツマンは……悲しみのままに、慟哭した。





◇◆◇



「……ごめんでガス、二人とも。
 もう……大丈夫でガッツ」


それからしばらくして。
泣きたいだけ泣き、悲しみの全てを吐き出して、ガッツマンはようやく落ち着く事が出来た。
まだ完全には辛さが抜けきっていないものの、もう大丈夫だ。


「……すまなかった、ガッツマン。
 俺の所為で、お前には辛い思いをさせてしまった」
「そんな、ネオが謝る必要はないでガッツよ……
 辛いのは、そっちだって同じだったんでガスから」

ネオは、自分の行動がいらぬ気遣いをガッツマンにさせてしまったとして、頭を下げた。
勿論、ガッツマンはそんな事など一切気にはしていない。
ネオもまた己と同じく、大切な者の死に苦しんだのだ。
それをどうして、責める事が出来ようか。


「それに……おかげで、決心が出来たでガッツ」
「決心……?」



そして、同時に……その心も、はっきりと定める事がこれで出来た。



「そうでガッツ……実を言うとついさっきまで、悩んでたんでガスよ。
 その……殺し合いを止めるためとはいっても、誰かをこの手でデリートしていいのかって……」
「…………!!」


その一言に、アッシュ・ローラーはハッとしてガッツマンを見た。
打ち明けられたその葛藤は、自身が正しく今抱えていた悩みそのものだ。
そして、決心が付いたという一言……これが意味する事はつまり。


「けど……今、ロールちゃんが死んだって聞いて……
 もう、二度と会えないんだって……凄く悲しかったでガッツ。
 ネオが、どんな辛い思いをしてたかって……よく分かったでガスよ」
「……ガッツ、お前……」
「もし……もし、ロールちゃんをデリートしたナビをこのまま放っておいたら、同じ事になるでガス。
 ガッツマンやネオの様に、辛い思いをするナビが増えるでガス……そんなの、絶対に嫌でガッツ」


大切な仲間を、友を、愛する者を奪われる悲しみ。
それが分かってしまった以上、他者に同じ思いをさせては絶対にならない。
そう実感できたが故に……ガッツマンは、覚悟を決めたのだ。

「もしかしたら、ガッツマンはデカオに嫌われるかもしれないでガッツ。
 ナビをデリートした、人殺しのナビなんかいらないって……そう言われるかもしれないでガス。
 それでも……それでも、構わないでガッツ!
 こんな思いは、誰にもさせちゃいけないでガスよ!!」


人殺し・ナビ殺しの烙印を押されてもいい。
例え相棒から見捨てられる形になろうとも構わない。
殺し合いを止める為に、自分は倒すべき相手を倒す。

己の手で助けられる者がいるなら、無くせる悲しみがあるというのなら……それでいいのだ。



(……ふぅ……参ったぜ。
こんな風に啖呵切られちまっちゃよ……)


そしてその告白に、アッシュ・ローラーも胸中の思いに踏ん切りを付ける覚悟が出来た。
ガッツマンの言うデカオというのが何者なのかは知らない。
だが……その熱の籠った言葉からして、大切な人物である事だけは確かだ。
恐らくは、自身にとっての綸と同様の……掛け替えの無い存在に違いあるまい。
それをガッツマンは、嫌われても見捨てられても構わないと言い切ったのである。

それでも、守れるものがあるなら闘うと……例えその手を血に染めても構わないと。
決断に至るまで、相当な葛藤があったに違いないだろうに……彼は勇気を出して、前に踏み込んだのだ。
ならば……自身も、また前に進むべきだ。

このふざけた殺し合いを止め、無事に生き残るならば。

何より、真に妹の幸福を望むならば。


(……綸。
俺の事は許せとは言わねぇ、分かってくれと言うつもりもねぇ。
どんな理由があっても、お前に辛ぇシチュエーションを味合わせちまうのは事実だ)


幾ら綺麗事を並べても、自身の行動が綸の行動に繋がるという事実だけは覆せない。
ここで誰かを殺めてしまえば、綸もまたその罪を背負わなければならない。




だが……もしも、その罪を消せる手段があるとするなら?



彼女に、人を殺したという事実を……根本から認識させない手段が、あるとしたら?



そう……アッシュ・ローラーにはそれがあるのだ。
綸が背負うであろう罪の意識を消す事が出来る、最期の手段が。




(……だからよ、きっちりギルティの責任は取るぜ。
このクレイジィーなゲームを全部、終わらせたら……俺は加速世界から消える。
そうすりゃ……お前が苦しむ必要は、もうどこにもねぇんだ)


それは、加速世界からの退場―――アッシュ・ローラー自体の消滅である。
ブレイン・バーストをアンインストールされた者は、それまでブレイン・バーストに関わってきた全ての記憶を奪われてしまう。
楽しかった思い出も、辛く苦しい過去も……全てが消えるのだ。
つまり、このゲームで人を殺めたという事実でさえも……そうする事で、綸は全てを忘れる事が出来る。

加速世界における、兄の人格……アッシュ・ローラーの死と引き換えに。


(ま……名残惜しさが無いと言えば嘘にはなるがよ。
お前が無事にいてくれるんなら……俺はそれだけで十分だぜ)


自らの存在の消滅を賭してでも、妹の為に敢えてその手を血に染める。
アッシュ・ローラーの選択は、ガッツマンのそれよりも遥かに重いものだ。
だが、彼にはもう迷いは無かった。
そうする事で、この殺し合いを止められる……何より綸を救えるのだから。


「……オーケイ、ガッツ。
 お前の覚悟はしっかり見せてもらったぜ。
 なら俺も、精一杯そいつに付き合ってやろうじゃねぇか!」

声を高らかに上げ、アッシュ・ローラーは力強くガッツマンの背を叩いた。
同じ目的を持ち、そしてはっきりと覚悟を決めた者同士だ。
ならばここからは、ブッシュ・ウータン達同様に兄貴分としてしっかりと支えてやろうではないか。
それがきっと、今の自分に出来る務めだ。

「さてと、それじゃあ行動をリスタートするとしようぜ。
 しばらくはこの辺の探索でいいんだよな、ネオ?
 それとも……メールのイベントって奴が気になるか?」

ここで、今後の方針をどうすべきか決めるべく、アッシュ・ローラーはネオに話を振った。
当初の目的通り、やはりトリニティを殺害した相手を突き止めるのが一番なのだろう。
しかし、今しがた届いたメールによれば、どうやら今後は一部のエリアで特殊なイベントが起こると言う話だ。
そちらに人が集まるのは必然的……ならばここは敢えて、優先順位を入れ替えるのもありなのかもしれない。
ガッツマンとアッシュ・ローラーは、ネオの言葉を黙して待った。
情けない話だが、自分達の中で最も頭が切れるのは間違いなく彼だ。
故にこういう事は彼に一任するのが最もいい選択だとして、全てを委ねたのだが……

「……いや、ちょっと待ってくれ。
 これから、どう行動するか以前に……少し確かめたい事がある」

ここでネオの口から出たのは、少々二人の予想とは違うものだった。

彼には、ずっと疑問に抱いていた事があった。
それはこの殺し合いが始まった時点では、僅かなものだったが……ガッツマンと出会い、対話する事で疑問は大きくなった。
そして今……彼やアッシュ・ローラーの悩む表情を見て、マトリックスにいながらも闘いに躊躇いを覚える二人の様子に違和感を覚えた。
同時に、やはり無視すべきものではないと認識をした。

だから、今後の為にも……確かめねばならないのだ。


「ガッツマン、ローラー。
 お前達がこの殺し合いに呼ばれる前まで、何をしていたか。
 一体、どんな経歴があってこのマトリックスにいるのか……よかったら話してくれないか?」


自分達の間にある、この常識の差異が何なのかを。



◇◆◇


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最終更新:2013年10月27日 02:59